今回は楽勝だろう。
スプラスコープ(以下スコープ)とホットブラスター(以下ホッブラ)をそれぞれ持った不良2人は、頭を青色に染めて余裕の笑みを浮かべた。
なぜなら一人はバトルをしたことが無い全くの初心者。ヒーローごっこの輩もどうせ大したことはないだろう。なんせオレらはもうすぐS帯の“A帯”だ。サクッと勝って、オレらをコケにしたあの赤いヤツを一生こき使ってやろう。
「オレは左の脇道からアイツらをキルしてくる! お前は中央のタワーの上から狙撃しといてくれ!」
「オッケー、わかったぜ!」
スコープ使いのボーイはホッブラ使いのボーイが行った方向を確認し、チャージをしてタワーの上へ一気に登った。スコープを覗くと、相手のリスポーン地点付近で律儀に隅々までインクを塗っている白練の姿が大きく見えた。
「おっ、あんなところでちまちま塗ってやがる。やっぱりあの白いの初心者だな……。バレバレだぜ」
しかしこの距離では流石に当たらない。もう少し前に出て狙撃しようか。
と考えたその時、
「………………は……?」
気がつくと視界の下の方に、自分が先程まで居たタワーの上に自分のギアとスコープが見えた。
「……はぁ!? な、なんで…………」
目を凝らすと、自分が登ってきたタワーの壁の反対側にピンク色のクイックボムの跡がくっきりと残っており、その屋上にはピンク色のインクで染めたマニューバーを持った影が立っていた。
(……まさか、ずっと壁に隠れていた?)
それに気づいた次の瞬間、もう視界は暗転していった。
◇ ◆ ◇
「……はぁ!? なんでアイツやられてんだよ!!」
バトルの仕様で空中に映し出された特殊な画面上で仲間のデスが表示される。ホッブラの彼は動揺した。
「くそっ、あの生意気なヤツのせいか! どこに隠れてやがったんだ!?」
彼は目の前に見えていた白練を諦め、慌ててイカになって中央のタワーへと向かった。
(たぶんヤツはタワーの上にいる。うかつに場所がバレないよう、イカ状態で……)
通路から中央へ移動したその時、突如上からクイックボムが彼を襲撃した。イカ状態が解除される。
「う、うわぁぁぁ!?」
クイックボムが直撃した彼は訳がわからず必死にもがく。しかし相手のインクで動きが鈍くなった彼はその後飛んできたインク弾にあっさりキルされた。
「──このヤロウっ!!」
怒りに満ちた声が中央広場の壁の上から聞こえ、スコープの弾がバカ正直にピンクの頭を真っ直ぐ狙ってきた。
頭の主──茜はその方向を見ると、迷うことなく男の方へ向かった。
「クソっ……! 狙いづれぇ!!」
スコープで狙おうとするも、撃つ直前に茜がスライドで視界から消えてしまう。しかも、タイミング良く。本来利点であるはずのスコープの視界が、逆に足枷となっていた。
「チッ…………!」
マニューバーの弾が飛んでくるまで近づかれては、長射程でのキルを誇るスコープは圧倒的に不利だ。スコープの男は舌打ちをして潔く諦めて下がった。
(そこだっ!!)
スコープの男を追いかけて視界が開けた場所に出た茜を、戻ってきたホッブラが狙いを定めた。
(直撃すれば一発で倒せる……!)
だが、不意に向いた橙色の目と目が合ってしまった。彼はスライドで後ろに2回下がり、ホッブラの弾を避けた。
「アイツ視界広すぎねぇか!?」
イカダッシュで近づいてくる相手に対し、ホッブラの男は相手の行先にポイズンを投げて後ろに下がった。これで相手を足止めできるだろう、普通ならば。
茜はあろうことかそのままポイズンの範囲内へ突っ込んだ。
「ハッ、オマエ馬鹿じゃねぇの!?」
ホッブラの男は逃げるのをやめ、そのまま相手に狙いを付けた。
茜がポイズンの範囲内へ入る直前、彼はヒト状態になり、すぐさまスライドでそのポイズンを突破した。
気がつけば、ホッブラの男の前には2つの銃口があった。
「…………は」
彼の口が開いた直後、彼の体は相手のインクで弾け飛んでいた。
(そんなのアリかよ……!?)
