危険極まりないダンジョンでソロを強いられるのは間違っているにちがいない 作:深夜そん
◇
「おい見ろよアレ。
あそこにいるのって"武鬼"さんじゃねえか?」
「ああ間違いねえな。あんなイカつい装備のひと他にいるかよ」
「すげえ迫力だ。ダンジョンで出会ったら魔物かと思っちまうわ」
「背中に何本武器背負ってんだって話だよな。あれ、帰ってくる頃にはほとんどが原型を留めていないらしいぜ」
「すんげぇな。"武鬼"さんの剛力に武器が耐えらんねぇっつー話だもんな。まったく鍛冶屋泣かせなひとだよ」
「た、頼んだら握手してくんねーかな。
俺あのひとのストイックさっつーの?冒険者としての姿勢に憧れっつーか、そういうのあんだよね」
「やめとけ馬鹿。
手ぇ握りつぶされてえのかお前は」
握りつぶすわきゃねェだろ馬鹿。それこそ魔物だろうがよ初対面のひとにそんなことしてりゃあよ。
聞こえてんだよ全部。ヒソヒソやってる声ほどよく耳に入ってくんだよこちとら。
朝。ギルドにやってきた俺は、同じく朝っぱらからダンジョンに挑もうかというやる気満々な冒険者たちが今日の予定を話し合う中をすり抜けながら受付窓口を目指していた。
向けられるのは概ねすべて好奇の視線だ。大丈夫、慣れている。
先程あの冒険者たちが言及していたことは実はそれほど間違っていない。俺が武器を大量に背負い込んでダンジョンに繰り出すのはいつものことであるし、帰ってくる頃にそれらのほぼ全てが破損または紛失しているのもまた事実だ。
ソロでのダンジョン攻略はとにかく手数が足りない。魔導士ではないので遠間から攻撃する手段もない。というか仮に魔法があっても詠唱する暇がない。
ゆえにとにかく多くの武器を担いでいく。どのような敵にも対処できるように。場合によっては身につけたすべてのものを投擲武器として扱う必要もある。
たったひとりで様々な敵に対処しなければならない以上、なりふりかまっていられんのだ。そりゃあ武器の損耗も激しかろうよ。
彼らの言で間違っているところがあるとすれば、俺がストイックにダンジョンの奥地を目指す求道者であるという大いなる勘違いと、握手した人間の手をうっかり握りつぶすような力加減も知らぬ阿呆であるという失礼極まりないイメージくらいだろう。
新米とおぼしき初々しい冒険者たちの勘違い混じりの話し声をまったく聞こえてないフリして、なんのリアクションもとることなくズンズンと受付に向かう。
身に纏うプレートメイルのグリーヴが重厚な足音を響かせる。
身の守りは大切だ。上層はともかくとして、中層以降は敵の数が尋常じゃなく多いので、まったく攻撃を受けない立ち回りなんてのはソロの俺には到底無理な話である。接敵しないよう隠れてやり過ごすなんてのも同様に不可能であるからして、金属音が響いて居場所を悟られやすいというデメリットこそあれど、被弾をある程度許容できる頑丈な装いは俺にとって命綱となる。
武器にも金をかけているが、それ以上に金をかけてオーダーメイドしてもらったのがこの鎧なのだ。どれだけ重くてもいいからとにかく硬くしてくれ、とな。
並の冒険者ではこんなものを着るとまともに動けないことだろう。
しかし、俺の基本アビリティにスキルのバフが加われば、体感的な重さは革の鎧とさほど変わらんように身につけられる。ヘルムも装着すればいよいよ死角なしだ。
俺の所持品で唯一自慢できる逸品である。今日も金属の光沢が美しいよ、鎧クン。見た目が非常に威圧的なのが玉に瑕だけど。
俺が好む、硬く床を踏み締める音も、冒険者たちの喧騒に呑まれれば存外小さく、呆気ないものである。
いやはや。今日も盛況だねギルドは。朝っぱらからもうこんなに窓口の列が伸びてらぁ。
おっと?何故か俺が並ぼうとすると割れるように道が開けるぞ?
「お、おい。"武鬼"さんが通るぞ。道を開けろよみんな」
たぶんレベル3くらいであろうそこそこ腕の立ちそうな冒険者が言った。
いやなんでそうなる。
順番も守れないようなやつだと思われるのは流石に心外である。ため息モノだ。つい口をついて出た。
なんか「ヒッ」とか短い悲鳴を上げられた気がするんだが、それを認めると俺の心がもたないので聞こえなかったことにする。
「道を開ける必要はないよ。先に並んでいたのはあんたたちだ。そう気を遣わないでくれよ俺なんかに」
「あ、ありがてぇ......」
「さすがは"武鬼"さんだ。謙虚で余裕のある態度だぜ」
「あの"武鬼"さんに話しかけてもらえるなんて、羨ましいぜ」
いやなんかもう気色悪いわお前ら。
俺に話しかけられたらなんか良いことあるのかよ。レアドロップ率が上がったりするんか。
俺が喋りかけることそのものがレアですってか。やかましいわ。
さっきからみんなが散々口にする"武鬼"とは神々より賜った俺の二つ名である。
なんでも、武を高める場を求めるかのようにたったひとりでダンジョンに挑み続ける様を由来としているらしい。
極東の地では力に優れる者を鬼と表現するそうな。
武に取り憑かれた鬼の如しで、武鬼ってわけね、なるほどね。
アッッッホらしい!
