危険極まりないダンジョンでソロを強いられるのは間違っているにちがいない 作:深夜そん
◇
ダンジョン50階層にて野営中、未知の魔物の大群による襲撃あり。
対象の外見は肉の層が連なった巨大なワーム型であり、口とおぼしき部位から装備を融解させる液体を発射する能力を有する。
この液体は対象の体内に相当量格納されているらしく、物理的な攻撃を加えた交戦者の武器がことごとく融解されてしまう点がとりわけ厄介である。
どうやら不壊属性の武器までは融解することが出来ない様子ではあるも、不壊属性武器を持つ少数の冒険者のみで応戦するには多勢に無勢。
魔法による高域殲滅で一時は戦線を押し返したものの、敵方に増援あり。51階層に続く通路から際限なく湧き出てくる魔物の対処にかかりきりで撤退戦への移行も困難を極める。
当方負傷者多数。事態は緊急を要すると判断した。
それ故、無理を承知のうえで、レベル7に現状最も近いと目される高位の個人戦力たる貴殿に救援を頼みたい。
◇
クッソめんどくせェ能力持ってっし俺との相性最悪な敵だな!
俺は駆けていた。朝、まだ惰眠をむさぼっている女神さまに行ってきますしてきたところだというのに、すぐまた蜻蛉返りするはめになったので全速力でホームに向かって駆けていた。
理由は言わずもがな、ギルドからの緊急ミッションもといロキファミリアからの救援要請の件を女神さまに報告するためである。
不壊属性の武器?そんな高額なモン持っておりませんが?良品質の数打ちならあるけど、戦えばそいつに溶かされるんでしょ?
決め手に欠けるから来てくれ?俺に必殺技なんてモンはねェよ、敵が全部死ぬまでひたすら武器を叩きつけるだけしか能がねェ冒険者だぞ。
ああイヤだ。ンな財布の敵みたいなやつと戦いたくないよ!
しかし、ミッションである。ギルドから下されるミッションには強制力がある。イヤだからと気軽に断ったらファミリアの立場が悪くなってしまう。行かざるを得ない。
そもそも何故依頼先が縁もゆかりもない俺なんだ。
確かに俺は第一級冒険者だ。それ相応、いやソロに限っては相応以上の実力はある。レベル7に最も近いレベル6だなんて噂されてることも知ってるし、おそらくそれが事実であろうという感覚も遺憾ながら持ち合わせている。常にソロだからなんのしがらみもなくフットワークは軽快、緊急性の高い依頼にも即座に対応がとりやすい。そして装備は常に万全に整えているから準備に多くの時間はかからない。
あ、列挙してみればなるほどね。実力がある程度保証されててすぐに動ける暇そうなやつがいたら、そりゃあそいつに頼みますよね。
問題は、その保証された実力ってやつはソロのときに限るということなんですけどね。
救援とか俺に最も向いてない依頼だよ!
半ばやけっぱちになりながら、ホームのドアを荒々しく開け放った。
急げ。とにもかくにもまずは主神への報告だ。
「只今帰りました!すみません、早急にお耳に入れたい話が......」
「えっ?」
おおっと。
この大変なときにうちの女神さまときたら、緊張感のかけらもない寝ぼけ眼で、素っ裸で鏡の前に立ち、歯磨きをしていらっしゃった。
昨日着ていた俺のシャツも、下着の類も全部、しわくちゃでその辺に脱ぎ捨ててあった。
せめてお着替えくらいちゃんとしなさいッッッ
というお小言が口走りそうになったが、今はそれどころではないので飲み込んだ。
もう全裸でもなんでもいい、さっそく報告だ。
「女神さま。実はギルドより緊急の」
「この状況でそれはおかしくない!?」
寝ぼけが吹き飛んだらしい女神さまは逃げるように飛びずさると、身体にシーツを巻きつけてこちらを睨んだ。そう警戒なさらなくとも。
「女神さま。緊急事態につき、いくらホームとはいえ全裸でほっつき歩きだらしのないお姿を晒していたことについては不問とします。今後は気をつけるようにお願いしますね。それでですね」
「いやいやいや!なんであんたがわたしを許してるような感じなの!?
天上一の裸体を覗かれちゃったわたしが嬉し恥ずかし怒っちゃう場面じゃないのこれって!?」
「今日もお美しいですよ目が焼かれそうです。それでですね」
「テキトーに流すなぁ!
