危険極まりないダンジョンでソロを強いられるのは間違っているにちがいない   作:深夜そん

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何を言っているんだこいつは

 

 

 ロキファミリア団長、フィン・ディムナは勇敢にして冷静、そして聡明な指揮官である。

 何かと癖の強い第一級冒険者たちを統率し、鼓舞するその手腕は神々をして見事と言うほかないだろう。

 

 此度、ファミリアが出くわすこととなったアクシデント。

 率直に言えば、彼の手腕にかかればさほどの窮地ではない。

 

 未知の魔物の軍勢はたしかに脅威だ。負傷者も多数抱えている。

 しかしながら、犠牲者は出ていない。

 彼の指揮能力の高さはもとより、彼に付き従う団員たちの高い能力と士気、奮戦がそれを実現しているのだ。

 

 とはいえ、ダンジョンというものは悪辣だ。

 冒険者を苦しめることにかけて枚挙にいとまがない。

 

 フィンにとっても予想外であったのは軍勢の規模。

 51階層への通路から現れた敵は、初めに殲滅したものだけではなかったのだ。

 崩落した通路、その瓦礫を溶かし尽くす波のような腐食液。

 現れる数多の巨体。

 

 敵の第二陣は、第一陣の規模を上回っていた。

 

 それでもなおフィンの冷静さを奪い取るには足りない。

 即座に陣を再構築。時間こそかかれど着実に敵を殲滅し、必ずや一人の犠牲もなく撤退を。

 

 我らはロキファミリア。道化の神の眷属たち。

 如何なる舞台であろうとも、優艶に踊ってみせよう。

 

「だ、団長!ご報告が!」

 

「どうした。49階層への通路方面からの伝令だな。手短に言え」

 

「......き、救援が」

 

「なに?」

 

「救援要請を出していた、"武鬼バトラ"殿が到着致しました!」

 

......。

.............?

 

「え、はやくない?」

 

 これはさすがに冷静でいられなかった。

 

 

「こうして話すのは初めてかな。

 僕がロキファミリアの団長、フィン・ディムナだ。

 よく来てくれたね、ロン・アライネス。君の勇名はかねがね。

 救援要請に応えてくれたこと、心から感謝する」

 

 受けた印象はさながら悪鬼羅刹の類であった。

 全身を赤く染めたその男は超然とそこに立っていた。

 

 重厚なプレートメイルに染み付いたそれはおそらく血であろう。魔物の返り血か、負傷か。いずれにせよ壮絶な道のりであったことを想像させる。

 ところが、男には傷一つもなかった。それだけならばまだエリクサー等の高位の回復薬を用いたのだとすれば理解できる。

 理解できないのは、ダンジョン深層にいたってなお息切れひとつ起こしていない慮外のタフネスであった。

 

 ロン・アライネスに対して救援要請を発したのは単なる保険と、思いつきのようなものであった。

 50階層にて最初に未知の魔物と遭遇した際、フィンは敵戦力の分析を迅速に済ませ、別のことにも並列して思考を働かせていた。

 

 オラリオにおいて最強の冒険者は誰か?

 この問いに対して、冒険者ならば誰もが「自分だ」......と答えたくなるものであるが、それを声高に宣言するには憚られる規格外の存在が、二人いる。

 

 一人は"猛者おうじゃ"。言わずと知れたレベル7。ロキファミリアに匹敵する派閥を形成するフレイヤファミリアに属する最強の冒険者。

 

 そしてもう一人はこの男、"武鬼"。レベル7に最も近いレベル6。孤高の冒険者。財宝神クベーラを主神とするクベーラファミリアに所属するたったひとりの眷属。

 

 ファミリアとは集団である。神の元に志を同じくする者が集うものである。

 

 冒険者とは心を預け合うものである。仲間と共に喜びを、悲しみを、愛を、分かち合うものである。

 そしてなにより。共に困難を乗り越えるものである。

 逆説的に言えばそれは、ひとりで乗り越えられる困難には限度というものがあるということだ。

 

 それを覆す例外的な存在がこのロン・アライネスという規格外の冒険者。ただひとりでダンジョン深層へと至り、ただひとりで冒険者としての高みに手を届かせ、ただひとりで一柱の神を支える、傑物。

