二人語り
「で、どうするんや?」
「どうするとは? 龍驤殿」
麗らかな日差しの差し込む食堂て、そう問い掛ければ、実に胡散臭いニヤケ面が返ってくる。
まだ湯気の漂う茶を一啜り、眉間を軽く揉んで赤い二つ括りの髪の龍驤が何やら剣呑な雰囲気を含んで、もう一度問い掛ける。
「司令官の事や」
「ああ、成る程。まあ、心配は無用でありましょう」
「あんな? 君、仕事取られてんねんで? 少しは焦りとかないんか?」
「無用でありますな」
このニヤケ面め……。
終戦後、鎮守府は平時の軍施設宛らに緩んだ空気に満ちていた。
深海棲艦との戦いも区切りがつき、退役する者もちらほら現れた頃、そんな隙間を埋める様にこの鎮守府に着任する者が増えた。
「新人が仕事を覚えるのは義務でありますからなぁ」
「ウチが言うとるのは、そこやないねんけどなぁ」
しかし、平時に飲む茶は格別でありますな。
黒、あきつ丸がのんべんだらりと湯飲みを傾ける正面、龍驤はどうしたものかと、茶菓子の羊羮に楊枝を刺した。
「今の時分に大本営から異動、きな臭いとは思わん?」
「まあ、小官も提督殿も元は大本営所属の身、どうにでもなるであります」
「その根拠は?」
問えば、実に胡散臭い貼り付けたかの様な笑みを浮かべて、羊羮を茶で流し込む。
このニヤケ面との付き合いは長い、前任の提督が戦死してから、今の提督と一緒に着任してきた人上がりの艦娘。共に鉄火場を潜り抜け、屍山血河を築き上げてきた仲だ。しかし、いまだに腹の底が見えない。
「提督殿の秘書艦経験が物を言うのでありますよ」
「秘書艦なら連中も……、ああ、成る程。そういう事かいな」
龍驤は納得して、羊羮を口に運ぶ。
ふと、周りに視界を向けてみれば、この食堂に居る艦娘全員が安心した様に、食事や茶に戻っていた。
つまりは、そういう事だ。
終戦の英雄、戦争の英雄、その傍らに常に立っていたのは、このあきつ丸だ。
そう、つまりはそういう事だ。
「ああ、ここに居ましたか」
「おや、大淀殿。どうかされましたかな?」
「書類不備が見付かりまして、やはりあきつ丸が要ると」
「やや、提督殿は甘えたでありますなぁ。小官が要るとは、中々に熱烈であります」
「はいはい、早く行きますよ」
やけにニヤついた顔のあきつ丸を引っ張って、提督補佐官の大淀が呆れ顔で食堂から去る。
その姿を見送り、龍驤が茶を啜ると、また正面の席が埋まった。
「長門かいな」
「うむ、私だ。しかし、馬鹿な試みをする連中も居たものだな……」
「ん? ああ、あきつ丸を司令官から引っ剥がして、自分らの首輪付けようとか、甘い考えやな」
「そうだな。あの男の隣にはあきつ丸以外立てんだろうよ」
着任、いや着任前から提督に付き従い、彼の考え全てを理解していると言っても過言ではない艦娘。
誰しもが最初は彼に近付こうとした。男女の情が無いとは嘘になるが、それ以上に優秀な指揮官から一番の信頼を勝ち取り、戦船として功績を挙げたい。
そう考えていた。
だが、答えは呆気ないもので、一番の信頼は得ても、格別の信頼は別だった。
「艦隊旗艦として信頼は得ていても、やはり提督の隣にはあきつ丸しか居ない」
「やけど、それが不満という訳でもないやろ?」
「無論だ。むしろ、あきつ丸が提督の隣に居る事で安心すらある。あいつなら、我らの指揮官を任せられるとな」
周囲からも同意の意思がある。
胡散臭いニヤケ面ながら、提督の部下としてやるべきを果たし、時には提督の代理すらこなす。
