丑の刻頃、とある街郊外にあるもう誰の手も行き届いていない湖。それにかかる古い桟橋の端に一人の少年が水面を見ながら立っている。その彼の目はひどく濁って見えた。
「……」
少年は何を考えたかそのまま前方へ倒れ桟橋から落下する。何か重りとなるものでも持っているのか浮上はせず、足は段々と湖底へと沈んでいく。が、少年の服の袖が桟橋の柱のささくれに引っ掛かり片腕だけが水面へ出ており、それ以上沈むことも浮かび上がることもない状態になった。
少年の意識がほぼ無くなってきた頃、水面から出ている腕を誰かが掴み桟橋へと引き上げた。
「……」
薄い意識の中で少年はその人の姿を見た。金色の長髪で紫を基調としたドレスを身に着けた女性がすぐ横で座っていた。それの姿を目に入れた瞬間少年の意識は闇へ消えた。
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「…」
少年が目を覚ましたのは身を投げた湖の畔だった。すぐ隣で気配を感じ振り向く。そこには先程の女性が座っていた。
「目が覚めたみたいね。」
女性が口を開く
「あんな状態だったからもしかしたら…なんて思っていたけど、思い込み過ぎだったみたいね。」
女性は苦笑いをしながら少年に語りかける。だが彼はその言葉に反応もせず起き上がる。
「ちょ、もう少し安静に…」
「余計なお世話だ。それと…人間の真似事が上手いな。」
少年の言葉を聞き女性は驚愕した。まるで自分が人でないような発言をされたからだ。実際、彼女は人間ではない。彼女の名は八雲 紫、妖怪であり賢者でもある。それを彼はひと目で見抜いたのである。
「…一体いつから気づいていたの?」
「意識を失う前だ。そもそも…人間ならばここは誰も
「…やっぱり、思った通りの力を持っているわね。」
紫の言葉に少年は何処からか取り出した刀を構えるが、彼女はそれを静止し言葉を続ける。
「そんな警戒する必要ないじゃない。私はただ、あなたに提案を持ってきただけなのよ。流刻 時雨さん?」
自分の名前を呼ぶ妖怪に対し完全に刀身を抜く時雨。それでも紫は言葉を続ける。
「少し前からあなたの行動を見させてもらっていたの。だいぶ心が参ってるみたいね。ここ最近は自殺しかしてないんじゃない?服毒に首吊り、焼身までここ一週間で今回含め四回も自殺しようとしていた。けれど…」
「それ以上無駄口を開くな…さっさとその提案というのを話してみろ…」
紫の言葉を遮り話していた提案を話すように言う。
「フフ…そう慌てなくてもいいじゃない。まぁ、そうね…幻想郷に来てみたらどう?」
「…馬鹿にしてるのか?俺が何をしようとしているのか知っているなら…」
「だからこそ。もしかしたらそこで殉職できるかもしれないじゃない。ね?傭兵さん。」
「傭兵か…久しぶりにそう呼ばれたな。もしかしてその幻想郷って場所は、名前の割に地獄みたいな場所なのか?」
彼は傭兵と言われたが、実際は依頼とその内容に合う報酬さえあれば殺人でも傭兵でもどんな仕事も引き受ける謂わば万屋のようなものを以前やっており、現在の裏社会で彼の存在が噂程度に広まっているのだ。
「報酬はあなたのその時求めているもの、今で言えば自分の『死』ね。それで手伝ってほしい子がいるのよ。どうかしら?」
「もし常人が同じ仕事をした場合の殉職率。」
「一〇〇…まではいかないだろうけど、ほとんど確定で死ぬようなものね。それに、いざという時は私が居るから。」
紫はその後にー何なら友人にもあなたを死なせてあげられる人が居るーと付け加えた。
知り合いの手伝い程度で本当に常人の殉職率が一〇〇に近いものなのか、そう疑問に思いながらも時雨は条件を飲み幻想郷へ向かうことに決めた。