プロローグ
まだ冬の気配を感じる初春の風が頬を撫でていく。
そして次の瞬間にその風は速まっていく。ボク自身の走る速度を上げたことにより横を走る親友もそれに合わせて速度を上げてくる。自分よりも少し小さいその体でボクに向かってくるそいつは心底嬉しそうに、そして闘志をむき出しにしてこちらを追い抜かそうとして来る。
周りに仮に人が居たのであれば目を見開いて「何事かッ!?」と意識を向けることだろう。
追い抜かされまいと姿勢をより低く保ちながらこちらも速度を上げる。一流のアスリートも裸足で逃げ出すような熾烈な攻防が繰り広げられる。曲がり角を直角に曲がり、上り坂をものの数秒で駆け上がる。息が切れ始め疲労で体が悲鳴を上げる。そんな体に鞭を打ち、もうひと踏ん張りと心を燃やす。
そしてそんな楽しい速度の競い合いは彼らがゴールとして定めた彼らの学園の校門が見えてきたことでその勝敗が決まろうとして来る。
「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」
声を上げて、さらにギアを上げると視界が白み始めた。
頭に酸素が回らなくなってきているのだろう。それは並走している親友も同じはずだ。視界がチカチカと眩いて意識が朦朧としてくる。
最終直線、体力の底を感じつつその速度を緩めず校門を潜り抜ける。最終的にその門を先に潜ったのは―――――――――親友だった
「っっっ、あ"あ"あ"――――――づっっっかれたぁ・・・・・。」
「げほっ、ごほっ、やったっ・・・今日は、勝ったぞ・・・・。」
お互いに息を切らしながら、その場に倒れ込む。
先に校門をくぐられ結果的にこの長距離ランニング・・・途中からペース配分なんてものを気にしない競争になっていたがそんなことは
彼らは
古来より伝わる「魔法使い」や「魔女」と呼ばれる存在はこの伐刀者が名前を変えて過ごしていた名残とさえ今では信じられている。この程度の鍛錬は彼らは毎日行っているものであり各々が目標として掲げているものを目指すためには必要なものだと認識しているからこそ苦でもなく熟せているのだ。
「・・・・・そういえば途中で、魔力使ってたでしょ?さすがにそれは反則なんじゃないかなぁ?」
「ふっ・・・・・使え・・・ゲホッ!・・・るものを、使うのが、ボクのポリシー、なんでね・・・・・。ゴホッ!」
「息絶え絶えで言われてもカッコつかないよ・・・・・・。」
置いておいたボトルに入っているスポーツ飲料をグイッと飲み干して、親友の言葉に無視を決め込む。男性にしては少し長い白髪をウザったそうに掻き上げながら無言でストレッチを始める。
「にしても、今年の春からヴァーミリオン皇国の第二皇女がこっちにくるんだっけ?それもAランクの歴代最高成績入学で。」
「うん、確か名前はステラ・ヴァーミリオンさんだったかな?知り合いなんだよね?」
「ステラちゃんかぁ・・・・・うん知り合いかな。昔ヴァーミリオンの近くに用があったときにたまたま偶然強い人を求めてたステラちゃんと出会ってね。数か月間お世話になってたなぁ・・・・・テレビで見たときはすっごく美人になってびっくりしたし、色々と育ってたなぁ・・・・・うんうん。」
何かを思い出すように、腕を組み頷く青年に対してその親友がまた「出たよ・・・・」と苦笑し始める。
この青年生粋の女好きとして学園ではそれなりに有名になってしまっている。それもそのはず。彼自身現在「女性にフラれた連敗記録」を更新し続けており、ついに先日あと一人で四桁の大台に乗る位置に至ってしまったほど残念な男なのだ。過去にフラれたはずの女性にもアタックをし続け、女性(の伐刀者はなぜか美人な人物が多く、美形がほどんど)であれば誰でも向かっていく姿勢はもはや学園の名物にもなってしまっているのだ。
「まさか、ヴァーミリオン皇国にいたときからそんな調子じゃないよね・・・・・?」
「おいおい、まさか我が親友サマはボクが小さい幼子だったころのステラちゃんも性的な目で見てたと?心外だなぁ!親友にそこまで疑われてるなんてっ!ボクは悲しいヨっ!」
「いや、この前の子って確か今年から中学生になる子じゃなかったっけ?」
「――――――あー。いや、そうだったっけかなぁ~。」
眼を逸らして、現実を直視しない青年の頭に対して手刀を振り下ろす親友。
校門前は春休みという事もあってこの朝の早い時間は人通りはほとんどない。三月の下旬だというのに温暖化の影響か早咲きの桜が、これから入学してくるであろう新入生を気の早い歓迎の支度をしている。