ホッブラの男は思わず悪態をついた。
◇ ◆ ◇
「…………ふぅ」
ピンク色のインクに染まった周りを見て、茜は少し息をついた。
思った通り、不良2人の動きがわかりやすい。茜との技量の差というのもあるが、最初の茜のキルで焦ってしまい、2人の動きがバラバラなのだ。さしずめあの2人は初心者に威張ってきた低ランク帯のイカなのだろう。それならば1対1なら、茜にも利がある。流石に2対1だと茜が圧倒的に不利なのだが……。
「──っ!」
すると突然、どこからともなく茜の足元にスプラッシュボムが転がってきた。
「あっっぶなっ!?」
咄嗟のスライドで間一髪直撃は免れたが、青色のインクが茜にまとわりついてしまった。
「チッ…………!」
(デスはマズい!)
茜は慌てて元来た道を泳いだ。
「ぃよっし!! 待ちやがれ!!」
スプラッシュボムを投げた張本人、スコープの男が歓喜をあげて追いかけてくる音がした。
(自陣に逃げるのはあかん、ハクとアイツが鉢合わせしてしまう)
茜は自陣へと続く自分のインク痕を無視して、中央のタワーを回って敵陣へと繋がる道へ逃げた。
「アイツどこへ行くんだ? ま、好都合だけどな!」
スコープの男もその後を追った。
(さて、どうする?)
茜は敵陣へと続く通路に入った。ここはもう敵のリスポーン地点と近い。ホッブラの男がリスポーンして茜を狙っていてもおかしくないのだ。
このままスコープの男から逃げるか、早急にキルふるしかない。
(いや、逃げるのはあかん。こっちが不利になるだけや)
そうなると、もう答えは2つに1つだった。
ふと、茜の視界に黄色が映った。
(…………アレやっ!)
茜はすぐ様、壁にクイックボムを投げ、その黄色の網通路の上に登った。そして、
「待て生意気ヤロウ!」
茜を追いかけて通路に出てきたスコープの男の上を、スライドで飛び越えた。
「……へ?」
追いかけてきた相手がおらず、しかも謎の不自然な影が自分の頭上を通過したことに男は素頓狂な声をあげた。次の瞬間、男の体はピンク色へと弾け飛んでいた。
──パンっ。
ホッとしたのも束の間。次は後ろで軽い弾の音が聞こえた。
「……忙しすぎるやろ!!」
茜は音とは逆の方向へ走っていった。
「もう許さねぇ! 待ちやがれマニューバァ!!」
案の定、ホッブラの男の怒り狂った声が聞こえた。
「おいおいちょっと怒りすぎちゃうん? 血管切れても知らんで! あ、いや、もうキレとったかぁ! 悪いのぉ!」
「うるせぇ! 黙れ!!」
でこぼこの地面やスライドを使い、ひょいひょいと逃げ続ける茜。さらに挑発して余裕がありそうに見せかけてヘイトを集める。これでもう相手はハクのことなんかすっかり忘れているだろう。後は残り時間まで逃げ切れば…………。
「う、わぁっ……ととと!?」
と、考えていた茜は急ブレーキをかけた。青いインクの鋭い線が、壁をすり抜けて一直線に目の前へ現れたのだ。
(ハイパープレッサー!? ということはスコープのアイツか!!)
「そこだァァァァ!!!」
「くっ…………!!」
立ち止まった茜の背後から、追いついたホッブラの男が高くジャンプをする。右の拳がインクで被われ、太陽に照らされてキラキラと輝きを放つ。スーパーチャクチだ。逃げられない。影ごしに睨みつけた茜の顔を、ホッブラの男はニヤリと笑って対峙する。汗が一筋、茜の額を流れた。
「ダメ────ーっ!!!!」
「「っ!?」」
茜の視界が青色で埋め尽くされる。そしてパリンっと弾ける音。すぐに視界は晴れた。それはさっきと変わらぬBバスパークの風景。
理由は──明白だ。
「デカしたハク! ナイスや!」
咄嗟に茜はスペシャルを発動。二丁の大きな銃が姿を現した。
「ふっ飛べ!」
8弾のミサイルが一斉に飛んだ。4つは遠くへ、残りの4つはすぐ近くへ。
「ちぃっ…………!」
ホッブラの男は地面に表示される円から急いで離れた。飛び散ったインクが少しだけ男の体にかかる。
『うわあああ!?』
スコープの男の叫び声が通信機ごしに聞こえた。残すは自分のみ。
「くそっ!」
ホッブラの男は悪態をついた。
「A帯の俺たちがっ!?」
「──残念、ワシは“S帯”やねん」
男の隣には、キラリと冷たく光る緑の銃口。目線だけ横に動かすと、ニヤッと悪戯っぽく笑う声の主。
「お前さん、ワシの相棒よりまだまだやな。出直して来い」