 

 フィンはあくまで、あくまでほんの思いつき程度にではあるが、この男をこのアクシデントに巻き込むことが出来ないかと考えた。

 ダンジョン深層での未知の魔物との遭遇というのは、全冒険者にとっての脅威に等しい。第一級冒険者を動かすに十分に足る理由、口実だ。

 

 誰とも、どことも関わりを持たない孤高の冒険者を動かした。

 

 ファミリアの繁栄の一要素として、ただそれだけの事実が欲しかった。

 といっても、心から欲したというほどのことでもなく、「まあ、そういう結果になればいいかな」といった程度のもの。

 

 フィンの初動は早かった。

 接敵とほぼ同時にこの絵図をうっすらと描いていたフィンは、第二陣の到来を見て実行に移すべしと判断。すぐさまクエスト依頼書を書き上げ脚の速い者たちに持たせ、ギルドに走らせた。

 あのメンバーならば二日もあれば無事ギルドへと帰還し、そして依頼は彼まで届く。ギルドのことだ、都合良く解釈してミッションという形にしたうえで彼に伝えてくれることだろう。

 そこから彼がミッションを受理し動き出してからまた二日、いやさしもの"武鬼"といえどひとりで深層へ至るにはもう少し猶予が必要か。

 五、六日ほど経った頃に救援にやってくることだろうと予想した。

 

 本当に手を借りたかったわけではない。

 敵の規模とこちらの戦力から予測するに、守りを主体としたこの規模の戦闘にはそれなりに時間がかかると見てはいた。

 しかしながら、いくらなんでも一週間近くも悠長にここで戦い続ける気など毛頭ないのだ。

 救援にやってきた彼と初めて会うのはせいぜい帰還の途中だろう。それでいい。彼が動いたという事実はその時すでにそこにあるのだから。

 

 ところがだ。

 二日である。

 接敵から二日後の今日、彼はここにやってきた。

 それはすなわち、救援要請を受けたその日にその足でここまで駆けてきたということに他ならない。いくらなんでも速すぎる。

 ありえないことだ。

 

 いくら集団に属さず身軽とはいえ、ひとりはひとり。

 凶悪極まる魔物が徘徊する迷宮を。複雑極まる険しい迷宮を。

 おそらくはただの半日で踏破するなどということは。

 ましてや、涼しい顔で傷一つもなくやってくるなどということは。

 ありえないことなのだ。

 

 しかし、事実として彼は今ここにいる。

 ただただ超然と、ここにいる。

 

 これは、予想を越えた怪物と関わりを持ってしまったのかもしれないな。

 

 フィンは無意識に親指をおさえた。おさえてから、どうやら疼きが無いことを感じた。それがどこか不気味にさえ思った。

 

 フィンが思考を回すことしばし。

 対面時に軽い会釈をしたのち、黙して戦況を見守るよう戦場を眺めていたロン・アライネスは、ここでようやくその重い口を開いた。

 

「すまん、失礼した。少し敵の陣容が気になってじっくり眺めてしまった。挨拶が先だわな、普通。

 ロン・アライネス、貴殿からの要請に応え馳せ参じた。

 お会い出来て光栄だ、フィン・ディムナ。

 俺の勇名なんて、あんたたちの高名からすればトカゲと竜ほどにも差があるさ」

 

 堅苦しいのは苦手なんだ、ロンと呼んでくれ。

 そう言って差し出された手を握った。

 

 思いの外、豪傑じみた男ではないのだな、と場違いにも感じてしまった。

 こうして話してみる分には超然とした印象は受けない。飄々と軽口を吐く様はそこらの酒場にいる普通の冒険者と何ら変わりなかった。

 

「挨拶はこれくらいにしておいたほうがお互いにいいだろう。

 俺は楽しみたいところなんだが、頭のあんたをいつまでも俺のおしゃべりに付き合わせるわけにもいくまい。

 さっそくだが、仕事をさせてもらうよ」

 

 そしてまた、思いの外、偏屈な男というわけでもないようだった。

 失礼は承知のうえだが、この男のイメージといえば一匹狼。誰に憚ることなく自らの武技のみを高めんとする求道者。そんなところである。

 孤高に立ち、孤独を好むとも噂されるその人物から出てくるにはいささか意外な言葉であった。

 

