ぼっちちゃんを雌にするつもりが雌にされた元男(♀)の話   作:樽薫る

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・2/2話


♯転がる岩、君に朝が降る

 

 あれから、おおよそ二時間後、金沢八景へと帰ってきた私とひとり。

 二人で“いつものように手を繋いでる”けど、“いつもと違う繋ぎ方”で、そのまま私のアパートの部屋の前までやってきた。

 わざわざ私を送っていくのは日課的なことではあるけど……。

 

 ―――この時点で間違ってるんじゃ……?

 

 いやいや、外見が美少女なんだからしょうがないね! うん!

 

 ……うっ、もしや私って女の子扱いされ慣れすぎてるんじゃ……お、(オレ)の中の男もっと頑張れっ!

 

「それじゃ、ねこみちゃん……」

「あっ、え……」

 

 空いている左手で鍵を開けるなり、ひとりがそう言うので思わずそちらを見る。

 

 ───それもそうだよ、ね。

 

 家についたのだから……送ってくれたんだから「さよなら」が当然なわけで、何度も何度もそれはしてきたわけで……。

 でも、繋いでいた手、絡めていた指の力が緩くなるのを感じて、思わず私はひとりの手を強く握る。

 自分でも驚きつつも、熱くなる顔をそのままにひとりへと視線を向けてみれば、少し驚いた顔をしていた。

 

 

「え、ねこみ、ちゃん……?」

 

 

 ―――頑張れ(オレ)! 男だろ!

 

 

「あ、いやっ、そのっ……きょ、今日は、一緒が……いいなって……」

 

 

 ―――あ、ダメだこれ。

 

 

 

 

 帰り際、ねこみちゃんの住むアパートの部屋の前。

 後藤ひとり(わたし)は、とても名残惜しいけれど……「さよなら」をしようとした。

 

 だけど、手が離れない。離してくれない……“私のねこみちゃん”が、私の左手を離さない。

 電車の中からずっと握っていた右手の指に、ぎゅっと力が込められる……。

 

 思わずねこみちゃんを見れば、ねこみちゃんは真っ赤な顔で、空いた左手で口元を隠しながら、眼を逸らしたり、眼を合わせたり……。

 

 ねこみちゃんは、本当にかわいい女の子だ。

 軽い小さな仕草ひとつひとつが、私よりもずっと“女の子”なんだなって思わせる。

 

「ねこみ、ちゃん……?」

 

 首元の“痕”が視界に入る度に、形が崩れて内側から破裂しそうなぐらいにドキドキして、身体が熱くなる。

 

 私らしくないけど、抱きしめたいとか、守ってあげたいって……思って……。

 

 今にもどうにかなってしまいそうな、そんな私の気も知らないで、ねこみちゃんは“女の子らしい(カワイイ)”仕草を続けたまま、意を決したかのように目を閉じて、搾り出すような声で、言う。

 

「あ、いやっ、そのっ……きょ、今日は、一緒が……いいなって……」

 

 近頃のねこみちゃんは、本当にすごい……。

 今までの私が、どんどん私じゃなくなっちゃうみたいな、そんな気持ちにさせてくれる。

 ねこみちゃんは受け身的だけれど……それでも、こんな私でも、踏み出していいんだって……思わせてくれる。

 私をそっちへ“迎えて”くれる……。

 

「ねこみちゃん……」

「へひゃっ、ややや、やっぱ、だ、ダメ、だよね急にっ!?」

 

 ねこみちゃんが手を離そうとするので、今度は私は強く握った。

 力はほとんど込めてないけど、ねこみちゃんはほとんど抵抗もしないまま、そのままで……。

 

「そ、その……い、いい、の?」

「うん、ねこみちゃんが……それが、いいなら……」

 

 

 ねこみちゃんが、それを望むなら。

 

 ────なんて、こういうときに、そんな言葉が思っても言えないのは少し情けないけど……それでも、そんな私と一緒にいたいって言ってくれるねこみちゃん。

 私でこんなに“期待しちゃう”んだから、ほかの人はもっと期待しちゃうと思う。

 だから私は、そのまま手を握りしめた。

 

「一緒が、いい……」

 

 赤い顔でそう言うねこみちゃんは、モジモジしながら、左手でドアを開いた。

 

 前に来た時と変わりない“いつも通り”のねこみちゃんの部屋。

 でも、いつもと違うねこみちゃんと、いつもと違う私。

 

 薄暗い玄関に入る。後ろでドアが閉まれば、私は鍵をかけておく。

 

 静かな玄関で、どちらともなくそっと手を離した。

 

「……その、ひとり……」

 

 胸に手を当てて、ねこみちゃんが深呼吸する。

 すぐに眼が慣れたおかげでそんな逐一の挙動が可愛く見えて、思わず笑うけど……大丈夫かな、変な笑い方してないかな……?

