危険極まりないダンジョンでソロを強いられるのは間違っているにちがいない   作:深夜そん

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 脳筋。



俺が欲しいのはもっと普通の友達だから!

 

 振り下ろされた刃を受ける。火花が散る。

 腕が軋む。腰を落とす。脚も軋んだ。石畳も。

 

 なんと、重い。

 

 こりゃ得物が先に根を上げそうだ。

 

 マトモに受けてはいられんとほんのわずかに刃を滑らせる。

 重心をずらして身体が泳いだところにカウンターを見舞ってやろうかと意図したのだ、が。

 

「イヤになるぜ」

 

 悪態を吐かざるを得ない。

 この野郎、力の入れ所と抜き所が.....いやそもそも勝負勘かこれは。

 

 一言、巧い。

 

 無駄な力を乗せ続けてこない。

 崩せない。

 故に逃げるしかない。

 

 深追いする気はないのだろう。

 手の内を探るような一手であのような剛剣を気軽に振るわれてはたまったもんじゃないが、事実としてただの様子見に過ぎなかったようだ。

 飛び退き距離をとった俺にすぐさま追撃を仕掛ける気は無い様子が窺える。

 

「探るような目をしているのはそちらとて同じことだろう」

 

 対峙する男が仏頂面で言った。

 俺より人相悪いぞあんた。

 もう少し笑ったらどうだい。

 こっちには笑える余裕なんてねェけどな。

 

「あんたの目的がわからん。

 何故俺たちが戦う必要がある」

 

 そう、ワケがわからないのだ。

 何故俺はこんな化け物と戦うはめになっている。

 人違いか何かじゃねェのかってほど心当たりがない。

 

 化け物は言う。

 

「それは先程言った通りだ」

 

 だからそれがわかんねェっつってんだよ。

 

 真っ向勝負を受ける気はもはやない。

 こちらは完全なる逃げの姿勢。

 

 それを見てとったらしい彼はつまらなさそうに眉を顰める。

 イヤでも付き合ってもらうぞとその目は語っていて、うんざりしそうだ。

 

 もう一度、言う。

 眼前に立つ化け物はそう前置きした。

 

 何度言われようが同じだと睨み返す。

 

「あのお方曰く。

 

 

『あのヤベェ子が派手にギラギラしすぎてて目当ての子が霞んで見えなくなりそうだから何とかしてきて』。

 

 

 俺が戦う理由はそれで十分だ」

 

「こっちは不十分だっつってんだろが!!」

 

 ンな意味わかんねェ理由でいきなり襲いかかってくるレベル7ヤツってられっかってんだよ"猛者おうじゃ"さんよォ!?

 

「がんばってー」

 

 女神さまも飲み物片手に観戦モードに入ってんじゃねェですよ!!

 

 

 怪物祭モンスターフィリア

 年に一度この時期に、大手の派閥であるガネーシャファミリアが主催者となって行われる一大イベントである。

 そのメインはなんといってもガネーシャファミリア所属のテイマーによる魔物の調教ショー。

 簡単に言えばダンジョンでわざわざ捕獲してきた魔物共を闘技場に押し込めて鞭でベシンベシンやったりする見世物だ。

 観客はそのスリリングな様子を見て楽しむのである。

 

 正直、俺も女神さまもそういうのは趣味じゃない。

 俺に至ってはもう魔物なんぞ見たくもない。見飽きてる。

 だったら特に胸躍らせることもなく、普段通りの一日として過ごすのかといえば、そういうわけでもない。

 

 うちの女神さまは毎年この日を楽しみにしておられる。

 大きなイベントだからピンからキリまで出店がたくさん出るからである。

 

 美味い店に不味い店、不味いけど見てくれだけは愉快な物からここらじゃ見かけない珍しい物を売る店もあり。

 食い物のみならず装飾品や細工物を取り扱う店もあり、そしてまたその品質はといえばまさしく玉石混交のひどく混沌とした有様。

 皆お祭りだからとやりたい放題、出し放題。

 そんな如何にも女神さまの好みそうな雑多さが窺えるイベントというわけである。

 

 故にこの日の俺の役割は毎年決まっている。

 朝からつきっきりで女神さまのエスコートもとい保護者である。

 目を輝かせながら衝動買いしたり満面の笑みで買い食いしたりニヤケながら店を冷やかしたりするのにひたすらお供する一日となる。

 

 この日ばかりはさしもの俺といえど冒険者は休業だ。

 さもあらん、女神さまの笑顔をお守りすることこそが俺の第一の使命であるからして、元気いっぱい弾ける笑顔で祭りを楽しむ姿に俺もひとときの安らぎが得られる日なのである。

 

「ねえ見て見て。

 このコート新作なのよ。

 似合ってる?美しい?

