軍議を終えた桃香たちは、自分たちの天幕へと戻っていた。
天幕の中に入ると、桃香は小さく息を吐いて椅子に腰を下ろす。
「はぁ……なんだか、疲れちゃったね」
「お疲れ様です、桃香様」
朱里が労いの言葉をかける。
「うん。みんなもお疲れ様」
桃香は笑顔を向けたものの、その表情には軍議での疲労が色濃く残っていた。
董卓軍の将である徐栄から告げられた、あまりにも一方的な作戦。こちらの事情や兵士たちの安全など、初めから考慮されていないような扱いだった。
「それにしても、あの徐栄という男……」
星が腕を組み、険しい表情を浮かべる。
「我らを何だと思っているのか。まるで使い捨ての駒のような扱いだったな」
「実際、そのつもりなのでしょう」
雛里が静かに口を開いた。
「徐栄さんにとって、私たちの部隊は自分の手柄を立てるための道具なんだと思います。もし私たちが失敗しても、責任を押し付ければ済むと考えているのかもしれません」
「そんな……」
桃香の表情が曇る。彼らは自分や仲間たちを、本当に使い捨てるつもりなのだと改めて理解した。
「兵士たちは、みんな自分の命を懸けて戦ってくれるんだよ。それなのに、そんな扱いをするなんて……」
「桃香様。お気持ちは分かりますが、まずは落ち着いてください」
朱里が優しく声をかけた。
「今は徐栄さんの考えを変えようとするよりも、私たちがどう動くべきかを考えましょう」
「うん……そうだね」
桃香は頷いた。
「朱里ちゃん、雛里ちゃん。何か良い方法はあるかな?」
「はい。まずは、先ほどの軍議で提示された作戦を整理する必要があります」
朱里は地図を広げた。
「徐栄さんの作戦は、私たちに前線で敵を引き付けさせることを前提にしています。しかし、敵の兵力や配置が正確に分からない以上、このままでは危険です」
「それに、私たちが敵を引き付けている間、援護が確実に来る保証もありません」
雛里が続ける。
「もし敵の攻勢が予想以上に強かった場合、私たちは孤立する可能性があります。そうなれば、退路を確保することも難しくなります」
「つまり、徐栄さんの作戦には、私たちが無事に戻れる保証がないということだね」
「はい。少なくとも、現状ではそう考えた方がいいと思います」
朱里は頷いた。
「ですから、私たち自身で退路と予備の対応を考えておく必要があります。敵の動きによっては、作戦そのものを変更できるようにしておかなければなりません」
「でも、徐栄さんがそれを認めてくれるのかな?」
桃香が尋ねる。軍議での徐栄の態度を考えれば、当然の不安だった。
「難しいと思います。あの方は自分の手柄を何よりも重視しているように見えましたから」
雛里の言葉に、ディバルが鼻を鳴らす。
「フン。だったら、こっちはこっちの都合で動くか? あんな奴の指示に従って、兵を無駄死にさせるわけにはいかないしな」
「ディバルさん、それはいくら何でも極端だよ。それに、勝手に動くのは危険だよ。曹操さんからの援軍として来ている以上、軍全体の動きも考えないと」
桃香がディバルをたしなめる。ディバルは思っていた以上に、徐栄に対する怒りを抑えきれてはいないようだった。
「桃香様のお言葉も分かります。ですが、我らの兵を守るために必要なことならば、ディバル殿の言うように、奴らの言葉にいちいち付き合うべきではないでしょうな」
「そうだね、星さん。私もみんなを危険な目に遭わせたくない。だから、できる限りのことをしよう」
桃香は一同を見渡した。
「朱里ちゃん、雛里ちゃん。私たちにできることを一緒に考えてほしいの」
「はい、桃香様!」
二人の軍師は力強く返事をした。
その後、しばらくの間、天幕の中では作戦についての話し合いが続いた。しかし、妙案が出ることはなかった。
敵の配置や地形について、まだ不明な点が多い。現時点で具体的な作戦を決めるには、情報が足りなかった。
「……やはり、もう少し情報が必要ですね」
朱里が考え込む。現状、桃香たちは広宗周辺の状況を十分に把握できていない。情報が圧倒的に不足していた。
「そうですね。特に、董卓軍がどのような配置を考えているのか、そして徐栄さんが実際にどこまで兵を動かすつもりなのかが分からないと……」
