危険極まりないダンジョンでソロを強いられるのは間違っているにちがいない 作:深夜そん
寝る前の妄想みたいな脳内設定を文字に起こして垂れ流してみるテストです。
◇
ーーシャリン
剣を研ぐ。こいつはとても慎重を要する作業だ。雑にやってはいけねェ。剣は切れ味が命だ。触手なり尻尾なり、細くてしなるものをブンブンと振り回す魔物ってのは思いの外多い。それをスッパリと切り落とせば脅威が幾分か減る。
いざそういうやつと遭遇したときに使い物にならなくなったりしたら、それこそ命取りってやつだ。
「ねぇロン」
こいつが終わったら次は斧を手入れしなきゃならねェ。斧は良い。なんせデカくて重い。魔物のやたらめったらに硬い甲殻だって力ずくでぶち破ることができる。重さで叩き壊すっつーのかな。多少刃が潰れたって武器として使い物になる。
それでもやっぱり研ぐけどね。ダンジョンは怖いところだからね。潜る前はいつだって万全じゃなくちゃならねェ。
「ねぇ、ロンったら」
明日は何層へ行こうか。比較的安全な中層......いや実際には安全とは言い難いけど稼ぐにはちょうどいい塩梅のところへ行こうかな。
今日は武器の損耗が随分と激しかった。欲をかいて下層なんかに行ったせいだろう。明日は少し楽をする日に決めた。今、決めた。
「おーい、ロンってばー。
無視されちゃったら、女神さまはすっごくさみしーなー?」
さきほどからうちの女神さまがかまってちゃんすぎて気が散る。
実を言えば、ずっと俺の目の前で寝そべっていたのだ。
「......なんスか。今、明日の準備で忙しいんスけど」
雑な返事をしてしまったが、俺はこれでもこの女神さまに深い敬愛と信頼を抱いている。当然だ。このお方こそが俺をこのオラリオで一人前の男に育て上げてくださった恩人......いやさ恩神とも言うべきお方。
すみません、これ終わったらちゃんと構いますんで、目の前でゴロンゴロンするのやめてもらっていいですかね。危ないですよ、刃物のそばでそんなことしちゃ。
「いやね。ほら。
あんたさ、友達いないじゃない?」
ンだとこのアマ。
俺は睨んだ。女神だろうと関係ねェ。俺の心に最も良く刺さる言葉を、よくも言ってくれたもんだな。と、口に出すまでもなく目線でわかるように叩きつけてやった。
「そういうとこだぞー?
あんたって目つきは悪いわ、面倒くさいのかしてあまり喋ろうとしないで目線で察してもらおうとするわで不気味なの。
そんなこわーい顔して、毎日毎日、気が触れたようにダンジョンダンジョンダンジョンダンジョン。そりゃ他の子たちからも敬遠されるわ」
「ぐっはぁッ......!」
なんなんだよ。俺を言葉のナイフで傷つけて楽しいのかよ。そんなにかまってもらえないことが不服だったんですかね。これ以上は命に関わります。謝るのでもうやめてください。......ってなるかよ。
論理的根拠に基づいてぐうの音も出ないほどに言い返してやるわ。
「ッお言葉ですが!
