反省はしている。後悔はしていません。
だって好きなシーンだもの・・・
「それで、話とは何ですかな?」
星は関羽の話を聞くために、自分たちの陣内へと案内した。曹操たちには知られたくない様子だったためだ。
「…………」
が、それでも関羽は中々話そうとしない。いまだ躊躇っているらしい。星はそんな関羽をせかすでもなくただ話すのをまっていた。すると関羽は意を決したのか一度目を閉じ大きく深呼吸をし、目を開ける。
「趙雲殿は不安になったことはないか?」
「? なにがだ?」
関羽の質問の意味が分からず星は聞き返す。
「今の主に不安を感じたりはしたことはないか?」
「……」
星は関羽の言った言葉に眉を少しひくつかせる。遠回しに桃香のことを馬鹿にされたと思ったからだ。関羽は星の眉がひくついたのに気がついたのか少し慌てて訂正を入れる。
「あ、いや。別に劉備殿のことを馬鹿にしたわけではなくだな……その。どう言ったらいいのか……」
関羽の慌てようを見て星は冷静になっていく。ここまで慌てている姿を見て逆に落ち着いてきたようだ。そして星は関羽が何を聞きたいのか思いつく。どうして関羽がこのようなことを聞いてきたのかは分からないが星は自分の言葉を口にする。
「ふむ、私は桃香様……劉備様の理想に共感し仕えることを選んだ。そのことに後悔したことはないし、まして不安に感じたことはありませぬな」
「……」
星の言葉を関羽はただ静かに聴く。
「もっとも、劉備様に仕えてそれほど長いわけではないのでな、これから先どう感じるかは分かりませんがな。私は劉備様の臣ではあるが、一人の人間でもある。意見の食い違いもあるやも知れませんしな。ただそれでも私は劉備様の家臣だ。劉備様のためにこの身を粉にする覚悟をもっている。例え意見が食い違おうとも、その理想を劉備様が捨てたりせぬ限り私はついていくのみ。迷うことなどありませぬ」
「そう……か」
関羽は星が自分が何を聞きたいのか理解してくれていることに内心感謝する。
「ふむ」
そして星は手を顎に当て少し考える。何故関羽ほどの者がここまで迷うのか気になったようだ。
「関羽殿。何故そこまで悩むのですかな? 曹操という人物に何か不満でもありましたかな?」
星は関羽が曹操のやり方についていけないのかと思い質問する。星がそう思った理由は曹操の生き様にあると判断したためだ。曹操は本人も誇り高い人物であり、そして相手にも誇りを求める人物でもあるが、乱世の奸雄と呼ばれる人物でもあり善悪の判断ができぬ人物である。おそらく曹操のそういった部分に疑問を感じたのだろうと推測する。さらに曹操は同性愛者であるらしいので、それについても思うところもあるのやも知れぬ。星はそう思ったのだが。
「いや、私は別に曹操殿のことで悩んでいたのではないのだが」
「そうなのか?」
星は自分の予想が外れたことを意外に思う。
「確かに曹操殿事に関してはいろいろと思うところはあるが、あの御方の考えが全く分からんわけでもない。まあ……多少あの趣向には気をつけていただきたいのだが……」
「………」
関羽の言葉から、曹操の行動に前面的に賛同していないが、ある程度の信頼のようなものがあるようだ。もっとも、曹操の性癖に悩まされて入るようだが。
「……私が迷っているのは、私のご主人様のことなのだ」
「ご主人様?」
関羽の言葉に星は首をかしげる。
「ああ……私は元々曹操殿ではなく別のお方に仕えていたのだ。しかし、そのお方が曹操殿に忠誠を誓ったため、私と義妹の張飛も曹操殿に仕えることになったのだ。だが、私達の主人はご主人様一人だけだ。ゆえに曹操殿には悪いが真名の交換も行ってはいないのだ」
星の疑問を察し、曹操に仕える経緯を答える。
「では、その主人とは?」
星は曹操でないのら関羽の主君が誰なのかを聞く。
「………」
「?」
が、関羽は中々話そうとしない。
「北郷一刀様……天の御遣いと呼ばれているお方です」
「何?」
関羽の言葉に星は驚きの表情を見せる。
天の御遣い
この世に平和をもたらす為、天の御遣いが流星に乗って現れる。占い師・管輅によって予言された救世主。眉唾物と思われていた存在が主人というのだ。