 肯定以外は認めないわ」

 

 ホームを出る前からすでにテンションお高めの女神さまはくるりと身を翻して言った。

 何の毛皮か存じませんがすげえ高そうっすねいくらしましたかそれ、などと素直な感想を述べようものなら大顰蹙を買うこととなるのは想像に難くない。

 お美しいのは事実なので余計なことは言わずお褒めするべきであろう。口は災いのもとであるからして。

 

「よくお似合いです。

 とてもお美しく神々しいですよ」

 

「でしょでしょー?」

 

 よし、上機嫌である。

 

「それにしてもロンは地味ね。ほんと地味。

 せっかくのお祭りなのに普段と何も変わらないわ。

 あんた顔の造りは悪くないのに身なりと目つきで損してるわよ」

 

 ご機嫌はよろしいのに息をするようにダメ出ししてくるの勘弁してもらえませんかね。

 服に金かけるくらいなら装備に金かけたいんですよこちとら。

 あと無駄に身体がデカいものですから格好の良い服を買うとなると必然オーダーメイドなんですよこちとら。

 

 それに。

 

「あなたの護衛も兼ねているのですから動きやすいのが一番ですよ」

 

 さすがにいつものように重装備はかなわないとはいえど最低限機能性は備えておかなければ落ち着かないのだ。

 街中をガチャガチャとたくさん武器を引っ提げて歩き回るわけにもいくまいし、剣1本というありえない軽装で動き回るのならばせめて機動性くらいは確保したいのである。

 

「あんたの常在戦場っぷりは半分ビョーキね」

 

「なんとでも。

 最近それも自覚してきたところですが、これが俺の性分ですので」

 

「せっかくのデートなのに色気がないわねぇ。

 ま、いいけど」

 

 呆れたような目。

 いつもの憎まれ口。

 

 ん、と目で促される。

 すみませんね、中々気が利きませんで。

 

 俺は手のひらを上にし、差し出した。

 麗しのお嬢さまの手がそこに重ねられた。

 

 

 出店を見て回る。

 普通に考えれば明らかに割高であろう商品も、お祭りだからか飛ぶように売れているようで、屋台に立つ人間たちはいつも以上に声を張り上げてセールストークを繰り広げていた。

 

 女神さまはというと目につくものにことごとくふらふらと吸い寄せられてはあれが欲しいこれも欲しいとおっしゃり、すでに片手いっぱいに食べ物をお持ちになっている。

 もう片手はというと俺の手を離す気はないらしく、必然持ちきれない分は俺の空いた片手でダートや千本もかくやという有様で串物を持つはめになっていた。

 そろそろどっかで座ってこれ消費しません?

 うっかり投擲しそうですよ?癖で。

 

「ロン。その串焼き1個食べさせて」

 

「おおせのままに」

 

 角度を調整して串の1本を女神さまのお口に近づける。

 かぶりついた。

 お行儀が大変よろしくないがこんな日くらいはまあいいだろう。

 

「んーまぁまぁね」

 

 女神さまのまぁまぁねはけっこうな褒め言葉である。

 さっきこれを買った屋台は当たりだったということだろう。

 顔を綻ばせる女神さまに俺の頬も思わず緩む。

 

 厄介ごとのないこういう日は俺にとって貴重も貴重だ。

 最近ではベルの教導時くらいにしかこういう日は無かったしそれ以前についてはもう推して知るべし。

 とはいえ教導も結局戦場に身を置くことには違いないので頬を緩ませる暇など無かったわけであるが。

 

 などと若干心をささくれ立たせていると。

 

「うげ」

 

 なにやら聞き覚えのある声。

 

「あーらあらあら」

 

 すげェ底意地の悪そうなうちの女神さまの声。

 

「く、クベーラとその眷属......」

 

 見ると、そこには神がいた。

 若干こけていた頬が若干戻っている。若干。

 

 ロキさまである。

 

 最近何かと縁がありますね。

 そちらにとって良縁ではなさそうですが。

 

「"武鬼バトラ"......さん」

 

 よくよく見ればロキさまの隣にはどえらいべっぴんさん。

 靡く金髪、均整のとれた抜群のプロポーション、そして人から生まれたとは思えぬ造形美の極地とも言えるその美貌。

 "剣姫"アイズ・ヴァレンシュタインもまたそこにいた。

 いたいいたい痛いです女神さま足踏んでますよ。

 

「こんなところで奇遇ねロキぃ、お祭り楽しんでるぅ?」

 

 相変わらず性格の悪いうちの女神さま。

 むやみやたらに煽らないでください女神さま。

 

「カーッ!