「あ、ああ。そうだね。助かるよ」

 

 それなりに強引な手で呼び出したのだから非難されることも覚悟していたが、それもない。聞いていた話よりも随分穏やかな気性をしていることがうかがえる。

 

 人物像の分析はこの辺でいいだろう。

 彼を動かすという目的はすでに達した。

 戦況も悪くない。彼という特大の戦力を加えれば間も無く敵を殲滅し、撤退を始められることだろう。

 

 さて、彼には陣形のどこに加わってもらおうかな。

 ファミリア以外の冒険者を指揮下に置くというのも中々新鮮なものだ。

 ましてそれが武名轟く"武鬼"ときている。なんだか年甲斐もなく楽しくなってきたぞ。

 彼はありとあらゆる武器を高度に使いこなす近接オールラウンダーだという情報は既に得ている。とするとあっちの......って、武器?

 

 揚々とその優秀な頭脳を働かせていたフィンは気づいた。

 

「ロン。君、武器を持っていないようだが、どうしたんだい?」

 

 彼は持っていなかった。

 何を?

 武器を。

 めっちゃくちゃ丸腰であった。

 

 はて、彼は武器のエキスパートではなく格闘家だったかな?

 情報を他の誰かと取り違えたかな?

 

 フィンの明晰な頭脳はにわかに混乱し始めた。

 

「あー、武器ね。すまんな、今は無いんだ」

 

「えぇ!?」

 

 何を言っているんだこいつは。

 

「まあいいんじゃないかな。どうせ溶けるんだろ、あの芋虫とヤると」

 

 な、何を言っているんだこいつは。

 

「それよりほら、早く撤退の号令をかけてやってくれよ」

 

 は?何を言っているんだ、こいつは。

 

「あとは俺があの芋虫全部肉だんごにしてくるから、ロキファミリアは退いてくれ」

 

 もう何を言っているのか、わからない。

 

 フィンの頭脳はいよいよ悲鳴を上げ、目眩すらもおぼえた。

 

 これは精神汚染ではなく単なる物凄いだけの知恵熱なので、スキルでの抵抗は望むべくもないらしい。

 

 

 地が爆ぜた。

 

 蹴り出したのだ。鎧を纏ったひとりの男が。

 

 肉が爆ぜた。

 

 ぶん殴ったのだ。男が手甲で、怪物を。

 

「ば、ばかな......」

 

 結局、思考を半ば放棄させられるはめになったフィンは、撤退の号令をかけた。

 当然、何も知らない団員たちの頭には疑問符が浮かび上がった。

 しかし、頭の命令には粛々と従うべし。

 強固な規律のもと運営されるロキファミリアの団員たちは、フィンの指揮に絶対の信頼を置いている。

 もとより退路は確保されていた。皆の行動は極めて迅速であった。

 

 フィンおよびロキファミリアの幹部たちは高台にて戦況を見守っていた。

 

 眼下で次々と肉が爆ぜていく様を見せつけられている。

 

 戦いが始まる前、ロン・アライネスは言った。

 

「イメージ通りだとは思うんだが、俺は共闘ってのが出来ない。ひとりきりでひたすら暴れる闘い方しか出来ないんだ。

 連携が取れないやつを放り込んでも陣が崩れるだけだろうから、戦場には俺だけを残して全員どっか遠くで戦況を見ててくれ。

 俺がやられたら、残党の掃除は任せる。

 まあ、さっき戦ってる様子を見てた限りだと、あの芋虫はそんなに苦手な相手じゃなさそうだ。倒し切れると思うよ」

 

 言葉の通り、彼はまさしく暴力の権化とも言うべき戦いぶりを披露した。

 

 魔物が吐く腐食液を、その重装備からは想像もつかない軽快な身のこなしでかわし。

 返す刀で接近すると、その剛拳を振るい魔物を遥か彼方へと弾き飛ばす。肉を掴んで投げ飛ばす。

 あれだけ厄介に思えた腐食液であるが、肉を突き破るでもなくただ猛烈に吹き飛ばすに徹する彼の格闘術の前には無力。

 魔物は壁面に、地面に、木々に叩きつけられた際の衝撃で絶命しているのだ。

 