見るもん見たんならお金払いなさいよぉ!」
ああもう話が進まん。
今更、色々と見ちゃったくらいでピーチクパーチク言うような間柄でもあるまいに。
「いやほんとに緊急事態なんですって。
具体的に言うとミッションが下りました。
要約しますと、今から50層くんだりまで行ってロキファミリアを救援してきますので、しばらくホームをあけますね」
また何か喚き始める前に一息に要件を告げた。
「......はぁ?
ロキんトコの子を?
なんであんたが」
女神さまはというと、さすがにこれ以上喚き立てることなく、心底疑問だといった様子で首を傾げた。
そうですよね。おかしいですよねこんな話。
でも現実そういうミッションなんですよ。ほらこれ司令書。
「正式にギルドを通した依頼もとい指令ね。
クエストより強制力の高いミッションという形式にしたのはギルド側の判断かしら。
ロキんトコの人員が壊滅なんてしたら、ギルドとしてもすごい損失だものね」
「そういうことでしょう。
フィンさんはフィンさんで、即応可能な戦力としてわざわざ俺をご指名だ。
可及的速やかに深層まで辿り着けそうでいてかつロキファミリアに対立的ではない冒険者が、俺の他にいるかと言われれば......まぁ、いないでしょうからね」
俺がこのオラリオでどういう立ち位置かと言うと.......まぁ言わずともわかると思うがどこにも属さない中立である。なんなら独立してるまである。
やれ、どこそこのファミリアとファミリアは因縁があってどうたらこうたらといった、派閥争いのようなものには一切不干渉の立場を貫いている。
理由はわかるな?属すること自体が独立独歩《ソリテュード》のデバフを食らうリスクを高めるはめになるからだ。
「なーんか、きな臭くない?この話」
さすがは女神さまだ。なんだかんだで嗅覚が鋭い。
とてもすっぽんぽんとは思えない、怜悧なお顔をなさっている。
実は俺も、少し冷静になって見えてきたところがある。
推測の域を出ないが、団長フィンないしその背後にいる主神ロキは、この機に乗じて俺を取り込もうとしているのではなかろうか。
あの天下のロキファミリアが、少々の窮地を自力で解決できないとは思えない。伊達や酔狂で探索系ファミリアのトップを張ってるわけじゃねェんだ。本当に俺の......所詮は多少腕が立つだけにすぎない零細ファミリアのソロ冒険者なんかの力を必要とするものか?
あくまで俺個人としてはロキファミリアに恩を売れるというのはメリットが大きい。
溶解液を吐き散らす芋虫の相手はしたくないが、装備や物資の損傷紛失が生じた場合には必要経費として負担してくれそうであるし、ミッション達成のあかつきには報酬もたんまりと弾んでくれそうだ。労力をかける価値はあるだろう。
それと引き換えと言ってはなんだが、ロキファミリア側は世間的にはオラリオ有数の実力者かつ孤高の冒険者ということになっている俺と懇意にしている......そこまで行かずとも手紙ひとつで呼びつけることが出来る関係であるという声望を得られるわけで、他派閥への牽制としてはまずまずの成果が予想されることだろう。
もしこの考えが的を射ているのだとしたら、彼らはとんだ食わせ物である。未知の魔物の襲撃というアクシデントですらも派閥拡大のためのピースにしてしまおうというのだから。
「で。行くの?」
女神さまが憮然とした表情で言った。
策謀の臭いがするので関わりたくないのだろう。俺も同じ気持ちだ。
しかし。
「行きますよ。ミッションですからね。
ファミリアを、あなたを守るためならば俺はなんだってします」
俺はここ10年で一番のキメ顔で言った。
ああ我が女神よ、どうかご覧ください。あなたさまの見出した眷属はかように精強たる冒険者となりました。
このロン・アライネス、あなたさまが望むのならば、その神意をどこまでも貫き通すための矛となり、その神意に歯向かう悉くを弾く盾となりましょう。
最愛の女神さまと心をひとつにした俺は少々自分に酔っていた。
「えぇー。深層ってことはしばらく帰ってこないじゃない。
その間のホームの炊事洗濯掃除はどうするのよ。
ご飯は?ご飯はどうしたらいいの?
ちゃんとお金置いてってくれる?」
全然ひとつになってなかったようですね。
あっさり醒めましたどうもありがとうございます。
そうですね、あなたはこの10年で何も変わっていませんでしたね。
さすがは永遠の時を生きる超越者。一周回って尊敬します、ぐーたらさま。
いい機会ですのでたまにはご自分でなさってくださいね。
あとお金ならあるでしょ、あぶく銭が。
「はやく帰ってきてね?
