ぼっちちゃんを雌にするつもりが雌にされた元男(♀)の話 作:樽薫る
っ、はぁ~っ! し、心臓が痛いっ!
なんで、なんで……なんでこの“
ぬぅ、
……いや、ひとりはそういう枠に収まる女じゃないよなぁ。
「えっと確かバリネ……バリ、ねこみちゃん?」
「あ、大張です。大張ねこみ」
至って冷静に、私は最前列でかち合った『伊地知星歌』さんにそう答える。
まぁ、最前列に行けばいるのはわかってたけど、ていうかもう一人いなかったっけ? なんて思ってたら、背後からアルコール。
「お~ネコちゃぁん~」
「大張ねこみです。ねこみで良いです」
タチなのにネコとはこれいかにって感じだな……フッ。
てか、生の星歌さんもきくりさんもかわいいなぁオイ!
「んふ~それじゃねこみちゃんでぇ~……おっぱい大きいね」
「学祭でセクハラはヤバいですよ」
「冗談じゃぁん、ねぇ先輩~」
「うぜぇ……」
酒くさっ! 酒くさぁッ! なんとかしてくださいよ星歌さぁん!
『続いては結束バンドのみなさんです!』
「お、きた……」
アナウンスと共に、上げられる幕、現れるのは―――ご存知、結束バンド。
「きゃー! きたちゃーん!」
「やまださんカッコいいー!」
「にじかちゃん、かわいー!」
昨日のメイド喫茶効果出てんなぁ……ひとりも応援しろひとりも! と言いたいとこだが、そうだね。ないね。
まぁ、昨日理解したがここは―――アニメ時空だ。
「おねえちゃーん!」
「ひとりー!」
後藤家……しょっちゅう会ってるし、あとで挨拶すれば良いか……。
「ひとりちゃーん!」
「きたよー!」
ひとりのファン1号さんと2号さん……どうやって知ったん? まぁ良いけど。
ひとりも嬉しそうな顔しちゃってまぁ……この後の展開、識ってるけどね
「あはは~ぼっちちゃーん! みてみてー今日は特別にカップ酒~!」
そう、きくりお姉さんである。
周囲ドン引きである……オイ、私と肩を組むな。学年じゃ確固たる地位を築いてる私のイメージを崩す気か!?
やめれっ! まじでっ、私の知り合いだと思われるからっ! 『スタイル抜群長身美少女』たる
おいぼっちなんとか、って目ぇ逸らすとこだろなんでビックリした顔でこっち見てんだオイ!?
「ぼっちちゃん! きくりお姉さんだよ~!」
「店長さん!」
「お前はいいかげんにしとけ……!」
流石っす星歌さん、これが本当の瞬獄殺……きくりさん、成仏しろよ。
喜多ちゃんが代表として話を始める。
極められてるきくりさんと極めてる星歌さんと他人のふりをしつつ、私はひとりと視線を合わせた。なんだか妙な視線に感じるが……緊張してるんだろう。
しょうがねぇ……。
「ひとり……!」
声が聞こえないだろうから、私は唇をハッキリと動かす。
「……!」
コクリ、と頷くひとりを見て、少し安心。
喜多ちゃんが結束バンドについての話をして、すぐに始める。
一曲目……ひとりなりの、青春を綴った歌詞。
「ん~……♪」
中途半端に温められていた会場のボルテージを一気に引き上げる演奏。
軽音部などと比べれば圧倒的……まぁひとりが本調子を出せればさらに、とも思うんだけどなぁ……こればっかりはそういうもんだと思うしかないだろう。
横目できくりさんの方を向けば、浮かない表情をしている辺り、やはり音楽に関しては信用できる。さすがだ……。
かなりの盛り上がりを見せたまま、一曲目を終える。
「わりと頑張ってんな」
「ですねぇ……でも、ぼっちちゃん」
「あ?」
このあと、なぁ……。
心臓辺りがチクリと痛む感覚。やだなぁ……いや、結果的には良いんだけどさぁ。
MCが始まり、喜多ちゃん、そして虹夏ちゃん、じゃなくて虹夏さんが結束バンドについてさらに紹介、それから……。
「では、続いて二曲目なんですが……」
アレか……あ~ひとりぃ、喜多ちゃんに本人宛みたいな曲歌わせるなんてとんでもないことするよなぁ……。
ぼ喜多は最大手だからなぁ、他のカップリングも好きだけど、この世界線じゃ
い、いやいや、まだ諦めるな。ままままだ、あわわわ、慌てるような時間じゃない……!