シュババババッ、パンッ。
一気に弾が発射され、辺りをピンク色のインクが埋め尽くした。
・
・
・
「いやぁ~圧勝圧勝!」
自身と同じ色に染まった広場にて、茜はホクホクとした笑みに浮かべた。
あの後のバトルは最初に白練がせっせっと塗ったおかげで、残り1分の時点でBバスパークはほぼピンク一色だった。
それを残り時間わずかで、塗り性能の低いスプラスコープとホットブラスターが塗り替えせるわけもなく、最終結果は70%以上塗って茜と白練の圧勝だった。
「もしかしたら、ワシが昼間調子出んかったのはこのためやったんかもなぁ。運が良かったわ」
「……あの人たちはどこに行ったんでしょうか?」
「さぁ? 負けたらサッサっとしっぽ巻いて逃げ出しよったなぁ。……いい気味や。ワシらを舐めとった罰や!」
「…………ふふふっ」
フンっ! と仰け反る茜。その様子があまりにも自信満々だったため、白練は微かに吹き出した。
「勝ったのは全部ハクのおかげやな! ありがとうな~」
「い、いえ……そんな。そもそもの原因は私ですし、茜さんがあの人たちを押さえてくださったおかげですから……私はただ、地面を塗っていただけですから」
「それは違うで? ナワバリはキルだけやったら勝てん。
『ハクやったらしっかり塗ってくれる』
って信じられたから、ワシも安心して前に出れてんから」
「………………!」
ニカッと茜は白練に笑いかけた。しばらく茫然と彼の顔を見た後、白練は夕焼けに染まった頬をさらに赤く染めて俯いた。茜も何だか照れ臭くなって明後日の方向を向いた。
「……茜さん」
不意に、白練が茜を呼んだ。
「こんなこと言うのは場違いなのかもしれませんけど……私、さっきのバトルが……とても、とても、楽しかったんです」
ぽつりぽつりと、白練が言葉を紡いでいく。一つ一つ、手探りに。
茜は黙って耳を傾けた。
「私、『体質のせいでバトルはできない』ってずっと思っていて……『私が入ったら、皆さんに迷惑がかかるから』って……それにこのゲソの色だから、注目を浴びやすくて……。
でも茜さんが助けて下さって、見ず知らずの私にも優しくして下さって、初心者の私にも『ナイス!』って言って下さって……本当に嬉しかったんです。『私でも役に立つんだ』って、認めてもらえた気がして…………。
茜さんには感謝してもしきれません。私は今日のこと、一生忘れないと思います。
本当に、ありがとうございました」
雪が溶けて花が咲くように、彼女は笑った。
言葉にならない気持ちを、一生懸命言葉に変えて。最初の自信無さげな目を、しっかりと茜に向けてくれた。
──その気持ちに応えなくては。
「……ちょっとええか、ハク」
「? はい、なんでしょうか」
「お前さんがよければ、ワシのチームに入らへんか?」
「………………ぇ?」
白練には予想もつかなかった提案に、彼女は声が固まった。
「その……さっきのバトルですごい楽しかったというか、ワシも楽しかったというか」
ハクと、もっと一緒にいたいというか。
最後の言葉を、茜は間一髪で呑み込んだ。
だって、最後に浮かんだ言葉はまるで──
「……ほ、本当に? 私なんかが、茜さんのチームに入っても……?」
「ぁ、あぁ! もちろんや! まだ作ったばっかでメンバーはワシともう一人しかおらんけどな!」
「でも迷惑がかかるんじゃ……」
「アイツは懐のデカいやつやから大丈夫大丈夫! お前のこと見下したり、迷惑だって思ったりしねぇよ!」
「でも……」
白練は申し訳なさそうに話す。
「ハク、お前さんはどうしたい?」
「どうしたい……ですか……?」
「そうや。『でも、でも』ってごちゃごちゃ考えるよりも、まず自分の気持ちを素直に言ってみ? ワシはその気持ちを大事にするから」
白練は考え込むように俯いた。茜は我慢強く待った。
「…………茜さん」
「なんや?」
白練は茜の目を見て、しっかりと言った。
「私……もっとバトルがしたいです……! もっと沢山バトルをして、あんな風にステージを駆け回って、いつか誰かを救えるような……。
…………それでその……できれば茜さんと、一緒にバトルがしたいです……! だから…………!」
「…………あぁもちろん、大歓迎や! これからもよろしくな!」
ニカッと茜は笑い、つられて白練も嬉しそうに笑った。
サラリと風が、2人のゲソを優しく揺らした。