危険極まりないダンジョンでソロを強いられるのは間違っているにちがいない 作:深夜そん
めちゃくちゃ今更なんですけど。
キャラ崩壊注意です。
◇
「今日あなたをお呼びした理由がわかりますか?」
例のあの日のあの場所で、俺はとあるハーフエルフの女性とふたりきりで密会をしていた。
彼女の面貌には朱が差している。
瞳はほのかに潤んでいる。
小刻みに、その身体をふるわせている。
それはいつかのような怯えなどではないのだろう。
もはや戸惑いも躊躇いも、ないのだろう。
そこに浮かぶ感情の意味は、あるいは意図は。
ひと付き合いの少ない俺なんかには生憎ときちんとわかってあげられるものではないけれど。
わからずとも、しかし。
それが変化を示すものであるということだけは確かだ。
ひととは、変わりゆくものなのだな。
よもや俺.....否俺たちの間柄がこのように変ずるなどということは誰にも、それこそ神々でさえも想像の埒外であったことだろうよ。
なぜならば。
「まるで身に覚えがないぞ、エイナさん」
「なーら言ってやるわよ!
あなたねぇ!
ベルくんの教導ちゃんと真面目にやってるの!?
あの子、あなたとの冒険の話を私にしてくるたびにトンチンカンで意味不明なことばっかり言うようになったんだけどどういうこと!?」
あんだけ俺にビビってたエイナさんでも、その俺にこうやってキレ散らかすようになるんだもんね。
なんでこんな怒ってんだろ。
「わけわからん、みたいな顔してないで答えて!!」
◆
ベル・クラネルは期待に胸を膨らませていた。
今日は自らの教導官となったロンとの初めてのダンジョンアタックの日だからである。
つい昨日のこと、ひょんなことから彼が自らを教え導く師のような存在として名乗りを上げてくれた明くる朝。
昨夜、緊張でなかなか寝つくことが出来なかったベルは、それでもなおいつも以上に早くに目が覚めた。
寝不足といえどそれを感じさせぬ活力が身体には漲っている。
思うのは今日のこと。自分のこと。
そして、彼のこと。
レベル6。
このオラリオ広しといえどごく一部の冒険者しか到達することが出来ていない、今の自分からすれば遥か高みにある存在。
まして自らを教導してくれるあのロン・アライネスという人物は、聞くところによればレベル7にも近いとさえ噂されているほどの英雄的な冒険者だというのではないか。
鈍色に輝く鎧をその身に纏い。
ありとあらゆる武器をその腕で振るい。
どれほどの。そしてどのような敵にもたったひとりで立ち向かう。
いいのかな。
そんなすごいひとに教えてもらっちゃって、ほんとにいいのかな!?
興奮を隠せぬといった様子でバベル前の広場でひとり彼を待つ。
約束の時間はもう近い。
1時間も前からここで待っているのでいよいよ寒いが、心は熱かった。
そういえば、ロンさんの冒険者としての姿はまだ見たことがないや。
きっとすごくカッコいいんだろうなぁ。
物語に出てくる騎士みたいにマントを翻して、堂々と。
ベルは人並みに、いや人並み以上にそういうのが好きだった。
英雄とか勇者とか騎士とか、そういうのが好きだった。
とても男の子であった。
際限なく期待が高まる。
周囲の喧騒さえもその耳には入らない。
その最中。
「おはよう。ベル」
少し遠く、けれど聞こえないほどではないところから掛かる、これだけは今であれば聞き逃すことのない、英雄の声。
遂に、来た。
「待たせてしまったみたいだな。
すまん、準備に少し手間取ってな」
振り向けばそこには。
「何を着ていこうか迷っちまったんだ」
全身黒ずくめの覆面男が立っていた。
ロン......さん......?
周囲の喧騒が耳に届いた。
◆
「元気がないようだな、ベル。
ひょっとして緊張しているのか?
ならば俺と一緒だな。
俺もひとにものを教えるなんてのは初めての経験なんだ。
そういう意味じゃ、俺も新米みてェなもんさ。
大丈夫だ。一緒に強くなろうぜ」
隣の怪人物が朗らかに笑う。
たぶん、朗らかに笑っている。
目元しか見えないのでそれも確かなことではないが。
「今日はな、ダンジョン1階層に潜る予定だ。
冒険者として基本中の基本となることをそこで教えてやる。
おっとすまんな、教えてやるだなんて偉そうに。
自分も新米教導官だっつーのになハハ」
おそらく基本から外れまくっているであろう服装をした男が何やら言っているのだが、あまり耳に入ってこない。
代わりにギルドに屯する彼よりもよほど冒険者らしい服装をした冒険者たちがヒソヒソと言う声が否応なくひっきりなしに耳に入ってくる。
おいあれ誰だ?