 楽しい楽しい祭りのときにイヤなヤツのツラ拝むはめになったもんや!

 はよ行くでアイズ!

 こいつ貧乏神の疫病神や!尻の毛までむしり取られるで一緒におったら!」

 

「実際むしられたやつは言うことが違うわねウフフ」

 

 すみませんロキさま。

 借金してたのがあなたの落ち度なのは承知のうえなんですがどう見てもうちの女神さまが悪者ですすみません。

 

「待って、ロキ」

 

 "剣姫"は腕を引っ張られながらもその場を動こうとはしなかった。

 その視線の先はというと......え?俺?

 

 じっと見つめてくる。

 危うい目で。

 そして俺の足もまた女神さまのせいで危うい。ぐりぐりしないで。

 

「あなたが強いのは何故?」

 

 彼女はごくごく端的に問うた。

 え?今ここでこの空気の中それ聞く?という心持ちであるが、その目は真剣であった。

 

 彼女もまた俺に近しいダンジョン狂いの類であるという噂は耳にしている。

 いや俺がダンジョンに狂っているのは甚だ不本意な話であるのだが、それはそれとして。

 何か、焦る理由でもあるのか。

 知ったことではない、が。

 

 問われた以上は答えねばなるまい。

 

「守るモンがあるからじゃねェかな」

 

 女神さまの手をギュッと握りながら、言った。

 

 "剣姫"はキョトンとしている。

 

「俺は自分が最強だなんて思い上がっちゃいないが、そこそこ強いと自負してはいる。

 何故そうも強くなったのかと問われれば、それはこのお方をたとえひとりきりであろうとも支え、守るためであると答えるよりほかない。

 そのためなら俺はなんでもする。なんでもできるから強い。

 これで答えになるかい?」

 

「よく、わかりません」

 

「だろうね。それでいいと思うよ。

 俺の強さは歪だ。正統派じゃない。

 無名に過ぎなかった俺があんたよりも後からランクアップを重ね、今ではあんたを上回っているのには歪な理由がある。

 それは俺の都合であってあんたの都合じゃない。

 悪いな参考になりそうもなくて」

 

「いえ......」

 

 しょぼくれているように見えるが、本当に俺が答えられるとしたらこれくらいのことしかないのである。

 身体の鍛え方云々なんて教えても仕方がなかろうしそういう話でもないだろう。

 彼女が俺みたいな筋肉だるまになったらベルが泣きそうだしな。

 

 ああ、ベルといえば。

 

「ああそうだ、先日はベルが世話になったみたいだな。

 遅くなっちまったが、彼の教導官として彼の命を救ってくれたことにお礼を言わせてほしい。

 彼もあんたに感謝していたが、なかなか礼を言う機会に恵まれないようでな」

 

「ベル......ってミノタウロスに謝ってた子のこと?」

 

「そうだ。ミノタウロスに命乞いしてた子のことだ」

 

 印象がミノタウロスと紐付けられているのはツッコミどころなのだろうか。

 

「そう、ですか。

 怖がられて、なかったんだ......」

 

 聞いたところによればベルはミノタウロスへの命乞いのあとさらに"剣姫"にも平謝りしながら脱兎の如く逃げ去ったという。

 失礼な話であるが、猛牛が切り裂かれてその後ろからこんな美人が出てきたんじゃ、お年頃の少年としては無理からぬ反応とも言えるだろう。

 どうやら彼女はそれを気にしていたようだ。

 ある意味ミノタウロス以上に怖がられてたんじゃないかと思っていても不思議はなかろうな。誤解なんだが。

 

「悪いな、あれでいていい子なんだ。

 彼がおかしな行動をとった際には大方俺のせいだと思ってもらってかまわんよ......っと」

 

 女神さまに手を引かれた。

 いつまで喋ってんだ、ってところか。

 

「じゃ、そういうわけでな。

 ロキさま、アイズさん。そちらも祭りを楽しんでくれ」

 

 今度こそ話は終わりだ。

 楽しい祭りのときによくわからん話をするものではない。

 

 ロキさまに腕を引かれて、まだ何か訊きたそうにしている"剣姫"が遠ざかっていく。

 

 俺の足から己の足をどけた女神さまは軽く鼻を鳴らした。

 

「わたしのロンに色目を使うなんてン億年はやいわ小娘」

 

 あなたちょっと美人に対して厳しくありません?

