「よしっ! 全員集まったな!」
パァンと手を叩く茜。今日はデカ・タワーの前で2人のイカと一緒にいた。
「ハク、紹介するな? コイツは金糸雀。ワシのチームの……言わば副リーダーやな。
リア、コイツが昨日ツーイカ(会話アプリ)で話してた白練や。ワシはハクって呼んでる」
「白練ちゃんか。オレは金糸雀。気軽にリアって呼んで。……オレもハクちゃんって呼んでいいかな?」
「あ、はいっ。大丈夫です。よ、よろしくお願いします……!」
「うん、よろしくね」
リア、と名乗った青年は、人の良さそうな笑みを浮かべてハクと握手をした。
彼は金糸雀。18歳。茜の相棒で、チーム・Rainbowの副リーダーだ。ギアはサファリハットにF-3 ペイントカスタム、アナアキスパイダー6ホール。右耳に細いリングのイヤリングを2つ着けている。ゲソは黄色で顔の右に流し、後ろで残りのゲソを縛っている。目は若々しい草木の色だった。
茜と白練が出会ってからの一週間。2人はほぼ毎日ナワバリバトルをしていた。
白練は覚えがよく、そして勉強熱心だったため、茜の言うことや動きをすぐに把握した。まるで知識をどんどん吸い込むスポンジのように、白いキャンバスに様々な模様を描き足すように。経験値の無さを、知識で上手いことカバーをしていた。その知識量に体が追いついていない感じではあったのだが……それも慣れれば問題なくなるだろう。それが茜の、白練の動きを見て思ったことだった。
しかし、「だから今こうすればいい」というものは、茜にも上手くアドバイスが出来なかった。白練が理屈で覚えるようなタイプだったからである。茜が自身の感覚を教えても、経験値の浅い白練は理解が出来ない。……いや、白練に関わらず無理だ。他人の感覚は、その人自身でなくてはわからない。
そこで、茜はちょうど連絡のついた金糸雀に白練を合わせてみることにしたのだ。彼なら、茜より的確なアドバイスを与えてくれるはずだ、と。
「ところで茜。お前どうやってこんな可愛い子チームにいれたの? まさか……」
「はぁ!? 別に脅してねぇから! ちゃあんと合意の上やわ!!」
「アハハッ! 冗談、冗談! そこはわかってるよ。茜が女の子ナンパとかできないもんね」
「お前だってしたことねぇやろ!」
「だってやろうと思ったことないし」
「お前は必要なかったやろうが! むしろ昔から女子の方が寄ってきてたやろ! これだからモテるやつは……あれ、なんか自分で言ってて悲しくなってきた」
「茜はこう見えてうぶだもんね」
「るっせー! 黙ってろ!!」
「…………あ、あの、」
「「ん?」」
2人が一斉に白練の方へ注目した。
「お2人はとっても……仲がいいんですね」
「まぁ……幼馴染やしな」
「まだヒト状態になれないときからの友達だからね。親友……って言っていいのかな」
「へぇ……すごく、羨ましいです。私にはそんな人いませんでしたから……」
少し悲しそうに俯いた白練を見て、茜と金糸雀はお互いに目線を合わせた。
「ハクちゃん、実は言うとね……茜はそんなに友達いないよ?」
「……………え…?」
「……はぁ!? ちょっ、何いきなりワシの悪いカミングアウトしてんのやお前!?」
金糸雀が茜を指を指して続けて言う。
「だってコイツ短気だし、態度悪いし、顔怖いし。半分不良だよ? だからほとんど誰も近寄ろうとしてこないんだよね。ホント、ハクちゃんがコイツのこと怖がってないのが不思議なくらい」
「おうおうお前喧嘩売ってんの? なんでいきなりワシの悪口言ってくんの? ワシなんかした? 今からプラベでタイマンやるか?」
「ほら、口も悪いし」
指を指しながら本人の前で堂々と悪口を言う金糸雀と、その隣で指をゴキゴキ鳴らしながら今にも飛びかかりそうな茜。白練は対称的な2人を見てごく当たり前のように、
「でも、茜さんはとても優しい方ですよ? どうして怖がる必要があるんですか?」
