ぼっちちゃんを雌にするつもりが雌にされた元男(♀)の話   作:樽薫る

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今回は(たぶん)しっとりした話(のはず)です
ちょっとおセンシティブな気もする

次回はいつも通りなはず


♯くちびる

 

 

 二人がいるには狭い“ソコ”で、“後藤ひとり(わたし)”は、私の下にいるねこみちゃんを見下ろしていた。

 私の左手はねこみちゃんの右手を押さえる形になっていて、私の右手はねこみちゃんの顔の横、床についている。

 私はねこみちゃんの足の間に入るような形になっていて、たぶんねこみちゃんは私が退かないとまず動けない状態。

 

 そんな“無防備な”ねこみちゃんが、私の名前を呼ぶ……。

 

「ひ、とり……っ」

「ねこみちゃん……」

 

 潤んだ瞳、上気した顔で私を見上げるねこみちゃん。

 吐息がかかるような距離で……。

 

 ―――あれ、こんなに、近かったかな……。

 

「ひ、ひとりっ、ち、かぃ……は、ぁっ♡」

「ねこみちゃんっ……」

 

 良い香り、脳が痺れるみたいな……。

 

 目の前にねこみちゃんの綺麗な顔、広がる銀色……私の、私だけの景色、私の……。

 

「私の、ねこみちゃん……っ」

「っ……ぁぅ、んっ」

 

 少しだけ戸惑うような表情をしたねこみちゃん。真っ赤な顔で、荒い呼吸で、潤んだ瞳で私を覗き込む。そんなねこみちゃんを見てると、なんだか胸の奥がキュゥって締め付けられるような感覚を覚えて、でもそれと一緒に、もっと見たいって思いも溢れて……。

 

「だ、めぇ……♡」

「あ、ご、ごめん……」

 

 ねこみちゃんの言葉でハッとした私は、離れようと、ねこみちゃんの右腕を掴んでしまっていた左手を離す。

 なのに、ねこみちゃんの右手が、私の左手を握った。

 

「ねこみ、ちゃん……?」

 

 私の手を握るねこみちゃんの手、指と指を絡める。恋人同士みたいな手の繋ぎ方。

 

「ダメじゃ、ないの……?」

 

 なんだか弱々しいねこみちゃんに、そっと聞く。

 

「ぅう……っ」

 

 ねこみちゃんはなにか葛藤するような様子を見せてから……眼を閉じて、口も閉じた。

 

 まるで、構わないと、私を受け入れるように―――。

 

 ピンク色の瑞々しい口唇。私は、そこに引き寄せられて……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 今日は『STARRY』でのバイトも休みで予定もない。ということで(オレ)大張(おおばり)ねこみは後藤家へとお邪魔していた。

 顔はちょくちょく出しているのでそれほど物珍しくもないはずだが、しっかりとお邪魔するのは二週間ぶりのことなので、美智代さんには思ったより喜ばれて……両親が滅多に帰ってこない私としては、やはりこういうのは思うところがある。

 ふたりは今は幼稚園だそうで、帰ってくるのはもう少ししてからだそうだ。

 

 ともあれ……。

 

「ひとりちゃん寝てるから、お部屋にどうぞ~」

「ん、ありがとう美智代さん」

「ねこみちゃんがしっかりしててくれるから、安心してひとりちゃんを任せられるわぁ」

 

 そりゃありがたいことだけど、ひとりの世話焼くのって嫌いじゃないし……。

 

「あ、そういえばひとりが置いて行った20万なんだけど、ホントに預かってていいんですか?」

「うん、ねこみちゃんに預かっててもらったほうがひとりちゃんも無駄遣いしないだろうし」

 

 よくわかっておられる。さすが母親……。

 

「ねこみちゃんとひとりちゃんの将来のために使ってね♪」

 

「……ふ、二人の将来ってなんですか!?」

「?」

 

 ―――なんで言った側が不思議そうな顔してんの!?

 

 い、いやまぁ、い、いずれはそうなるんですけどぉ……私の人生設計的にはねっ、うん!