 

 

 予期せぬ遭遇からその後も祭りは続く。

 女神さまは買い食いに満足したようであり、今は小休止。

 このあとは冷やかしがてら掘り出し物でも探しにぶらつくことになるだろう。

 

 そういえば、調教ショーはもう始まっているのかな。

 

「女神さま。ショーはご覧になりますか?」

 

 ほとんど答えはわかりきっているが念のため尋ねた。

 

「それは別にいいわ。

 ロンと一緒にいろんなお店を回るほうが楽しいもの」

 

 左様で。

 タコヤキなる謎の球状の小麦焼きを頬張る。

 うむ、まあまあ美味い。

 なお俺のところに回ってきたのはこれひとつである。他はすべて女神さまの腹におさまった。

 

「食べましたし、少し休んだらまた店を回りますか?」

 

「そうね。また竜の心臓売ってないかしら。楽しみ」

 

 それはあまり思い出したくありません。

 でもあれば便利なので万が一見つけたら買っておいてもいいかもしれませんね。

 

 そうホイホイと買えてたまるかという代物とその劇物チックな効果に思いを馳せて視線がやや遠くなる。

 

「お宝、お宝ー」

 

 女神さまはあるかもわからない宝物に胸を弾ませルンルン気分。

 俺はというとややげんなり。

 

 そんな時であった。

 耳が捉えたくもない音を捉えたのは。

 

「女神さま。俺のそばから離れないように」

 

 呼びかけた。

 

「言われずともそうするわよ、ずっとね」

 

 女神さまは泰然と頷いた。

 

 そういう意味じゃないんだがおそらくわかっていて言っているのだろう。

 それはそれとして。

 じゃあどういう意味かと言うと......悲鳴だ。

 街中から、ひとの悲鳴がする。

 

 これは何か起きたな。厄介ごとの臭いだ。

 

 立ち上がる。

 剣の柄に手を置いた。

 

 気を張り巡らせる。

 

 悲鳴の出所は一箇所ではない、彼方此方から聞こえる。

 そしてまた、声はひとのもののみではない。

 

「魔物、か。

 ガネーシャファミリアめ、何かしくじったか?」

 

 聞こえるのは耳に馴染んだ魔物の咆哮。

 

 街中で魔物の声が聞こえるということは本来尋常のことではない。

 しかしながら、今日この日に限ってはありえない話というわけでもないとも言える。

 

 明確な意図と目的をもって魔物が地上に連れ出されている日だからである。

 

 ガネーシャファミリアは大手のファミリアだけあって人材も豊富であり、毎年この怪物祭という一歩間違えば超危険なイベントを危なげなく運営してきたその手腕はといえば見事なものである。

 しかしそれで安心して気を緩ませるほど俺はダンジョンというやつを信用していない。

 ダンジョンは。そしてそこから生まれる魔物共は。

 何をしでかすか、わからない。

 

 警戒する。思考する。

 ひとまずは女神さまを連れてホームへ向かうべきか。

 道中、おそらくは何らかの原因で脱走したであろう魔物と遭遇した際には斬り伏せればいい。

 騒ぎを鎮圧するのに力を貸したいところではあるが、まずは女神さまの身の安全が最優先である。

 俺のそばから離れさせるべきではない。

 

 そんなとき。

 数歩先の石畳、その下から気配。

 さっそくおでましか。

 

「ロン。守ってね」

 

 言われずとも。

 

 石畳を捲り上がらせ顔を覗かせたのは、蛇のような魔物。

 いや、これは。蔓か?

 見たことがない種類の魔物だ。新種か、この間の芋虫のような。

 

「関係ないな」

 

 一息に距離を詰め抜刀一閃。

 容易く刈り取る。

 え、弱っ。

 

 拍子抜けしたが警戒は怠らない。

 もしかしたら再生したり斬ったら増えたり死んだら有毒ガスを撒き散らしたりする類のやつかもしれない。

 

 なんでもいいぞ、この"武鬼"を止められるものなら止めてみるがいい。

 

 警戒する俺をよそに魔物は霧散し魔石が転がった。

 

 いや終わり!?

 え、ほんとに終わり!?

 新種っぽいのに弱くない!?