「あれが"武鬼"か。この目で見るまで懐疑的であったが、なんと。噂に違わぬ、否、噂以上の豪傑ぶりよな」

 

 幹部の一人、"重傑エルガルム"ガレス・ランドロックが驚嘆を隠せぬ声で言った。

 

「常識はずれにも程があるだろう。あのはやさで、あのつよさで拳を叩きつけられては何者にも為す術などないぞ」

 

 幹部の一人、"九魔姫ナインヘル"リヴェリア・リヨス・アールヴが戦慄を隠せぬ声で言った。

 

 そしてもう一人。

 "剣姫"アイズ・ヴァレンシュタインは、何を言うでもなく只々戦場を見つめていた。

 

 怪物が怪物を屠っていく。

 次から次へと、肉の花が咲く。

 

 なんとおそろしい光景か。

 なんとおぞましい光景か。

 そして。

 

 なんと美しい光景か。

 

 "武鬼"の動きはあまりにも鮮やかだった。

 ステイタスは高いのだろう。《力》も《敏捷》も。

 だが、あの動きはそれだけでは実現できない。

 

 足運びは荒々しくも精緻だった。

 拳を振るう際、蹴りを見舞う際、全身澱みなく駆動し流麗な線を描いていた。

 それは何千、何万と繰り返された修練の軌跡だった。

 

 ステイタスはそれを後押ししているに過ぎない。

 

 あれが、強さ。

 あれが、高み。

 

 どうすれば、あそこへ行ける?

 

 今にも飛び出しそうなアイズを、フィンは手で制した。

 

「アイズ。彼を目指すべきではない」

 

 フィンは自分でも想像だにしなかったほど震えた声で言った。

 

「あれは、ひとりで戦う者の強さだ。何者にも頼らぬための強さだ。

 これはロキファミリア団長としてではなく、第一級冒険者としてでもない。ただのフィン・ディムナとしての言葉だが......

 僕は君に、君たちに、あのようになってほしくは、ない」

 

 負け惜しみでもなんでもなく、ただ平坦に思ったままを口にした。

 

 その場にいた者すべての胸に、その言葉はストンと落ちた。

 

 ひとりで戦う者の強さ。

 まこと、言い得て妙である、と。

 

 眼下の戦いは終わりが近づいていた。

 

 本当にただ淡々と、一匹、また一匹と、数を減らしていっただけ。

 そんな風に表現してしまえるほどに、魔物は呆気なく駆逐されていっていた。

 ただひとりの男の手によって。

 

 いよいよ最後の一匹。

 それも何の感慨も、達成感も、興奮も、熱も。

 

 冒険も。

 

 何も感じさせぬ平易な有様をした男が壁の染みに変えてしまった。

 

 50階層に、静寂が訪れた。

 

 

 いやあー、よかったよかった。

 

 無事にミッションを達成した俺は内心ホッと胸を撫で下ろしていた。

 今回は何から何までヒヤヒヤの連続だ。

 終わってみれば呆気ないモンだったが、運に助けられたところが大きいのも事実だな。

 

 ひとつ。武器を全損した状態で駆けつけて、フィンさんにメチャクチャ怒られた挙句に帰れって言われてしまうのではないかと気が気ではなかった。

 フィンさんが大人な対応をとってくれてありがたかった。

 

 ふたつ。共闘するハメになるのではないかと気が気ではなかった。

 俺の要望をすぐに聞き入れて迅速に撤退してくれて助かったよ。近くに「仲間」と判定されるひとがいると、俺の能力は尋常じゃないほど下落するからな。

 さすがにその状態で丸腰で戦う勇気は俺にはない。最悪、腹が痛いとか言って帰らせてもらうことも視野に入れていた。

 

 みっつ。この目で見るまで、芋虫共が俺の手に余る敵じゃないかと気が気ではなかった。

 結論からするとむしろ与し易い相手で助かった。

 奴ら、思っていたよりも鈍重だし、あとは肉と皮が分厚かったのだ。

 これがソーセージみたいに薄皮だったら、うっかり突き破ってしまうところだったわ。

 腐食液なんてほんと勘弁してほしい。武器はともかくとして、俺の大事な鎧クンが溶かされたらもうそれだけで戦意喪失しても不思議はないからな。

 