ちゃんと洗い物貯め込んで待ってるからね?
帰ってきたらやってね?」
お願いします。これ以上幻滅させないでください。
早く帰ってこいったって、行き先は深層だ。
まず辿り着くだけでも普通なら数日がかりだろう。俺の脚でも2日はかかると見ておきたいところだ。というか救援要請出したってこたぁ50層から伝令をこちらに帰したってことだよな。もうとっくに窮地を切り抜けてるか壊滅してる頃なんじゃねェの今頃。それはまあいい。行くしかない以上俺のやることは変わらない。
そして、辿りついたらついたで何をさせられるやらわかったもんじゃない。
ロキファミリアの今の状態がどうかはわからないが、負傷者を抱えた状態での撤退戦の補助となると相応の拘束時間だろうよ。
つまり。一日、二日でどうこうなるミッションではないことだけは確かである。
ああ心配だ。
帰還したとき、ホームがどんな様相になってしまっているのか心底心配だ。我がホームさながらダイダロス通りの如し、なんてことになっていないだろうな。
せめて三日くらいで帰りたいものだ。到底無理だよなぁ......。
「あ、そうだ。ロン、いいものをあげるわ。
えーっと、たしかこの辺に......」
なにやら突如四つん這いになって俺に尻を向け、がらくたにしか見えない何物かが積み重なる部屋の隅をまさぐりだす我が女神。
身体にまいていたシーツはズレにズレている。なんとあられもないお姿か。
いやもう、ほんとにもう、なんだかなぁ。
「あー、あったあった。
はい、これあげる。食べて?」
何かお目当ての物を見つけたらしい女神さまが、それをそのまま俺に向かって差し出した。
木箱?いやそれよりも、「食べて」と言ったか?
箱を開ける。
中にはなんだかよくわからないしわしわの乾いた物体。
正直、キモい。
これを食えと?食えるの?なんなの、これ。
得体の知れんモンをダンジョンアタック前に食わせようとするんじゃないよ。せめて説明していただきたいものだ。
「女神さま。なんです、これ?」
「ああそれ?竜の心臓の干物」
......なんですって?
「竜の、心臓?それも干物?」
「そうよ。若い個体のだけど。それでも食せば三日三晩は疲れ知らずね。
それ食べてひとっ走りしてきて。
ちなみにゲロマズらしいわ」
いやいや。
いやいやいや。
またまたぁ。
「な、なんでそんなものがうちに?」
本当ならとんでもない値打ちモンである。豪邸が建つぞこれひとつで。
「行商人から買ったのよ、たまたまね。
まさか本物の竜の心臓だなんて思いもしなかったんでしょうね。ぼったくりのつもりだったんでしょうけど、正真正銘本物のお宝だから、結果的に安い買い物だったわね。
ほら食べて?はやく帰ってきてね?」
バカな!そんな偶然があってたまるか!
なまじ本物だとして三日三晩疲れ知らず?明らかにヤバい成分が含まれているだろうが!
そのうえゲロマズだと?煮ても焼いても食えなさそうだものな見るからに!
食えるもんかよそんなもの!
なーんちゃって偽物でしたー!とか言うんでしょう?いつものお茶目な冗談ですよね?
「あら。ロンったらわたしのことを疑ってるんだ。生意気ね」
女神さまはうっとりするような笑みを浮かべた。
とてもすっぽんぽんとは思えない、妖しくも美しい威厳に満ちたお姿であった。
「いくら神の力が使えぬとはいえ......
財宝神たるこのクベーラが、宝物の真贋を見誤るとでも?」
俺は膝から崩れ落ちた。
そうでしたね、我が女神クベーラ。
あなたはこの手のことは、絶対にはずさない。
ギャンブルは普通にはずすけど、こういうのは、はずさない。
お金が大好きな守銭奴のくせに、金儲けのためにその眼力を使わないのは、あなたがお金以上に宝物を、その価値そのものを愛しているからだ。
手元の竜の心臓(たぶん本物)に目を落とす。
ゲロマズの干物かぁ。
三日三晩疲れ知らずかぁ。
その後にはどうなっちまうんだろうなぁ、俺......。
「ほらはやくはやく。ロキんトコの子が、あんたの救けを待ってるわよ?一刻もはやく行かなくちゃ」
ぐぬぬ。正論だ。こんなところで足踏みをしている場合じゃねェ。
今から俺が臨むのはミッションだ。お遊びじゃねェんだ。
冒険者として、最善を尽くす必要が、ある。
それはそれとしてあなたはなんでそんなにニヤついてるんですかね。
もしかして裸を見られたこと根に持ってますか?