「んぁ……?」
てか喜多ちゃん目ぇあったけど、なんで赤い顔してんの? てか虹夏ちゃん、さんも赤いじゃん。
私の方見てる? んだぁ!? ひとりと散々一緒にいるのに、喜多ちゃん歌詞かかれた
そうです。哀れな男です……。
「そういうことかぁ……へぇ、ぼっちちゃんやるなぁ」
「なんっすか……」
きくりお姉さんがこっちを見て、ギザ歯を覗かせながら笑う。
……脳を破壊された者を笑うんじゃあないよ!?
「にしても……ずっとチューニング安定しないなぁ」
そうだね。そうなんですよ……。
「聞いてください『星座になれたら』……!」
いい曲だよなぁ。
しかしまぁ、今は私の脳を破壊する兵器なわけだが……。
『いいな 君は みんなから愛されて 「いいや 僕は ずっと一人きりさ」』
あれ、なんか引っかかる……いや、それより。
ひとりのギター、一弦が切れる。
「……一弦がっ」
わざとらしくないように呟きつつ、横目で確認すれば、星歌さんときくりさんが表情を硬くしていた。
膝を突いたひとりがチューニングを合わせようとするが、ペグも故障。私だってこの後の展開はわかっているから心の中は冷静だ……。
冷静のはずだ。冷静でなくてはおかしい。
「……ッ!」
「あっ、ひ、とり……っ」
焦るような、絶望するようなひとりを見て、喉が渇く、胸の奥が苦しくなる。
たぶん私の胸にドデカイクッションがなければバクバク音が鳴っていたと思うぐらい、動悸が激しくなっていく。
なんでかはわからない。全部知ってる。知ってたはずだ……。
でも、ひとりのそんな顔を見るのが凄く……。
「ッ!!」
瞬間、喜多ちゃんがひとりをカバーするようにギターを弾く。
やっぱ喜多ちゃん、できる娘だよなぁ。ひとりのこと、しっかり支えられてさぁ……。
今度は、胸がモヤモヤしてくる。今までなかった感覚、ずっとひとりといたのに、今までは一度も……。
◇ ◇ ◇
後藤さんの機材トラブル、でもきっと大丈夫、後藤さんは大丈夫!
そう信じて、
リョウ先輩も伊地知先輩も、支えてくれる。
だから後藤さん、みんなに見せてよ。本当は……後藤さんが凄くかっこいいんだってところ!
「ッ!」
それに、後藤さんも見せたいでしょ……?
今、不安そうにしてるあの娘に、カッコいいところを!
◇ ◇ ◇
ひとりが、きくりさんの飲んでいたワンカップを拾う。
ソイツで弦を押さえながら、ひとりはチューニングの合わないギターを弾く。
そんな様子に、識っていたにも関わらず、
「ボトルネック奏法……っ」
「おっ、知ってるねぇねこちゃん~。あれならチューニングずれてても関係ないもんね」
いや、“ぼざろ”でしか知らないんだけどね私……。
「この土壇場でとか、普通やるか? すげーな……」
「私がお酒飲んでたら、たまにはいいことあるでしょ~?」
―――あっ。
ヤバい……ひとりの、あの目……。
ギターから、目を離さないはずのひとりがっ……なんで、こういうときに限って、眼、合うんだよっ。
「ん、ぼっちちゃんの眼が……あ、なるほどねぇ♪」
視界がチカチカと点滅して、脳がおかしくなるみたいな感覚。
初ライブの時を思い出すような“異常”事態。
お腹の、おへその下、でもっと内側が、おかしな疼き方をする……脳が甘い痺れを感じて、その甘い感覚は下腹部から全身を伝う。
「はぁ……ぁ♡」
あッ、またっ……お腹の下、内側っ、きゅぅって……あ゛ぁ゛っ♡
「……ははぁん♪」
「なっ、に、見て、んっ……ですかぁっ……ふーっ♡」
きくりさんが私を見て口角を上げた。全て“理解している”と言う風に……。
「なんでもぉ、良い音だなぁと思って……身体の内側に響くような、さ~♪」
そう言いながら、ひとりに視線を戻すきくりさん。私はそれどころじゃあない。
―――音が、響くっ……。
ひとりの音に、内側から征服されるかのような錯覚をおぼえ、ひとりと眼が合う度に、音が響く度に、チカチカと視界が点滅し、その度に
経験したことのない感覚、だけど似たような“快感”は知っている。
―――え、いや、違うっ、そんなん、じゃあっ、なぃ……♡
「 遥か彼方 僕らは出会ってしまった 」
ひとりがワンカップを置いて、早弾きが収まり、私の中の“ソレ”も収まりはじめるも、ジワァッと内側から滲むような感覚は収まらない。
瞳に涙が浮かび、視界が曇っているけれど、構わずひとりを見つめる。
ひとりはいつも通り俯き、ギターに視線をやりながら弾く。
「はぁっ、ふぅっ……んっ」
「 カルマだから 何度も出会ってしまうよ 雲の隙間で 」
なっ、なんで、また……目ぇ、合わせてくんだよぉっ。
「 君と集まって星座になれたら 」
ひとりの唇が、動いてる……?