 

 それも杞憂だったみたいで、ねこみちゃんは真っ直ぐ私をみてから、やはり言い淀んでるみたいにモジモジとする。

 少し横を向くねこみちゃんの首が見えて、そこにはやっぱり“赤い痕”があって……。

 

 ―――あ、だめだ。

 

「お、おれっ……あ、じゃなくて……」

「ねこみ、ちゃん……」

「ひゃっ!?」

 

 思わず、抱きしめる。

 半年前なら、とてもできなかったことだろうけど……今はできる。

 ねこみちゃんが、そうさせる。

 

「ひっ、ひとりっ……♡」

「沢山、手、握って……いい?」

「う、うんっ……♡」

「沢山、抱きしめても、いい……?」

「は、はぃっ……」

「沢山……私のって、して良い……?」

 

 ねこみちゃんの両手が、私の背中に回った。

 

「う、うんっ、沢山……ひとりのって“(シルシ)”、つけて……?」

 

 ギュッと、力が込められる。

 

「わ、(わたし)はっ、ひとりの……だからっ」

「ねこみちゃん、かわいい……かわいぃ……」

 

 その首の既につけられた“()”に、舌を伸ばす。

 

「ひゃっ……♡」

 

 ねこみちゃんは凄い……どんどん“世界(わたし)”を塗り替えていく。

 

「ねこみちゃん……」

「ひとりぃ……♡」

 

 少し顔を離せば、熱っぽい潤んだ瞳が私を見つめていた。

 色々なことを教えてくれたねこみちゃん、まだ私に教えてくれるねこみちゃん。

 同じ歳なのに、大人だなって思うことも多いけど……こういうところを見ると、やっぱり私と同じ歳の女の子なんだなって思う。

 

 そんなとこを、ねこみちゃんも“一緒”なんだって思うところを見せられると、欲が出る。

 私は根暗で引っ込み思案の陰キャだけど、ねこみちゃんが相手だと欲が出てしまう。

 

 それもきっと、ねこみちゃんの凄いところだ。10年以上一緒にいても、そう思う。

 

 私も、“世界(ねこみちゃん)”を塗り替えたいなんて、大逸れたことを願ってしまう……。

 

「私の、ねこみちゃん……」

「ひとりぃ、離さ、ないでっ……」

 

 坂道を転がるように、もう───止まらない。

 

 

 

 

 朝日で、(オレ)の眼が覚める。

 

 カーテンの隙間から差し込む朝日に顔をしかめていると、ふとシーツの感覚がいつもと違うことに気づく。

 

 ―――って!!?

 

「っ!」

 

 バッ、と起き上がると身体の倦怠感が凄いことに気づく。

 そして隣に違和感、まぁもちろん昨日の記憶を丁寧に掘り返していけばわからないわけもない。

 見慣れたピンク色の髪とあどけない寝顔。

 

 いつでも泊まれるように“うちに置いてある”寝巻用のシャツを着たひとりがそこにはいて……。

 

「なんで私だけ、下着っ……」

 

 別に“世間一般”で言う“一線を越えたわけではない”が、ある意味“一線は超えた”のかもしれない……。

 明らかに、お互いの気持ちはお互い理解したわけで、私はもちろん、ひとりも……。

 

 ―――え、これで違いますとかないよね?

 

 そうなればとんだ独り相撲だが、ひとりに限ってそれはない。

 最近、わからないことなんかも増えてきた気もするけれど、それとこれとは別だ。

 にしても、胸元なんかを見れば“痕”がいくつか見える。

 

「……学校なくてよかったぁ」

 

 体育があろうものなら大惨事……まぁどうにでも言い訳のしようはあるけどさ。

 

「というか、くぅっ……!」

 

 ―――男としてリードもなにもできてないっ。いや別に“マジで”しちゃいないけど! ただその、色々とね!

 

 でも下着姿でこんな痕つけられまくったら、それはもうヤってるんでは?

 

 ……違うか。違うかもしれない。たぶん違うでしょう。

 もしこれが“そう”なのだとしたら、私はまんまと後手に回ったことに……。

 

「いやいや、これからこれから、まだちゃんと告白もしてないしされてないし、本当に“する”時は全然リードするしっ……!」

 

 ―――(オレ)は男だぞ男! つまりは攻め(タチ)であるからに!