知らねえよなんだあの格好。
あれは極東の地の隠密、シノビの装束だな。
なに!?知っているのかモルド!?
つーか黒いのの隣にいるあの白髪のガキ、昨日"武鬼"さんにシメられたガキじゃね?
昨日意図せず目立つはめになった自分自身。
隣に立つ異様としか表現しようのない何者か。
そのコンビ。
ヒソヒソ声とかもうそういうレベルではない。
針の筵かここは。
「あ、あの。ロンさん?」
聞きたい。
その服装はいったいなんのつもりなのか聞きたい。
明らかに異様だが、この人はレベル6。
きっと新米である自分には想像もつかないような理由があってこのような格好をしているのかもしれない。
僕は、ロンさんは悪いひとじゃないと思います。
思います。
「なんだ?さっそく質問か?
勉強熱心なやつだなこいつめ」
違うんです。
質問といえば質問なんですが、より正しく言うならば疑問なんです。
なんでそんなに浮かれた声をしているんですか?
何がそんなに嬉しいんですか?
という疑問も次いで湧いて出たが、今はそれを気にしている場合ではなかった。
勇気を出せ。
訊け、訊くんだベル・クラネル!
少年は拳を硬く握った。
どこかで鐘の音が鳴ったような気がしたが、完全無欠に気のせいであった。
「おっと。今日は窓口が空いているようだ。
混む前に行こうぜ。
ベル、質問はあとでな。
なあに、時間ならたくさんあるさ」
腕を引かれる。
その声はとても優しかった。
嗚呼、もう......。
◆
「さて、ベルよ。
君は冒険者にとって最も大事なことが何かわかるか」
壁に背を預け腕組みをしながら、黒い男が言った。
ダンジョン1階層へと至るその入り口、通称始まりの道に二人は来ていた。
「それはな、何が何でも生き残るということだ。
死んでしまっては何もかもがおしまいなのだからな。
君は、そして俺は、俺たちは。
ただひとりの冒険者なのではない。
俺たちを目にかけてくださる神の眷属なのだ。
その神が与え賜うた力は神のために振るわねばならず、そしてまたその命も神のため捧げねばならん。
俺たちの命は魔物やダンジョンなんぞに喰わせてやっていい代物じゃあないんだよ」
その格好はふざけているようにしか見えない。
しかし、その声色ときたら真面目そのものであり、熱意さえ感じられる。
「ベル。君なら、生き残るためにはどうすればいいと考える?」
キリリと締まった目。
射抜くような眼差し。
だ、ダメだ。
もう目でわかってしまう。
この人はこんなにも真面目に、真摯に僕を教え導こうとしてくれている。
服装のおかしさを気にしている場合じゃない。
この人の教えを受けて、僕は強くなってみせるんだ。
ロンさんは、真面目なんだ。
ベルは自分に言い聞かせた。
「生き残るため、かぁ。
強くなること......ですかね?」
ベルが質問に答えると、ロンはニヒルに笑った。
たぶん。
「ああ。それも間違いじゃないな。
むしろそれが一番かもな。
何者にも負けないくらい強くなりゃ、死ぬことはないだろう」
けどな、と。
「今の君は弱い。
レベル6となった俺ですらも、まだ弱い。
ベル。強さってのはな、一朝一夕で身につくものではないんだ」
そう続けて、ロンは壁から背を離した。
レベル6でもまだ弱い。
そう言ってのける彼は冗談を言っているようではない。
どこか遠くを見ているような目をしていた。
では、どうすれば。
問いかけるより先に、彼は答えた。
「行こうか。
答えはこの先で教えよう」
◆
ーー斬った。浅い。
犬のような顔をした二本足で立つ魔物、コボルト。
ダンジョン1層に現れる、ほとんどの冒険者がゴブリンと並んで初めて戦うことになる魔物である。
注意すべきはその鋭い牙と爪。
見た目には犬の因子が色濃く現れるこの者たちであるが、犬は犬でもさながら野犬。
