ぼっちちゃんを雌にするつもりが雌にされた元男(♀)の話 作:樽薫る
「ええ、ねこみちゃんに『好き』って言ったぁ!?」
昼過ぎ頃、
最初入ったときには、既にお姉ちゃんとPAさん、それから喜多ちゃんとリョウもいて……もちろん“話題の中心”であるぼっちちゃんもだ。
入って早々にみんなが凄い驚いた顔をしていたから内容を聞いたらそういうわけで……。
「そうなんですよ! あのひとりちゃんが!」
「このまま一生無いか、大張さんからだと思ってたんですけどねぇ」
喜多ちゃんとPAさんに大きく頷く私。
「ぼねこ、いいよね」
「いい……」
なんかリョウとお姉ちゃんは頷き合ってるし……。
「でも、さ……」
私はぼっちちゃんを指さす。
「なんでこんな“顔崩れてる”の?」
◇
ぼっちちゃんがねこみちゃんに告白したとして、失敗するわけがない。するビジョンが見えない。
私たちの眼から見てもねこみちゃんとぼっちちゃんは所謂“両片思い”に近いものだったように思うし、でなくってもお互い自覚が無いだけで、片方が完全な自覚をもった時点で必然的にもう片方も……でなくても、少なからず失敗するなんてありえないはずで……。
でも、ぼっちちゃんの顔は崩れてるわけで……。
「そこなんですけど……私達も来たばっかりで、店長さんたちは聞いたんですよね?」
お姉ちゃんとPAさんが先に聞いてて、そのあとにリョウと喜多ちゃんで、私ってわけか……。
「いえ、それが後藤さんが言うにはですね……後藤さん、言ってすぐに返事も聞かないまま“訂正”してしまったらしくて」
「へ、訂正?」
喜多ちゃんが首を傾げた。
「聞いたところ、大張さんがなにか言う前に……」
『ひ、ひとり、す、好きってそれ……』
『あ、い、色々お世話してくれるし、いッ! 凄い助かってたり!! しし、しなかったり、したり! だだだ、大事なっ、たった一人の友達!』
『……好きって、そういう?』
『う、うん! もちろんンンンッッッ!!?』
『そう……』
『あああ、あのっ、だからっ……!』
『そっか、それじゃあ私帰るから……』
『そそそ、そのねこみちゃっ……』
『また“明後日”ね』
『あ、あ、あぁ―――』
「───ぁぁああぁ~」
「大変だ! ぼっちちゃんが!?」
「フラッシュバックのせいでしょうか?」
「フラッシュバッカーだな。ぼっち」
ウマいこと言った! じゃないよ山田!
◇
家の中……
視界の先には天井。いつも通り、なにも変わらない天井。
だが、しかし……確実に私の心にしこりを残してくる奴がいる。
昨日の件、ひとりの“あの言葉”が何度も反芻されて、私を寝かしてくれない。
鏡を見れば眼の下の隈が凄かった。
『……好き』
「っ、あ゛ぁ゛あ゛~!!」
こうしてふとした瞬間に思い出しては、クッションに顔をうずめて叫ぶ。
「くそぉ~、き、期待させられたぁ~! ひとりにぃ~!」
てっきり“告白”でもされたと思った。正直、舞い上がりそうだったが……。
『たった一人の友達!』
「う゛ぅ~……!」
───むかつくむかつくむかつくぅ! この
「荒れてるねぇ~」
「うっせぇです」
なぜか居座る“廣井きくり”がおにころを飲みながらケラケラ笑う。
結局、昨日泊まっていったし……気を抜くと住まれそう。
ともかく、この身体ではまだ摂取してないものの、“かつての自分と同じように”酒に飲まれるのも悪くないかなとか思うぐらいに、わりかしメンタルに来ている……勿論怒りよ怒り!
でも、あの友達って一言を聞いた時は……。
「悲しかった、かも……」
「え、なにその乙女な感じかわいいな」
はぁっ!?
◇
「てかネコちゃんさぁ、ぼっちちゃんのこと好きなら自分からいきなよぉ」
恋愛経験ないくせにぃ……よく喋る!