雛里も頷いた。
「どう動かすか……。先ほどの軍議では、あの徐栄という男、先陣を切るということぐらいしか言っておらん。ある意味、どう動くか最も読めん相手だな」
星の言葉に、一同は同じ思いなのか、疲れた顔で頷いた。
「ふむ……。いっそのこと、李儒殿から情報を得られないだろうか」
星の提案に、皆の視線が集まった。
「李儒さんですか?」
「うむ。軍議の様子を見る限り、あの者は徐栄のやり方に賛同していないどころか、反対しておりました。それなりに長い付き合いがあるのなら、あの男の動きを予想できるのではないでしょうか」
星の言葉に、朱里は少し考え込む。
「なるほど、星さんの予想は当たっているかもしれません。ただ、李儒さんは董卓軍の中で疎まれていたみたいですから、簡単には接触できないと思います」
朱里の答えに、ディバルが質問する。
「それは、さっきの軍議で李儒が失脚したからか?」
「はい。李儒さんが董卓軍上層部の人たちから邪魔に思われていたのは明白です。失脚させただけでなく、董卓さんたちの邪魔にならないように監視をつけている可能性もあります」
朱里の話に、星は呆れたように息を吐いた。
「やれやれ。意見が合わんとはいえ、味方同士でこのようなことをするとは……」
「それだけ李儒さんの能力と影響力も大きいんだと思います。本陣に戻るまでの間に、多くの兵士が李儒さんのことを心配していました。きっと、慕われていたんだと思います」
雛里の言葉に、皆が頷く。桃香たちも、それを目撃していたのだ。
雛里の言葉に続き、朱里も懸念点を告げた。
「もっとも、李儒さんが本当に協力してくれるかどうかも分かりません」
確かに、と全員が頷いた。すると――。
「失礼するのです。桃香殿たちは、こちらにおられますか?」
天幕の外から、聞き覚えのある少女の声がした。
「この声は……」
星が入口へ目を向ける。
「どうぞ、入ってください」
桃香の返事を受け、天幕の中へ入ってきたのは小柄な少女──陳宮だった。
「お邪魔するのです」
「陳宮さん?」
「はいなのです」
陳宮がそう挨拶した。
陳宮は周囲を警戒するように視線を巡らせると、天幕の中へ入ってきた。
「突然の訪問、失礼するのです。ですが、皆さんに伝えなければならないことがあるのです」
「陳宮殿、どうしてここに?」
星が尋ねる。
「実は、李儒殿から皆さんにお伝えしたいことがあるのです」
「李儒さんから?」
桃香が驚いたように聞き返す。
「はい。実は、今回の軍議の後で、私の方から李儒殿に接触したのです」
「陳宮さんの方から?」
桃香が聞き返す。
「そうなのです。李儒殿が今回の陰謀によって失脚させられたことはご存じでしょう?」
一同が頷く。
「その一件で、李儒殿は董卓様と賈詡殿に残っていたわずかな情も完全に失ったそうなのです。もはや、あの二人のために働くつもりはないと」
「それで、陳宮殿が接触したというわけか」
星が納得したように頷いた。
「はい。今の董卓軍に留まり続ければ、私自身だけでなく、恋殿の身にも危険が及ぶ可能性があるのです。あのまま何もせずにいれば、いつか取り返しのつかないことになる。そう考えたのです」
陳宮は真剣な表情で続けた。
「李儒殿も、今の董卓軍のあり方を黙って見過ごし、あの者たちと運命を共にするつもりはないと仰っていました。そこで、互いに協力することになったのです。ただ、李儒殿は此度の件で監視の目が厳しくなり、以前のように自由に動くことが難しくなってしまいました。そこで、比較的動きやすい私が、李儒殿に代わって情報を届けることになったのです」
「それで、李儒さんはどのように協力してくださるのですか?」
桃香の質問に陳宮が返答する。
「董卓軍の内部事情や、軍の配置など、ねねたちが知っている情報を提供してくれるそうなのです。もちろん、すべてを把握できているわけではありませんが、できる限りの情報を提供してくれるとのことです」
「それはありがたいですね。でも、李儒さん自身は大丈夫なのでしょうか?」
桃香が心配そうに尋ねた。
