「会いたい」
彼からそうメッセージが入ったのは、午後六時を回ったところだった。
「運動公園かな?」
休憩中だった私は、すぐそうメッセージを打って返す。送信するとほぼ同時に既読の文字。「うん」と返って来た。運動公園はここから徒歩十分ほどの所。高校三年生の一月。通常授業も無く、大学入試に向けて皆、最後の追い込みに掛かっている時期。彼も例に漏れず、その一人だった。近頃は図書館にこもって勉強している。それもあって二人で会うときは、図書館に近い運動公園で集まることが多い。
私はコートを羽織り、鏡の前で髪を整える。前回、彼と会ったのは三日前。それでさえも長く感じていた。いつも通り、高校に通わなくなることがそう思わせていた。高校生活の終盤は、こんなに味気ないのか、と。彼や麻弥、演劇部の仲間たち、子猫ちゃん達に囲まれている日々がこんなに恋しく、愛おしいものだったのか、と。
家のドアを開ける。吹き付ける冷たい風。しかし、私の心の中にはじんわりと温かい高鳴りが在った。
運動公園に着いて中に入る。彼ならきっと、いつものベンチに座っているはず。お天道様はさよならを告げて、公園内は薄闇に包まれている。歩道の両端に植わっている禿げた桜の木が、街灯の光に照らされてうっすらと影を伸ばしていた。桜の木を照らす街灯を五本ほど通りすぎ、六本目の街灯が見えた。その脇には、桜の木ではなくベンチが設置されていて、そこにやはり、彼がいた。私が名前を呼ぶと、俯いていた彼は顔を上げてベンチから立ち上がり、よろよろと歩み寄って来た。
「薫……」
彼の様子を不思議に思って、私が声を掛けようとしたときにはもう、彼に抱きしめられていた。あまりに唐突な彼の行動に、私は困惑する。しかし、彼の状態が良くないということは、伝わってきた。無言で私を抱きしめる彼の腕が少し震えている。何だか、私より背の高い彼が小さくなってしまったような、そんな感じがした。
「……どうしたんだい?」
抱きしめられるがままになっていた私は、彼の耳元で囁くようにそう言う。彼はゆっくりと抱擁を解いた。
「なんだか、不安になってきて……」
何が、と聞こうとした私は、口を噤んだ。彼には、いくつも抱えていることがある。今現在の大学受験のことや、いざ大学に入学してからも、学費や奨学金のことがついて回る。そのどれを取っても、私にできるのは、彼の話を聞くことだけ。無力感が顔を出す。
「不安、かい?」
私がそう問いかけると、彼は力なく首を縦に振る。彼は、ゆっくりと話し始めた。
「この先、受験のことも、大学のことも、全部不安で怖くて。……でも、何よりも怖いことがあるんだ」
彼が、受験や大学のことよりも、「何よりも怖いこと」と言うのは何だろうか。私は考えた。私が取り除くことのできる不安なら、取り除いてあげたい、とも思う。彼は、しばらく間を取って、意を決したように話し始めた。
「俺は、これから先も、ずっと、薫の隣にいたい」
彼は真っ直ぐ、私の目を見て言った。そうか、そういうことなんだね。私は、彼のその一言で彼の憂慮しているところをやっと知った。私は既に、四ツ葉女子大学演劇学部への進学が決まっている。対して彼は、国公立大への進学を目指していて、大学は別々になることが決まってしまっているのだ。彼との学生生活は、高校で終わり。彼との時間は減ってしまうだろう。彼は、私と過ごす時間が減ることを寂しがっているのだ。それならば、私がすることは一つだけ。私は、左膝を地面につき、右手の手のひらを上にして、指先を彼の方に向ける。
「この瀬田薫、これからもキミの隣に在ることを誓おう」
彼の顔が段々晴れていく。目に涙を浮かべながら彼は、私の手を取って言う。
「ありがとう……」
それは、契りあうこと。
お互い、隣にいようと努力すること。