心の底から不思議そうに尋ねた。一瞬ポカンとした後、茜の顔と耳がみるみるゲソと同じ色に染まる。隣で「ほーう?」と金糸雀がニヤニヤと茜に向かって笑いかけた。
「うっ、あ、その……と、とにかくバトルや! こんなところでうだうだしてたらあっという間に日が暮れるからな! ワ、ワシ先に行ってるから!!」
バタバタと大きな足音を立ててデカ・タワーに走り去る。その様子はまるで怒って逃げているようだった。
「……私、何か悪いことでも言ったでしょうか?」
「いいや。あれはただの照れ隠しだから。大丈夫だよ」
「そう、なんですか……?」
「うんうん。にしてもハクちゃん。キミ凄いね。あんなに堂々と言えるなんて」
「でも、私は思ったことを言っただけです」
「……な、なるほど。茜から聞いていたよりよっぽどしっかりしてるね?」
「………?」
さて残された2人がデカ・タワーのロビーに向かおうとすると、先程走っていった茜がまた走って戻ってくるのが見えた。
「……あれ? 茜、なんで戻ってきたの?」
「…………………………した」
「へ?」
「……忘れものした」
「………はぁ?」
冷や汗を垂らして顔を背ける茜。金糸雀の信じられないという目線が刺さる。お前、あれだけ散々日が暮れるとか抜かしておきながら、一体何を忘れた、と。
「い、一時間! いや、30分! 30分で取ってくるから! し、しばらくそこで待っといてくれ!!」
「いや、だから何忘れた」
「お前にはぜっっってぇ言わねぇ!!」
またバタバタと音をたてながら、今度は反対方向へ走り去る茜。
「アイツ……本当にいつも忙しないな」
金糸雀はその後ろ姿を見て苦笑を浮かべた。
「とりあえず……茜が帰ってくるまで何処かに座ろうか? ここに居続けても他の人の邪魔になるし、アイツがいない間にハクちゃんのこともっと知りたいし」
「あ……はい、わかりました」
コクリと白練は頷いた。
◇◆◇
デカ・タワーの前にあるベンチに金糸雀と一緒に座り、白練は息をつく。何の話だろうか。そもそも何を話そう? この数分で金糸雀の人当たりの良さはわかったが、やはり少し怖い。いくら茜の親友だとしても、彼とは初めて会ったのだから。
「あはは、ごめんね? そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
「あ、いえ……その、すみません……」
「今日会ったばかりの相手と二人っきりって緊張するよね。アイツはそういうところ疎いんだから……」
金糸雀がまた茜の愚痴を漏らした。
(本当に仲がいいんだなぁ……)
白練はしみじみと感じた。
「早速だけどハクちゃん、一つ聞いていい?」
「はい、なんでしょうか」
「どうやって、茜と知り合ったの?」
案の定、金糸雀が最初に出したのは素朴な疑問だった。
「……私が怖いイカ達とお話していたとき、茜さんが間に入ってくださったんです。そして見ず知らずの私なんかのために、ナワバリバトルでその方達と戦うことになって………結果、茜さんがその方達を沢山キルしてくださったおかげで勝てたんです。その後……私、これがナワバリバトルをする、初めてのことだったのに……『楽しかったのなら、自分のチームに入ればいい』と言ってくださったのです」
「なるほど、いかにも茜が言いそうだ」
「茜さんは凄いです。明るくて、強くて、優しくて……まるで太陽のような方です。私には、眩しすぎるぐらい」
「うん、そうだね。そこは同意するよ。
……明るすぎて逆にうるさいぐらいだけど」
「ふふふっ」
金糸雀の言い草に白練は思わずクスクス笑う。
「……ハクちゃんは、オレと似ているような気がするよ」
「……えっ?」
「自分は持っていない部分があるから、そしてそれにすごく憧れるから、茜に惹き付けられていると思うんだ。アイツなら、たとえ落ち込んでもグイグイ引っ張ってくれるって」
金糸雀がずっと遠くの方を見る。その目には、一体何が映っているのだろう。
「でも、ハクちゃんの前ではすごい強がってるけど、アイツそんなに強くないんだ、本当はね」
