「茜!大丈夫!?」
白練と一旦別れ、茜は中央前の自陣の広場まで戻っていた金糸雀と合流した。金糸雀が安堵の表情を見せる。
「あぁ。悪い、油断した。状況は?」
「今は相手有利だね。こっちは4対2だったから、下がるしか無くて」
確かに海女美術大学の中央は相手の青色が埋め尽くされている。自分達の桃色はほとんど無い。
「………あ、もう一人の味方は?おったやろ、シャプネオ(シャープマーカーネオのこと)のガール」
「それが……わからない。たぶんどこかにイカで潜ってるんだろうけど……」
───────キィィィィン、ボフッ
『……きゃあ!?』
「「っ!!」」
突然聞こえたのは右側から小さなボムの爆発と、通信機越しの小さな悲鳴。
「ワシ行ってくる!!」
「え?!ちょっ、茜!?オマエまた勝手に……!!」
金糸雀の驚きと怒りが混じった声を背中から受け流し、茜は壁の後から飛び出した。
「みーつっけたっ!」
「くっ……!!」
一方、茜達からみて右の広場。シャプネオのガールはホクサイ・ヒュー(以下ホクサイ)のガールと対峙していた。相手から投げられたロボットボムの爆風のインクにかかり、驚いて出てきてしまったのだ。
「さっきは逃がしちゃったけど、今度はもう逃がさないもんね!」
ホクサイの容赦ないインクの波がシャプネオのガールを襲う。シャプネオの方が射程は勝っているが、ホクサイの攻撃範囲まで近づかれては意味が無い。必死に攻撃範囲外に逃げようとするも、そのインク量に押されてどんどん地面の自分のインクが塗り潰されていく。
「…………あっ!?」
ついに相手のインクに足を取られてしまった。途端に鉛のように重くなり、鈍くなる自分の体。じわじわと広がる痛み。急いでここから脱しようと、自分の足下にシャプネオの銃口を向けた。
「ざーんねんっ!!」
そうはさせるかと、ホクサイがジャンプで一気に距離を詰めてくる。そして振りかぶられる筆。目を見開くシャプネオのガール。ニヤッと意地悪く笑った、黄金色の瞳と目が合った。
「わっぷ!?」
「っ!!?」
まさにホクサイを振り下ろそうとしていたガールに、唐突にクイックボムが飛んできた。しかも、ちょうど顔に。そのガールは慌てて桃色のインクを拭おうとし、よろけてしまう。
「おい、 大丈夫か!?ここはワシに任せて、中央の方助けてやってくれ!!」
クイックボムを投げた張本人──茜が二人の間に割り込む。
「わ、わかった!ありがとう!!」
シャプマネオのガールは自分の体に塗られた相手のインクを落とすために中央へ戻る。その後ろ姿を確認しながら、茜は片方のマニューバーでホクサイに向かって撃つ。狙いは大雑把。案の定、相手はイカになって弾を避けた。
「ぺっぺっ……バッチリ顔に当てたなこのやろー!!」
ニシシッと明るく笑いながら叫ぶ彼女。どうやら態度の悪いイカでは無さそうだった。
「来いやっ!」
茜も彼女の笑顔に対して、笑顔と挑発で返す。
「モチロンさ!」
彼女はドンとホクサイの筆先を地面に勢いよく下ろすと、そのまま茜に向かってホクサイを走らせた。茜はそれをスライドで移動しながら、二つの銃口から放たれるインクの弾を浴びせる。それはまるで射程の短いスプラスピナーのようだ。しかし彼女はそれをグネグネと曲がりながら避けて近づいてくる。
「チッ………」
弾が当たらないことに嫌気が差し、茜はもう一度クイックボムを彼女に投げつける。すると彼女は立ち止まってホクサイを担ぎ、
「そいやっ!」
カキーンといい音が鳴りそうな、完璧なフォームでそれを打ち落とした。
「……はぁ!?そんなんアリかぁ!?」
「アリ!だよ!!」
彼女がイタズラが成功した子どものような笑みを浮かべた。
「今度はコッチからいくよー!」
そう言うと彼女はポーンっとロボットボムを茜の後ろに投げ、もう一度ホクサイを地面に降り置いて茜への突撃を再開する。茜はロボットボムが投げつけられたのを見ると、咄嗟にそれに近づく。
「へ?」
彼女が首を傾げる。その理由はすぐにわかった。
ロボットボムが茜に近づいて爆発しようとした瞬間、茜はスライドで素早く爆発範囲外に逃げたのだ。
「おー!あなたやるね!ロボちゃんがムダになっちゃった!」
策が破られたのに、彼女はまたも嬉しそうに笑う。楽しそうにバトルをするヤツやな、茜はそう思った。