好きで!ひとりで!毎日!ダンジョンに挑んでんじゃねーよ!
俺がやたらめったらに他の冒険者たちから敬遠されるのは事実無根の由来からくるこの二つ名のせいだということも多分にあるだろう。
俺だって男で冒険者なわけだから憧れを抱かれるのは正直悪い気はしない。しかしそこに畏怖の念まで混じるのはいただけない。
危険なダンジョンを
ちなみにこの二つ名がつけられた日、俺がこんなことになった元凶たる我がうるわしの女神さまはずっとニヤニヤしていた。
いっそ腹抱えて笑ってくれってんだよ。
すでに精神的に疲れてきたところだが、前の列がはけていき、とうとう窓口に辿り着いた。
さあ、今日も今日とてダンジョンに潜るとしよう。今日は休日にしようだとかトチ狂ったことを昨日考えていた気がするが、ダメだ。ダメダメだ。
あの女神さまには蒐集癖がある。そして計画性はない。急にぽんと増えた金でなにやら色々買い込んではすぐにまた素寒貧一歩手前になってしまうことは想像にかたくない。そうなったときに備えて貯蓄をするのだ。金を稼ぐのだ。
そのために明朝から昨日はできなかった武器の手入れの続きをして、女神さまに朝食の作り置きをしてきたのだ。
「お、おはようございます、アライネス氏。
ええっとぉ......今日もダンジョンに行かれるんですね?
か、身体が資本の冒険者なのですから、たまにはお休みしてはどうかと、ギルド職員としては思っ.....たり思わなかったりしたりするかもしれないんですが......」
なにやらはっきりしない感じで、しかし精一杯の勇気を振り絞ったであろう受付嬢のお姉さんが俺をたしなめてくれる。
受付嬢からもダンジョン狂いの修羅か何かだと思われてビビられていることに遺憾の意を禁じ得ない。
そう恐れないでくれ。
見ろよこの涼やかな顔を。そして聞くがいい穏やかな語り口を。
「忠告ありがとう。だけど行かなくちゃいけない。
俺は歩みを止めるわけにはいかないんだ」
「さすがは"武鬼"さんだ。なんてストイックさだよ。
一日たりとも研鑽を怠らないあの姿勢。
ダンジョンなんて散歩と変わらねえってさりげに言ってみせるところもかっこいいぜ」
言ってない。
「真似できねぇよなほんと。
あの人がパーティを組まないのって、誰もあの人の歩みについてこられないのがわかってるからって話だぜ」
組みたいです。
いやだからさ、丸聞こえなんだよそこの新米冒険者たち。
そしてまるきり事実無根なんだよ。
なんだ誰もついてこられないからって。逆に俺がついていけなくなるんだよスキルのデバフのせいで。
「く、くれぐれもお気をつけくださいね?
ソロでのダンジョンアタックは、ギルドとしては本来ならば非推奨なんですからね?」
この受付嬢さん、以前から思ってたけどほんと真面目だし優しいよね。
俺がソロで毎日ダンジョンに潜ってることなんてもはや今更な話だというのに、こうして忠告をしてくれる。うっかり惚れたらどうする気だ。
何度か受付してもらってるのに名前も知らんけど。
「心配には及ばないよ。今日は中層までしか降りないつもりだからね。
俺のレベルからすれば幾分易しい階層だが、ダンジョンでは何が起こるかわからない。
決して油断はしない。必ず無事に帰ってくる」
精一杯のキメ顔をしつつ名札をチラリ。
エイナさんね。うん、覚えておこう。
「中層、ですか。あなたのレベルなら確かに、まぁ......?」
俺のレベルは現在6。困ったことにこのオラリオでもかなり上位の冒険者として扱われる存在だ。
レベルというやつはざっくり言うと「冒険」することで上がるそうな。厳密に言えば「偉業の達成」が条件になるとされている。要するに死なない程度にムチャしろってことだな。
常日頃から無理無茶無謀などという考えとは程遠く、安全第一にやっているはずの俺のレベルがこんなにも高いのには聞くも涙、語るも涙の事情がある。
常にひとりだからいつもピンチと隣り合わせなんだよね。
普通、冒険者というのはパーティを組み、互いの足りないところを補い合ってダンジョンに臨むものらしい。
剣士と魔導士の関係性がわかりやすいな。魔導士が高火力の魔法を放つためには相応の準備が必要だ。しかし魔物はそれを悠長に待ってなどくれない。だから剣士が魔物の注意を引き付け、魔導士のために精一杯時間を稼ぐ。
二人組でさえこのように役割分担があるのだ。これがさらに多人数のパーティとなってくると、対処可能な敵の量も質も幅広くなっていくわけだな。仲間を信頼し互いの背中を預け合う。なんともうらやましい限りだ。
一方で常にソロを強いられている俺はというと、連携も何もあったもんじゃない。