「さてさて、またこの春が始まるわけだけど、やっとスタートラインに立てたよね。」
「全く・・・・・僕に付き合って留年して、君の方こそよかったのかい?君の能力なら成績関係なく二年生に進級できたはずじゃないか。授業を無断で欠席したり、
「いやぁ、ボクもあそこまでやる気はなかったんだけど、こうでもしないと留年出来なそうだったから、つい、ね?」
舌を出して謝ると再度手刀が振り下ろされる。だが今度は当たる前に青年がその手で掴み、立ち上がる。
ストレッチでほぐれた体の動作を確認しつつ、視線を親友に向ける。
「ほら、そろそろ「合わせ」やっとこう。早くしないと守衛のおっちゃんに気づかれちゃうし。」
「うん、そうだね。お互いストレッチも終わったし始めようか。」
そういう二人は特に示し合わせたわけもなくお互いに体を反転させて少し距離を取る。
同時に振り向きその体に込められている魔力で自身の魂を具現化していく。両者とも(親友は全体が漆黒に染まった、青年は特になんの変哲もない)刀の形状をしている。
「来てくれ、「
「魅せるぞ、「
お互いの刀の銘を言い放ち、顕現させた自身の魂「
その場に先ほどまでの静けさとは別な静謐さに包まれ始める。先ほどまで朝の囀りをささやいていた小鳥たちも闘争の気配を察知し一斉に飛び立ち、バサバサと音を立てて最後の一羽が飛び立った瞬間だった。
「「――――――――――――シッ!」」
お互いの呼吸が合わさり、全くの同時に地面を蹴り飛び出して距離を詰めていき、その刃を交わらせる。
鈍い金属音がその空間に響き一瞬にして鎮まる。そこから繰り出される、剣戟の応酬。お互いの霊装に向けて振るわれる刃が何度も何度も何度も打ち合い、一度引き再度接近を何合も繰り返していく。
「うん?もしかして少し遅くなったかい?太刀筋がブレてるよ。」
「そっちこそ、憑依経験の感度悪いんじゃないか?前の君ならさっきの斬撃も簡単に受け流せたろ?」
「おっ、言ったなぁ~?さっきの走り込みで疲れてるかなぁと思って少し手抜いてただけだし!こっから真面目にやるもんね!」
「嘘つけっ!結構マジでやってたくせにっ!」
言い合いをしつつ、剣を交え続ける二人の青年。
その間にもその場の空間を駆け、しゃがみ、袈裟、唐竹、逆袈裟と時折太刀筋を変え、フェイントも入れ込み、一振り一振りに魔力を込めていく。だが、そこで差が出来てしまう。親友の魔力量は魔導騎士としては底辺も底辺。まるで運命がそれを拒んでいると思えるほどの微量さだ。
それに比べて青年の魔力は彼とは対極的とも言える。その量は現在確認されている伐刀者の
「・・・・・ふぅ、こんな所かな?大丈夫かい。」
「だ、だいじょうぶ、なわけ、ないだろ・・・・・。きみ、無理やり魔力、引き出させてたろ・・・・・。」
「普段こんな使い方しないからねぇ、
伐刀者の魔力の上限は生まれた瞬間から決まっている。これを覆ることは不可能であり、魔力量の多さはそれ即ちその人物の運命の重さに比例していると言えよう。
親友の魔力量の微量さだ。その運命の重さは青年にとっては想像に難くない。そしてその運命の重さは実際に彼の前に留年という巨大な壁を残してしまった。そしてそれに付き添うように一匹の龍も墜ちていった。
「去年一年はそんなに学校通えなかったからなぁ。心機一転で楽しみますかっ!」
「君はそれでいいと思うけど、理事長が変わって学園も変わった。心機一転して、実力主義になったこの場所で、ようやく君と正式な場所で競い合うことが出来るんだ。それを忘れて貰ったら困るよ?」
「あっはっは!もちろん忘れてないよ!むしろそれが一番楽しみなところあるからね。そっちこそ中途半端なところで脱落しないでくれよ?今年は豊作なんだから。一番の原石の君が霞まないように一緒にいるんだから。」
こうして去年一年間を共に過ごし、時には憤り、時には笑いあった二人だからこその「今」青年は思う。もしも
「それじゃ、今年もよろしく。ボクらが目指すあの頂に向けて恥じない活躍をしようじゃないか。イッキ」
「うん、こちらこそ。その時が来たら僕が用いる全てを費やして、君を打ち倒すよ。オル」
お互いの理想、野望を胸に拳を合わせ、改めて言葉を交わし合う二人。その表情に愁いなどなく、あるのは同じく目指す七星の頂点を目指す魔導騎士。遥か高みに存在する景色を見るために鍛錬を続ける若き学生たちだ。