「それは本当なのですか?」
「本物のはずだ。その方はこの黄巾賊が現れる前よりそのことを告げていたのだ」
関羽がいうにはその御使いは黄巾賊の出現のほかにも、自分の得物である青龍偃月刀の重量をぴたりと言い当てたり、曹操が密かに考えていた自分の国の名称をも言い当てたのだという。
「なるほど。それは本物と思えるものですな」
星は関羽の話す内容に確かに信憑性を感じた。
「ああ、だから私はご主人様が本物の天の御遣いであると思ったのだ」
関羽は言葉をつないでいく。
「そして私はご主人様がこの国を平和へと導いてくれると思い仕えることにしたのだ。当時ただの旅の武芸者でしかなかった私と張飛は、ご主人様の天の御遣いの名を頼ることで多くの人を救えると思ったのだ」
関羽が言うには、そのためには自分たちで義勇軍を結成するより曹操に協力することが一番の良策であると北郷がつげ、許昌目指して旅をしていたらしく、その道中で桃香と一度であったらしい。どうやら楼桑村についた時、宿が満室らしくどうしたものかと悩んでいた時に偶然にもそこを通りかかった桃香が自分の家で一泊するよう進めてきたのだという。北郷は何故か嫌そうな顔をして断ろうとしていたが、関羽と張飛が説得して泊めてもらえたらしい。だが、そこで北郷が桃香に今の世の中をどう思っているのかを聞いたのだが、北郷は桃香の話を聞き侮辱しだしたのだという。
「そんな甘っちょろい考えでやっていけると思うな!」
等など、そのほかにも北郷はさらに罵倒していくが関羽が流石に恩人にそれはと北郷をいさめる。すぐさま桃香に謝罪したのだが、桃香は気にしなくていいと表面上は笑顔で許したのだという。
「だが、表面上は確かに笑ってはおったのだが、おそらく心を痛めていたに違いないと私は思う」
「…………」
星は関羽の話を聞き心中穏やかではないが、表面上何とか無表情でいるがそれが逆に恐ろしい。だが、それもしょうがないだろう。泊めてもらっているのに、その家の人間を侮辱するなど常識を疑うし、何よりその人物は自分の主君なのだ。怒りを覚えないわけがない。
「そのことについては今でも申し訳なく思う。ご主人様を止めることが出来なかったのだから……本来は劉備殿に直接言うべきなのやも知れぬが、とにかく謝らせてくれ」
星がここで怒りを抑えているのは関羽が心から申し訳なさそうに謝罪しているからだ。
関羽はとにかく頭を下げていたが星が何とかそれを切り上げさせ、話の続きを聞くことにした。その後は丁度賊を追い回していた曹操と接触し、天の御遣いであることを話、先ほど出ていた曹操が考えていた国名を言い当てることで何とか曹操に仕えることができたとか何とか。だが・・・
「確かに曹操殿は過去稀に見る英雄の風格を備えたお方だ。しかし私は曹操殿の全てを否定はしないが、そのあり方に賛同しかねるのだ」
関羽の言葉に星はそうだろうなと思う。関羽の人柄だと曹操とは余りあわないと星は感じた。むしろ自分の主君である桃香の思想のほうが関羽には会っていると感じるほどだ。
「なるほど。では曹操殿に仕えることになったのが不満なのですかな?」
「いや、それだけではない」
「ほう?」
「貴殿らがここに来た時、ご主人様があることを曹操殿に進言していたのだ」
「あること?」
「貴殿らの義勇軍を黄巾賊の部隊に突撃させ、少しでも敵戦力を削るための捨石にしようというものだったのだ」
関羽の言葉で星は目を見開く。囮どころか、下手をしたら捨石とされていたかもしれないのだ。
「無論、曹操殿がそれを却下したのだが、ご主人様がそのような提案をしたことに疑問を持ってしまったのだ」
関羽は俯いたまま話を続ける。
「いや、それ以前にご主人様についていっても大丈夫なのか迷っていたのだ」
「それ以前?」
「最初に感じたのは、先ほど話した劉備殿への無礼だ。あの後ご主人様から『現実はそんな甘いものじゃないんだ。もっと現実を知れ』と言われ、確かに私自身甘い認識があったやも知れぬと思い、一応そこは納得したのだが……」
無論、心からというわけではないだろう。頭では分かっていても、心では納得できていないといったところか。