「あなた名前は!?」
「茜や!」
「アカネくんね!覚えた!!」
「そっちは!?」
「ルリだよ!」
「ルリか、こっちも覚えたで!!」
両者はニヤッと笑い合う。
二人とも、ワクワクとした気持ちで満たされていくのがわかっていた。
◇◆◇
その頃、激闘と言っても過言ではない二人の戦いの反対側広場では、
「よいしょ……と、えいっ」
自陣の少し高い段差を慎重に、ゆっくりと降りる白練の姿があった。二人の広場とは逆に静かなここで、今まで自陣を丁寧に塗っていた白練はようやく皆が集まる中央部分へと足を踏み入れた。インクに潜れない彼女は、ステージをただ移動するだけでも大変なのだ。
(今度、茜さんと金糸雀さんにこのこと相談してみようかな)
今回のステージはまだ徒歩でも行けるが、そうもいかないステージもある。今後の自分の課題点だと、白練はしっかりと自分の頭の片隅に書き留めた。
降りた場所は両側と後ろを壁に阻まれた行き止まり。喧騒が反対側から聞こえてくる当たり、ここは相手も味方もいないようだ。
(私はまだ相手をキルできないから、ちょうどいいな)
白練は今、自分にできることを再開する。まだ初心者一式に身を包んだ彼女はゆっくりと、確実に地面を桃色に塗っていく。
ある程度塗り終えた白練は、まばらに塗られた広場へと足先を向けた。
「───きゃっ!」
そこへ、唐突に青色の影が彼女の目の前を通り過ぎた。
「っ!!」
勢いよく影にぶつかり、背中から地面へ落ちる彼女の体。驚くその影。カコンッと何かの落ちる音。次に起きる衝撃を想像し、思わず白練は目を閉じた。
しかし彼女の体は地面ではなく、空中でふわっと停止した。
「おっと、大丈夫ですか?」
男性とも女性とも取れる、優しい声がすぐ近くに聞こえた。おそるおそる目の前の暗闇に光を入れると、青色に頭を染めた、ボーイらしきイカが安堵の息をついていた。見ると自分の体はこのイカに支えられている。
「す、すみません……ありがとうございます」
「謝らないで、お嬢さん。今のは僕が悪いんですから」
ニッコリと笑うそのイカ。しかし白練は体を起こされた、その手に微かな違和感を感じた。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。僕はトウ。果物のオレンジのような色、という意味の橙です。失礼ながら、お名前を伺っても?」
「あっ……わ、私は白練です」
「ハクレンさんですか、良い名前ですね」
ニコニコと人当たりの良い笑顔を絶やさない橙。金糸雀の笑顔とは種類が少し違うなと白練は思った。
その時、橙のすぐ後ろでパァンと何かが弾ける音がした。桃色のインクだ。
「ゆっくりお話したいのは山々なのですが……僕はもう行かないと」
そのイカはさっき白練を助けるために落としたブキ、バケットスロッシャーデコ(以下バケデコ)をガッと拾い上げる。
「次にお会いした時は、全力で相手をさせて頂きますね」
最後にそう言うと、白練の返事も待たずに橙はスーパージャンプで右の方へと跳んでいってしまった。
「ハクちゃん大丈夫!?」
橙と入れ替わるように、今度は金糸雀が慌てた様子でやってきた。さっきの音は金糸雀のラピッドブラスターデコ(以下ラピデコ)だったのだ。
「あ、はい! 大丈夫です」
「ホントに? ……良かった。ハクちゃんに何かあったら茜に怒られるから」
ホッと息をつく金糸雀。しかしすぐに顔を曇らせる。
「……アイツに何か言われた?」
「……? いいえ、ただ私が転びそうになったところを助けてもらっただけです」
「……そう、ならいいんだけど」
白練の返事を聞くと、金糸雀はやっと笑みを彼女に向けた。それはなんだか安心できるような、優しい笑みだった。
「悪いけど、オレもあっちに行かなくちゃ。茜があっちの広場で戦ってくれてるんだ」
「茜さんが?」
「そうだよ。でもさっきのバケツの彼が行ったから。流石のアイツでも多数対1はキツイ」
そこまで言ってポンっと白練の肩を叩くと、
「後ろは任せたからね、ハクちゃん」
さっきのバケツのイカを追ってここと反対側へと走っていった。
「…………あっ、」
金糸雀の言葉を聞き、白練はあることを思いつく。
「右側に集中している、ということは……」
彼女は目の前の広場の向こう、敵陣の方へと目を向けた。