危険極まりないダンジョンでソロを強いられるのは間違っているにちがいない 作:深夜そん
◇
ベルがサポーターを雇った。
リリと名乗る犬人の女の子である。随分と小柄な少女だった。
一見すると幼子と見紛わんばかりなのに出るとこは出ている。より直接的な表現をするなら胸がデカい。なんだあれは。
実は大人の小人族が精巧なつけ耳や尻尾か何かを使って化けてんじゃねェのかって思ったが、変な詮索をするものでもない。
初めて出来た「仲間」にベルが喜んでいたのだからそれでよかろう。釘は刺したがな、一応。
しかしうらやましいぞベル。
いや、その子の胸の将来性についてじゃなくて仲間が出来たってことについての感想ね?
俺はベルの仲間じゃないのかって?
まあそりゃあ、広い意味では仲間と言えるだろうが狭い意味だとそうとも言えまいよ。
教導中の俺は雑魚そのものとはいえれっきとしたレベル6である。
あくまでも俺は彼の先達であり教導者である。共に冒険をする仲間かというと、少し違う。
ちなみにそのサポーターの少女は一度顔合わせをした際に俺を見ても何の反応も示さなかった。
おそらく俺の普段の鎧姿は知っていても教導時の姿までは知らないクチであろう。彼女に限らずそう珍しいもんでもない。
俺がかの有名な"武鬼"だと知ればいったいどんな顔をしてくれるかは些か楽しみである。
で、だ。
そのリリなるサポーターの少女の登場により発生した問題がひとつある。
ここで俺の持つスキルについておさらいしておこう。
独立独歩《ソリテュード》
・全ての基本アビリティに超高補正。
・周囲に仲間がいる時、全ての基本アビリティに超減少補正。
・人数が多いほど減少補正値が大きくなる。
・人数が多いほど減少補正値が大きくなる。
はいここ注目。
これだよ問題は。
考えてもみるといい。
ベルと二人の状態......つまりは「仲間」にあたる人数が一人ぽっちの時点でもう、レベル6の俺が推定レベル1相当の能力にまで落ちぶれるのである。
ここにリリという二人目の仲間が加わるとどうなるかなど......ちょっと検証する気も起きないくらい、想像するだに恐ろしいことだ。
少し本題とは逸れるが、これまでにベルの教導を通じて密かに検証した限りで推測されるスキルの発動条件は、思いのほか緩いということがわかっている。
スキルというやつは発現するときもそうであるらしいが、当人の思いや心持ちに起因するところが大きいようで。
たとえば俺は普段からベルのことを仲間だとみなしているが、「さあ今から一緒に戦おうか」と俺が思わない限りはスキルは発動しない。
ただその場に一緒にいるだけで問答無用で発動するような代物ではないということだけは確かだ。
だったら心を無にして仲間をその辺に転がってる芋か何か、あるいはいっそのこと敵とでも認識すりゃデバフを防げるんじゃねェの?と考えてみたことがあるんだが......
できるわきゃねェだろそんな血も涙もないこと!
一緒に戦ってくれるんだぞ俺なんかと!!
ってことで結局デバフを受け入れながら戦うはめになっていたのである。
これに追い討ちをかけるのが本題たる仲間の人数問題。
ひとりよりふたり、ふたりよりたくさん。
なんと嬉しく頼もしいことか。なおのこと心を鬼にできやしねェ。
やってみたら案外二人目以降の減少補正は緩やかかもしれない、などという甘い考えは既に捨て去っている。
10年このスキルと付き合ってきた俺の勘が叫んでいるのだ。
あと一人でも仲間が増えたらもう一般人レベルまたはそれ以下にまで落ちぶれるとな。
見える。
背負った武器の重さで腰をやられてその場にくず折れる俺の姿が。
検証のためとはいえカッコ悪すぎてそんなのできねェよ!