このまましたがっていいのか迷ってしまったのだろう。北郷が何故劉備をそこまで目の敵にするのかという疑問も起こる。会ったばかりの時から北郷は異常なまでに桃香に対し敵意を向けていた。いくら自分と考え方が違うといっても初対面で、しかも世話になった人に対し暴言を吐くなど理解の範疇を超えている。
さらに関羽が迷いを持ってしまったのは北郷が曹操に仕えるようになってからの行動も含まれる。例えば北郷達が曹操に仕えるようになってから少し立った時、都から勅使が曹操の軍を視察に来たことがあったのだが、その勅使は曹操に遠回しではあるが賄賂を要求してきたのだ。無論、曹操はこれを拒否。勅使は怒って都へと戻って行ったのだが、その道中に賊に襲われ殺されてしまったため、曹操は失脚せずに(といっても、荀彧のコネもあったため、勅使が生きていても心配は余りないが)すんだのだが、余りにもタイミングが良すぎる。そして関羽はある日、北郷と曹操が二人だけで何かを話を聞いてしまう。それは曹操が北郷に勅使を殺したのではないか問いただしているところであり、関羽はつい息を潜めその話を聞いた。曹操の質問に北郷はあっさりと答えたが、余り悪いと思っていないのか平然としていた。曹操のほうは僅かではあるが眉をしかめていた。関羽は曹操が北郷の行動に苛立ちを感じているのが分かったのだが、北郷は気づいていなかった。それどころか何故そのような行動に出たのか話し始めたのだが、曹操のために行動を起こしたからだというのだ。
いくら荀彧のコネがあると言っても絶対に大丈夫というわけでもない。保険のようなものであり、他意があったわけではなく、全ては曹操のことを思っての行動だ。
北郷の言い分は大体このようなものだ。確かにコネがあると言っても、それが確実とはいえないであろうが、行動が過激すぎる。もしこれがばれたら曹操はただではすまない。だが・・・
例え自分の犯行だとばれたとしても、その時は天の御遣いの名を語っていた不届き者として処断してくれて構わない。
そう言ってきたのだ。もし、北郷が下手人だと判明したとしても、その北郷を曹操が捕らえたことにし、処分してしまえば、曹操の名声が広まるであろう。北郷が曹操のもとへ来てからそこまで長いこといたわけでもなく、普段は天の国の情報を曹操に出来るだけ伝えるため、竹簡にできうる限りその内容を書いていたり、または、曹操からやるように言われた事務仕事などもやっていた。そのため余り部屋から出ず、出てきたとしても夜遅くだったりもした。さらに、曹操は北郷が天の身遣いであることを自身の信頼できる者にだけ伝えていた。そういった理由もあり北郷の存在は実は余り知られていなかったため、曹操の部下であることを指摘される可能性も低かった。
とはいえ、いくら曹操のことを想い行動したとしても褒められたものではない。今回は勅使を殺害したのが賊であると既に判断されており、今の時代、こうして人間一人賊に殺されたからといって、深く調査することもないため大丈夫であろうが、独断行動を行うなと曹操はきつめに北郷に注意するだけとなってしまった。
流石にこの件は話していないが、この一件以来、関羽は北郷の行動に疑問を持つこととなったのだ。
「此度の件といい、ご主人様は劉備殿を一方的に毛嫌いし、あげくは謀殺しようとしたことで私はこのままご主人様についていってよいのか……」
「ふむ」
関羽の話を聞き、星は少し考え込むも、すぐに関羽へと向き合う。
「なるほど、関羽殿はその北郷殿のやり方に疑問を持ってしまった。ならば、いっその事その者から離れてしまえば良いではないか」
「何?」
星の言葉に関羽は驚愕の表情を一瞬見せ、すぐに星をにらみつけた。だが星はそんなもの気にせず言葉をつなぐ。
「そうであろう? ついていけないと感じ、その人柄にも疑問を持ってしまうような人物に従っても仕方がないであろう。見知らぬはずの他人を愚弄するような輩、貴殿が仕えるに値しないではないか」
関羽の表情がいっそう険しくなっていく。そして
「いっその事、その者の首を切ってしまえば「それ以上あの方を侮辱するな!!」」
