女だから鬼ぃちゃんになれない?なら姉鬼になればいいじゃないか。 作:ほとばしるバナナ
Side:thirds
ーーーシンボリルドルフが敗北した。
その噂は瞬く間に学園中に広まり大きな話題となった。
今まで無敗の絶対王者として生徒たちの憧れの的となっていた彼女が敗北したという事実は生徒たちが驚愕するのに充分すぎる出来事だった。
ある者はシンボリルドルフの実力が大したこと無かったのだと侮り、ある者は相手がなんらかの不正を働いて無理矢理勝利したと嘯く。また、アネスパーダが努力の末にシンボリルドルフを打倒したと冷静に分析する者もいた。
そしてその噂の種類は数えることができないほどに膨れ上がっており、学園内は混乱を極めた。
また、その対戦相手が例のアネスパーダだということも尾鰭が付くことに大きく拍車をかけていた。
長らく人々の中に植え付けられてきた”常識”というのはそう簡単に変わるものではく、様々な憶測が飛び交うシンボリルドルフとアネスパーダのレースについての話だが、その内容はシンボリルドルフを擁護するものが大半であった。
しかし、レースを直接見た者は口を揃えてこう言うのだ。
ーーー
これこそが学園内を混乱の最中に引き摺り込んでいる理由であり、また事件の真相でもあった。
なんにせよ、彼女が被る無敗の冠にヒビが入ったことは変えようがない事実なのだ。そしてそれを生徒たちは話の種にして盛り上がっているのだが、ただ1人だけ普段とは異なり皆から避けられている者がいる。
そう、シンボリルドルフである。
彼女は普段と同じように毅然と振る舞っているがそれが逆に生徒たちを遠ざける要因となっていた。
勿論生徒たちは彼女に話を聞きたいが、見るからに『部外者が触れてくれるな』という雰囲気を醸し出しながら見回りをする生徒会長に遠慮して誰も例の話題を持ち出せない。
つまるところ、めっちゃ気まずいのである。
そしてその空気は生徒会室にも例外なく漂っており、書類作業に勤しむエアグルーヴはなんとも居心地の悪い気分になっていた。
チラチラとシンボリルドルフのことを見ては何かを口にしようとするが思い止まった様子でまた机へと向き直る。
そんな澱んだ空気の中、シンボリルドルフが口を開いた。
「聞かないのか、エアグルーヴ。」
エアグルーヴがハッと顔を上げると自嘲しながらシンボリルドルフが作業の手を止めていた。
向こうから話を持ちかけてきた以上、それに乗らないわけにはいかない。意を決してエアグルーヴは口を開いた。
「いえ…なにを話せばいいかわからなかっただけです。その、やはり私としても気を遣ってしまいます。」
「はは、見知らぬ相手からあの闘いについてとやかく言われるのは御免被るがエアグルーヴならばなんの問題もないよ。私はお前を親友だと思っているからな。」
少しでも空気を和らげようとシンボリルドルフが優しく諭す。そのおかげかエアグルーヴの表情からも次第に緊張が取れていき、いつも通りの凛とした声が戻ってくる。
「では聞きたいのですが…本当に実力不足で負けたんですか?……正直、会長が本気で走って負ける姿を私は想像することができません。」
エアグルーヴが悔しそうに顔を暗くしながら呟く。彼女もまたシンボリルドルフの強さに絶対の信頼を置いてきた者のため安易に真実を受け止められていなかった。
「あぁ…完敗だったよ。正直手も足も出なかった。」
清々しいような顔でシンボリルドルフがそう伝える。
「それに、恐らくアネスパーダは全力を出していない。かなりの力を使って走ってはいたんだろうが、それでもまだ余力を残しているようだった。」
「なっ…!そんなことあるわけがありません!会長に勝ったのにあまつさえまだ実力を隠してるなんてそんなの…
ーーーまるで、悪魔じゃないですか…!」
エアグルーヴが驚愕しながらシンボリルドルフに反論する。しかし彼女もシンボリルドルフの言葉が真実なのだと内心ではわかっていた。言葉以上にシンボリルドルフの表情がそれを物語っていたのだから。
「本当のことだよ。ヤツは常識になど囚われない。そしてなによりその非常識を可能にしてしまう天性の身体能力を持っている。それ故に、強い。」