 

 拍子抜けである。

 今の1体以外にほかに魔物の気配もない。

 

 ま、まあ、いい。

 女神さまの御身が安全ならばそれに越したことはない。

 ちょっとカッコつけちゃったけど別にいい。

 

 俺を止めるには不足であったな、魔物共め。

 次はもっとまともなやつを連れてくるんだな。

 

 魔石を拾い上げ剣を鞘に収めた。

 

 思えばこれは女神さまが言うところの"フラグ"なるものであったのかもしれない。

 

「見事な太刀筋だ。

 修練の軌跡が窺える。

 これは思いの外期待できそうだ」

 

 足音。声。

 付近を警戒するこの俺にすら気取られることなくそばまで近づいてきていた何者か。

 

 振り向けばそこには。

 

「あのお方曰く。

 

『あのヤベェ子が派手にギラギラしすぎてて目当ての子が霞んで見えなくなりそうだから何とかしてきて』」

 

 俺以上の長身に俺以上に筋骨隆々。

 そして俺以上の実力者。

 

「手合わせ願おうか、"武鬼"よ」

 

 現オラリオ最強、レベル7、"猛者"オッタルにしか見えない猪人がそこにいた。

 

 あんたのほうがよほどギラついとるわ、いったい何しにここに来た!?

 

 めちゃくちゃびっくりする俺。

 構えるオッタル。

 

 そして冒頭に至る。

 

 

 オッタルの行動原理はといえば単純明快である。

 彼にとっての「全て」であるさるお方の願いを叶えること、それに尽きる。

 

 自分はあのお方を喜ばせる舌を持たぬ。

 あるのは武技のみ。

 それしか、ない。

 

 あのお方からは、なんとかしてきて、などと言われたがどうすればいいのかはよくわからなかった。

 なのでひとまず装備を整えて"武鬼"を訪った次第である。

 戦えばわかることだろう、と。

 

 前々から興味はあった。

 狂人の如く只管に武技を磨く"武鬼"という男はこのオラリオでは有名だ。

 その行動の異質さははっきり言えばオッタルにとってみればどうでもいい。自分も似たようなことをする時もある。さすがに毎日ではないが。

 

 興味があるのはその強さ。

 かつて無名であったこの男はある日を境に常軌を逸したダンジョンアタックを繰り返し、瞬く間に名を上げていった。

 最近ではやや落ち着きを持ってきているとはいえ、それでもなお今の自分に追随する実力者、レベル7に最も近いレベル6などと呼ばれる存在であることに相違ない。

 

 オッタルはひとりの武人として強者との戦いに飢えていた。

 機会があれば是非刃を交えてみたい。拳で語ってみたい。

 そんなほのかな興味と期待を抱いていた。

 

 そして今がその機会というものである。

 

 様子見程度に一撃見舞った。

 並の冒険者であれば膝をつきそのままくず折れるようなそれを。

 

 なるほど、巧いな。

 

 見事受け止められ、あまつさえこちらを崩そうとすらしてくるその技量は感嘆に値する。

 

 その後も幾度か刃を交えるも、ものの見事にいなされる。

 得物の扱いに、身体の扱いに非常に優れている。

 この男は、自分との戦いを成立させられる実力者だ。

 

 が、しかし。

 

「無意味だからやめねェ?

 それどころじゃないだろ大騒ぎだぜ街ン中。

 一緒に......いややっぱ別行動で魔物狩らない?そうしない?」

 

 やる気が、ない。

 

 仕方がないことだろう。

 向こうにとって自分は通り魔のようなものである。

 若干の申し訳なさもある。しかし。

 

「この絶好の機会を逃すのは実に惜しい。

 全力を出せ、"武鬼"」

 

「話が通じなさすぎない?」

 

 悪いが付き合ってもらう。

 それがあのお方のためであり、そして俺自身のためでもあるのだ。

 

 オッタルは矢継ぎ早に剛剣を振るった。

 

 本来ならば格下であるはずのこの"武鬼"という男はなにやらそれを感じさせぬ底知れなさがある。

 フレイヤファミリアには"武鬼"と同じレベル6が複数在籍しており、オッタルは自らの地位を付け狙う彼らと手合わせをする機会も多々あるわけだが、眼前のこの男からはとても彼らと同格とは思えぬ力量を感じてならない。

 

 なによりも立ち回りが器用だ。

 実力相応ではない、とも言える。

 これほどの実力がありながら、この男は弱者のように立ち回る。

 

 ステイタスに優る自分と真っ向から打ち合わないのは、やる気だけの問題ではないだろう。

 さすがの"武鬼"といえど、技量は自分と大きく差はない。

 膂力については体格を含め明確にこちらが勝るだろう。

 だからこその逃げの一手。判断として間違っていない。

 