関羽は星の言葉を大声でさえぎる。その顔は怒りで満ちている。
「ほう……私はあなたから相談を受けたのにそのようなことを仰るか」
「あたりまえだ!! 私はあのお方に全てを捧げると誓ったのだ! 例え不義な行いをしていたとしても私は「それでもその者を信じるのであろう?」……あ」
星はにやりと笑う。
「まったく。最初からあなたはその者を信頼していたのではないか。その者がどのような人物でも信じたいのでしょう? それで良いではないか? 自分が信じると決めた人物なら最後まで信じるのが本当の意味での臣下であろう」
「………ああそうだな」
関羽は星の話を聞き冷静になっていく。
「趙雲殿、感謝します。そして、先程ははすまない。怒鳴ったりして」
関羽は星に頭を下げる。
「関羽殿、頭を下げる必要などないではないか。むしろ謝るのは私のほうだ。関羽殿を焚きつけるためとは言えあなたの主君を悪く言ってしまったのだから」
「い、いや!悪いのは私だ。自分から相談しておいて、怒鳴るなど」
「いやいや、そこまでやってしまったのだから私のほうが」
その後、自分が悪いみたいな可笑しな主張を続け、最終的にお互い様で、と言う事となり、その後少し談笑して関羽は自分の天幕へと戻っていった。
一方、ディバルと北郷一刀のほうはというと
「「…………」」
相変わらず硬直状態が続いていた。だが、何時までも互いににらみ続けているわけにもいかない。先に口を開いたのはディバルのほうだった。
「お前、何か話があるんだろ?速く話したらどうだ」
「ふん! ……お前、何者だ?」
北郷はただディバルに何者かと質問する。
「何者だって……最初に言ったであろう。異国から流れてきた武芸者だよ」
ディバルは北郷の質問に対し自分の肩書きを正直に話す。正確にはもっと複雑なのだが、異国からやって来たことには違いないので嘘は言っていない。だが、北郷はディバルが嘘を言っていると思ったようだ。
「ふん! あくまで白を切るか」
北郷はディバルが転生者であると既に確信めいたものがあるが、ディバルがそれを明かす気がないと判断する。ディバル自身も既に北郷に自分も転生者であることは察しているであろうことは理解している。だが、北郷を信用できるはずもないため話さないことにしたのだ。桃香を侮辱した時点で、目の前の原作主人公であるはずの青年が転生者であることは明らかだ。
「で? 用はそれだけか?」
「いや、まだ聞きたいことがある。むしろ、こっちが本題だ」
自分のことを聞きに来ただけだとディバルは思っていたが、北郷はまだ何か聞きたいようだ。
「お前は何で劉備に従っているんだ?」
「どういう意味だ?」
ディバルは北郷が何を聞こうとしているのか分からず聞き返してしまうが、その質問の意味がどういうものか理解したらしく少し眉をひそめる。が、北郷はそんなディバルの様子に気づかなかったらしく、口を開く。
「劉備の思想は現実を見てない甘ったれたものだ。なのに何故お前はそんな劉備に従うんだ?」
「甘ったれたものだと?」
ディバルは北郷の言葉に今度ははっきりと怒りの顔を見せる。北郷はそんなディバルを見て呆れたかのように話し始める。
「ああ、甘いだろうが。『全ての人が笑顔でいられる世界』など、現実を知らん田舎娘じゃないか。俺でさえそんな夢物語は不可能だと理解しているというのに……」
と、やれやれと言いたげな動作を入れ話した。あからさまに桃香を馬鹿にしている北郷の態度にディバルは殴りかかりたい衝動に駆られるがグッとこらえる。だが、ディバルの顔は怒りを隠しきれておらず、北郷はため息をはく。
「まったく……趙雲もそうだが、お前もあの女のくだらなん理想に共感したというのか? まるで癌みたいな奴だな」
「貴様ぁ……!」
北郷の侮辱にディバルは本気で殺したい衝動に駆られる。今は耐えてはいるが、何時斬馬刀を取り出し、切りかかってもおかしくない。
「なら、お前の言う理想ってのは何だ! 桃香をそこまで侮辱するのだから、さぞ立派な理想があるんだろうな!!」
