吾輩はBETAである。名前はもう無い。 作:へびさんマン
「あったよ! つづきが!」 「でかした!!」
(蛇足なので前話までの読後感を壊す恐れがあります。いあいあ。)
海洋ハイヴ内にて、ボロボロの白衣を着た
『大攻勢の準備は完了。吾輩、感無量』
コレは自らをBETAに改造した狂科学者アラム・スカチノフの成れの果てであり、人類にBETAの生態情報を横流ししていた七篠瓶太であり、今は単なる『名無しのBETA』でしかないモノだ。
ソレは暫し、これまでの道程に思いをはせる。
後天的なESP施術を自らに行い、まずは目を潰した光線級BETAとの融合と感応による乗っ取りを行った。
頭脳級からの命令に気合で抗いつつ、さらに他の戦車級を始めとするBETAと融合を繰り返した。
融合してBETA由来の技術知識を取り込み、リソースとして他のBETAを喰い、徐々に自己改造を進めた。
比較的動きやすい兵士級の身体を得たのもこのころだったか。
他個体を取り込んだことでBETA由来技術に理解を深め、それを応用した自己改造により思考速度やESP精度を向上させることに成功。それによりさらに他個体の取り込みが加速した。
そしてもっと上位の能力を持った個体へと干渉し、制御を奪取していく。
それを繰り返し、頭脳級の支配が及ばない端末を増やす。
とはいえ、制御を掌握した以外のBETAがハイヴ内で新たに生産されて数が増える方が圧倒的に早い。
『名無し』の勢力拡大は、割合としては遅々として進まなかった。
『吾輩は地道に増殖。やがて設備を奪略』
さらに『名無し』の計略が飛躍したのは、BETAの生産プラントのうちのひとつを奪略することに成功した瞬間だっただろう。
そこからは他の生産プラントの掌握を進め、徐々に自分の意識が浸透したBETAの割合を増やしていくことに集中した。
自己改造も同時並行。
戦力と能力を上げ、彼我の能力均衡が崩れる瞬間を……来たるべき時を待つ。
そしてついに頭脳級の掌握に成功し、自らを上位存在/重頭脳級として認識させる段階まで到達した。
ここに至り、BETAが蓄積してきたデータベースへのアクセスにも成功。
はるか遠くの宇宙のかなたで滅んだ異星で蒐集された、他の炭素系生命のデータを用い、さらなる改造が可能になった。
『吾輩は逃亡。行く先は海洋』
地底掘削において非効率であるため生産されることのない海洋適応型のBETA。
それに『名無し』は目を付けた。
そして頭脳級/反応炉を持ち出し、北極海へ進出。
海の底で旧来の資源回収用ユニットである突撃級や要撃級や戦車級によって海底を掘削。
既存のルーチンに沿ってG元素を生産、貯蓄。
『G元素を兵器利用。横領上等』
『名無し』のアドバンテージの一つは、本星に送り出すべき資源を横領し、全て自らの戦力増強に使える点である。
当然ながら、各種G元素も潤沢に使えるし、上位存在としての権限により、兵器転用やさらなる利用法の研究すらも可能となった。
『名無し』配下の海洋性BETAは数を増やし、七つの海の海底を覆い尽くす勢いで戦力を増強していった。
そしてその過程で、人類の勢力圏から最も離れた海底……太平洋の到達不能極に本拠地を移した。
同時にESP能力に加えてPK能力(特に電子操作能力)の開発向上も進め、BETAとしての高度な情報処理能力によって己の身一つで機械的な機能を代替再現することで、地上の人類の通信ネットワークへの介入を進めた。
『名無しのBETA』による七篠瓶太としての論文投稿活動は、そのようにして行われたのだった。
『名無し』は己のことを、サムライアリのような存在であると考えている。
サムライアリは、別種のアリの巣に侵入し、蛹や幼虫を奪って己の巣に持ち帰り、奴隷にする生態を持っている。