「ムッ」

 

 暗器の使用もそれだ。

 

 遠間から投擲されたのはダート。

 剣で軽く打ち払う。

 小賢しい小細工であるが、牽制としては優れている一手であった。

 ほのかに異臭。

 おそらくは、毒が塗られていた。

 

 警戒度を上げる。

 油断すればやられかねない、と。

 

 "武鬼"は息を切らしていない。

 何かを狙っている目をしてもいる。

 冷静な狩人の目だ。

 

 何をしてくるかわからない。

 構わん、来るならば来い。

 

 油断なく構えるオッタルに対し、"武鬼"もまた覚悟を決めたように構えをとった。

 

 踏み込んでくる。

 石畳が爆ぜる。

 中々。

 速いではないか。

 

 ブロードソードによる一撃を受け止めた。

 いい重さをしている。

 自分の体幹を崩すほどとは言えぬが、なかなかどうして。

 楽しく、なってきたではないか。

 

 力を込めて押し返そうとする。

 その時であった。

 

『天は遥か遠く

 

 朗々と唱えられる句。

 

 これは、詠唱......ッ!?

 

 警戒度を一気に引き上げる。

 "武鬼"が魔法を使うなどという話は聞いたことがない。

 

 力任せに弾き飛ばした。

 幸いだ、とばかりに距離をとると、彼我の距離感を測るかのように片手で剣を突き出してくる。

 そして、"武鬼"は詠唱を続けようとする。

 

 弾き飛ばしたのは悪手をとったか、と再度踏み込んだ。

 "武鬼"はあろうことかさらに逃げた。

 

『地は杳として知らず

 

 そして唱えられた句に従って"武鬼"の身を魔力の光がほのかに包む。

 

 これは平行詠唱。

 本来であれば魔法の詠唱というものは集中力を要する。

 少しでもそれを切らせば、心を乱せば、詠唱の句は紡げない。

 彼は戦いながら、いや今は逃げながらではあるが、詠唱を続行し成立させている。

 

 すなわち、"武鬼"の詠唱はブラフなどではない、魔法の発動を狙っている。

 どのような威力、規模、あるいは効果なのかわからないそれを。

 

 させるものか。

 

 オッタルは様子見を捨て全力で踏み込み、出来る限りの力と技で持って剣を振るう、振るう、振るう。

 武器が数打ちなのが惜しいところだ。

 正真正銘の全力に耐えうる武器であれば、もう少し出力を上げられたものを。

 

『迷い人よ

 

 が、しかし。

 抑えているとはいえ今出せる全力。

 それを"武鬼"はいなし続ける。

 向こうもまた全力ではなかったということか。

 

「今漸くーー

 

 "武鬼"を纏う光は強まってきている。

 これを発動させてしまうのは甚だまずい。

 武器のことなど、もう気にしている場合では、ない。

 

「ヌォオオオオ!!」

 

 咆哮、猪突。

 全開放に等しいそれで踏み込んだ。

 ここまでの打ち合いで見えてきているところもある。

 これはいなせまい、というだけの一撃を見舞ってくれよう。

 

 さあ、乱せ。

 詠唱を。心を。

 

 突撃するオッタルをよそに。

 

 ーー猪人らしいトコ見せてくれたな」

 

 食わせ者が笑っていた。

 

 気づいた。

 まずい。

 

 ほんのわずか、ブラフのブラフ......とおぼしきものに踊らされたオッタルは後悔した。

 "武鬼"はとうに詠唱をやめている。光は霧散している。

 その幅広の剣を構えつけ狙っているのは、オッタルが持つ、武器。

 

 狙いは武器破壊かッ

 

 気づいたオッタルは強引に剣の軌道を変えた。

 "武鬼"が持つあのブロードソード、よくよく見れば切れ味なんて二の次の数打ちに見えるが、とかく刀身が厚い。

 まともにかちあえば、折れるのはここまで酷使してきたこちらの剣!

 

 両手持ちでは受けさせぬ。

 片手でいなせるほど手緩い一撃をくれてやるつもりもない。

 かわすならかわせ、"武鬼"!

 

 全霊の水平斬り。

 オッタルの狙い通り、"武鬼"は想定とは異なる強引な軌道変更に焦りを見せたように見える。

 剣を引いた。

 

 そうだ、これでいい。

 ブラフは見破られれば効果はない。

 仕切り直させてもらうぞ。

 

 口角をわずか上げるオッタル。

 

 対して"武鬼"は。

 

「イヤになるぜ」

 

 バギィンッッッ

 

 恐ろしく細かな動作で。

 真下からの痛烈なアッパーカットを見事に合わせ、オッタルの剣を叩き折った。

 

 その拳には......

