正史の伝記の誤りなど、生暖かい目で見てやってください。
中華は晋代に成立した「三国志」、及びその後成立した小説「三国志演義」については、後世の創作、または原作を一度は読んだ方もいるかと思いますが、この時代の有名なウマ娘に関して、ご存知の名前はありますか?「人中の呂布、バ中の赤兎」と称された赤兎。凶相のウマ娘と称された的盧。「影をも追いつけないほど速い」とされた絶影。「三国志演義」の方には登場しないので、少しマイナーではありますが、白鵠などが挙げられます。ですがこの時代「ヒトの名を与えられしウマ娘」も多くいたということが、現代では判明しています。有名な所ですと、自身が白バであり声まで記述のある「白バ長史」公孫瓚が挙げられますね。今回は、そんな後漢から三国時代の、あるウマ娘に焦点をあて、ウマ娘の強靭な脚力、精神力、また、学習能力や忠誠心について、学んでいこうと思います。
さて、曹休という武将をご存知でしょうか?「曹」の性を冠しているので、曹操の一族であることは分かると思います。続柄としては、曹休は曹操の族子、甥に当たりますが、血縁関係はないとされています。「三国志」の中の「諸夏侯曹伝」にその名が現れ、三国志演義にも登場します。まず、最初に記されている曹休の伝は、このように始まります。
「幼い頃に父をなくし、戦火を避けるため、母とともに呉郡へ逃げ延びた」
「その後、叔父の曹操が挙兵したため、偽名を使い、呉郡から荊州を経て、曹操の居た陳留郡まで老母を背負い、向かった」
とあります。ここで、この距離がどれほどなのか、図にしました。当時、まだ呉は成立していないので呉郡(現在の江蘇省、浙江省)ですが、ここから荊州(現在の湖北省)を渡って陳留郡(現在の河南省)までの道のりの、老母を背負い、共に踏破しています。日本地図を尺度とすると、下図のように、日本の中国地方から東北地方まで、おおよそ1000~1400キロの道のりとなります。
そして、曹操と出会い、自分が曹休であることを告げると、曹操は側近を前にして、
「この子は我が一族の千里のウマ娘なり。」
と褒め、その後、我が子のように育てたとあります。ここで、曹休の行動心理といいますか、
「なぜ、曹操の挙兵に参加したのか?」
という疑問が現れると思います。
これにつきましては、最近のウマ娘研究によりますと、
「ウマ娘はお金、名誉等にあまり関心が無く、ただ大事なヒトの側に居たい傾向がある」
ことが分かっています。つまり、曹休は叔父である曹操の覇業についていって名誉や金が欲しかった訳ではなく、単に、
「曹操という大事なヒトの側に居たかったから」
このような行動に及んだというのが、専らの結論です。それだけのために捧げる脚力と精神力、そして忠誠心をもっていたということですね。
そして、曹休は成長の過程で、武将として大成していくことになります。そうなれたのは曹休自身の才もあると思いますが、人材を見る目があった、曹操の手腕もあったと思われます。現在で言うなれば、曹操はトレーナーとして、とても優れていたということです。もしかしたら、この時代にウマ娘の本質を理解していた可能性もありますね。最終的には、曹休の役職は「大司バ」、現在で言うなれば、国防長官の位まで上がっています。その後、石亭の戦いなどで呉との戦いに破れ、没することになりますが、後世に曹操の功臣の中の一人として祀られる程になりました。曹休は曹操が亡くなってからも行動原理が変わることが無く、
「今度は兄弟のように育った、曹操の子、曹丕のため」
「曹丕の子、曹叡のため」
という、ウマ娘の基本原理に従って、行動していたと言われています。そのためでしょうか?曹一門以外との仲がよろしくない逸話が、晩年になって現れています。石亭の戦いで敗れた際、「援軍が遅い」と、賈逵(かき)を叱責していたりしています。
最後に、なぜここまで三国時代の武将の詳細が分かったのかでありますが、2010年代になって、曹休の墓が発見されました。ここに、文献からは不明瞭であった、曹休がヒトだったか、ウマ娘だったかの論争に終止符が打たれることとなりました。副葬品や骨格から、ウマ娘であることが証明されたのです。曹操の「千里のウマ娘」は誇張では無かったということですね。
いかがだったでしょうか?呉軍に敗れた為、凡将の烙印を押されることの多い曹休ですが、ウマ娘として見た場合、違った側面を見ることができたと思います。トレーナーの皆さん、ウマ娘の皆さんに置きましても、先程述べたウマ娘の「大事なヒトの側に居たい」気持ちをよく考え、行動に移されるのが良いと思います。
さて、続きましたこの拙文にまたお付き合いしていただき、誠にありがとうございます。思えばこの創作は、ツイッター上で公孫瓚に関するウマ娘世界史創作を見て、
「そういえばウマといえば、曹休が駒と呼ばれていたなぁ」という所から、かなり調べ物をして、出来上がったものです。少し取っ掛かりがあれば作品にできるものなのだなぁ、と、不思議と筆の乗った文章を見て思います。
さて、小説という体で書けるのは今の時点でこれくらいなので、しばらく更新は途絶えるかと思いますが、悪しからず。ふらっと戻ってふらっと書くスタイルで、行こうと思っています。
蛇足かと思われるあとがきにもお付き合いいただき、重ねてありがとうございます。
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