ディバルは何とか怒りを抑え(それでも抑えきれぬほど怒っているが)北郷に質問する。桃香を否定するなら、自分はどんな理想をもっているのかと。だが・・・
「俺の理想は華琳……曹孟徳にこの天下をとらせることだ」
北郷は得意げにそう答えた。
「曹操の覇道こそが、今の時代に一番必要なものだ。そして曹操がこの天下を治めれることが一番いいんだ。他の奴じゃあまた天下が乱れかねないからな」
北郷は誇らしげに語るが、ディバルはその言葉を聞き、一気に冷静になり呆れてしまう。
(一番いいとか言い出しやがったこいつ)
ディバルは呆れた視線を北郷に向けるが、北郷はそれに気づいていない。
ディバルは別に曹操の覇道を完全否定などしない。そもそもディバルは他人の思想や理想を否定しないのだ。十人十色という言葉があるようにそういった思想などもばらばらであるということを理解しているためだ。故にディバルは滅多なことで他者を否定することは無い。
だが、北郷の言葉では曹操こそが至上であり、その他のものはそれ以下といっているものだ。他者の完全否定である。ある意味、曹操という人物が全てなり、思考を捨てているようにも思える。それを否定はしないがだからといって他全てを否定するのはおかしいのではないかとディバルには思えた。
「それにだ、曹孟徳は劉備と違って、時に非情となって判断できる覚悟がある。あの田舎娘は切り捨てるなどといったことができないんじゃないか?」
北郷は嘲笑って言うが、ディバルはため息をつきそうになる。
(確かに桃香は切り捨てることを最後まで拒否するだろうが、色々と違わないか?)
確かに桃香は非情な判断をすぐには下すことは出来ないだろう。だが、切り捨てずにすむ方法を最後までさがすであろうし、見つからなかったとしても最後は判断を下す。つまり、桃香は最後まであきらめないのだ。
「そして、劉備は戦場で人が死ぬのを嫌っているようだが、そんな覚悟も無い奴が戦場に立つのも甚だおかしい。曹孟徳は人を殺す覚悟があるんだ」
北郷は人を殺す覚悟をもって戦場に立っていることを誇らしげに言う。確かに、戦場に立つなら他者を殺す覚悟は少なからず必要だろう。だが、人を殺すのに嫌悪感を抱くのとは訳が違う。人が人を殺すのを恐れるのは人としての本能であるし、ましてや桃香は賊となって暴れまわっている者に対しても心を痛め手しまうような人物だ。殺人に対する嫌悪感はより大きいだろう。むしろ、人を殺すのにそういった感情がまったく無いほうが異常であり。星やディバルもまた武を語ることに誇りはあるが、人を殺したことに対し、多少なりとも抵抗感があるのだ。武を誇るのではなく、殺す覚悟があることを誇らしげに語る北郷のほうがおかしいのだ。
そしてディバルは、北郷の言葉に少々の苛立ちを覚える。
(桃香に覚悟が無いだと? ふざけたことを言いやがって……)
桃香に覚悟が無いという言葉を聞きある程度収まっていた怒りが再燃する。
義勇軍がまだ広宗で戦っていたときのことだ。その日の戦が終わり、自分の陣地まで戻り、自軍の被害状況を桃香に報告するため彼女の天幕へと訪れたのだが、ディバルが入ってもいいか呼びかけると桃香の返事が聞こえたのだが、どこか弱々しい。ディバルは悪いと思ったが先程の戦いで傷を負ってしまったのではないかと思い焦る。
焦ってしまったからだろうか、ディバルは許可の返事が帰ってくる前だというのに慌てて天幕に入る。そして、ディバルがそこで見たものは。
「ディ、ディバル……さん。もう……もう少し、待ってて……ほしかったな」
そこにいたのは、弱々しくうずくまり、口元を押さえている桃香だった。
ディバルはどうしてそうなっているのかを聞く。すると、桃香から返ってきた答えは
「ごめんね、戦いがあった後……いつもこうなんだ」
桃香は戦の後、いつもこのように吐き気に見舞われてたらしい。
自分の指示で敵味方共に死者が出ていること、そして少なからず自分も生き残るために敵を斬り、殺した者の顔を思い出してしまい、いつも罪悪感と自己嫌悪に見舞われ、このようになってしまうという。確かに戦場に出れば人の死などありふれたものとだが、桃香の気性を考えたら割り切れぬことは明らかだった。