 

「ナックル、ダスター......」

 

 いつはめた。

 最初からそんなものを貴様はつけていたか。

 いや、そもそもいつから狙っていた。

 

「剣で迎え撃たせてくれよ、あぶねェだろうが」

 

 冷や汗を流す男はまさしく底知れない。

 さらに彼は、反撃する気など無いとばかりに慌てて飛び退いた。

 

「ハァー、弁償はしないぜ。

 それよりまだやるかい。

 いいだろ、もう。

 腕がじんじんしやがる」

 

 ぷらぷらと剣を殴りつけた手を揺らす彼は確かに満身創痍である。

 肩を揺らし息を吸い、吐いていた。

 

「......俺の負け、か」

 

 折れた、否叩き折られた剣を見て呟いた。

 言い知れぬ敗北感が胸に押し寄せる。

 

「なに言ってんだ、まともにやって俺があんたに勝てるわけねェだろ。

 俺の剣のほうが良いモンだっただけだ。

 俺の鉄拳のほうが良いモンだっただけだ。

 値段聞くかい?これね、6900万ヴァリスの特注品」

 

 なるほど俺のは3200万ヴァリスだ、などと答えそうになるほどあっさりとした調子で"武鬼"は語りかけてくる。

 いやそうじゃなくてだな。

 

 街中の騒ぎはどうやらおさまっている。

 あのお方の目的はおそらくもう、達せられていることだろう。

 

「このまま続けてもたぶん素手のあんたのほうが俺より強い。

 だからこの辺で勘弁してくんねェかなマジで」

 

 つまり、この男と戦う必要はもう無い。

 目的もなく無闇に武を振るうことは本意ではない。

 

「......非礼を詫びよう」

 

 この弱者のように振る舞う強者に敬意を。

 そして次は負けぬとも心に決めた。

 ここは頭を下げるべきところである。

 

「いやほんとわけわかんねェんだけど、あれかい?

 あんたんとこの主神の差金?

 まあわからんでもないよ。俺も女神さまに言われたらたぶん大抵のことはするしな。

 

 目的がわかってれば、ですよ女神さま。ねえわかってます?なんでもするとか言ってませんよ?ねえ?」

 

 息を整えながらも饒舌に喋るこの男ときたらなお底知れぬ。

 ただ噂通りの武人には見えぬ。

 そうであったならば期待通りであったとともに、今となってはこうであってくれたことがむしろ期待以上であったという感想が頭に浮かんだ。

 

 そしてまた、この男も一柱の女神を信仰する者であるということもわかった。

 剣を交えていれば自然、わかる。

 この男の戦う理由は、彼の後ろでおっとりと笑う、あの女神なのであろうと。

 

「......そんなところだ。俺には武しかないのでな。

 次は、是非互いに全力が出せる装備で闘ってみたいと思う」

 

 素直な感想であった。

 自分に小細工ができるとは思えないが、小細工を弄する敵手との手合わせは経験としては得難い。

 ただ迷宮で魔物を狩るのとはまた違った経験が得られることは間違いないことであろう。

 

「いや無理、マジで無理。

 何本武器をダメにされるかわからん。てか死ぬ。

 ほんと無理なんで、もう帰るな?帰っていいよね?」

 

 じりじりとこちらから距離を離していく"武鬼"の顔には苦笑。

 当然か、この戦いは彼にとってみればただ通り魔の襲撃から身を守っただけに過ぎないのであろうから。

 

 残念だ。

 出会い方さえ違っていればな。

 

 オッタルは背を向けた。

 

「また会いたいものだ、ロン・アライネス」

 

 帰ろう、あの方のところへ。

 歩み出す。

 

 また、思う。

 

 もし俺に対等な好敵手ともというものが出来るとするならば、それは貴様のような漢であろう。

 

 折れた剣を片手に歩み出すオッタルの背中は晴れやかであり、その身の丈以上に大きかった。

 

 

 二度と会いたくないよ!!

 

 なんだったの!?

 結局なんで俺たちは戦っていたの!?

 なんであんたは満足気なの!?