変な見栄張ってんじゃねェよと思われるかもしれないが、見栄以外にも気安く人前で検証をしたり、それこそ事実......すなわちスキルの詳細を明かしたりすることが出来ない事情が確かに存在するということも忘れてはならない。
このスキルは俺にとって致命的な弱点だ。
散々繰り返すがデバフを喰らった俺は弱い。
おそらく、それなりに腕の立つ冒険者であれば容易く俺を殺すことが出来るだろう。培った技術だけでステイタスの壁を越えることは非常に難しい。
すなわち、このデバフを利用した何者かに襲撃されるシチュエーションというのが俺が死にうる状況の中でも最もマズいこととなる。
被害が俺ひとりに留まらない可能性が高いからだ。
故に、リリという今時点では信用に足るのかどうかわからない人物が同伴するときは当然のこととして、信用できるであろうベル個人にさえもスキルの情報について打ち明けることは決して出来ない。
もし仮に打ち明けたとして、彼が他の誰かにそれを話すかと問われれば......まぁ否であろう。彼がそのようなことをするとは俺も思いたくない。
が、しかし。
彼の意思に関わらず情報を吐かせる方法などいくらでもあるのだ。
手慣れた人間による誘導尋問や拷問は基本中の基本として想定しておきたい。
彼の主神や仲間を人質に取って脅すといった手段も当然有効だ。
それらを彼が持つ硬い意思の力で跳ね除けたとしても今度は魔法がある。
精神に強い作用を及ぼす魔法なんてのがもし存在するならば、術者が望む情報を意のままに吐かせることだってできるかもしれない。
魔法というやつは極論何でもアリであるからして、中身を詳しく想定すること自体がもはや無駄だ。無駄だが、無視はできん。魔法ならどんな事象でも起こしうる、くらいには考えておいたほうがいい。
そういった諸々のリスクを勘案した場合、やはりスキルの詳細については明かすべきではないという判断を下さざるを得ない。
そもそも俺は彼のことも心から......いや、止そう。
ともかく。
そういう事情もあって、ベルには教導官離れと称してリリと二人でダンジョンに潜らせている。
実際、彼のここ最近の成長速度はハッキリ言って異常だ。他人のステイタスの詮索は御法度であるからして実際のアビリティなど想像することしか出来ないが......あの感じはほぼ間違いなくDないしEはある。これもリリの胸の話じゃないよ?念のためね?
まあつまり。
実力的には俺が実地で教えられることなどもうほぼ残っていないであろうから、あとはアドバイザーよろしく受けた報告や相談に対し冒険者の先達として助言するに徹するというスタイルに切り替えても良かろうという判断が下せるわけである。
少し寂しい気もするがいずれ必ずこういう日が訪れるのはわかっていたことだ。
この際俺の心情などどうだっていいから、今は彼の成長と彼に仲間ができたことを祝福しようではないか。
というか。
目下のところ戦力について問題を抱えているのはむしろ俺のほうであると言えよう。
あれから遭遇していないとはいえ、そろそろまた会いそうな例のあの人との戦いに備えて、イヤイヤながらでも自分を追い込んでいかねばならない。
がんばれベル。
お前にはお前の冒険があるように、俺にもまた俺の冒険が待っているのだ。
そういうわけで。
今日も俺はひとりであった。
◇
さあ行くぜ冒険、来いよ窮地。
そのような心持ちでダンジョンを練り歩く。
今日の俺はフル装備中のフル装備。剣もダガーもメイスも鉄球も何でもござれだ。売るほどあるけど売る気はない。
その中でも一際目立っているのはやはり俺の身の丈のおよそ倍はあろうかという長大な斧槍『大切』だ。
基本的にはこれ1本で全て事足りる。他の装備品はあくまでも予備や牽制目的の代物に過ぎない。
というか、せっかく不壊属性を持ってるのに他の武器を消耗するのはもったいないからね!
これは案外、マズい兆候かもしれない。
あまりにも頼りになり過ぎる武器が1本存在することによって、ついそれに頼ってしまいがちになるなどという傾向は、武器術使いとしては本末転倒もいいところである。
ロン・アライネスという冒険者を客観的な目線で評価した場合、その強みはスキルによるバフを含んだ圧倒的なステイタスと数多の武器を状況に応じて自在に使い分ける戦闘技術に集約されていると言っていいだろう。
だからこそ、いくらマルチウェポンかつ破損を気にする必要がない代物とはいえ斧槍1本だけを頼って何が起こるかもわからぬ危険極まりないダンジョンを攻略していくなどというその舐め腐った性根は冒険者としての腕を鈍らせる要因と......
「おっと居やがったなデカブツ!