 

「二人でどこか旅行に行く、とかもいいかもしれないわよ?」

「りょ、旅行ですか……」

 

 ひとりと二人きりで旅行かぁ……。

 

「それじゃあ私ちょっとお買いもの行ってくるわね」

「あ、はい」

 

 頷いてから、私は階段を上がってひとりの部屋へと無遠慮に入る。

 気配で大凡寝ているのはわかるし、ノックをするとしたらひとりが部屋に見当たらないパターン、つまりはアイツの“押入れ(秘密基地)”にいる時、襖をノックするのが私の中で当たり前となっていた。

 だから、敷布団は片されてひとりの姿がない現状は―――。

 

「ひとり~」

 

 黒いコードが伸びる先、襖に声を掛けつつ、軽くノック。

 ノックというには間延びするような襖特有の音が響くものの、中から「うひぃ!」と声が聞こえれば誰がいるかなんて明白で……というか押入れに入ってるJKなんて一人しか知らないけど。

 ともあれ、私が襖を開けばそこにはヘッドホンを首にかけてギターを抱いているひとり。

 

「あ、ねっ、ねこみちゃん……」

 

 上は“ドラゴンの模様が入った”Tシャツ一枚と、下はいつも通りのジャージ姿。

 

 ―――またすげぇの買ったな。モデルロイヤルドラグーンって呼ぶぞ。

 

「おはよ、ひとりっ♪」

「うん、おはよう」

 

 いつも通りのひとり。私は自然と浮かぶ笑顔をそのままに挨拶をすれば、ひとりも安心したような笑みで挨拶を返す。

 なんだか、目の周りの隈が濃いように見えて、私は手を伸ばす。

 

「ふへっ!?」

 

 素っ頓狂な声を出すひとりの頬に手を添えて、親指でその目元をなぞった。

 

「ん~、寝た?」

「う、うん……えっと、お、遅くまで歌詞考えてて、それで、さっき起きてまた歌詞考えてて……」

「遅寝早起きは体に良くないぞ?」

 

 咎めるように言うが、ひとりは後頭部を掻いて誤魔化すように笑う。

 

「うへへっ」

 

 ―――夜更かし、お寝坊、ダメ絶対♪ だろぉ?

 

「美智代さん、買い物行ったよ。すぐ帰ってくるだろうけど」

「あ、うん……」

 

 頷いたひとりが、ヘッドホンを外してのそのそと這うようにして押入れを出る。

 やはり気怠いのは眠気のせいなんだろう。僅かな明かりのみの暗い押入れにいたのだからそうもなる。

 

 別に寝かしてあげても良いんだけどな……このあとどうする予定もないし、ひとりに会いに来ただけだし……。

 

 ―――なんかこの表現だと私がひとり大好きみたいになるな!? いや、事実だけどそうじゃなくて!

 

「えっと、シャワー浴びてくるね」

「へっ、あっ、はい」

 

 妙な思考をしていたせいで、ひとりの言葉にひとりのような口調で思わず返す。

 

「飲み物とか持ってこようか?」

「ん、ああいや、カバンに入ってるから大丈夫……目ぇ覚ましてきな?」

「うん、それじゃ待っててね」

 

 ごゆっくり~、と手を振ってひとりを見送る。別にこれも珍しいことじゃない。私だって想定して来てるし……。

 ともかく部屋には私一人、上着を脱いでからカバンから紙パックの紅茶を取り出し、付属していたストローを突き刺して飲む。

 ふと、テーブルの上に紅茶を置いて畳の上に寝転がる。

 

「んー……触れてくんなかった」

 

 (オレ)が不満な声を出すのも無理はないと思う。許されると思う。

 

 ―――せっかく髪、解いてるのに……ていうか、スカート履いてきたのにっ!

 

 アイツがッ! アイツが『似合ってる(言った)かわいい(言った)もっと見たい(言ってない)』とか言うから履いてきたのにぃッ!!

 

 まぁ、さすがにミニはそう簡単に履くと私の心が追いつかないので膝丈ぐらいだけど……ちょっとしたスリットまで入ってるし、良いと思うんだけど……。

 いやまぁ、寝起きのひとりにそこまでを求める私も悪い。

 うん……あとで褒めさせてやろう。そうしよう!

 

 そういえば旅行とか美智代さん言ってたな。

 どうしよう……ひとりの20万に頼る云々は抜きにしてもありだよなぁ。

 

「ん~……あ」

 

 横向きになると、視界の先に襖の隙間が見えた。

 

「久しぶりに入ってみるか……」

 

 昔はよく二人で入ったりしてて、中学に入ってからひとりが拠点にしてからは……四、五回ぐらいしか入ってない。

 

 私は四つん這いの姿勢で押入れに近づいて、その襖を開ける。

 外側から散々見てはいたものの、入るのはやっぱり新鮮で、あの頃から私も身長が伸びたので意外と狭い―――なんてことはなかった。

 

「意外と広い気がする」

 