乱暴に言ってしまえば、わらわらと湧いてくる魔物共を片っ端から倒していくよりほかやりようがないわけで。囲まれでもしたらそりゃもう大ピンチだ。
誰も背中を守ってくれない。自分の身は自分で守るしかない。
ちょっと負傷したからって魔物は待ってはくれないのだから、殲滅するまで俺の身が休まることはない。止まれば死ぬ。武器の損耗も知ったことかとなりふり構わず、俺を害するやつは皆殺しだ。
絶体絶命の窮地を傷だらけになりながらもたったひとりの力で切り抜ける。それはとてもわかりやすい「偉業」と言えるだろう。
そんな偉業もとい窮地も何度も繰り返して慣れ親しんでくるとそれはもはやただの日常である。
つまるところ、敵に囲まれるだなんてのは俺に襲いかかる窮地の中でも序の口に過ぎないということだ。
ダンジョンというやつは悪辣であるからして、あの手この手で冒険者を苦しめようとしてきやがる。ソロの冒険者を苦しめることには特に余念がないようだ。てんで嬉しくないことに「偉業」にはまったく事欠かない。
勝手にソロで潜って勝手に窮地に陥っているのはお前だろう、って?仕方ねェだろそういうスキルが発現してんだからよ。
ともあれ。ソロ特有のさまざまな艱難辛苦によりあれよあれよとランクアップのための条件が満たされていき、気がつけばレベル6、今では第一級冒険者の仲間入りってわけだ。本当の意味での仲間なんていねェけどな。
どうしてこうなった。
レベル6といったらあれだ。オラリオ屈指の大派閥であるロキファミリアの主力眷属たちと同格ということになる。
彼らは定期的に深層に潜っては成果を上げてくる本物の英雄たちだ。
一緒にしないでほしい。彼らに失礼でしょうが。
そういやくだんのロキファミリアは今まさに深層に遠征に行ってるんだったな。ま、あの人らのことだからサクッと行って帰ってくるでしょ。
ああそうだ、ロキファミリアといえば。実はあのファミリアのひとたちは比較的俺に友好的だったりする。
なにやら負けん気の強そうな狼人に酒場で軽く喧嘩をふっかけられそうになったこともある。てめチョーシこいてんじゃねェぞコラァって感じで。
それのどこが友好的なんだ、って?
無駄に評判に踊らされることなく、ただの冒険者として荒っぽく接してくれるだけでもすげェ救われるんだよ俺にとっては。
その場にいたアマゾネスちゃんらも「ゴメンネうちの酔っ払いがアハハ」みたいな感じで例の狼くんをふん縛って止めてくれたしね。
これがもし、そんじょそこらのファミリアの団員と同じシチュエーションになったら、団長らしき人がすっ飛んできて「す、す、すんませっ、すまッせッしたァン"武鬼"の旦那ァ!このバカタレにはきっちりケジメつけさせますんで、何卒、何卒ォ!」ってなるからね。
というかなったことあるからね。
本当にその場で小指詰められそうになってたから宥めすかして止めたけども。
そうさな、女神さまの言うことを完全に真に受けたわけじゃあないけど、友人を作るならロキファミリアのひとたちみたいに、普通に接してくれるのがいいね。
ダンジョンで他の冒険者とすれ違ったら気さくに挨拶でもかわして交流をはかってみようか。
などと考えつつ、俺はダンジョンの入り口へと向かった。
今日も安全に、ほどほどに稼げますよう.....
「お、お待ちください!アライネス氏!」
......に?
俺を呼び止めたのは先程の受付嬢、エイナさんであった。
額には玉の汗が浮かんでおり、上気した顔には焦燥感が滲んでいる。
場違いにも、ちょっとセクシーだなとか思ってしまったし何なら顔にも出ていると思うが、すでに被っているヘルムのおかげで悟られることはないだろう。よかったぜ。
「どうした?何か受付事項に不備でも?」
つとめて冷静な声音で問うた。
急に呼び止められるとか慣れていないのでちょっと心臓がバクバク言っている。かっこ悪いからおくびにも出したくないが。
エイナさんは軽く息を切らしながら1枚の封書を差し出してくる。
なに?恋文?
ハハ、そんな、僕たち初対面ですよ。いやほぼ毎日顔見てるけどこちらはあなたの名前も存じ上げませんでしたよ。
まずはお友達からで如何でしょうか。その友達ってのが既にハードル高いんだったわ、一本とられたねこりゃ。
......なんて、ンなわきゃねェよなあ。
なんだか嫌な予感がしてきたぞ。
「ギルドより、レベル6冒険者"武鬼"ロン・アライネスに緊急ミッションを下します。
ダンジョン深層に遠征中のロキファミリアより救援要請!
未知の魔物との遭遇により戦線が半壊!撤退戦の補助を願いたいとのこと!
詳しくは、そちらの封書の内容をご確認ください!」
......。
..............ハ?
なにがどうして、こうなった。