 様々な幸運が重なった勝利だ。

 これも女神さまのご加護、なんてな。

 

 遠巻きにこちらを見守るロキファミリアの面々に手を挙げて見せる。

 あいにくと共闘とはかなわなかったが、少しは助けになれただろうか。

 

 ここに来て戦場を見た時にすぐに察したが、来る前に俺が考えていたことは概ね正解だったようで、俺が来ずともおそらく彼らは敵を殲滅できていた。

 ただ俺が......今回の敵と意外にも相性が良い俺が来たことで減じることが出来た消耗もきっとあることだろう。

 俺が来た時点では、どうやら負傷者はそれなりにいても死者はいなかったようであるが、ダンジョンでは何が起こるかわからない。

 何か些細なボタンの掛け違いであっさり死なない保証なんて、誰にも、どこにもない。

 俺が戦うことでその可能性を少しでも減らすことができたのなら、それでいいのではないだろうか。

 

 地を駆け壁を蹴り、ロキファミリアの面々がいる高台まで行く。

 なにやらみんなギョッとした顔で半歩ほど後ずさった気がするんだが、たぶん気のせいだろう。

 

「フィンさん。これで依頼は達成ということで構わないか?

 帰りも同道しろと言われればそうする。

 しかしまあ、そちらも体勢を立て直すことが出来たようだし、もう俺は要らないんじゃないかと愚考するんだけれど」

 

 一刻も早く帰りたい俺は、失礼を承知でフィンさんに尋ねた。

 名工クベーラがうちのホームをダイダロス通りに造り変えてしまうのを阻止したいのだ。

 

 なんだかフィンさんは上の空で呆けている。

 さすがの"勇者ブレイバー"もお疲れなのだろうか。

 

 フィンさんの横にいたとんでもない美人のエルフさんが、フィンさんの脇腹を肘で突いた。

 

「はっ!?

 いや、すまないロン。少し、ぼーっとしていた。いかんな、ハハ。

 改めて礼を言う。君のおかげで助かった。

 さすがは武名高い"武鬼"だね。見事な戦いぶりだったよ」

 

 咄嗟にがんばって作りましたみたいな爽やかスマイルでフィンさんは言った。

 マジで疲れてんな。大丈夫?竜の心臓食べたほうがいいんじゃない?

 

「質問の答えになっていないぞ、フィン」

 

「え、なんだい?彼は何か僕に質問していたのかい、リヴェリア」

 

 心配していると、なにやら二人で小声で話し始めた。

 ヒソヒソ声を聞き取るのは得意だが、さすがに考え事をしている最中にまでその内容を咀嚼することはかなわない。

 何の話かは知らんが、まあ、変につつくのも失礼だろう。

 

「あー、ロン、でいいのだろうか。

 遅ればせながら、私はリヴェリア・リヨス・アールヴという者だ。挨拶が遅くなってすまないな。

 私も、此度の貴殿の救援に感謝している。ありがとう」

 

 どういう流れなのかは交友関係皆無の俺にはとんと見当もつかないが、なにやら美人さんが自己紹介を始めた。ああ、どうも。

 

「で、だな。

 見ての通り。見ての通り?

 その、フィンは連日の無理が祟ったのか、その......

 そう、風邪気味でな。代わりに私が君の質問に答えよう」

 

 え、風邪だったのフィンさん。

 そんなんでよく団員の指揮とかしてたね。

 さすがは大派閥の長だ。俺には到底真似できんな。

 

「君は救援の役目を十分に果たしてくれたと私は......

 いや、フィンが。フィンがな?フィンはそう考えている。

 ああいや、私たち全員がそう考えている。

 フィンだけじゃなくてみんなが考えている。

 なので帰りの同道は不要だ。そうだな、フィン?」

 

 ちょっとフィンフィン言い過ぎじゃないこの人?