そして、代理時の指示は提督本人と誤認するかの如く的確であり、あの二人は二人で一人なのだと認識する様になった。
「だから、まあ心配は要らんだろ」
「心配以前に無理やろって感じやな」
「そうだな。無理だ。そういえば、この間あきつ丸と話す機会があってな」
「どんな話の切り返しやねん。……で?」
「うむ、提督と夜戦はしたのかと」
何言うとんねん、このナガト・ナガト。
こいつも艦隊旗艦であって、鎮守府最古参の一人なのだが、どうにも本能的に動く気がある。
もう少し理性的に、もっと言うなら知性のある生物として発言行動してほしいと、龍驤は常々思っている。
「何言うとんねん、このナガト・ナガト」
「ん? 今私を類人猿扱いしたか?」
「気のせいや。ほら、早くルワンダの森に帰り。ここは君の生きる場所やあらへんで」
「よし、その喧嘩買った」
「すまんが、その喧嘩は非売品や」
「……どうにか売ってはもらえぬか?」
「あかんな。売らん言うたら売らんのや」
「うぬぅ……」
「いや、何を言っているのですか?」
龍驤がナガト・ナガトとじゃれていると、不意にそんな声があった。
カレーであった。よく知る正規空母のものによく似た手足を生やした山の様なカレーが、ナガト・ナガトの隣に座った。
「カレー……?」
「あ、いや赤城です」
「なんや、赤城かいな」
「いやいや、カレーが喋る訳ないじゃないですか」
「ウチらみたいな不可思議存在が居るんや。喋るカレーが居っても不思議やないやろ」
「そうですね。ルワンダ製超弩級戦艦も居ますし」
「お? 喧嘩か?」
ナガト・ナガトが何か言っているが、そんな事はお構い無しに、赤城はスプーンでカレーの山を削り始めた。
一体どういう速度で咀嚼嚥下しているのか。瞬く間に、カレーの山は削られ、よく知る顔が見えた。
「しかし、長門さんの疑問も理解出来なくもないんですよ」
半分近くにまで減ったカレーに、備え付けの福神漬けを放り込みながら、赤城は言う。
「あきつ丸さんと提督は、言ってしまえばそういう関係でもおかしくない程に親密ですから。ほら、提督を助け出したのもあきつ丸さんでしょう?」
「そやな……。あれはほんまに自分らが情けなくなるわ」
「ああ、まさか終戦の言葉に油断するとは、このビッグセブンの一生の恥だ」
「それに、提督が目を覚まして最初に呼んだ名はあきつ丸さんです。まあ、本人は心配を他所に饅頭食べてましたが」
「あのニヤケ面は、ほんまに……」
龍驤が言えば、周りからも苦笑が漏れる。
提督が眠っている間、あきつ丸も目を覚まさなかった。
何度か提督が危篤状態になれば、あきつ丸も同じく危篤状態になっていた。
もう駄目かもしれない。誰もがそう思っていたら、一足先に目覚めて、平然と饅頭を齧っていた。
「だからまあ、大丈夫ですよ」
カレーを平らげた赤城が茶を飲むと、提督とあきつ丸が食堂に入ってきた。
「だから、お前は本当にそういうところだからな?」
「いやはや、資料を場所は把握してほしいものであります」
「まったく……。ん? どうした?」
「いや、なんもあらへんよ」
顔、右目を縦に走る傷を隠さない提督と、飄々とした胡散臭いニヤケ面のあきつ丸が、普段と変わらぬ様子で龍驤に疑問すれば、龍驤は何も無いと答える。
「まあ、大丈夫か」
「そういう事やな」
「何が大丈夫なんだ?」
「ナガト・ナガトでありますから、自身の故郷の森の心配でありましょう」
「よし、その喧嘩買った」
「残念。この喧嘩は非売品であります」
──ほんまに大丈夫やな
変わらぬ二人に、龍驤は湯飲みに残った茶を飲み干した。