てかネコ言うな。タチちゃんだろ。
「いや、別に私は……ひとりから来たなら別にその、やぶさかでもねぇですけど」
「うわ強情~、でもさぁ、告白された時は嬉しかったんでしょ?」
「告白、じゃなかったですけど……まぁ、嬉しかったというかその、戸惑ったと言うか」
点いているテレビから演者の笑い声が響く。
「なんていうか、ドキドキして、心臓痛くって、それどころじゃ……」
恥ずかしいので、口元ぐらいまでクッションで隠す。
「めっちゃ恋する乙女じゃ~ん! 女の子してるぅ~!」
「してねぇですよ! 乙女じゃないしっ、わ、私はもっとこう、お、男っぽい感じで!」
「宝塚系~?」
目指すとこは厳密に言うと違うけど……。
「そ、そんな感じ……?」
「絶対無理じゃ~ん!」
くそう! ゲラゲラ笑いやがる!
◇
「いやいや、私こう見えて男っぽいところありますからね!」
ネコちゃんがそう言う。
前にぼっちちゃんと山田ちゃんの二人と一緒にこっち来て、御飯を御馳走になった時……エプロンつけてノリノリで『星座になれたら』を口ずさみながら、身体揺らして料理してた姿が思い浮かぶ。
「なんかこう、豪快だったりしますしっ! が、学校とかではちゃんと女の子っぽくはしてますけど、男らしいところが……」
なんなら、そのあと頬杖つきながらぼっちちゃんが御飯食べてるの見て『おいしい?』とか乙女な顔で言ってた気がする。
「……いやいや、めっちゃ雌してる時あるけど」
「めっ!? 言い方ぁ!!」
「良い意味でねぇ~」
「それで良い意味ねぇですよ!」
まぁ“その顔”してる時と言えば、学祭の時とかもあるけど~。
……てかそのおっぱいで“男っぽい”は無理でしょ。
「そもそも、ぼっちちゃんが女の子っぽいねこみちゃんの方が好みだったらどうすんのさぁ~」
答えは一つだろうけど。
「え、あ、いや、それはぁ……」
ほら!
「ほら! って顔しないでくださいよっ!?」
「顔真っ赤じゃ~ん!」
「うぅ~……!!」
ネコちゃんはいじり甲斐があるなぁ、ホントかわいい。
あ、その口元クッションで隠すやつ、好きになっちゃうんでやめてくれる?
◇
「ていうか、ぼっちちゃんはさぁ」
「あ、はい」
多少マシなメンタル状況になったのか、受け答えはちゃんとできるようになったぼっちちゃん。
開店準備を済まして、私達は休憩をしていた。
まぁお姉ちゃんたちも話は聞きたいっぽいし……。
「ねこみちゃんのこと、好きなんじゃないの?」
「へっ!? い、いやっ、だって、わわ、私なんかがっ、ねねね、ねこみちゃんをっ!?」
わかりやすすぎる……いや今までもだったけど。
「わ、わかんない。です……ぁ、で、でもっ、し、自然と口に出ちゃったっていうか……」
「ぐぅっ!」
「店長、私もすぐに逝きます……」
お姉ちゃんとPAさんは死んだ。すさんだ心に
「ごとりちゃん、なのにそんな“訂正”しちゃったのね……」
喜多ちゃん、“それ”最近多いね。いや、今回に限っては妥当ではあるんだけど……。
「大丈夫だよぼっちちゃん。もっとねこみちゃんを信じないと……」
「そうそう、ねこみならしょっちゅうぼっちの前で雌の顔してるし」
「山田言い方ぁ!」
とりあえずリョウにはコブラクラッチをかけておく。
「ねこみちゃん、大事だからっ……その、どうなっちゃうか、わかんなくて……」
「ごひとりちゃん……でも、ねこみちゃんって人気あるわよ? 噂が効いてる内は良いけど、そのうち誰かに取られちゃうかも」
「う゛ッ!」
あ、ぼっちちゃんってしっかり独占欲はあるんだ……。
「わ、私のねこみちゃんがっ……」
いや、“私の”とか言っちゃってるし。
―――ちょっと待てよ!?