「李儒殿は失脚したとはいえ、天幕から出ることもできます。ただ、周囲の監視が厳しく、以前のように自由に動くことは難しくなっているのです」
「それなら、どうして陳宮さんがここに?」
「私が李儒殿の代わりに動いているのです」
陳宮はそう答えた。
「李儒殿のところへは、軍議後、見舞いという名目で会ってきたのです。表向きは、今回の件で心配しているだけというものなのです。会話も当たり障りのないものにしていますが、その際に持ち込んだ巻物を使って相談しているのです」
「なるほど。自由に動くことが難しくなっているのは、私たちの予想どおりだったようですね。厄介なことに変わりありませんが」
朱里はそう言って、小さく息を吐いた。
「ありがたいですが、どうして陳宮さんが?」
「私は恋殿を――呂布殿を守るためなら、どのようなことでもするのです」
陳宮は小さな胸を張った。
「今の董卓軍に恋殿を任せておくわけにはいかないのです。だからこそ、ねね自身が動かなければならないのです」
その言葉に、星は小さく笑みを浮かべた。
「なるほど。貴殿は呂布殿のことが本当に大切なのだな」
「当然なのです!」
陳宮は少し得意げに胸を張った。
「それで、李儒殿から預かった情報があるのです」
陳宮は懐から数枚の書状を取り出した。
朱里はそれを受け取り、内容を確認する。
そこには、董卓軍の配置や徐栄が考えている作戦の概要、そして偵察によって得られた敵の情報が記されていた。
「これは……」
朱里の表情が変わる。
「どうしたの、朱里ちゃん?」
「桃香様。やはり、徐栄さんは私たちを危険な場所に配置するつもりのようです」
雛里も書状を覗き込み、顔を曇らせた。
「しかも、私たちが敵を引き付けている間、十分な援護が行われる保証もありません……」
「そんな……」
桃香は書状を見つめた。
兵士たちを守るために、どうすればよいのか。
その答えを見つけるためにも、今は情報を整理しなければならない。
「しかし、よくこんな情報を集められたな……。聞く限り自由に動けんのだろう?」
「李儒殿を慕う者は多いのです。徐栄と賈詡の話し合いを盗み聞きしてまで、情報を集めてくれる者もいたのです。もっとも、そこまでしてくれることに、李儒殿本人は引きつった笑みを浮かべていたそうですが……」
「そ、そうか……」
ディバルが陳宮に質問するが、その返答にちょっと引いてしまう。
「ただ、今後は李儒殿を慕う者たち――あえて言うなら、李儒派とでも呼びましょうか。李儒殿が彼らとの接触出来るのは難しくなるでしょう」
陳宮が別の書状を指した。
「李儒殿を慕う偵察兵からの報告なのですが、張宝の率いる黄巾賊が鉄門峡に籠もっているとのことなのです」
「張宝が鉄門峡に?」
星が反応する。
「はい。張宝本人がいるかどうかについても、軍旗や周辺の動きなどから確認されたと記されています。ただし、報告が届いてから多少時間が経っているため、現在もそこにいるかどうかは確認が必要なのです」
「なるほど……」
朱里は書状を見つめながら考え込む。
「その情報を知っているのは他には?」
星の問いに陳宮が返す。
「董卓たちにも知らせていなかったそうなのです。知らせれば、徐栄を中心に張宝を討ち取ろうと躍起になり、無謀に突っ込むのが目に見えていたと仰っていたそうです」
朱里は少し考え口を開く。
「張宝さんがいるとなれば、確かに大きな情報ですね」
「うむ。黄巾賊の首領の一人を討ち取ることができれば、大きな戦果となるだろう」
星が頷いた。
「しかし、なぜ張宝は鉄門峡に籠もっているのでしょう?」
雛里が地図を広げる。
「この場所は、敵が守るには都合のよい地形なのでしょうか?」
「詳しいことは、まだ分からないのです。李儒殿の手元にあった報告にも、敵の細かな配置までは記されていませんでした」
「そうですか……」
朱里は地図と書状を交互に見比べる。
その時、ディバルが口を開いた。
「鉄門峡だと?」
「どうしたの、ディバルさん?」
桃香が尋ねる。
「いや……少し気になっただけだ」
ディバルは地図に目を落とした。