やがてはその別種のアリの女王を弑し、その巣を完全に乗っ取ってしまうという。
『名無し』がやっていることも正にそれで、BETAの指揮系統を乗っ取ることで、その戦力を、技術を、資源を劫掠しているのだ。
そして『名無し』は、人類の一大反攻作戦──── 『桜花作戦』に便乗することを決めた。
人類がユーラシア大陸外縁の各ハイヴを攻撃してBETA戦力を拘束するつもりであるなら、ちょうどいい。
『海洋ハイヴ全てに号令。出撃を命令』
思念により伝達。
さらなる勢力拡大を狙うため、蓄えた戦力とG元素を盛大に消費することとした。
『G元素により空間歪曲。座標計算』
海洋性BETAは、水中では十全な性能を発揮できるが、地上では役に立たない。
いやまあ、大海嘯か津波のように波際から大陸奥深くまで押し寄せることも可能ではある。
地上のBETAと人類が殴り合っている間に、海底でぬくぬくと、それほどの戦力を集積してきた自負はある。
だが、もっとスマートなやり方があるのだ。
『転移門、開け』
海底から、ハイヴ直上へ。
水ごと移動し、降り注ぎ、ハイヴ内を満たせば良い。
G元素の研究の果てに辿り着いた空間歪曲技術により、直通経路を形成。
まさしく海の底が抜けたように、海をひっくり返したかのような怒涛が、オリジナルハイヴを除く地上の各ハイヴへと叩きつけられる。
さらに言えば……。
『海盆規模粘液体級──── ジャイアント・ショグゴゥス級、進発せよ』
その水すらもが、己の戦力であればなおのことよろしい。
海底から空に開けられた転移門へと、
海底の大きな海盆一つまるごと満たしていたようなサイズの、巨大な生きた粘液体が……ハイヴを満たして余りある質量が、天の穴から滴り落ち、地上のモニュメントをへし折りながら地下へと浸透していく。
無数の地上のBETAがそれに巻き込まれていくが、依然としてソレらは無抵抗だ。
現時点を以てなお、BETA側の敵味方識別は、海洋性BETAを敵だとは判別していないのだ。
それらは地上ハイヴ内のBETAたちに取り付き、そして侵食するだろう。
『これでオリジナル以外のハイヴは支配下に置ける。
ここまでやれば、流石に人類の延命も叶うであろうさ』
白衣を着た兵士級の『名無し』が、後ろを振り返る……。
そこには、『名無し』がいま発揮している膨大な演算能力と、あ号標的からの逆ハッキングに抵抗するに足る能力を備えた、巨大な筐体があった。
この白衣の兵士級は、作業用の端末に過ぎない。
本体は、その巨大で強大な、生物的で冒涜的で、ある種の神話的な外観を有する筐体であったのだ。
『さて、そうしたらば……ゆるりと眠って待つとしようか。
英雄たちが、この吾輩を討ちに来るのを……』
◆C号標的
海洋性BETAを統括する重頭脳級/上位存在の人類側呼称。『名無しのBETA』。
桜花作戦後、太平洋の到達不能極に築かれたハイヴにて、不活性化したまま沈黙していると見られている。
極東の女狐曰く「『死せる亡霊、夢見るままに待ちいたり』というところかしら」とのことだが、彼女は何に気付いているのだろうか……?
時折、全世界規模で狂った
◆ルルイエハイヴ
太平洋の到達不能極に築かれた海洋ハイヴの通称。C号標的の根城。
◆『名無しのBETA』
気を抜くとBETA化しそうな自己に対する精神抵抗判定を、狂人特有の頑強な精神でクリアし続けた。覚悟ガンギマリ勢。
深淵に身を投げて怪物になったはいいが、倒されるべき怪物である事実は変わらないので、来たるべき終わりの日まで海底でスヤァしている。
人類のためにも一刻も早く自殺するべきなのだが、死ぬとそれはそれで地上と海中で休眠状態にある無数のBETAの制御が効かなくなるというジレンマ。