ゲート~郵便防衛庁 彼の地にて戦えり~ 作:ああああ。
郵便防衛庁Post Defence Agency
伊丹耀司が取った方法は2つの意味で正しかった。
一つは、郵便防衛庁の腰は非常に重いのだ。
郵便防衛庁はあくまで日本郵便省の下部組織、『庁』と法的に扱われるものの内部局に過ぎず郵便省の指示なしには勝手に行動出来ない。
故に、緊急かつ迅速に動かしたいのなら郵便省に働きかけた方が遙かに効果的なのだ。トップダウンによる指令で、郵便局が誇る迅速な排除行動に移れるだろう。
そしてもう一つ。日本郵便省は、未だ現状を把握していない可能性がある。
東京等の主要都市は、戦争時には標的にされる可能性があるので、万が一戦場になった場合を想定して主要都市のすべての郵便局は郵便物を守るために核シェルターと防弾シェルターが完備されている。その他にも、重量鉄骨プレパブ通称”郵便局仕様プレパブ”と各種防弾耐衝撃設備を完備していて、軍事施設並みの設備は、世界一頑丈な郵便局の地位を不動のものにしている。防弾のシャッターを下ろしてさえしまえば、ファンタジーから飛び出してきた様な中世レベルの軍は何も出来ない。
郵便局内でパニックになって、シェルターに退避していたら、日本郵便省への通報が遅れてしまい、日本郵便省に銀座の惨状を認知する手段がなくなる。更に言うなら、日本郵便省は郵便事業を監督、実施する省庁であり、郵便防衛庁は郵便を守る部署。郵便関連に被害が出ていない現状、惨状を認知していても出撃許可は下りない、筈だった。
耀司が、無惨に破壊された郵便ポストの写真を送らなかければ。
耀司がポストの写真を送った結果――。
「大臣、銀座が戦場になっとるんですよ!?」
市ヶ谷、郵便防衛庁庁舎からヘリで約5分。
前身である郵政省の初期に庁舎があった麻布台に、郵便局を内包する広大な敷地を、日本郵便省は本庁舎として活用している。庁舎敷地の中央にデカデカと鎮座するビル通称ポストビルの屋上は、東京が一望できる会議室があり、そこに日本郵便省の大臣官房が置かれていた。
日本郵便大臣官房室。
嘉納はそこで、椅子に座り黙りこくってる郵便大臣に向けて熱弁を振るっていた。
「今こうしてる間にも、民間人に犠牲者が出ているかもしれない! なのに、防衛庁に待機命令とか正気かアンタら!?」
嘉納太郎。郵便防衛庁長官であり、郵便防衛部の直接の責任者である。仁義に厚い江戸っ子なのだが、大臣官房たちは嘉納の言葉にまるで取り合おうとしない。
郵便大臣その人は相変わらず考えるように目を閉じるだけで、代わりに50代の女性が口を開いた。
財務部のトップ。郵便防衛庁への予算捻出も担当する女帝。彼女は、諭すように、嘉納太郎に話しかける。
「嘉納さん。日本郵便省は何を担う行政機関ですか?」
「……郵便事業の行政を司る省、だが」
「そう。そして郵便防衛庁は郵便を守る内部部局です。郵便に被害がない以上、郵便省が動く必要はありません。市街地の戦闘は内閣府の要請があるまでは原則禁止。これは法が定めています」
郵便防衛庁は確かに軍事的側面を持った組織ではあるが、正規の軍ではなく郵便省の内部部局に過ぎない。軍隊でもないのに、市街地での戦闘権限などある訳がなく、
そもそもの話、郵便及び郵便インフラを『郵便の敵*1』から守るために発足された組織であって、国会や国民を守る組織ではないのだ。『郵便の敵』が無く、内閣府の許可も無しに市外戦を行うことは出来ない。
そんなことは嘉納とて、重々承知している。
「しかしですな! ……っと失礼」
頭の固い郵便共バカをどう説得したものかと頭を悩ます最中、着信音が鳴り響き、太郎は断ってからスマホを取り出した。