ディバルは自分の思慮が浅かった思う。そしてディバルは桃香に最前線に出なくてもいいからというが
「それは、できないよ」
桃香はそれを拒否した。
「桃香……そんな無理を」
「それでも! 私はちゃんと見ないといけないと思うから。私一人、安全なところで戦うなんてしたくないの。わがまま言ってるのは分かっているんだけど、それでも私はしっかりと見て認識しなくちゃいけないと思うから。だから……」
桃香のその言葉にディバルは折れるしかなかった。吐きそうになっても、戦場に立ち戦うことを決めた桃香を止める事ができなかった。
優しすぎる彼女が、剣を持ち平和のために戦うという矛盾に苦しまぬはずもない。それどころか自身の手で敵を殺めたりもし、苦しいはずだというのに。ディバルは桃香のそんな苦しみに気づけなかった自分を責める。だが、桃香はそんなことは無いと首を振る。
「私がこうして立つことが出来るのはディバルさんと星さんのおかげなんだよ。二人が私のために戦っているのに私がこんな所で挫けちゃいけないと思えたからなんだよ」
「桃香……」
「だから自分を責めないで。私は大丈夫だから」
ディバルはそんな桃香の言葉に涙を流した。
吐きそうになり、剣を取ることに苦しみながらも戦うことを決めた桃香に覚悟がないなどとディバルは言わせたくはなかったのだ。
「ふん! 敵を殺すことがそんなに誇らしいか?この異常者が!」
「……何?」
ディバルは怒りの言葉を発する。
「ただただ桃香の……劉玄徳ことを甘いだのなんだのと言うが、貴様は劉玄徳の何を知っている? 劉玄徳の想いを否定する理由はなんだ?」
「何度も言わせるな。あの女は理想論ばかりで現実など見ちゃいない。だというのに、この黄巾の乱で名をあげようと剣を振るう。理想を掲げながら剣を取るという矛盾がムカつくんだよ」
「……ハン!」
北郷は桃香の理想ばかりであり、行動が矛盾していると答える。だが、ディバルは北郷のそんな答えにある程度予想していたのか鼻で笑った。
「何だ、なんともま下らん回答だな。この馬鹿めが」
「お前……!」
「矛盾しているのは桃香……劉玄徳も、俺と趙雲も重々承知しているわ、馬鹿めが」
「なんだと!」
ディバルの言葉に北郷は驚きを見せた。矛盾しているを肯定したのだ。驚きもするだろう。
「分かっていて」
「それでも戦わなければ、何も成せない。劉玄徳はそのことを理解し、苦しみながらも戦うことを決めたんだよ。お前の言うとおり現実を認識し、判断したことだ」
ディバルは桃香がどれほど苦しんでいるか自分では完全に判断できないが、それでも天幕の中で嘔吐しそうになりながらも懸命に立ち上がろうとしている桃香を想えば、彼女が現実を認識してないなどありえないということは分かる。自分が甘いというのは桃香も理解しているが、それでも彼女はあきらめようとなどと安易に考えたりはしない。
そして、そんな桃香の表面上の言葉しか聞こうともしない北郷には理解できないのも当然なのだが、彼女の想いを否定しかしない輩にそのことを丁寧に教える必要も無いためディバルはそのことを話さない。
尤も、そのことを話したとしても、北郷はやはり甘い奴などと侮辱の言葉を吐くだけであろうから、話さないほうが正解だろう。
「それにだ、理想を語ることの何が悪い? きれいごとを言うことがそんなにおかしいか? そういう世界に近づけたいと前に進もうとしている人間を馬鹿にするほうが俺は愚かに思えるがな。……俺はそういったきれいごとを否定するばかりの奴よりも、それを目指して進んでいる奴のほうが強く見える」
桃香とて、自分が語っていることが理想論であると分かってはいる。しかし、そんなきれいごとであっても前に進もうと険しい道を進んでいく桃香の姿が、ディバルには何よりも美しく、強く、輝いて見えた。
そして、それとは逆に否定し侮辱するだけの北郷のほうが弱く、愚かに感じられた。
「先頭へとたち、後ろの人間を引っ張っていく曹操は確かに強い人間だろう。だが、劉玄徳は一緒に進もうと手を伸ばしてくれるんだ。俺はそんな劉玄徳だからこそ助けたい。そう思ったんだ」