つまりは獰猛なる獣、なかでもとびきり危険な魔獣のそれである。
慣れた冒険者にとっては雑魚同然といえど、駆け出しが舐めてかかっていい相手では決してない。
ベルは今、そのような者と相対していた。
ここに誰かがやってくるのを待っていたとでも言わんばかりに壁から湧いて出たそれを見て、ロンが言ったのだ。
まずは君の戦いを見せてくれ、と。
大丈夫だ。ちゃんと戦えている。
幸いにして相手は一体である。
これが複数体ともなれば今のベルのステイタスでは苦戦は免れないかもしれないが、1層の、それも浅いところであれば群れを成した魔物と出会うことは稀だ。
ーー来る。右腕。爪か。
かわしたが、大きく避けすぎた。
反撃するには、やや遠い。
両者、睨み合う。
互いの出方を窺っているのだ。
ベルは呼吸を整えた。
落ち着け。
いいところを見せようとする必要はない。
いつも通りに戦えばいい。
直すべき点は、こいつを倒してからロンさんに訊けばいい。
構えをとる。
それは向こうも同じことであった。
で。当のロンはというと。
そんな遠巻きに見る必要ある?ってくらい離れたところからこちらを見ていた。
それにしてもロンさんはなぜあんなところに。
腕を組んで壁に寄りかかるあのかっこよさげなポーズ、気に入ってるのかな。
というか見づらいな全身黒いから壁の色に溶け込んでて。
あれ、壁から離れたぞ。
じりじりとこちらに近づ
ーーって危なッ!?
コボルトの爪が頬を掠める。
薄皮一枚だ。
大丈夫、たいした傷じゃない。
この程度の傷は今までにも負ってきた。
今更慌てるようなことじゃない。
それはそうと。
ロンさん!
気がッ散りますッッッ
「よーし大丈夫だ。
よしよし、慣れてきたぞこの身体に」
なにわけのわからないこと言ってるの!?
ベルは混乱の最中にありながらも迫り来るコボルトの噛みつきを紙一重のところでかわした。
視界の端にチラチラ映る黒装束さえ気になっていなければ反撃すら叶っていたかもしれぬ神懸かり的な回避であった。
乱しに乱されるベルの集中力。
もしかしたらこれは何が起きても平静を保つための訓練なのではないだろうかとすら思い始める。
その考えがもうすでに目の前の敵から注意を逸らしており、まさしく思う壺であると言えるだろう。
冷静でいられないならせめて我武者羅になってやる。
いわゆるヤケクソになったベルはコボルトに突っ込んだ。
普通であれば褒められた行為とは呼べぬ無策な暴走であったがしかし。
今回は運が味方についた。
気圧され一歩引いたコボルトが小石に足を取られたのである。
その特大の隙を、好機を逃すはずもない。
ベルの放った渾身の刺突は、見事、敵の胸元に突き立った。
手応え、あり。
魔物の核である魔石を砕く感触。
次の瞬間、コボルトは霞と消えた。
「っはぁーーー」
ベルは大きく息を吐き出した。
その顔には疲労感が滲んでいる。
たったの一戦でである。
紛れもなくロンの奇行のせいであった。
いけない。
ロンさんのせいにしては。
この程度のことで集中を乱した僕がいけないんだ。
紛れもなくベルは健気であった。
君は悪くないよ悪いのは全部そこの変質者だよと誰か言ってあげてほしいくらいに。
とにもかくにも一区切りがついたわけである。
ベルはさっそく今の戦いを見ていた教導官に評価をしてもらおうと、彼に歩み寄った。
彼は。
「油断、だな」
「え?ロンさ」
いつのまにか抜いていた短刀を手にこちらに駆けていた。
見える。目で追える。
決して速くはない、しかし、これは。
白刃が迫る。
先程、ベルが放ったものよりもよほど流麗な動作で突き出されたそれは、彼の真横を通り過ぎたかと思えば。
背後に迫っていたゴブリンの胸に突き立っていた。
魔石を撃ち抜いたのだろう、ゴブリンは先程のコボルトと同様にその身を霧散させた。呆気なく。
「え、あっ......」