見れば、送信元は伊丹耀司。
なんやかんや腐れ縁が続く悪友みたいな奴だ。だが今は取り込み中。やんわりと切ろうと出たのだが。
「どうした伊丹悪いが今は、……今なんて? その写真ッ、今直ぐ送ってくれい!!」
送信された画像。
ポストの惨状を見て、曲がりなりにも郵便省の長官職*2に任命された議員として怒りを覚えるが同時にこれは光明であると判断する。
「大臣、それにお歴々。これを見てくれ!」
嘉納は怒りを滲ませながら、スマホをテーブルに載せ、拡大された一枚の写真を見せつけた。
「「こ、これは!?」」
「日本郵便省の象徴たるポストをよくも……、!!」
見るも無惨に破壊された郵便ポストの写真。たった一枚の画像は、郵便が動く事態ではないと慎重であった大臣官房の流れを一気に変える。
「……これは明らかに郵便に対する敵対行為だ。日本郵便省は本時刻を以て銀座の一切の騒動を郵便妨害と断定。郵便物等保護法第3条に基く『郵便等防衛義務』を発動する。異論はあるかな?」
今まで、高級感あふるる黒革椅子に深く座り込み、議論の成り行きに委ねていた郵便大臣は初めて口を開く。
東邑倫道。何よりも郵便を愛し、日本の郵便のために尽力してきた郵政界隈の重鎮。
歴代の郵便大臣で最長の20年を超える在位期間を持つ彼の声は怒りに満ちいていた。
「ありませんとも大臣」「これは明らかな郵便敵対行為です! 許すわけには行きません!!」
手のひらをころころ~っと盛大に返す、郵便省の重鎮たち。彼らは怒り心頭の様子。
「嘉納。郵便大臣として、第二級防衛命令を発動する。銀座にいる郵便の敵勢力を何が何でも排除しろ!」
郵便大臣の口から出る、第二級防衛命令。他国の軍関係者や政治家が見れば首を傾げる異常事態だが、郵便省の人間は誰も違和感を感じない。
悪鬼たるや修羅の如く形相で、皆口々に
嘉納太郎は、大臣に軽く頭を下げると、至急大臣官房会議室を出る。
「おう、任せされました。失礼します」
スマホを取りだし、電話を掛ける。
宛先は、もちろん日本郵便省内部局郵便防衛庁。
やっと、頭の固い連中が頷いた。太郎は活き活きと声を荒げ、命ずる。
「おう俺だ。許可が出た。思いっきりやれ! 日頃の鬱憤を全部ぶっけて晴らしちまえ!!」
重い腰を振りまくる。
あくまで己は郵便省だと言い張るものの、いざ『郵便の敵』が出現すれば徹底的に交戦する。世界第三位の戦力を有する、世界一物騒な郵便組織を言い現わす表現として、耀司が太郎に言った言葉は言い得て妙な確信を付いた表現であった。
「たくっ。次から次に……。おやっさんはまだかぁ」
PDW7の再装填を素早く行いつつ、耀司は文句を垂れる。
PDW7は携帯しやすく扱い易いが、火力が少々足りない。しかも、予備の弾薬も尽きかけている。
フルオート射撃で弾を節約しながら異世界の軍勢を排除していたのだが、限界はもう直ぐそこだ。
――パアン、と銃声が聞こえる。
聞こえた銃声は一発。恐らく拳銃、ならば発砲者は郵便局員ではなく、
「警察か? くそお」
銃声の聞こえる方へ伊丹は走る。
何も国民を守りたいとか、軍人としての使命感などといた高尚な理由による行動ではない。
伊丹耀司の所属はあくまで郵便局。彼は郵便省の公務員郵便局員なのだ。軍事的義務は彼にはない。
彼を突き動かす理由は、ただ一つ。
「このままじゃッ」
彼を、一体何が突き動かすのかというと。
「このままじゃ同人誌即売会が中止になっちまう! やっと、ぶんどった休暇なのにいい!!」
日頃の、郵便業務への鬱憤。
そして、同人誌即売会が中止に陥る危機感。
――それだけだ。