シンボリルドルフは努めて冷静に話すがその実、誰よりもシンボリルドルフに憤りを感じているのは彼女自身だった。
「それに…私が未熟だったんだ。私はこれまで生徒会長たるもの常に自分を律し、気を緩めたことはない。
…しかし、心のどこかで無意識に無敗の皇帝などという称号に寄りかかってしまっていたのだろう。その結果がこのザマだ。聞いて呆れるよ。」
エアグルーヴからは隠れて見えない机の下でシンボリルドルフがギリギリと拳を強く握る。
「だが…これで終わるつもりもない。ヤツに敗北した今、私は既にただのウマ娘へと引き摺り下ろされている。なればこそ、もう皇帝や無敗の三冠などの妄言に惑わされることはない。」
シンボリルドルフの眼に力強い火が灯る。新たな
「会長がそこで諦めるような人じゃないことは私もよく分かっています。しかし、無闇に繰り返し挑むのも得策ではないように思えます。そもそも、会長は今年シニア級でアネスパーダは恐らく今年にデビュー。トゥインクル・シリーズでは闘う機会がもうないのでは?」
エアグルーヴが少し前から考えていた最大の問題を口に出す。そう、年齢を考えるとシンボリルドルフは三年生でアネスパーダは一年生。どうあがいても同じレースに出ることができないのである。
しかしそれに対してもシンボリルドルフは大胆不敵な笑みを絶やさずに対応する。
「それについてだが、どうやら学園長が新しく2年後に開催するレースを考案している最中らしくてな。何でもファン投票によって出場するウマ娘が決定するのだとか。名前は確か……
ーーーーURAファイナルズ。」
闘気が放たれる。思わず身震いしたエアグルーヴがシンボリルドルフを見ると彼女はクツクツと笑っていた。
「ヤツは必ずそこに現れる。
どうやらデビューして3年以上という制限もあるようだが投票数が圧倒的なら特例くらいは認められるだろう。なんなら私が学園長に口添えもしてやる。」
「URAファイナルズが私の決戦の舞台だ。シニア級を終えた後に一年の空白ができてしまうが…むしろ好都合だ。より多く鍛錬できるというもの。
…待っていろアネスパーダ。もはや無敗だとかG1ウマ娘だとかはどうでもいい。
ーーーー次は、差す。」
その瞳の奥には輝かしい無敗の称号などではなく、蒼い後姿のみが映し出されていた。
€€€€€
Side:main
はい!ひとまず学園最強になったアネスパーダです!
いやぁ、強かったね会長さん。最初は闘う気なんてなかったけど某死神の隊長さんみたいなこと言われたらやるしかないよね。強者との闘いは姉鬼の大好物!
それでも流石に学園最強なだけあって最後の末脚とかハンパなかった。そりゃ俺以外に敵う人なんていない訳だわ。
しかし自称バージル姉鬼候補生たるもの、学園最強程度になんて負けてられないから一安心だよね。こっちだって今まで血反吐吐きながら修行してきたし。
でもってそんな感じで会長さんを倒したらますますクラスの皆んなから避けられるようになってしまった。だからそんなに怖がらなくてもいいじゃん。しまいにゃ泣くぞ。デビルメイクライだぞ。
そんな顔には出さないけど心の中で深い悲しみに沈んでいる俺は今一つ重大な問題を抱えている。
それは…
「却下ッ!やはりトレーナーを見つけずにトゥインクル・シリーズを走る許可を出すことは出来ない!」
俺、レース出られないかもしれない。
とりあえず会長さんにも勝ったことだし、早いとこデビューしたいと思った俺はその方法を尋ねるべく学園長の元に訪れていた。
しかしどうやらURAが開催しているトゥインクル・シリーズに出るためにはトレーナー契約が必要らしく、以前に『俺は誰の指導も受けない!キリッ』なんてカッコつけちゃった俺は割と詰んだ状態にあった。
「本来トレーナーとはウマ娘の実力を鍛えるために存在しているのだろう。ならば他人が介入する余地のない俺はトレーナー契約など必要ないのが道理であるはずだ。それに、貴様が口聞きすればどうとでもなるだろう。」
「否定ッ!何もトレーナーがいるのはトレーニングのためだけではないぞ!レースへの申し込みや日程調整、行事ごとの管理などその他にも膨大な事務作業を彼らは担当の為に行っているのだ!