「もしかしてこれ、新手の惚気なんじゃ?」
「き、気づいたか虹夏……」
「リョウ、気づいてたの!?」
私の脇から顔を出したリョウ。
「そう、ぼっちもねこみもここから心変わりなんてそうあるわけないし」
「確かに、ちょっと拗れたところでそんな大きくはならないだろうね」
ぼっちちゃんとねこみちゃんだし、二人はお互い好きすぎるし……。
「だから、聴いてあげればそれで……あ、まって、虹夏やばい」
「……ちゃんと二人のこと見てるんだ。リョウ」
ふふっ、少し見直した……かも?
「あ、落ちる。落ちるぅ……!」
◇
めっちゃ弄ってきやがるじゃん、むしろ弄りたい側なのよ
───くそぅ、らしくもねぇ……。
私が恨めしくきくり姐さんを見るが、ギザ歯をのぞかせけらけら笑うのみ。
「まぁ、なにはともあれそれなりに覚悟きめなきゃでしょぉ~君からいくにしろなんにしろさぁ」
「急にまともなこと言わないでくださいよ。姐さんはお酒で逃げるタイプでしょ、むしろ」
そう言うと、変わらず笑う。
「至極真っ当なこと言われちった……まぁその通りなんだけど~」
「それに私はその、そういうんじゃないんで……」
好きか嫌いかで言ったらもちろんひとりのことは好きで、それはたぶん恋愛的な意味だけど……。
ひとりより先にそれを認めたらその、私が向ける好きはあまりに……私の中の“
うぐぅ! らしくねぇ~!
天井を見ながらぐるぐる思考していると、天井が回転グルグル回ってるかのように錯覚して……そんで、グルグルした眼が視界一杯に入る。
「っ!?」
「言っちゃうとさ、ネコちゃん」
私の上に、廣井きくりが覆いかぶさっている。
脳がそれを理解するより早く、きくり姐さんの左手が私の右手首を押さえて、姐さんの右手がクッションを横に転がした。
私は左手で姐さんを押そうとするけれど、力ではかなわない。
「君、もう手遅れだから」
「……へ?」
「音でヤられちゃってるんだよ、ぼっちちゃんのさ……たまにいるんだよねぇ~」
ケラケラ笑うきくりさん。
いやまぁ、覚えはある。あった。でも否定はしている。
だが、それを否定させない物言い。
姐さんの右手が私の頭を撫でて、そのまま耳を撫でた。
「んっ……」
「脳と、耳がさぁ、もうぼっちちゃんのものなんだよ。たぶん否定できないね」
「わ、私がひとりに、そのっ……」
言葉が出てこない。
───男らしくない!
「ここ、で音を感じてるからさぁ……」
姐さんの右手が、私の身体を滑り、下腹部、ヘソの下あたりを押す。
「そんなん……どうしようもなく女の子なんだぜ、ねこみちゃん……?」
「ぁっ……」
グルグルとした瞳に、魅入られそうになる。
「私の音で、上書きしてやろっか?」
「ッ……!」
ひとりがチラつく。初ライブの時、学祭の時、それから───ここでギターを弾いてるひとり。
そしてこの構図のせいで、あの日のことも……。
―――やだ。
◇
「なぁ~んちゃってぇ~」
突然───パッと、視界から姐さんが消え、天井だけになる。
ハッとしてから、荒い呼吸を整えつつ上体を起こす。
ケラケラ笑いながらおにころを吸う姐さんを、精一杯睨みつけた。
この野郎(野郎じゃないよ)……
「なにが女の子だよぉ……私はそういうんじゃ……」
「いやそれはマジね」
「ひぅ……」
くそぉ……。
「ちゃんとそこにいる自分を認めてあげたら、視野も広がるってもんだよ……」
「姐さん……」
「まぁ私はお酒でなんとかしてるんだけどね! 無理無理! 無理なもんは無理! 私が信じるのはお酒だけ!」
そんなこったろうと思いました! くそ、テキトーに適当なこと言いやがって!