(俺の知っている三国志演義では、張宝が関わった戦いは頴川方面だったはずだ。鉄門峡が広宗にあるとはな……。思っていた以上にズレが大きいな)
星が首を傾げる。
「おかしな反応をするな、ディバル殿」
「はは、すまん。気にしないでくれ……」
ディバルは地図に目を向けた。朱里も少し不思議そうにしたが、話を戻す。
「鉄門峡がどのような場所なのか、実際に確認する必要があります。地形が分からなければ、敵の配置も、こちらの動き方も考えられません」
「それに、張宝さんが本当にそこにいるかどうかも確かめないといけませんね」
雛里も同意する。
「まずは偵察を出し、鉄門峡周辺の地形と敵の様子を確認しましょう。李儒さんにも、追加の情報がないか尋ねてみます」
「それがよさそうだね」
桃香が頷いた。
「でも、張宝さんがいるという情報は、徐栄さんにとっても魅力的なんじゃないかな?」
「……そうですね」
朱里の目が少し鋭くなる。
「桃香様。もしかすると、徐栄さんの性格を利用できるかもしれません」
「性格を?」
「はい。先ほどの軍議での様子や、李儒さんからの情報を合わせると、徐栄さんは自分の手柄を非常に重視しているようです」
雛里が続けた。
「張宝さんは黄巾賊の首領の一人です。その張宝さんが鉄門峡にいるという情報を徐栄さんが知れば、自分の手で討ち取ろうと考えるかもしれません」
雛里の話に、ディバルと星が頷く。
「確かにな。さっきの様子を思えば、簡単に想像できるな」
「なるほど。大きな手柄を独り占めしたいというわけか」
星が笑みを浮かべる。
「ただし、情報の出し方には注意が必要です」
朱里が釘を刺す。
「張宝さんがいるという情報だけを伝えても、徐栄さんがすぐに動くとは限りません。こちらに都合のよい形で動いてもらうには、もっと工夫が必要です」
「嘘の情報を流すのは危険なのです」
陳宮も頷く。
「後から嘘だと分かれば、義勇軍だけでなく、ねねたちの立場も悪くなるかもしれないのです」
「そうですね。実際に確認できる情報を使うべきだと思います」
雛里が考え込む。
「例えば、張宝さんが鉄門峡に籠もっているという事実を利用して、徐栄さんが自分で討ち取れると思うような状況を作る……」
「徐栄さん自身に、こちらが望む行動を取らせるということですね」
朱里が頷く。
「ただ、具体的な方法を考えるには、鉄門峡の地形と敵の配置を詳しく調べる必要があります。張宝さんの居場所や、黄巾賊がどのような守りを固めているのかも分かりません」
「ならば、まずは情報を集めることだな」
星が言った。
「うむ。こちらもできる限り協力するのです」
陳宮も力強く頷く。
「ありがとうございます。李儒さんにも、よろしくお伝えください」
桃香は陳宮に向かって頭を下げた。
「桃香様、頭を下げる必要はないのです。私たちも、自分たちのために動いているのですから」
「それでも、協力してくれることは嬉しいよ」
桃香の言葉に、陳宮は少し照れたように視線を逸らした。
その後、陳宮は長居を避けるため、必要な話を済ませて天幕を後にした。
残された一同は、再び書状と地図を囲んだ。
徐栄の思惑は分かった。
李儒と陳宮の協力も得られた。
そして、張宝が鉄門峡に籠もっているという情報も手に入った。
しかし、まだ問題は残っている。
鉄門峡の地形、黄巾賊の配置、そして張宝の軍勢がどのように動くのか。
それらを確認しなければ、作戦を立てることはできない。
「まずは、焦らず情報を集めよう。みんなの命を守るためにも、できることを一つずつやっていこうね」
桃香の言葉に、皆が頷いた。
「そうだな。まずは偵察からだ。俺もできることは手伝う」
ディバルの言葉に、桃香は笑顔を向ける。
「うん。ありがとう、ディバルさん」
徐栄の思惑に振り回されるわけにはいかない。
兵士たちを守り、皆で無事に帰るために。
桃香たちは、それぞれの思いを胸に、次なる戦いへの準備を始めるのだった。
AIは本当にすごいですね。あんなに書けなかったのにAIの力を借りれば投稿がこんなに早くなりますので……。
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