俺がほとんど毎日ダンジョンに潜ってるのは生活のためです。あなたと俺が食べる分と、俺の装備を万全に整えるために必要な額は尋常じゃあないんです。
ダンジョンは恐ろしいところです。準備を怠れば時としてたやすく死ぬ。装備は常に万全じゃなくちゃいけない。
ましてや俺はソロの冒険者。このファミリア唯一の団員。俺が死んであなたを路頭に迷わせるわけにはいかないのです。
ゆえに、万全に万全を重ねて準備を整え安全なダンジョンアタックを......」
「プッ、万全だの安全だの言いすぎウケる」
「それの何がウケるってんだこっちは大真面目だよ!?」
俺はキレた。この口の悪い女神さまに物申さずにはいられない。
「話を戻しますがね、俺は何も好きでソロでやってんじゃないんですよ。
ダンジョンは危険だ。共に戦う仲間がいればいいと思ったことは一度や二度じゃあない。いいや、毎日思っていますともさ。
しかしね、俺のスキルはそれを許しちゃくれないんですよ。女神さまだってご存知でしょうに」
独立独歩《ソリテュード》
全ての基本アビリティに超高補正。
周囲に仲間がいる時、全ての基本アビリティに超減少補正。
人数が多いほど減少補正値が大きくなる。
レベル1の頃に発現して以来ずっと俺を悩ませているスキルだ。
いや、強いよ?上昇補正値すさまじいから。たぶんすごく強い。
たぶんってのはね、他の冒険者と関わりが無いもんだから、俺がどれくらい強いのか自分自身よくわかってないってことね。
けれど、普通はソロでやれるもんじゃない冒険者って仕事をなんだかんだで死なずにこなせてるってことは、やっぱりそれなりに強いはずなんだよ俺って。
ただね、減少補正値が足を引っ張りすぎている。駆け出しの頃によそのファミリアのサポーターとして一時的にパーティを組んだことがあるのだけれど、その時はただ荷物を持って歩くだけで息切れしたくらいだからね。それなりに高かったはずの《力》がほとんど機能してなかったよね。なんなら冒険者じゃなくて一般人レベルにまで落ち込んでいたと思う。
当然、さんざん罵倒されたあげく1ヴァリスも恵んでもらえずパーティから叩き出されたよね。苦い思い出だ。
大いなる力には代償が伴う。俺の場合、その代償が交友関係だったってだけのことなのさ。
俺はニヒルに笑った。
「その顔で、なーに考えてるか手に取るようにわかるのよねぇ。
どーせ、俺は仲間という代償を払って大いなる力を得てるんだぁーみたいなことでしょ?」
すげえな。なんでわかるの女神さま。
そんなにわかりやすい顔してた?というかどんな顔?
「あのね?ロン。
わたしが言いたいのはそういうことじゃないの」
じゃあどういうことなんですか。
俺だって人並みに欲しいですよ友達。
このスキルさえなけりゃあね。
と、俺の表情を読むことに長けた女神さまに訴えかけてみる。
「欲しいなら作ればいいじゃん。友達。
冒険する仲間じゃなくて、普通の友達。
戦ってないときならあんたのスキル関係ないじゃない」
スキル関係ないじゃない
関係ないじゃない......
ないじゃない......
た、
「たしかにッ」
俺は頭をウォーハンマーで殴りつけられたような心持ちになった。それくらい衝撃的だった。
あまりにも正論である。俺のスキルでネックとなるのはあくまでも基本アビリティの減少補正だ。
日常生活にステイタスの恩恵は必要か?友達と買い物行ったり飯食ったりするのにミノタウロスを片手で振り回すほどの《力》は必要か?
ないでしょ、さすがに。
「わたしがあんたを見初めてかれこれ10年。下界はとっても楽しいわ。ロンがいるおかげで不自由もなく快適。
でも、そのロンが限りある人生を楽しめていないのでは、わたしはとっても悲しい」
女神さまが珍しく、ほんっとーに珍しく真面目な顔をしている。ほっといたらすぐに部屋を散らかし足の踏み場もなくすし、洗濯物ひとつまともにできないお方なのでたまに忘れそうになるが、こうしていると超越者らしく見える。その美しい顔には慈愛が満ちていた。
だからだろうか。俺は改めてこのお方をお支えしなければという使命感に駆られ、ひとつ重大なことに思い至った。
「しかしですね。俺にプライベートな時間なんてありましたっけ?
ないから毎日ダンジョンに潜っているのでは?」
これである。装備品消耗品にべらぼうに金がかかり、よく食べてよく遊ぶ女神さまに供する金もしこたま必要なこの俺に休日などというものはない。
ダンジョンに潜らない日も稀にあるが、そういう日は一日がかりで装備品の整備にあてている。
あれ、俺ってなんのために生きてるんだろう。
「おーい目が濁ってきてるぞー?」
おっと、いかん。死にたくなるところだった。
「ロン、お金の心配ならいらないわ。当てができたのよ」
「当て......ですか。
まさかッ
アルバイトをする気になったんですか?
そうなんですね!?」
うちの女神さまはぐーたらだ。10年前に出会ったときから何ら変わらずぐーたらだ。
服を脱ぎ散らかし、その辺に寝そべり、両足ぱたぱたさせて、じゃが丸くんを頬張りながら、本を読んだり、変な壺や絵画を磨いて悦に入る姿をよく見かけるぐーたら女神さまだ。
ロン。書店に面白そうな本があったのよ。お金ちょーだい?
ロン。西通りに美味しい屋台が出てるんですって。お金ちょーだい?