これを食った俺がどうなるかわかってるから、意趣返しですか?
「さあ食べなさい。そしてお行きなさい。我が眷属、我が至宝よ!
財宝神の名に於いて宣言するわ。汝に勝る光を放つ宝物など、この下界のどこにもありはしないと!
ロン・アライネスにこのクベーラが命じます。
とっとと行って、とっとと帰ってきて、もっとたくさんわたしを甘やかすのよ!」
女神さまったら歌劇チックに仰々しく腕なんて広げるもんだから、身に纏っていたシーツはとうとう剥がれ落ちた。途端真っ赤になって縮こまった。あなたも中々にご自分に酔っておいでですね。
締まらねェなぁ、お互いに。
一応、これから命懸けのミッションなんですけども。
ちゃんと帰ってくることを微塵も疑っていないのですね。
「はいはい有り難く頂戴致しますよ我が女神。風邪ひくからはやく服着てくださいね」
特に覚悟を決めたりすることもなく、木箱の中から干物を摘み上げて口に放り込んだ。こういうのは変に意気込まないほうがいいんだ。
筆舌に尽くし難い......苦味なのかエグ味なのか渋味なのか、ゲロマズと表現してなお不足ではないかと思える冒涜的な味の物体を咀嚼し嚥下する。
なあに、これくらいなら以前に経費節約のために作った自家製経口ポーションのほうがマズかったくらいさ。ちなみに飲んでも傷は治らなかった。
マズさよりも何よりも、問題なのは......。
「う、うおおおおおお!」
突如湧き上がってくるこのパワー!この高揚感!この全能感!
今の俺は無敵だ。なんだってできる。もう誰も俺を止められやしねェ。
50階層?
半日だ。半日で辿り着いてやるぜ。
あと少し待ってなロキファミリアの諸君。
財宝神クベーラの至宝たるこの俺が、今行くぜッ!
◇
なるほど、本物だったらしい。
あの時の俺はたまには女神さまも当てをはずすんじゃないかと僅かな期待を抱いていたが、見事打ち砕かれたわけだな。
あの後、弾かれるようにホームを飛び出した俺は、ギルドに辿り着くなり他の冒険者たちをハイテンションで押しのけてダンジョンの入り口をくぐった。
そこまで行きゃあもう俺を遮るものはない。周りにはもはや俺の敵、魔物しかいない。行く手を阻む者はすべて鎧袖一触に切り捨て、危険なダンジョンの最中を駆けに駆け、跳びに跳んだ。ステイタス全開で。高笑いしながら。
先行してダンジョンに潜っていた冒険者たちが命乞いしたり失禁したり泡吹いて気絶したりしていたのをうっすらと覚えている。すれ違った冒険者たちと気さくに挨拶を交わそうとはいったいなんだったのか。
回想調なのは、現在49階層でふと我に返って立ち止まった俺が平静を取り戻したからである。取り戻してしまったからである。
俺の周囲は屍山血河。ただ効率的に一刀のもとに無力化された魔物共が絶命することもできずのたうち回っている。
身につけてきた装備はというと、4本あった剣はそのうち3本が半ばから折れており使用不能。斧は柄がへし曲がっておりこれもまた使用不能。クロスボウは弦が切れているうえボルトを使い切っているため今はただの精密な機構の鈍器に過ぎない。鎚だったと思われる棒きれには先端が無い。出来の悪い棍かよ。短槍および長槍はたぶん投擲してしまっていて行方知れず。鎧はさすがの強度でところどころ傷んでいるが無事。ただしヘルムは暑かったからどこかで脱ぎ捨てたような記憶がある。
なんだこれ地獄か。
腹いせとばかりに残り1本の剣でそこらをのたうち回る魔物共にトドメを刺して回った。
いや、やつあたりをしてすまない。せめてもの情けだ。もう苦しむことはない。
あっ、最後の1本も折れた。
荒野にひとり佇む。
魔物の流した血溜まりの中で、魔石がそこはかとなく怪しい光を放っている。金になりそうだがなんだか拾う気になれない。
ここはまさしくこの世の地獄であった。
「......やっちまったな、俺」
まさしく、この世の地獄であった。
クベーラ神は本来は男神です。
太鼓腹のオッサン神にこのようなムーヴをさせてしまうと私の精神が崩壊する可能性が高いので女体化してしまいました。