俺の新武装『大切』の錆にしてやるぜ!」
なりかねないけどそれはそれとして、少しくらいはしゃいだってたまにはいいよね!
大きく振りかぶる。
眼前に、
間欠泉のように水柱が立つ。
水場が
陸揚げされた魚......なんて見たことは無いが。
きっとそんな風に、デカブツーー階層主アンフィス・バエナは打ち上げられた。
隙だらけである。
駆け寄り、これでもかと滅多打ちにした。
斬った。突いた。薙いだ。叩いた。
遠慮はいらん、そうだろ『大切』?
自らの縄張りたる水上において突如として起きたまさかの事態に混乱の最中に陥ったであろうその双頭の竜は、全身をくねらせ大暴れである。
しかしながら、下手人であるちっぽけなヒューマンたるこの俺の正確な所在を掴むこと叶わず、為されるがまま全身ありとあらゆる箇所から血を垂れ流し弱り果てていく。
ようやく体勢を整え俺に向き直ったその時には。
「よいッしょォァ!!」
素っ首ひとつ叩き斬られることとなる。
落とした。生臭い血が噴き出す。
さしものデカブツといえどこれはたまらんと言わんばかりに悲鳴を上げ大きくのけぞった。
またしてもデカい隙を晒してくれたな。
何もさせてやるつもりは無い。
今落としたのはブレスを吐くほうの首だ。
魔法阻害の霧を吐くほうはどうでもいい。どうせ魔法は使わん。
攻防なんて不要だ。あるのは俺の攻だけだ。
こちらは万事予定通りだ。
想定外に哭くのは、お前だけでいい。
先程、水面を、水底までもを叩き割ったのと同じように。
全霊で振り下ろした。
鱗を、皮膚を、割く感触。まだ刃は止まらない。
核を捉えた会心の手応え。
殺った。
恨みがましく、残った一首でこちらを睨め付けた階層主は、その身をボロボロと崩れさせていく。
「来て欲しくない時に限って狙ったように俺の前に姿を現すお前のことが嫌いだったが、なに。
新武装の試験運用としちゃなかなか上等だったよ」
構えは解かない。残心は忘れない。
弱り果て絶命寸前とはいえ階層主、何らかの最後っ屁がないとも限らない。
あるいはこいつが斃れてすぐに新手が現れないとも限らない。
そんな俺の警戒もただの取り越し苦労であったか、呆気なくアンフィス・バエナはその身を霞と消した。
周囲に敵の気配、なし。
こちらの損耗、なし。
ドロップアイテム......なしかよ。
戦闘終了だ。
何から何までしけていやがる。お前それでも階層主か。
本来ならばアンフィス・バエナは十分に強敵である。
水中を縄張りとするかの竜に挑むには、人間という生物の性能はいささか足りていない。
水辺の絶対強者たるヤツの此度の敗因はひとつ。
武器の破損を気にせず全力を出すことのできる俺と戦っちまったこと、それだけだ。
よもや力技で水を割って陸地に打ち上げられちまうなどとは思うまい。
......にしてもあっさり倒してしまったな。
「いいのか、これで」
たまらず呟いた。
何がだって?
そりゃあ。
「全ッ然冒険にならねェ......」
階層主を苦もなく倒せちまったんじゃ、いったい何が俺にとっての「偉業」とやらになるんだ、って話になっちまうことに尽きる。
おそらくじわじわとランクアップに必要な経験値は蓄積していっていることだろう。
先日の50階層への往復だって普通の冒険者の目線に立てば偉業も偉業だと言えるはず。
しかし、いずれにせよ終わってみれば楽勝であったからして、俺の主観では冒険とも偉業とも到底思えない。
本当にこんなことをしていて大丈夫なのかと不安になる。
ひたすら静かなダンジョン27階層。
背中には頼りになりすぎる相棒。
冒険って、どうすればいいんだっけ......?