桃香は曹操のように国を引っ張っていくような力はない。だが、少しずつでも、他の人と共に進んでいこうとする桃香にディバルは好感を覚えた。そしてディバルは、曹操のあり方にある種の危機感を感じてもいた。
それは、曹操ひとりが先に進むことで道が出来るかもしれないが、後ろの者はその道を進めばいいと安直な考えになり、考えることをやめてしまうのではないかというものだ。
無論、曹操の覇道か悪いというものではないし、桃香の理想もまた完全などではない。……いや、そもそもなにが絶対に正しいなど有りはしない。十人十色という言葉があるように、それぞれの想う正義があり、それぞれが正しく、それぞれが間違いでもある。結局のところこの世に絶対の正義など有りはしない。
そんなことは子供でも分かりそうなものではある。だが、北郷は曹操こそが正しいというだけであり、ディバルにはそんな思考することを放棄したかのような男の姿こそが愚かしく見えた。
「逆に否定し侮辱するとだけの貴様を何時までも手元に置く曹操の器のほうが俺は小さく思えるな」
「っ!?」
ディバルの言葉に今度は北郷が怒りを見せる。曹操を侮辱されたことが何よりも許せないようだ。まあ、ディバルは実際のところ、曹操の器が小さいなど思ってはいないが、桃香を散々侮辱されたことに怒りを覚えていたため、そんな言葉が口に出てしまった。
「お前、よくも華琳の……曹孟徳のことを!」
「先に侮辱したのは貴様の方だろうが!」
一触即発
互いににらみ合いが続き、いつそれぞれの得物が出されてもおかしくない状態だ。だが
「隊長~何処なの~?」
まのびした于禁の声が聞こえてきた。どうやら北郷を探しているようだ。
「「………」」
両者共ににらみあいをやめた。今のところ周りに人はいないが、こんなところを見られたら、それぞれの陣営に悪影響が出かねないと判断したようだ。
「ふん、興がそれた。……自分の陣に戻らせてもらう」
ディバルはそういって北郷に背を向け自分たちの陣営へと戻っていく。北郷はディバルの背をにらみ
「もし、最後まで劉備につくというなら、容赦はしない。相対した時、劉備の下らん
北郷は低い声でそう敵対宣言をした。ディバルは歩く速度を緩めることなくその場から去っていくが、最後に北郷に向かって自分の思いを言った。
「桃香の想いは、俺が守る。……貴様が何を言おうと、俺は桃香の理想を信じるだけだ」
北郷の耳にかろうじて届くかのような小さな声であったが、北郷にはしっかりと聞こえたらしく、鼻を鳴らし彼自身もまたその場から去っていった。
魔神と転生者の初会合はこうして幕を閉じた。
桃香は曹操に連れられ、彼女の天幕の中へと案内された。桃香は、ほんの少し謎の悪寒を感じたが、曹操はそれに気づくことなく、天幕の中に用意していた酒を桃香にふるまう。話をするのに酒を用意しているということは、かなり重要な話らしい。桃香はそのことを認識し、気を引き締め用意されていた椅子に座り、曹操から酒を受け取った。
曹操が用意した酒は宴の時に用意されたものより上等なようで、余り好んで酒を飲まない桃香でもおいしく感じられた。そして幾らか酒を口に運ぶと、曹操のほうから話を切り出してきた。
「劉備。あなたはこの乱世に何を想い、旗を掲げたのかしら?」
曹操は桃香に何故義勇軍を募りこの黄巾賊討伐へと参加したのかを聞いてくる。桃香は杯を置き、曹操の質問に答える。
「………私はただ、たくさんの人が笑っていられる世の中にしたい。ただそれだけです」
桃香は例え侮辱されようともかまわないと己の理想を話した。それはありふれたもでありながら、尊いものであり、そして幼子でも無理と分かるようなものであった。
だが、桃香は後悔などしない。幾度と無く否定され侮辱されてきながらも、最後まで貫こうと決めた己の誇りを語ったのだ。何を恥じる必要がある、むしろ桃香は、今の自分のこの想いがとても誇らしげに感じるほどだ。その理想を聞きながらも賛同してくれたディバルに星という仲間もいるのだ。もう自分の理想が間違いなど思いはしない。
そんな桃香の重いとは裏腹に、曹操はとても嬉しそうな笑みを見せる。桃香はそんな曹操の笑みが不思議でならなかった。