「ねこちゃんも大人になったらわかるよぉ~!」
いや、それはわかってるけどね。
酔うという感覚は言葉じゃ表現しづれぇとこありますからね。
うん……記憶飛んだことだって一回や二回じゃないし……今生では失敗しねぇぞ、おし!
「そんじゃ私はここらで退散しよ~」
「あ、今日は帰るんですね」
「そりゃそうよ」
そう言いながら、おにころ片手に立ち上がる姐さん。
「ネコちゃんがバリネコすぎてぇ、“襲わさせられる”かもしれないしぃ~?」
「……ハァッ!?」
なに言ってんだこの酔っ払い! 飲み過ぎじゃボケぇ!
「そんじゃ、ネコちゃん」
そう言うなり、近づいてきた姐さんが……私の頬に唇を軽く当てた。
「じゃねぇ~♪」
「さ、さ……さっさと帰れっ!」
姐さんの背中にクッションをぶつけるも、大して効いた様子もないまま玄関から出て行った。
◇
家に一人の
モヤモヤする……さすがに今日は寝れると思うけどさぁ。
全部、姐さんのせいだ。あとひとり。主にひとり。
「ひとりの、ばかぁ……」
例えば、例えばだが……本当に万が一の可能性として、私からひとりに告白したとしよう。
だが、やはり昨日の例がある。
『あ、そのっ、ご、ごめんなさい。ねこみちゃ、大張さんのことは大事な友達だと思ってるので……』
「……う゛ぅ゛~」
想像したら涙がボロボロ零れてきた。
テレビから聞こえる笑い声、人が泣いてる時に笑ってんじゃねぇよ。
くそぉ、こんなセンチに浸る男じゃなかったでしょうがぁ
あぁもうこういう時なんて言えば良いんだっけかなぁ……!!?
「前が見えねぇ……!」
◇
「す、すきゃっとまん! ち、違うか……あ、あい、あい、あががががっ!」
ぼっちちゃんがバグっている。いつものことだけど……。
「喜多ちゃん、やっぱりぼっちちゃんには荷が重いんじゃ」
「いえ、ごと、ご、ごひとりちゃんはできる娘です!」
キターンとしてるけど、ぼっちちゃんには厳しいと思うなぁ。
告白はおろか練習なんて……。
「ぼっちはぼっちらしくヤればいい」
「……そのハンドサインやめて」
「ロックでしょ」
「いいから」
その“不適切なハンドサイン”を払い落とす。
「郁代に負けないために全方位にコイツを向けるか……」
「喜多ちゃんとなんか勝負してた?」
相変わらずのリョウ。
「大丈夫ひとりちゃん! 貴女ならできるわ! 天才ギタリスト! みんなの人気者! 武道館!」
「ふっ、ふへへへっ、へへへへっ」
もうなんか違う方向に行ってるし……。
「大丈夫かなぁ」
凄い心配なんだけど、大丈夫だとは思いたいけど……。
「虹夏」
「え、なにお姉ちゃん、深刻な顔して」
「……ねこみちゃんとぼっちちゃん、大丈夫だよな?」
えぇ~どんだけあの二人好きなのさ……いや私も思うけど。
「大丈夫でしょ……たぶん」
「たぶんってなんだ!?」
大丈夫、ぼっちちゃんとねこみちゃんだもんね。
「ひとりちゃんは最高! 人間国宝!」
「えへっ、えへへへ!」
だ、大丈夫、かなぁ……?
あとがき
どうしてもシリアスな感じで終わらせたくなくてつい……
まぁこんな感じですが、そろそろ新しい関係になるんだかならないんだか
肝心な時にしか頼りにならない女廣井きくり。ホント好き
ネタを入れつつ、上手いところに収めたいとこですが……
イケメンぼっちを最近書けてないので、次回はきっと
……本編終了後というか
後々の後日談的なのでイケメンぼっち書いたりするのもありかもとか思ったり
それでは、また次回をお楽しみいただければです