答えてくれる者などいないと知っていたから、心の中だけで呟いた。
◇
元気の有り余った身体で駆けに駆け、今度は37階層。
アンフィス・バエナ戦がどうにも歯応えのない結果だったので、今度は同じく階層主であるウダイオスに挑んでみようかと思った次第である。
あの竜がクサレ徘徊お邪魔野郎(メスかもしれんが)であるのに対し、ウダイオスはとても良いヤツだ。
なにせあの骨野郎(メスかもしれんが)はその場から動かない。
身体はデカいしそこら中から黒い剣のようなものを生やす遠距離攻撃は持っているしでマトモに戦うなら非常に鬱陶しい相手であると想定されるが、動かないので俺の足なら逃げるのも容易いのである。
俺は今までただの一度もウダイオスの相手をマトモにしてやったことがないほどだ。
アンフィス・バエナに、実質初挑戦のウダイオスを加えた豪華階層主連戦コースだ。これにはステイタスも大喜びなのではないだろうか。冒険できちゃうのではないだろうか。偉業達成、しちゃうのではないだろうか。
問題はヤツが湧いているかだが、調べた限りじゃもう湧いてるはずだ。
大手のファミリアに先を越される前にヤっちまおうそうしよう。
俺の経験値の糧となれ。
目的地へ向けてただ歩く。
邪魔する雑魚は出会い頭に叩きのめした。
さあもう近いぞ、俺に冒険をさせてくれ。
随分と久方ぶりに戦意が高揚していたが、しかし。
ウダイオスの湧き地点に近寄るにつれ、戦闘音が耳へと届く。
これは......誰かが先に戦っているのか。
もしかして湧き待ちしてました?ウダイオス狩り流行ってるんですか?
......ヤツか?まさかヤツなのか!?
ある意味で階層主よりもよほどヤバいヤツとここで遭遇なのか!?
そんな!俺まだ冒険してないよ!?
全然強くなってないよ!?
戦々恐々としつつ、こそっと様子を窺い見る。
すると。
そこにはすごい美人がいた。
ああよかったどう見てもオッタルじゃなかったわ。
あの筋肉オバケが美人に見え始めたらいよいよ俺の頭もオワリだからな。
戦場には二人。
一人は深い緑の髪を揺らし見守るエルフ。確か、リヴェリアさんだったかな、ロキファミリアの副団長の。
一人は金の髪を靡かせ、今まさにウダイオスとタイマン張ってるヒューマンの美少女。あれアイズ・ヴァレンシュタインじゃねェか。
なにやってんの?ひとりで階層主に挑むなんて自殺行為だぞ!?
あ、俺もだったわ。なんならさっき一匹殺ってきたわ。
ははあ、さては彼女も俺と同じクチだな。
修行か何だか知らないが、階層主に挑んでみたくなったのであろう。
わかるよわかる。そういう時あるよね。俺は無かったけど今はやむを得ずそういう時になっちゃってるの。筋肉が怖くてね。
アイズさんは全身傷だらけなりながらウダイオスと戦っている。
見たところ、やや劣勢。
何かひとつしくじれば即敗戦であろうという綱渡りじみた戦いをしているが、上手く致命傷を避けつつ着実に攻撃を重ねている。
彼女が戦っているところを見るのはこれが初めてだが、なるほど強い。
巨大だが決して遅くはないウダイオス相手にあれほど軽快な立ち回り、武器を振り回してゴリ押ししようなどと考えていた俺も見習わねばならない華麗な戦い方だ。
いざとなったら助けてくれる味方がそばで控えてるってのはさぞかし心強いであろうな。大方手出ししないよう頼んでいるのだろう。
いやしかし、鬼気迫るあの様子から察するに本当にいざとなっても助力は求めていなさそうにも見える。いよいよ殺されそうってなったらさすがにリヴェリアさんが手を出すだろうが。
あ、俺?すいません助力しようとした瞬間にレベル1になると思うんでまるきり戦力として期待できないですごめんなさい。
そもそも獲物の横取りはマナー違反である。
手を出したくとも手出しできん。
まいったねこりゃ。仮に俺のデバフがなくたって戦いが終わるまではまったく介入できんぞ。
俺がウダイオスと戦いたいからって彼女が負けてしまうのを祈るのも気が引ける。
なんかもうやる気も萎えてきたし、彼女の戦いをここで見届けた後、今日はもう帰っちまおうかな。
冷静になってみるとやっぱり冒険とか性に合わないって思い始めてしまっているものな。
「先程からこちらを覗き見ているのは何者だ」
ため息でも吐きたくなるほど沈んだ心持ちの俺であったが、よもや気配断ちまで疎かになるとは何とも情けない話である。
リヴェリアさんに、覗き野郎呼ばわりされてしまった。
バレたものは仕方がないので姿を現す。
すると。
「......!?」
声には出さなかったがメチャクチャ驚いていらっしゃる。
そんなに意外かね俺がここにいるのは。
警戒されているのがとても悲しいけれどこの程度で俺はめげない。
まずはヘルムを脱いで気さくにご挨拶である。
「やあどうも。
邪魔しちゃ悪いと思って見てたんだ。
悪いね、結果的に覗き見みたいになっちまって」
「ああ、いや。すまない。少し気を張っていた。
配慮に痛み入るよ、ロン」
ほら、話せばわかるじゃないか。
こんなことなら初めから声をかけてみればよかっただろうか。
「アイズさんの修行中かい?