 

 去り行くオッタルの背に向けて、冷や汗だらだらで内心悪態をついた。

 

 おそらくは向こうの主神、フレイヤが彼に何か言ったから彼は襲いかかってきたのだろう。

 あそこはフレイヤさまを崇めるファミリアだ。

 あそこの団員は皆フレイヤさまに頭をヤラレちまってる狂信者の集まりだと耳にしたことがある。

 俺は今回、どういうわけかそれに巻き込まれてしまったようだ。甚だ迷惑な話である。

 

 わけがわからん。

 死ぬかと思った。

 

 彼との手合わせというかなんかよくわからんこの戦い、口にした通り装備の品質の差に救われた形での決着である。

 彼が本気で俺を始末する気なら、このような結果にはなっていない。

 なんか勝手に負けを認めて勝手に満足して帰ってくれたからよかったものの、ここで殺し合いになっていたらたぶん殺られていたのは俺のほうだ。

 まして女神さまを守りながらだなんて勝ちの目が一切見えない。

 本当に、彼が手を抜いてくれていて良かった。

 

「ロン。拳で語り合った者同士の間には友情が生まれるそうよ」

 

 酒をお飲みになりながら女神さまが言った。

 あんたこの間読んだ本から引用したんだろうけど現実的にそんな話あってたまるかって話だからね!?

 

「イヤです。

 あんな怖いひとともう関わりたくないです」

 

 気軽に殴り合ったり斬り合ったりする友達とかいらないから!

 俺が欲しいのはもっと普通の友達だから!

 

「あらそう、あの子残念がると思うわよそれ聞いたら」

 

 しょんぼりウルウルしてるオッタルさんが脳裏をよぎった。

 さっき食ったタコヤキを吐きそうになった。

 

「イヤなものはイヤなんです。

 ただでさえ最近、屈強な男たちと妙な縁があるんです。

 勘弁してくださいマジで」

 

「それはダメよロン。

 わたしというものがありながら、それはダメ」

 

 そう言いつつも女神さまはニヤけておられる。

 俺だってダメです、ダメダメです。

 

 ほんとにもう。

 

 深くため息を吐いた。

 身体の節々が悲鳴を上げている。

 全力で彼奴の剣を防ぎ続けた弊害であった。

 

 武器を気遣って全力を控えていてくれたからこそ、あれだけ防ぐことが出来た剛剣の使い手である。

 そのうえ技まであるときたら、いくら俺といえど長く打ち合ってなどいられないことだろう。

 手に残る痺れがそれを物語っていた。

 

 息を整える。

 散々な祭りだ。

 どうせこの騒ぎだ、祭りは中止だろう。

 もう帰っていいよな?

 

 女神さまも同じことを考えたのだろう。

 

「そろそろ息は整ったかしら。帰りましょ。

 残念だわ。この騒ぎだからお祭りはおしまいね」

 

 手を握られる。

 ナックルダスターを嵌めた手とは逆の手だ。

 

 このお方ときたらまったく、今し方眷属が死闘を繰り広げた後だというのに呑気なものである。

 

「なによその顔。

 あんたが負けるわけないんだから、あんなの良い見世物じゃない。

 調教ショーよりよっぽど楽しかったわ」

 

 にこりと笑うその顔を見て、こちらも思わず苦笑した。

 あなたにとっては俺の綱渡りのような戦いも娯楽でしたか。

 

 それならまあ、重畳でございます。

 手をしかと握り返し、歩み出す。

 

 女神さまは笑顔だ。

 その結果さえあるのであれば、俺にとってはそれでいい。

 

 帰ろう、俺たちのホームへ。

 

 歩き出すと共に、女神さまはヒシと俺の腕に抱きついた。

 

 

「あら、どうしたの。オッタル。

 あなたが笑うなんて珍しい」

 

「フレイヤさま。

 今、俺は、笑っていましたか?」

 

「ええ。わずかにね」

 

「そう、ですか。

 そうですね。

 久々に、良い出会いがありましたので

 あなたのおかげです」

 

「そのうえ饒舌。

 こちらも良いものが見れたことだし、今日は良い日ね」

 

 オラリオの中心に建つ、天を衝く巨塔バベル。

 そこから景色を見下ろすひとりと一柱は、その日、満足気に笑っていたという。

 

 

それにしてもあのヤベェ子の横槍がなくてほんとよかったわ。

 いい仕事したわよオッタル

 

 

 一柱は内心ガッツポーズだったという。

 





 前話では私の個人的な事情により原作屈指の人気を誇る有名キャラであるトマトヤロウをあえて登場させずその出番を丸ごとカットするという暴挙に出てしまったことをここに深くお詫び申し上げます。

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