「なるほど。一刀から聞いていたとおり甘いといってもいい理想ね」
曹操は口ではそう言いながらも、やはりその笑みを崩そうとはしない。
桃香はそんな曹操の顔がまだ不思議に感じながらも、口を開いた。
「自分でも甘い理想論だと分かっています。……それでも私はこの想いを捨てることが出来ませんでした。・・・この理想を信じ続けました。……他の人から見れば私のこの姿が滑稽に映るかもしれません。それでも、そんな私の想いに賛同してくれた人がいます。だから私はこの理想を最後まで貫こうと思っているんです」
「これから先、多くの人に否定されたとしてもそれを貫くというのかしら?」
「はい」
曹操の質問に桃香は、小さいながらも力強い返事を返す。曹操はそんな桃香の返答を聞き顔を伏せ黙り込んだかと思うと
「…………ぷ……あはははははは!」
いきなり大笑いし、桃香の目が点となってしまった。
「あはははは! 良いわその答え。そうでなくてわね」
そして曹操は落ち着いたのか薄く笑みを浮かべながらも桃香に顔を向けなおす。
「劉備。私は別にあなたの理想を否定なんてしないわ。むしろそこまで突き進もうとするその姿勢を尊敬してもいいくらいよ」
「……え?」
曹操の言葉と反応に驚くばかりだ。何せ今まで自分の理想を語るたびに否定の言葉をかけられてばかりだったのだ。共感、賛同してくれたのはディバル、そして星ぐらいのものだった。そのため、桃香は曹操のこの反応に驚いて言葉が出なくなった。
まあ、ここまでの反応をされたら桃香でなくとも驚きで固まってしまうとは思うが
「ふふふ……一刀からあなたが甘い理想を掲げている脆弱な小娘なんて話を聞いたことがあったけど、とんでもない思い違いね。脆弱どころか決して折れない、不屈の心をもった英雄じゃない」
「英雄……ですか?」
「ええ」
曹操から出た思わぬ評価に桃香は困惑するばかりだ。曹操はそんな混乱した顔をする桃香を何やら少し赤みがさしたかのような顔をし口を開く。
「劉備。私はね、今この大陸にいる英雄はこの私、孫策。そしてあなたの三人だけだと思うわ」
「私が……英雄……?」
桃香は曹操が言う自身を含めた三人の英雄の一人といわれさらに混乱してしまう。
「あの曹操さん。私が、その、英雄なんていうのは、間違いなんじゃ……」
桃香は自分が英雄といわれることが曹操の戯れなのではないかと思いそう口にする。が、曹操は首を振った。
「いいえ、間違いなくあなたは英雄の器を持つものよ。この曹孟徳が保障するわ」
曹操は桃香が間違いなく英雄だと言う。そんな曹操の言葉を受けても桃香は信じられないでいた。桃香が信じられないのはしょうがないことであろう。なんせ、自分はあくまで領地を持たぬ義勇軍として参加しており、その義勇軍の数も約五百ほど。これは義勇軍としたら、多くも無いが少なくとも無いといった数でしかない。確かに自分についてきてくれているディバルと星の二人の優れた武人がいることは確かであるものの、曹操や、曹操が名をあげた孫策のような優れた能力など無い(この二人には劣るものの桃香自身も優秀ではある)というのにだ。桃香は何故自分の名を曹操があげたのか全く分からなかった。
「今すぐに受け入れられないとも思うわ。……今日はここまでにしときましょう」
曹操はそう言い、その言葉を聞いた桃香は、曹操に酒の礼を言い、いまだに困惑しながらも自分の天幕へと戻っていった。
劉備と曹操
三国志に於ける有名な「酒を煮て英雄を論じる」。これもまた、「桃園の誓い」と同じように違う形でなされた。
かなり違和感ある感じかと思いますが、投稿させていただきました。
しょうがないことだとは思うんですけど、作者が思う三国志の名場面の一つである「煮酒論英雄」が恋姫に無かったことが凄く残念に思います。
エロゲーに何言ってんだと自分でも思いますが、一応の三国志ファンでもある自分としては寂しく思っていたので書かせていただきました。
他にも三国志の色んな設定が無いことに寂しく思うところが多いので、今回見たくどこかの話で無理矢理詰め込んでしまうかもしれませんが、ご了承ください。