ウダイオスとはなかなか良いチョイスだね。
俺も狙ってたんだけど先越されちまったよ」
ここで笑顔も忘れてはならない。
殺伐としたダンジョンの中だからこそ笑顔は大切だと俺は考えるようになった。
鬼気迫る表情でダンジョンアタックを繰り返す姿にビビられているというのならば、なおのことそうであろう。
共通の話題を出すことによって他者からの共感というものは得られるという。
いやー俺もウダイオス狙ってたんスよー、えーまじー?うちらもー!てかなう戦ってる的なー、みたいな会話がなされれば万々歳だな。
さあ、話よ弾め。そして共にアイズさんの勇姿を見守ろうではないか。
「え゛
君もわざわざウダイオス目当てにひとりで......」
あ。たぶんマズったわこれ。
俺の妄想とはかなり違う反応だわ。
てっきり俺以外の第一級冒険者の間では地点固定で管理のしやすいウダイオス狩りが流行っているものだと思っていたが普通に異常だったっぽいわこの反応。
「あー、いつもじゃないよ?
今日はたまたまね、たまたま。
アンフィス・バエナが残念な感じだったから口直し的な......」
「口直しって何だ!?
その口ぶりだとアンフィス・バエナを討伐してきたのか!?
それに飽きたらずウダイオスまで狙っているのか!?口直しに!?」
喋れば喋るほど互いの認識のずれがわかって辛くなってきたが、あらぬ誤解がかけられることだけは避けねばならぬ。
少なくとも横取りする気はないから安心してください。
「アイズさんの邪魔はしないから安心してくれ。
あれはあの子の冒険だ、俺のモンじゃない。
ああほら、気を散らせた俺が言うのもなんだが、見てみなよ」
「そ、そうだった!アイズは!」
「勝てそうだぜ。根性あるね、あの子」
見ればアイズさんは劣勢を見事覆し、今まさにウダイオスにトドメを刺そうかというところまで追い詰めている。
やるねェ。あのバカデカい黒い剣、ウダイオスのヤツいつもあれ持ってんだけどこれがまた間合いが広くて厄介だってのに。もうへし折れてんじゃん。
あ、勝った。
リル・ラファーガってなにあれ必殺技?