喜多ちゃんが歌うひとりの
まさかの“あのひとり”が、だ。喜多ちゃんのことを、連想させるはずの歌……。
そのはず……なのに、ひとりの視線が
「 夜広げて 描こう絵空事 」
お、落ち着けっ、落ち着けっ! おかしいおかしい! 私は違うだろっ!
「 暗闇を 照らすような 満月じゃなくても 」
いつも通り、いつも通りに戻れっ……
「 だから集まって星座になりたい 色とりどりの光 放つような 」
ひとりに“
「 繋いだ線 解かないよ 」
ひとりっ……ずっと視線んっ、なんでこっちにぃ……うぁ♡
「 君がどんなに 眩しくても 」
唇だけで歌いきって、ひとりは
切れ長の眼で……眩しい笑顔ではないけれど、確かに“初ライブのあの日”に浮かべたのと同じような、笑み。
ひとりが浮かべた汗をそのままに、私を見ている。
喜多ちゃんとリョウさんが虹夏ちゃんの方を向く。
「ひ、とり……っ♡」
―――やだっ……目、逸らさないでっ。
届かない
◇ ◇ ◇
や……やれたっ、やりきった……。
お姉さんや、喜多さんや、虹夏ちゃんやリョウさんのおかげで……。
「はぁっ、はぁっ……」
それに、ねこみちゃんがいてくれたから……ねこみちゃんがいてくれるから……っ。
こんなに慣れない環境でも、大勢の中でも、ねこみちゃんがいれば、なんとでもなる。
ねこみちゃんがいれば……そしたら、いつもできることができて、いつもできないこともできるんだっ……。
虹夏ちゃんが感謝の言葉を伝えれば、体育館に声援が巻き上がる。その中には……。
「ご……なんとかさんも良かったぞー!」
「弦切れたのに頑張ったねー!」
わ、私……? 私、褒められてる……?
「あ……」
戸惑いながら、ねこみちゃんの方を向こうとしたけど、それより先に喜多さんが私に近づいてくることに気づく。
えっ、どど、どうしてっ……な、なんでマイクっ、うっえっ、え゛ぇ゛!?
「ほら後藤さん、一言くらいなにか言わなきゃ!」
えっあっ、コミュ症は事前に台本作っとかないと喋れないのに予想外のふりされたら……。
なっ、なにか面白いこと、面白いこと……!
あ、お酒のカップ……あっ、ダイブ!!
「よし……!」
私はギターを降ろして、両手を広げて踏み出す。
「ひとりステイ!」
「あっえっ?」
突然、目の前に上がってくるねこみちゃん。
確かに―――なにやろうとしてるんだろう私っ!!
あっ、ありがとうねこみちゃん……ね、ねこみちゃんがいなかったら私、また黒歴史を……。
あ、ねこみちゃん、足元にカップ酒が……あっ!
「へっ?」
「ねこみちゃっ……!」
落ちてたカップ酒を踏んで、ねこみちゃんが体勢を崩す。
宙を舞うカップ酒、私の方へと倒れてくるねこみちゃん。
私は支えなきゃと、体勢を崩すねこみちゃんの手を掴んで、思い切り引く。
「ひゃっ」
「ぬっ!」
自分でも可愛くないなと思う声を出しながら、引き寄せたねこみちゃんをしっかりと胸に抱く……。
ねこみちゃんの背中に左手を、右手はねこみちゃんの後頭部を支えるようにしている
―――な、なんてことしてっ、わわ、私っ!!? みみみ、みんなの人気者っ、ね、ねこみちゃんを!?
「ひ、ひとりぃ……」
前のめりになっているねこみちゃんは私より頭の位置が低くなっていて……びっくりしたからか、少し涙目で私を見上げる。
なんだか、変な感じがした。背中がムズムズするような。
そんな、私の“何か”を刺激するねこみちゃんを間近で見てると……。
―――あ、ねこみちゃん、まつ毛なが、肌綺麗、眼も、髪も……。
「ひとりちゃんカップが!」
―――え?