 めちゃくちゃ仲良いのね、うらやましいわ。

 

「あ、ああ。そうだとも。

 ロン、これ以上君の手を借りてはロキファミリアの名折れだ。

 後は君の好きなようにしてくれて構わないよ。

 

 ......ま、まさかとは思うんだけど、今からこの先の階層に潜ったりするのかい?」

 

 どうにも挙動不審な風邪っぴきのフィンさんは妙なことを言い始めた。なんでこんな危険なところの、更に先まで進まなきゃならんのか。

 

「冗談が上手いな。当然、帰るよ。

 さすがに疲れ......いや、全然疲れてないな。疲れないんだったな。

 まあ、疲れてないけれど、帰るんだよ」

 

「疲れてない!?疲れない......ッ!?」

 

「ああすまん、病人の前で妙なこと言って。気にしないでくれ。

 では、長居するのもなんだし俺はお先に帰らせてもらうよ。

 報酬の件はまた後日よろしく頼む。

 フィンさん、お大事に。

 皆さん、お気をつけて」

 

「あ、ああ。ありがとう......?」

 

 久々にたくさん会話したから、なんだか名残惜しい気もするが、ファミリア水入らずの凱旋を邪魔をするのも悪かろう。

 

 颯爽と地を蹴り、49階層への通路を駆け上がった。

 行きは縦穴とかに飛び込んで随分とショートカットをしたから早かったが、帰りは大変だなこりゃ。

 まあ、全力で走れば明日の朝までにはホームに帰還できることだろう。

 ほんと頼むぞ女神さま。ご要望通りはやく帰るんだから、あまり散らかさないでいてくださいよ。

 

 

「チックショオォー!」

 

 早く帰ることに夢中だったあまりに、俺は忘れていた。

 

「そこをどけェ!邪魔すんじゃねェー!」

 

 ダンジョンは悪意をもって冒険者に牙を剥くということを。

 

 珍しくも幸運なことに、魔物に出くわすことなくスムーズに階層を駆け上がっていた。

 ミッションも無事に終わり気分はウキウキだ。身体も軽い軽い。

 ロキファミリアと、さらにはギルドを介したミッションであるためそちらからも報酬がたんまり出るであろうということを考えていたので、もはや有頂天と言っても決して過言ではなかった。

 

 そんな俺の気持ちに水を差すように、40階層で湧いて出た大量の魔物共に、みっちり隙間なく取り囲まれた。

 

 軽い苛立ちと共に背に手を伸ばす。

 ところが掴むべき得物がそこにはなく、指は空を切った。

 

 この時になってようやく自分が丸腰であることに気がついた。

 そりゃあ身体も軽いわな。物理的に。

 

 もう少し、もう少し気づくのが早ければ......!

 50階層に引き返し、ロキファミリアに恥を忍んで武器を譲ってもらうという選択肢もあったかもしれないのに!

 

 このまま何事もなく終わるのかと思ったら、やっぱりあったじゃないか窮地が!

 魔物に出くわすのがやけに遅かったのも、俺を苦しめるためのダンジョンの策略か!?

 幸運と見せかけておいてからの実はそれが不運でしたなどと、小癪な演出をしてくれるじゃないか!

 

「ダンジョンめ、いい加減ソロ冒険者に優しくしやがれ!

 俺は、俺は一刻もはやく帰りたいんだよ!!」

 

 結局。

 全部殴り飛ばして押し通るはめになったのは語るまでもないことだろう。

 

 

「なんで"武鬼"くん、ひとりで帰ったんだろーね。

 どうせ帰るんならわたしたちと一緒に帰ればいいのにさ」

 

「知らないわよあんな異常者の考えることなんて。

 それにしても許せないわあいつ。

 団長をあんっっっなに疲れさせて!」

 

「つーか俺、あんなのに喧嘩売ったのかよ......」

 

「ベート、覚えてたんだ。

 そーだよ。感謝してよね?

 わたしとティオネで止めなきゃ、死んでたかもしんないんだからさ」

 

「アッハハ!そうね、ありうるわね!

 トマトみたいに潰されちゃってさ!」

 

「いや笑えねぇよ、バカゾネス......」

 

 ロンが立ち去った後、いつぞや彼と酒場で一悶着あった面々の間で、そんな会話がなされていたとか、いないとか。

 

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