ロン。ちょっと肩凝りがひどいから揉んでくれない?揉んでくれないならお金ちょーだい?いや肩凝りとお金関係ないやろ。揉むよ。
といった数々のおねだりを聞き入れること幾年。
俺は敬愛するこのお方の眷属に過ぎないので特に声を荒げて文句をつける気はないのだが、あんたも働いてくれりゃあ俺たちの生活も少しは楽になるんじゃねェかなと思ったことがないわけではない。よその零細ファミリアの主神は働いているらしいですよ?
しかし、このぐーたらさまが汗水流して労働することなど天地がひっくり返ってもありえないと断じてきたため、俺ががんばって稼げばいいのだと割り切って今日まで生きてきた。
そんな女神さまに金の当てが出来ただと?
俺は嬉しい。猛烈に感動している。
どういう心境の変化かは存じ上げませんが、とうとう労働の大切さに目覚めてくださったんですね?
「いや違うけど。
ロンが養ってくれるのに働くわけないじゃん」
おっと、いかん。
剣を握りつぶしそうになってしまった。
「女神さま。金ってのはね、そこらへんから湧いてくるようなもんじゃあないんですよ?」
シャ......リンーー
このままではいかんと思い、とうとう武器の手入れをする手を止め女神さまと向き合った。
数打ちとはいえ決して安価ではない代物だ。ダンジョンに挑む前から破損させてはとんだ無駄金である。
俺は冷静だ。きわめて冷静である。
つとめて冷静であれ。
「ロン。働く以外にもお金を得る手段はあるのよ。
これをご覧なさい」
千切れて飛んでいきそうなほど引き攣る頬を両手で伸ばす俺の目の前に、女神さまはドサリと音を立てて大袋をひとつ置いた。それもすごいドヤ顔で置いた。
「こ、これは......?」
開けてみろと目で促す女神さまに従い、おそるおそる紐を解いた。途端、眩しい黄金の輝きが俺の目に飛び込んでくる。
「全て金貨だと!?大金じゃないですか!?どこでこんなものを!?」
驚愕である。俺の何ヶ月分の稼ぎになるかもわからん大量の金貨がそこには詰まっていた。これならしばらくは食うに困らないだろう。
女神さまが胸を張る。俺のお気に入りである安くて頑丈なシャツのボタンがはち切れそうになるくらい張る。
今更だけどあなたなんで俺のシャツ着てるの。
「これはね、ロン。
私が天界から持ち込めた唯一の値打ち物であるドレスを売って得たお金......
を元手にして、カジノで大勝ちして作ったお金よ!!」
ドヤ顔であぶく銭を見せつけてきた女神さまに、とうとう俺の堪忍袋の緒が切れた。
「あっっっれほどギャンブルするなって言い聞かせてたのに、やったんか!?あんた、やっちまったんか!?
前にボロ負けして素寒貧になって、俺がしばらく丸腰でダンジョンアタックしてたん忘れたんか!?
近ごろ神の宴に行く時の服装がなんか安っぽいな、とか思ってたら、ドレス売ってまで遊ぶ金欲しかったんか!?」
「な、なによ!?そんなに怒鳴らなくたっていいじゃない!勝ったんだから!」
「勝ちゃあいいってもんじゃないんですよ!やるなっつってんの!
ギャンブルってのは元締めが儲かる仕組みになってるからこそ成り立ってんですよ!今回はたまたま運が良かっただけ!ぜんぜん安定しない収入源なの!
降って湧いたお金なの、これは!」
「まぁーた安定って言った!
あんたそれでも冒険者!?
冒険しなさいよ、冒険!
このお金はわたしの冒険の成果なの!」
「現役冒険者の前で気安く冒険とか言ってんじゃねェですよ!
というかギャンブルは冒険じゃねェよ!」
ギャースカ ピースカ
結局、俺たちのこの醜く不毛な言い争いは、女神さまがふくれっ面でベッドに潜り込んでふて寝し始めるまで続いた。
ロンのおたんこなす、などとおっしゃりながら低い声で唸っていらっしゃる。完全にへそを曲げてしまわれた。
少し言い過ぎたかもしれない。明日は甘い菓子でも買って帰ってきて差し上げるとしよう。それでたぶん機嫌もなおるだろ。
なんだかどっと疲れたので、途中になっていた武器の手入れもやめて俺も寝ることにした。装備が心許ないから中層に行くのすらも不安だな。いっそのこと明日は休日とやらにしてしまおうか。
隣で安らかに寝息を立て始める女神さまの御顔を眺めながら思いにふける。
仲間じゃなくて友達、ねェ......。