 

 まだ心までは女の子になったつもりはない。

 まぁ、世間の目があるから仕方なく女の子やってるだけで……だけどまぁ。

 

「カワイイ下着でよかったぁ……ひとりも褒めてくれたしぃ、えへへっ……♪」

 

 ―――えへへ、じゃねぇわ! 男だっつってんだろ! 教えはどうなったんだ教えは!

 

「くそぉ、ひとりめぇ……」

 

 恨み節、と思ったところで、ふと昨晩のことを思い出す。

 ベッドの上で、私の上に覆いかぶさるひとり、“あの眼”を“あの声”を“あの表情”を……。

 

 

『ねこみちゃん、綺麗……』

『ねこみちゃんのその声、好き、だよ』

『もっと見せて、聞かせて、ねこみちゃん……』

 

 

「~~~っ♡」

 

 アイツが私の名前を呼ぶ度に、頭にスパークが奔る感覚。背筋を走るゾクゾクとした感覚。臍の下の疼き。もう、わけがわからなかった。

 それに“あれ以上”があるんだから、私はどうなってしまうんだか……。

 

「って、だからそうじゃないだろぉ、(オレ)ぇ……」

 

 頭を振るえば、私の銀色の髪が舞う。

 

「ふがっ……!?」

「あ……」

 

 それがひとりの顔をかすめたようで、隣のひとりが呻きながらそっと目を開いた。

 可愛い声だけど、なんか違うんだよなぁひとりのやつ。

 私の隣で上体を起こしたひとり。

 

「ねこみ、ちゃん……」

 

 ぼけっとしてる様も、なんだか愛おしい……。

 

「ふふっ……おはよ」

 

 

 

 

 ふわりとしたなにかが顔に当たって、眼が覚めた。

 それと同時に“ねこみちゃん”の良い匂いがして、視線の先には朝日で輝く銀色……。

 

 ───あ、ねこみちゃん。

 

 なんとなく、ぼんやりと昨日のことを思いだしていく。

 泊まったのと……。

 

「ねこみ、ちゃん……」

 

 上体を起こして、ねこみちゃんをしっかりと見れば、ねこみちゃんは可愛らしく笑った。

 

「ふふっ……おはよ」

 

 ―――ねこみちゃんのそんな笑顔を見ると、憂鬱な一日の始まりが、すごく輝いて思える。

 

「お腹すいたね、御飯でも作ろうっか?」

 

 膝を抱えて座るねこみちゃんがそう言うので、私は返答を考えようとする……けれど、それよりもねこみちゃんの格好でさらに鮮明に昨日のことを思いだしていく。

 下着姿のねこみちゃん、首にも胸元にも赤い痕が“いくつも”あって……“宣言通り”沢山の“痕”をつけて、さすがの私でも“その先”に行くんだと思って、たんだけど……記憶が飛んでる。

 

 ───あ、たぶん気絶したか破裂したか液体化した……。

 

 そう、耐えられなかった。

 

「ごごごごっ、ごめんねねこみちゃんっ!」

「へっ!? あ、いやその……べ、別にっ!?」

 

 自爆しちゃった……へ、変な顔で変な液体吐いたりしてなかったかな……。

 

 ねこみちゃんが膝の上に顔を乗せて、私の方を見る。

 少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、“他の人には見せない”拗ねたような表情。

 

「その……もうちょっと、がんばれよっ……私相手なんだら、ちょっと慣れてても……」

「あ、うん……そ、それじゃあこれから、なっ、慣れるためにっ……ま、毎週末、わ、私泊まろうかなぁっ!?」

「ま、まいっ!?」

 

 あ、さすがに図々しい……?

 

「そそそっ、そのっ、ごご、ごめんなさっ」

 

 そ、そうだよね! そもそもちゃんと、す、す、す……こ、言葉にしてないし!

 こ、こいびっ、こっ、こっ……お、おつきあ、お付き合いも、正式にしてない、わけだしっ!?

 

「べ、別に良いけどぉっ!?」

「え……い、いいの?」

「いいけど!?」

 

 

 

 

「あ、うん……そ、それじゃあこれからま、毎週末、わ、私泊まるからっ!」

「ま、まいっ!?」

 

 ―――いいわけないじゃん!