◇ ◇ ◇
結局、ひとりのダイブを阻止してしまった。
あれが必要だったのかはわからないけど、あれが不必要かもわからないから、させるつもりだったんだけど、今の
だから、身体の気怠さとかを跳ね飛ばして、檀上に無理矢理上がって止めた、んだけど……。
―――自分が運動神経悪いの忘れてた……いや、カップ酒が落ちてるのは違うと思うけどな!
ともあれ、結局こけて、逆にひとりに助けられた。
―――私の腕を掴んで引いて……その胸に……あぅっ♡ ひとりの手、力強くてっ♡ 私を見下ろすひとりが、その、すごい、かっ……。
……ハッ!!? か、かわいかった! かわいかったからだ。うん!
だからつい、ちょっと“妙な場所”が疼いても、それは普通で……っ。
「ひとりちゃん、カップが!」
―――え?
「うぐぅっ……!」
私が飛ばしたカップが、ひとりの後頭部にぶつかるのが見えた。
そしてそれと共に、ひとりの顔が近づいてきて……。
―――顔近っ、あ、ひとりってまつげ長っ、目も綺麗で、それで……。
「んっ!!?」
「んむぅ……♡」
私の視界がひとりで一杯になって、それと一緒に、唇に柔らかな感覚。
会場全体の黄色い歓声が、どこか遠くに聞こえてくる。
きくりさんがゲラゲラ笑い、山田が『お前がロックスターだ!』とかなんとか言っていて、虹夏ちゃんが驚嘆の声を上げて、喜多ちゃんは興奮したようにはしゃいでた。
私とひとりは、驚愕に少し固まるも、先に顔を離したのはひとりで、眼がぐるぐるしているあたりヤバいのは理解する。
私もヤバい、顔が熱い、ううん……全身が熱い。
どうするのこれ、こんな大勢の前で……人生二周目で黒歴史つくるなんてある?
……いや、黒歴史じゃ、ない、けど……っ。
ひとりの顔が離れる。唇に触れていた感触が遠ざかるのに、心のどこかでなにか引っかかりをおぼえる。
「へ、へへっ……」
「な、に笑ってんのっ……♡」
私の声が、私の声じゃないみたいに甘い。
……いや、おかしいでしょ!? 絶対おかしいってぇ!!
「あっう……ご、ごめんなさいっ、でも……」
「で、でも……?」
後頭部に添えられていた手が、そのまま私を撫でる……。
―――やめろ、ばかっ♡ 撫でるなぁっ♡
「ねこみちゃん……かわ、いい、なって……」
「ひゃぅっ♡」
ボソッと呟くように言われた言葉に、私の全身がさらに熱を上げる。まるで高熱にうなされるが如く、私の内側から熱い感覚が呼び起されて、私の下腹部、中がキューって変な感覚に陥っていく。
言葉を発しようにも、なにも出てこない。
たぶん、ひとりも錯乱してて状況を上手く理解できてない……暴走してる。だからこんなこと言うんだ。
「やっぱネコだったねぇ♪」
―――っ!!!?
「ふっ、ふざけっ、わ、わた、お、
「ねこみちゃん、かわいぃ……」
「にゃぁっ……~~~ッッッ♡」
ふ、ふざけんなっ、
だからっ、こんな風にひとりにリードされてたまるかっ、こんなんじゃ私がまるで“普通の女の子”みたいじゃぁ……!
ひとりは総受けなんだからっ、わ、私は攻めでっ、ひ、ひとりは私に依存してっ、離れられないぐらいにしてっ……ひゃっ、な、撫でんなぁっ♡
わ、
その後、観客たちは(一部を除いて)二人がなにを話しているかもわからなかったので、ねこみの名誉は守られた模様
そしてひとりは状況を理解したあとぶっ倒れて原作通り
でも、事故チューしてしまったのは見られたのでひとりはやっぱり「ヤベー奴」
あとがき
本来はこれでこの短編は終わらす予定だったんですが、続くので結末を変えたり
あと最低でも二話ぐらいは投下する予定です
……ねこみ、これ以上続けたらヤバそうですが
モチベによってはもうちょっと続くかもです
もしも交際成功したら~みたいな、もしも系のお話とか
話自体は素直に続けると、原作のネタバレになるのでたぶんオリジナルみたいなのになります
沢山のお気に入り登録も評価も感想も、ありがとうございます
まさかこんなに頂けると思わず、舞い上がりました
では、拙いものの次回もお楽しみいただければと思います