吾輩はBETAである。名前はもう無い。   作:へびさんマン

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大昔にArcadia様に投稿したものの移植作です。
 


吾輩はBETAである

 

 吾輩はBETAである。名前はもう無い。

 

 どこで生まれたかとんと見当がつかぬ、という訳ではない。

 だが、吾輩には『生まれ』というものに該当する出来事が、都合三度存在するのだ。

 どれを以って『生まれ』と言えば良いのか、そればかりはとんと見当がつかぬ。

 

 故に、順繰りに語るとしよう。

 

 一度目は、日本という国。

 幼く自我のない赤ん坊であった吾輩は、多くの凡愚と同じく、その一度目の生まれをとんと覚えておらぬ。

 ただ、その日本は平和な国であった。餓死することはなく、食べ物は豊かで娯楽に溢れ、失われた何十年とかいう割に増税しては景気を冷やすトンチキ財政政策をする以外は概ね好い国であった。*1

 その日本で吾輩は一度目の死を経験した。死因は分からぬ。癌であったのかも知れぬし、交通事故か地震や津波などに巻き込まれたのかも知れぬ。

 

 ともあれ、吾輩は一度死んだ。

 

 

 二度目の『生まれ』は、ソ連という国であった。

 これははっきりと覚えている。

 何故なら吾輩は赤子ながら確固とした成人の自我をもっていたからだ。

 

 寒く厳しい国であった。

 生きることに苦労したが、幾ばくかの高等教育の知識は立身出世の助けとなった。

 

 だが外国のことを見聞するにつけ、以前の日本があった世界とは、この世界が異なることに気がついた。

 何せ大日本帝國が存続しているのだ。

 吾輩が生まれたのは第二次世界大戦の頃であったが、原爆が落とされたのは、ベルリンであった。

 

──── いわゆる並行世界というやつなのだと吾輩は理解した。

 

 さりとて、吾輩がすることは変わらぬ。

 日々の糧を得て、糊口をしのぎ、(つま)しく生きていくだけである。

 妻を娶り、子が出来た。責任ある仕事も任せられるようになった。良い人生であった。

 

 一度目の人生とは比べ物にならぬ速さで宇宙開発が進み、縁を得てソ連の宇宙開発に携わっていた吾輩は、充実した日々を過ごしていた。

 

 そうして二度目の人生を平々凡々と過ごすうちに、転機が訪れた。

 

 

──── そう、BETAである。

 

 外宇宙より飛来したあの気色悪い(けしきわるい)生き物を、火星を覗く望遠鏡越しに、吾輩は初めて見た。

 正確に言うならば、『実物を初めて見た』、のである。

 吾輩はBETAたるものを、その概念をかすかに知っていた。

 

 今は遠き一度目の人生で、そのような「あいとゆうきのおとぎばなし」があったはずである。

 なにぶんその当時でも通算で都合四十か五十年は昔の話であり、かなり朧気な記憶であるが、吾輩はそれについて、幾ばくかの知識を得ていた。

 

 火星におけるモニュメントの発見と、初めての知的生命体との接触に湧き上がる周囲を他所に、吾輩は恐怖した。

 あの醜悪な、外宇宙からの資源回収ユニットは、そのレゾンデートル(存在意義)に従って、吾輩の暮らす地球を、祖国を、蹂躙するに違いないのだ。

 火星のオリンポス山が削られて平らになったように、ソビエトの山も谷も何もかもが削られて失くなってしまうのだ。

 

 吾輩は恐怖した。

 

 狂ったかのようにBETAについての情報を収集した。

 自分の抱く危機について、BETAの生態について、BETAの目的について、様々な手段で世間に、国家に訴えた。

 何度も、何度も、何度も。

 

──── だが、誰も吾輩の言うことを信じなかった。

 

 皆が、吾輩が狂ったのだと後ろ指を指した。

 妻にも子供にも、愛想を尽かされた。

 閑職に追いやられ、やがて宇宙開発の職場も馘首(くび)にされた。

 

 だがそれでも吾輩は、BETAの危険性について発信し続けた。

 恐怖に駆られて、吾輩は貪欲に旧縁を辿って情報を集め、自費で論文誌を立ててまで発表し続けた。

 狂人扱いは変わらなかったが、吾輩は地球で最もBETAに詳しい人間の一人となっていた。

 

 そして、またしても転機が訪れた。

 

 BETAの月面への展開と、それに続く第一次月面戦争の勃発である。

 

 吾輩の論文は一躍脚光を浴び、BETA専門家として軍事顧問に招かれることとなった。

 にわかにBETAの脅威が認識され始め、世論操作などの果てに相次いで世界規模の対BETA計画が発動された。

 