 

 昨日の時点で体力はかなりヤバかった。

 ただ“痕”をつけられていただけにも関わらず、だ。

 

 絶対死ぬ。なんだかんだコイツ、運動オンチの癖にギターを弾き続けるぐらいの体力をもってやがるし……。

 非力で運動オンチの挙句、体力もクソザコナメクジの私では……。

 

「そそそっ、そのっ、ごご、ごめんなさっ」

 

 ―――じゃないっ、こんなんだから男らしくいられないんでは!?

 

「べ、別に良いけどぉっ!?」

 

 ───オッケー出しちゃった……。

 

「え……い、いいの?」

「いいけど!?」

 

 あぁもう、私のバカぁ……。

 

 い、いやこっから大逆転すればいいだけだしっ、総受け(当社比)のひとりにこの“攻め(バリタチ)”要素しかないスタイル抜群長身美少女(中身は男)の“大張ねこみ(バリネコ)”が負けるわけねぇしっ!

 

「えっと、が、頑張り、ます……」

「あ、うん、その……はい……」

 

 

 

 

 あ、あまり私自身、私に期待はしてないけど……それでも、ショックだ。

 せっかく、ねこみちゃんも“受け入れてくれる表情”をしてたのに……。

 

 ねこみちゃんと同じように三角座りをして、膝に顔を乗せながらねこみちゃんの方を向く。

 そちらを見れば、もちろんねこみちゃんが私と同じようにしていて、綺麗な瞳で私を見ている。

 

 ねこみちゃんに触れることすら、慣れが必要なんて……でも、ま、毎週末、そのっ……ね、ねこみちゃんに触れるのに、な、慣れていくわけで、その……毎週末、ねこみちゃんを、好きに触っていいなんて……。

 

 う゛っ! ま、まずいっ……い、意識がっ!

 

「ひ、ひとり?」

「だ、大丈夫大丈夫……!」

 

 というより、ねこみちゃんの下着姿……それも心臓に悪いんだよ……?

 

 

 

 

 まぁ、なにはともあれ結果的にはその、(オレ)の思惑通りというか……。

 本来ならもっとこう、ひとりをメロメロにして依存させてやるつもりだったんだけど、計画が狂った。

 計画なんて大層なもの立ててもないが……まぁその、私も普通に、好き、なわけで……。

 

 ―――だが私はまだ諦めてないぞ! 私のスパダリパワーで下北のツチノコを雌顔にしてやらぁ!

 

「ふふっ♪」

「ねこみちゃん、やっぱりかわいいなぁ」

 

 はぁっ!!?

 

「っ~♡ きゅ、急にそういうこと、言うなってぇ……」

「だって、女の子って感じの表情、してたから……」

 

 ―――誰が雌顔だ!? あ、いやそこまでは言ってないね。うん。

 

「たく……」

 

 てか朝飯だろっ!

 ふふふ、スパダリとして朝食ぐらい作ってやらなきゃな。

 あと洗濯機回して、昼過ぎからはバイトだからSTARRY……その前にひとりと後藤家に戻っとくか。

 スケジュール管理もバッチリ、これは良妻賢母……じゃなくてなんていうんだ。

 

 うん、なにはともあれ私はスパダリってことで!

 

 

 

 

 コロコロ表情が変わるねこみちゃんを見てると、なんだか胸があったかくなる。

 色々考えてるんだろうけど、そんなねこみちゃんはたぶん“私だけのねこみちゃん”で……。

 勝手に顔がへらっと崩れる。

 

「ん、なに笑ってんのさ?」

「ううん」

 

 なんだか、凄い新鮮な気持ちで……。

 

 いつもの朝だけど、全く知らない朝。

 

「……ま、なんでもいいけどさぁ」

 

 大きく背を伸ばすねこみちゃん……私には、ちょっと刺激的だ。

 

「ん、朝ご飯、すぐに作るから……期待しといてねっ♪」

「あ、うん……!」

 

 

 暗く狭いのが好きだったこんな私に───新しい、朝がやってきた(降る)

 

 







あとがき

ちょっとおセンシティブですが、最終章なので多少はね?
ヤッてないのでセーフ! 一晩中接触してたようですが
そして諦めないねこみ。不屈の女……ただし毎回雌堕ちさせられる

まぁまだ、形式上は付き合ってない等と申しており……

とりあえず最終章って感じで、あと二話か三話ほどで終わりです
その後は蛇足を少々……どのぐらい書くかは気分次第で

では、次回もお楽しみいただければです

あと感想等いただければ承認欲求モンスターが喜びますので是非~

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