それとも、君がそれら全てを1人でやると言うのか?とてもレースどころではなくなると思うぞ。」
「チッ…言わせておけば。」
うーん、やっぱり無理っぽいなぁ。勝ち誇った学園長がめっちゃニヤニヤしながらこっち見てきてる。なんか腹立つなその顔。
「結論ッ!つまりまず君のやるべきことはトレーナーを見つけることだ!そして無事に契約を結べたのなら正式にメイクデビューへの出走を許可しよう!」
学園長が「決着ッ!」と大きく描いた扇子を広げながら言い張る。
こうなったら仕方ないかぁ…。本当はトレーナーをつけないで少しでもバージル姉鬼に近づこうと思ったんだけどここらが潮時かな。まぁ契約を結んでもこれまで通りトレーニングは自分でやるけどね。そこは譲れん。バージル姉鬼に師匠なんて要らない。
「チッ…。そうか、分かった。ならばここで待っていろ。」
「ーーーへ?」
目をぱちくりと見開く学園長を背中に俺はグラウンドへと駆け出した。
€€€€€
Side:third
小鳥が囀り草花の香りが漂う昼下がり。
友人と会話をしたり、トレーニングに勤しむウマ娘達の中に1人の男が学園を見上げながら立っていた。
「ここがトレセン学園か…。なんか感慨深いなぁ。」
彼の胸には新品と思われる金色のバッチ、トレーナーバッチが鮮やかに煌めいている。
「これでやっと昔からの憧れだったトレーナーになれる。僕はどんな娘と契約を結ぶことになるんだろう、流石にワクワクしてくるな。」
ふと、彼が周りを見渡す。放課後ということもあり多くのウマ娘達が周囲を歩いているが、彼はその中に一箇所だけ空間を見つけた。
そしてその空白の場所に1人の生徒が立っていた。
太陽光を反射させギラギラと輝くシルバーの髪。視線だけで相手の意識を刈り取ることが出来そうなほど鋭い眼光。その佇まいからは並々ならぬ風格が漂っている。
「フン。よく考えてみれば、俺のトレーニングに口出しをさせなければ良いだけのことだったな。それに、雑用係を手に入れるのも悪くないかもしれん。……あの男でいいか。」
彼女は何かをボソボソと言っているようで、なんとなく男が彼女を見ていると不意に目が合う。
すると、ズカズカとまるで威圧するかのような雰囲気で彼の方へと近づいてきた。
「おい。その胸のバッチを見るに貴様はトレーナーだな?」
「え?あ、あぁそうだけど何か用かい?まぁ、トレーナーといっても今日初めて出社した新人なんだけどね…。」
あはは、と少し照れくさそうに笑う彼にそんなことは聞いていないと言った様子で女生徒が話を続ける。
「ならば丁度良い。貴様に少し用があるから着いてこい。契約を結ぶぞ。」
するといきなり女生徒が男の腕を掴んで学園へと歩を進め始めた。ウマ娘の力は人間よりも遥かに強く、なす術のない彼はズルズルと引き摺られていく。
「いだだだ!…は、え?ちょっ、契約!?まって、何の話!?ちょっと聞いてます!?もしもーし!!」
1人の新人トレーナーの受難が始まった。