あまりにも突然のことに腰が抜けた。
ベルはその場に尻もちをついた。
これまた流麗な動作で血振りした短刀を鞘に収めたロンは、ゆったりとした歩みでベルの前へと回り込むと、手を差し出してくる。
「こういうこともある」
硬い声音であった。
ベルは差し出されたその手をすぐに取ることはできなかった。
たっぷり時間をかけて、自分の足で立ち上がる。
ロンは目を細めた。
おそらくは、苦笑い。
「先に答えを教えておくよ。
弱くとも生き残るために必要なこと。
それはな。
備えることだよ」
「そな、える」
「そう。
ダンジョンでは何が起こるかわからない。
戦いの後には休息を?無い無い。
戦った後にはまた別の戦いがすぐそばまで迫り寄っているのさ。
今みたいにな」
「は、い。
ぜんぜん、気がつきません、でした」
「油断は命取りなんて陳腐な言葉だけどな。
けど、それが真理だ。
ダンジョンの中にいる限り、冒険者に安息はない。
戦わねばならない。備えねばならない。次の戦いに」
俯く。
ベルは猛省していた。
そうだ。敵が一体だけだと誰が言った。誰が決めた。
決まっていない。
そう思い込んだのは、僕だ。
悔しくなった。
けれど、ここに彼がいてくれてよかったとも思った。
彼がいなければ、今頃僕は。
少年は痛むほどに拳を握りしめた。
なお。
ロンがさんざん奇行に走って心を乱すような邪魔なんてしなければ、そもそもベルは下手な油断なんてしていないしコボルトもサクッとやっつけていたし新手の存在にもおそらく気づくことが出来ていたことだろう。
◆
ここですべてネタばらしをしてしまうと、ロンはダンジョンに足を踏み入れた瞬間、実はかなりビビっていた。
当然である。言い逃れ出来ないくらいに"仲間"であるベルが自分のそばにいることでとんでもないデバフを喰らい、アビリティの下落が笑えないレベルになっていたのだから。
ロンはなんだかんだでこの教導については気楽に構えていた節があった。
いくらデバフ喰らうったってレベル1の教導だろ?行き先は上層だろ?
俺レベル6だぜ?レベル7に最も近いだなんて言われてるんだぜ?
レベルがひとつ違えばそれはまったく別の次元の存在と言っても過言じゃねェんだ、たとえアビリティの熟練度が全部0になったってレベルが下がるわけじゃねェんだから楽勝っしょ上層くらい。
と、こんな具合であった。
ところがである。
広場でベルと合流しようとしたその瞬間。
おそらくスキル的には、イコール自分の心持ちとしては仲間とパーティを組んだと見做したその瞬間。
あやうく膝をつきそうになった。
一応デバフを加味して普段の格好で来なくてよかった、と。
いざとなればベルと一緒に逃げられるように身軽な格好をしていてよかった、と。
心から思った。
あれ?尋常じゃなく身体重くね?
というか今の俺の身体能力ヘタこきゃレベル1相当じゃね?
覆面の下で盛大に焦るロン。
先程のベルではないが......
アビリティが0より下には落ちないなどと誰が言った?誰が決めた?
そう思い込んでいたのは、俺だ。
まさしくそんな心境であった。
パーティを組むという発想自体がこれまで頭になかったロンは独立独歩《ソリテュード》の効果についての検証はおろそかにしていた。
そのツケがここで来たのである。
アビリティには潜在値というものが存在する。
仮に、ランクアップしたてで全アビリティの熟練度が0となったレベル2の冒険者が2人いたとしよう。
Aくんはすべてのアビリティの熟練度をS999まで成長させてからランクアップを果たしレベル2になりました。
Bくんはひとつのアビリティの熟練度がD500になってすぐにランクアップを果たしレベル2になりました。
強いのはどっちですか?
Aくんです!
脳内会議場のロンくんは手を挙げて元気に答えました。
それはなぜですか?