「……どういう、ことですか?」
「アイツは自分の信念に反するものを見た時、必ず無茶をする。たった一人で解決しようとするんだ。……誰に何も話さずに。ハクちゃんの件だってそうでしょ?」
「そう……ですね」
「頭に血が上りやすい性格、って言ったらいいのかな。だから周りがブレーキ役やってあげないと、アイツはすぐ自分の身を犠牲にする。そして、たった一人で抱え込む。
……そこでハクちゃんに、お願いがあるんだ」
「お願い……?」
「茜の、ブレーキ役になって欲しい」
金糸雀が真っ直ぐに白練の目を見る。
「オレ最近、アイツと一緒に行動できてないんだ。オレの用事があるし、そんなにベッタリ張り付いているのもアレだし……だからアイツよりも冷静に判断できて、これからオレより茜と一緒にいることが多いであろう、ハクちゃんにお願いしたい」
「でも………私にできるとは……」
「ハクちゃんは自分の気持ちを素直に言えるから大丈夫。……あぁ、そんな『監視しろ』までは言ってないよ。ただちょっと注意しててほしいだけだから。あまり重く考えないで」
あっけらかんと言い放つ金糸雀。
「…………せめてオレには、話してくれてもいいのにな」
ポツリと彼が最後に呟いた悲しげな声は、周りの騒音に掻き消されてうまく聞き取ることはできなかった。
「あ、茜が戻ってきた。ハクちゃん、行こっか。
お喋りありがとう」
金糸雀は先程の空気を吹き飛ばすかのように椅子から立ち上がり、白練に向かって優しく笑いかけた。
◇◆◇
『マッチング完了。ルール:ナワバリバトル。ステージ:海女美術大学
双方チーム、準備してください』
「……海女美大か、まずは中央やな」
桃色に染まった頭で茜が呟く。その言葉に金糸雀も頷いた。「それで結局何を忘れたの?」「うっせェ! バトルに集中しろや!」と彼を茶化しながら。白練は同じチームとなった、見知らぬシャープマーカーネオ(以下シャプマネオ)のガールと一緒にその様子をクスクスと笑った。
「あぁ、ハクちゃんはゆっくりでいいよ。無理は禁物だから」
「はい、わかりました」
金糸雀の言葉を白練は素直に聞いた。前に出ても私に出来ることはない。足を引っ張るぐらいなら確実に自陣を塗っていこう、と。
『Ready………Go!!』
合図と同時に茜はリスポーン地点から飛び出した。その後を白練以外の者が続く。茜は一気に中央の台のたどり着き、クイボを投げつけ、上と登った。そして────
「っ!?」
キルされた。瞬殺だった。
「茜っ!?」
金糸雀が名前を叫ぶ声が微かに聞こえた。
(あのインクの飛び方は……フデ系か!?)
台に登った途端、茜の視界を鮮やかな青色が覆った。それは顔面ピンポイントではなく、横に広がって。それにフデ系統であれば、マニューバーより早く中央に辿り着ける。
「くっっっそ!!」
リスポーン地点に戻ってきた茜はガッと、悔しそうに自分の太腿にマニューバーをぶつけた。あまり強くぶつけていないはずなのに、じんわりと痛みが広がる。同じように彼の中からムカムカとした嫌な感情が芽を出してくる。
「あ、茜さん……?」
茜が声にハッとして顔を上げると、白練が心配そうな表情をして立っていた。始まったばかりなのにすぐにデスされて、ここに帰ってきた茜に向けて。
「大丈夫、ですか……?」
不安そうな声音とその言葉に、茜は目を丸くした。そして気づいた。
彼女はまだバトルを始めたばかりだ。彼女はバトルを、憧れのものだと見ている。愚痴を吐き出すようないつもの情けない姿、白練に見せてはいけない。
「………うん、もう大丈夫。大丈夫やから」
自分に言い聞かせるように、茜はくしゃくしゃと軽く彼女の頭を撫でる。「わわわっ!」と白練が慌てた声を出した。
そうだ、たった1デスしただけで何を悔やむ必要がある。
取り返せばいいのだ。
彼女の前だけでも、“カッコイイ自分”でありたい。
「まだバトルは、始まったばかりやからな!」
ニカッと、白練を安心させると同時に、彼は暗い自分を笑い飛ばした。