 吾輩が論文で提唱したのは、降着ユニットの落着阻止を旨とする水際作戦と、その網を逃れての降着後に初期段階で徹底殲滅する早期殲滅作戦である。

 これらの論文ではあらゆるケースを想定していた──── 特に政治的要因で早期殲滅作戦が実施できない地域への降着を危惧していた──── のだが、その危惧は事前の想定があったにもかかわらず、現実のものとなった。

 人類というものは、一度痛い目に遭わねば、学習せぬものだと、吾輩は悟った。

 

 

 故に、吾輩は最終的解決として、オルタネイティヴ3に介入することを決意した。

 

 吾輩は提案した。

 オルタネイティヴ3は、表向きは、『ESP能力者によるBETAとの意思疎通、情報入手計画』とするが、ソ連内部では吾輩の介入により、『ESP能力者によるBETA指揮系統奪取計画』として進行させることを。

 

 つまり、BETAを敵とするのではなく、BETAを味方(奴隷)にする計画である。

 駆除ではなく、利用だ。

 

 

 と は い え。

 

 宇宙に進出するような種族の管理システムをハッキングするなどということがそう軽々と出来るはずもないのである。

 少なくともESP能力者を反応炉(ブレイン級)のところまで連れていかねばならない。あの魑魅魍魎蠢くハイヴの中をだ。

頭脳級(ブレイン級)や重頭脳級の存在や、BETAの指揮系統については、仮説という形で吾輩が論文として纏めており、それを発表済みだ。)

 

 

 『BETAの指揮系統奪取と利用』は不可能である、と結論された。

 

 故に、オルタネイティヴ3の変更案については、却下された。

 変更案に関して纏めた資料や論文は、いつかの誰かのために引き継がれるだろう。

 ……案外、吾輩が作った資料をベースに、女狐と名高い香月博士がオルタネイティヴ4を閃くのかも知れない。

 

 

 だが、今となっては関係のない話である。

 無理もない話であるが、吾輩は再び気狂い扱いをされた。

 その結果として、吾輩は危険思想の持ち主として、オルタネイティヴ3の研究所を追われることとなったのだから、もはや吾輩にはオルタネイティヴ3もオルタネイティヴ4も関係がないのだ。

 

 

 しかし吾輩は諦めなかった。

 諦めるわけにはいかなかった。

 

 BETAの物量に、人類はいずれ押し負ける。

 人類は生存競争に敗北する。

 それは半ば以上確定的な未来である。

 

 吾輩は諦めない。

 

 勝つためには、『BETAを以ってBETAを駆逐する』必要があるのだと、吾輩は確信し、盲信し、信奉していた。

 

 

 吾輩は、はたと閃いた。

 真正面からハイヴに突入する必要などないのである。

 

『BETAはBETAを攻撃しない』

『BETAは人間を捕獲することがある』

『BETAの兵士級*2は、人間の肉体から再構成される』

 

 この三点から、吾輩の頭に天啓を受けたかの如きアイディアが閃いた。

 

 即ち、突入ではなく、── 潜入。

 

 

 BETAに偽装した人間が、捕虜に見せかけたESP能力者とともにハイヴに潜入するのだ。

 

 BETAからBETA認定されるくらい完璧な偽装を施せば、『BETAはBETAに攻撃されない』という原則により攻撃を受けない。

 捕虜としてならば、ESP能力者を堂々とハイヴに連れていける。

 

 

 では、『BETAに偽装する』とは、一体どうするのか。

 ここで重要になるのが、三番目の法則だ。

 

 

『BETAの兵士級は、人間の肉体から再構成される』

 

 

 つまり── 人間をBETAにすれば良い。

 

 人間を、その意識を保ったまま、捕獲したBETAと融合させる。

 人造BETA計画。

 

 ヒトの意識を宿したBETAを、何食わぬ顔でハイヴに帰還させる。

 捕虜としてESP能力者を連れて。

 そして頭脳級を乗っ取るのだ。

 それで任務完了だ。

 

『怪物と戦う者は、自分も怪物にならないよう注意せよ』?

『深淵を覗き込むとき、深淵もまたお前を覗き込む』?

 

 上等である。

 

 吾輩が怪物(BETA)になった程度で人類が救われるというなら!

 吾輩は喜んで深淵に身を投げよう!

 

 

── こうして吾輩の二度目の人生は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 吾輩はBETAである。名前はもう無い。

 

*1
◆日本は平和ないい国:※個人の感想です。この主人公は2010年代前半に死んでいますので、Covid-19パンデミックもウクライナ侵攻も知りませんし、元号が令和になったことも知りません。

*2
◆兵士級:作中現時点では未確認

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