超かっこいい。俺も真似しようかな。
いやひとりで技名叫んでても虚しいだけだよなやめとこ。
「やったのか、アイズ......!」
リヴェリアさんは感極まっている。
いいモンだよね、知り合いが困難を乗り越える姿って。
アイズさんは満身創痍だ。
彼女、確かレベル5だものな。
ギルドの推定ではレベル6であるウダイオスをひとりで討伐するとは、見事と言うほかない。
しかし、これで俺の階層主二連戦の夢は露と消えたわけか。
アイズさんが無事勝利したことは喜ばしいし、いいモン見せてもらったけれど。
嗚呼、俺の冒険はいったい何処に......。
「ウダイオスのつがいでウダイメスとかが実はいたりしねェかな......」
「なんなんだ何を言っているんだお前は!?」
あ、ごめん変な独り言で水差しちゃって。
俺も相当精神的に参っちまってるみたいだ、このような世迷いごとを。
「"武鬼"......さん?いつから?」
ふらふらのアイズさんもこちらに気づいた。
よかった、俺に気づかないくらいウダイオスとの戦いに集中できていたようで。
どうやら邪魔にはなっていなかったようだ。
「今さっき。
おめでとうアイズさん、見事な戦いぶりだった。
あ、これどうぞ。使ってくれ」
邪魔にはなってなかったにしても戦いに水を差したには違いないので、お詫びの印にエリクサーを投げ渡した。
キャッチした彼女はきょとんとしている。
「お、おいロン。アイズもなに受け取ってるんだ。
そんなものを受け取る筋合いはこちらには......」
リヴェリアさんが何か言っている。
コラこの子ったら知らないひとからお菓子もらっちゃいけませんみたいなノリを感じる。
いや失礼だな口にはしてないから許して。
「いいモン見せてもらった礼と水を差した詫び。
あとは俺の無駄に昂りすぎた冒険欲を冷ますための物資提供かなぁ」
たぶん最後のが一番大きいです。
もうこれ以上戦わないための理由づけなんです、虎の子の回復薬を差し上げるのは。
ある意味俺のためなんです。
「......よくわからないけど。もらって、いいの?」
どうしたらいいかわからない様子のアイズさんに対し、頷いた。
「それ飲んで帰りもどうかご安全にな。
俺もウダイメス探したら帰るわ」
「いやそんなのいない......」
「やっぱりよくわからないけど、ありがとう?」
予期せぬ遭遇にお互い困惑しっぱなしであったが、しかし。
こちらとしては肩に入っちまった力を抜いてくれたことに感謝である。
どうも俺は、自分の冒険よりも他人の冒険を見聞きするほうが性に合っていたらしい。
アイズさん然り、それこそベル然りな。
礼を言いながら立ち去って行くふたりを見送った。
しれっとアイズさんがウダイオスのドロップアイテムらしきものを手にしていたのに妬ましさを覚えた。
お前そういうとこだぞアンフィス・バエナ。下層をうろちょろして邪魔ばかりしてくる詫びとして俺にも何かよこせよ。
「あー......どうすっかな、俺の修行」
ふたりの姿が見えなくなった後、呟いた。
積極的に冒険に繰り出すことが性に合わないというのはもうわかったので、頭を悩ませるばかりである。
奥地を見据える。
このダンジョンの遥か先。
それこそ未だ到達したことのない階層になら、俺にとっての冒険とやらも待ち受けているのであろうか。
俺はひとりだ。
誰も俺の無謀をカバーしてくれる者などいやしない。
ムチャしなきゃ冒険にならねェってのは頭ではわかっちゃいるんだが、しかし。
ひとりで知らないところにまで行ってしまうのは、ただの命知らずってモンだよな。
それならまだオッタルとじゃれ合うほうがマシなんじゃないかと思えるほどに。
結論。
死なない程度にムチャする匙加減ってのは、かくも難しい。
とうとう口をついたため息ひとつ、歩き出した。
ちなみにウダイメスはいないようだったので諦めて帰りました。
◆
「アイズも無茶をするね。
階層主をひとりで討伐してしまうとは」
「その無茶を許可したのはお前だし、それを見届けたのは私だ。
責める資格はないだろうな」
「まったくもってその通りだ。
しかし、彼女の成長に繋がる結果になったことは喜ばしいが、やはり危ういね」
「うむ。今後とも注意しようではないか。
ああそうだ、お前にひとつ報告がある」
「ん?なんだい?」
「アイズとウダイオスとの交戦中、ロン
「ロン・アライネスが現れただって!?」
「食い気味だなお前な。反応が早いんだこれがな」
「彼は今度は何をしたんだい!?」
「若干興奮気味なのがな。
いや待てわかった、言う、言うから。
といっても特に何も......ああ、エリクサーをくれたな」
「エリクサーをくれただって!?」
「オーバーリアクションなんだなこれがまたな」
「いったい何が目的だロン・アライネスいやそもそも何故リヴェリアたちのもとに現れたんだ彼はアイズがウダイオスに挑むことを知っていたのかいやさすがにそれは偶然としても」
「......これで失礼するぞ。疲れた」
後日。
事の報告を行ったハイエルフと、それを受けた近頃特定の人物に関する話題に限りちょっとおかしくなる小人族との間で、そんな会話がなされていたとか、いないとか。
とある小人族にぼっち野郎をここまで過大評価させているのは特に伏線を張っているつもりでもなく単に私が書きたいからそうしているだけであることをここに深くお詫び申し上げます。