脳内会議場のアライネスくんは手を挙げて質問をしました。
それが潜在値の差なんじゃないの。
脳内会議場のクベーラ先生は投げやりに答えました。
つまりはそういうことなのだろう。
アビリティには目に見える数字以外にも潜在的な数字、すなわち潜在値が存在するというのは少し勉強した冒険者ならば誰でも知っていることである。
ロンは自らのスキルの効果のひとつである「アビリティの超減少補正」という文言を「すっげェ減るんでしょ」くらいに解釈していた。
ダメだなあ。
ちゃんと書いてあるじゃあないか、
超えるんだよ、減らしてもなお足りない分は。
潜在値から。これまでのお前のすべての研鑽から。レベルからも。
だからお前はゴミなのだ。
脳内会議場に何故かいるどこか見覚えのあるオッサンが笑った。
推定から結論を導き出したロンはとにかくベルに悟られないよう明るく振る舞った。
教導はもう決まったことである、今更後に退くことはできない。
大丈夫、まだ大丈夫だ。
下がったとはいえレベル1相当はおそらくあるのだから、上層なら大丈夫だ。
大丈夫ったら大丈夫なんだ。
自己暗示をかけつつ始まりの道で一休み。
一休みしつつ、普段とはまったく異なる自らの身体の動きの違和感を慣らすべく努める。
ようやく違和感に慣れ始めたのがベルとコボルトとの交戦中。
そこはさすがのレベル6、さすがの"武鬼"。
推定レベル1にまで落ちぶれようとも身につけた武技に衰えはない。
脳が現在の自らの身体能力を把握すれば、それを振るうことに何ら問題などありはしなかった。
抜群のタイミングで奇跡のマッチングを果たしたロンは、抜群にイカしてると自画自賛してしまうほどの短刀捌きを披露し見事ゴブリンを撃破、そして。
無垢な少年の心に深い爪痕を残してしまった。
◆
「あそこに曲がり角がある」
「はい、ありますね」
「想定されることは?」
「えっと、敵がいるかもしれない、ですか?」
「そうだ。いい想定だ。
では、どんな敵がいる?」
「ど、どんな?
コボルトとか、ゴブリンとか......?」
「甘いな、ベル。
それではまだ甘い。備えが足りない。
あの曲がり角からはな。
ミノタウロスが出てくるかもしれない」
「ええっ!?それって中層の魔物.....」
「......ダンジョンでは?」
「はっ!
何が起こるか、わからない......」
「いいぞベル!
その心構えを忘れるんじゃないぞ!」
たまには、忘れていいと思います。
◇
「と、まあこんな感じかな俺の教導は」
エイナさんにベルへの教導の様子を事細かに伝えた俺は一仕事終えたと腕を組んだ。
身振り手振りを交えた臨場感抜群の語りであった。
我ながら見事な教官ぶりであると誇らしい気持ちだ。
ベルはとても素直だし飲み込みが良い。
教わったことはなんでも実践しようと挑戦してみるあの姿勢なんて、俺も見習いたいところである。
良い教え子を持つことが出来て教導官冥利に尽きるというものだ。
「なるほど」
エイナさんはメガネをクイッと指で押し上げた。
その身体は再び小刻みに震えている。
おっと感動しているのかな?
「だからな、誤解なんだよエイナさん。
俺は真面目にやってるし、ベルにおかしなことなんて教えちゃいない。
ダンジョンでは何が起こるかわからねェんだ。
常に追われる想定も武器が破損する想定も落とし穴に落ちてうっかり辿り着いた先がモンスターハウスでその時にはもう武器が無いから丸腰で一網打尽にする想定も、何もかも想定して挑まなきゃ安全なダンジョンアタックは叶わないんだよ。
そうでないと。
立派なソロ冒険者になれないだろ?」
ブチン。
何かが切れる音がした。
まずい!
クロスボウの弦が!
あれ、今日は私服だから持ってねェわ。
「あ......」
エイナさんは立ち上がった。
なに、どうしたの?トイレ?
「あんッたみたいなのを増やしてどうすんのよ!
だぁーれがベルくんをソロ冒険者として育ててくれって頼んだってのよ!?
私が頼んだのはダンジョンでの立ち回りの実践だとか、そういう一般的なことでしょーが!?
曲がり角からミノタウロスってなに!?
あるわけないでしょそんなこと!
あんたいつもそんなこと考えながら冒険してんの!?バカじゃないの!?
あーもうバカだったのは私のほうだわ!
ロンさんに頼んだ私がバカでしたごめんねベルくん!
とにかく!
もう明日から教導はしなくていいから、バカなこと考えながらひとりでダンジョンに挑んでればいいのよあなたは!」
うわあ火がついたように怒ってる。
今にも胸ぐらに掴みかかられそうだ。
「そこまで言わなくても......」
「言うわよ!
あのベルくんの口から"予備のナイフを20本くらい買いたいんですけどお金が足りないんです"とか聞かされた私の気持ちわかる!?」
「いい心構えだな、としか......」
「バカ!ほんとバカ!
もうやだぁ!」
エイナさんはメガネをそっと机に置いて顔を覆って泣き出した。
かける言葉が見つからない。
女神さま。
俺、こんなときどうしたらいいのかわかりません。
やはり俺にはまだ他者と交友を持つことは早かったのでしょうか。
あんたにはわたしだけいればそれでいいのよ。
今頃ホームでゴロゴロしているであろう女神さまの声が何故だか聞こえた気がした。
すみませんこういう作風です。