 私が入ってもまだ余裕がある。むしろひとりともギリは入れる気がするぐらいには広い。

 なんかこういう狭いところが落ち着くのは、私もということだったらしく……置いてあるパソコンに触れて画面の明かりで中を照らす。

 邦ロック好きのひとりらしい、ポスターが貼ってあり、結束バンドで撮った写真も“数種類”ほど貼られていて……。

 

「結束バンド、かぁ……」

 

 なんだかひとりの成長は嬉しいんだけど、少しさびしい気もする。

 

「私の写真ぐらい貼っとけよなぁ、暗い空間が明るくなるぞぉ?」

 

 愚痴を零しながら襖を閉めれば……。

 

「あっ」

 

 私とひとりのツーショットの写真が貼られている。しかも幼稚園、小学校、中学校、高校と時期が違うものが何種類も、何枚も……。

 

「な、なんだよひとりっ、わ、私のこと、大好きかよぉ……っ♡」

 

 ―――なんだか、胸が痛いぐらい音を鳴らして……。

 

「は、ぁっ……」

 

 なんだか身体が熱くなってきて、赤と黒のチェックのネクタイを外して、ブラウスのボタンを上から二つほど外す。

 荒い呼吸のまま、壁に背を預けてから床に手を置けば、布の感触。

 不思議に思いながらそれを手に取ってみれば……。

 

「ひとりの、ジャージ……」

 

 そう言えば着てなかったな、なんて思いながら無意識にそれを両手で持って抱いてみる。

 

「んっ……♡」

 

 ひとりの匂いで一杯だ。この押入れ全部、それでジャージも……。

 体が芯から熱くなっていくのがわかる。

 

 ―――っ、おかしい。なんだろこの感じ……。

 

「……んぅ♡」

 

 おかしい。こういうのは私みたいな()がやるべきことじゃない。

 こんな風に、ひとりのジャージの匂いを堪能するような変態チックなこと、私がやるのはおかしい。ダメだ。いけない。

 頭がふわふわと熱に浮かされ、判断力が削られていく。

 

「っ、ダメだって!」

 

 ―――あっぶねぇ! このまま“はじめちゃう”感じだったぞオイ!

 

 自分()を取り戻して、(オレ)は深呼吸。

 

「ん゛っ♡ ひ、ひとりの匂いっ……」

 

 ―――ッ! ダメダメ!

 

 私は頭を振りながら、手に持ったジャージをそのまま壁に背を預けたまま、真横にあるパソコンに触れる。

 やけに軽い気持ちで自分の誕生日を入力しパスワードを突破、出てきたのは恐らく作成中の歌詞で、見ちゃいけないんだろうなぁ、と思い最小化を押そうとするところで……。

 

 ―――へ?

 

「い、今、私の誕生日打った、よね……?」

 

 ―――あ、やばい、き、気を紛らわせなきゃっ!

 

 だが、作成中の歌詞を見るというのも気が引けるというところだったのだが、画面をチラリと見れば当然歌詞が目に映るわけで……。

 詳細が確認できるほど私は冷静ではないけど、頭の中に浮かぶのは、結束バンド―――ひとりの姿。

 

 そしてお腹の、下の方が、奥がキューっとなる感覚。それらがフラッシュバックする。

 

「~~~ッ♡」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ねこみちゃんを待たせている後藤ひとり(わたし)は、少し急いでシャワーを浴び、髪を乾かして二階へと向かう。

 経験上、気を遣ってあんまりに早く終えるとねこみちゃんは怒るので、ほどほどに急ぐ。

 階段を上って、私の部屋の襖を開けても……誰もいない。

 

「あ、あれ……?」

 

 テーブルの上に置いてある紙パックの紅茶、ねこみちゃんが好きなストレートの甘いやつ。

 もしかしたら下に行ったのかもしれない、なんて思って振り返った時に……ふと襖の方に意識を向ければ、なんだかもぞもぞと音がする。

 誰かいる!? なんて思う必要もない。間違いなくねこみちゃんだ……。

 私は襖の前に座って縁に手をかけた。

 

「……!」

 

 わ、私がいつも籠ってる押入れなんかにねこみちゃんが入ったら、私の陰の力で命の危機に瀕しちゃう!? 開けたら瀕死のねこみちゃんが!?

 

 

『被告人、後藤ひとりを大張ねこみちゃんに被害を与えた罪で死刑!』

『そ、そんなぁ~!』

 

 

 脳内最高裁で死刑判決を受けたところで、ハッと自分を取り戻す。

 

 ―――い、いやいやいや! ねこみちゃんが今更、私の押入れぐらいで死ぬはずがない。喜多ちゃんならわからないけど……。

 と、ともかくなんで私の押入れに? と、閉じ込められたってことは無いと思うけど……。

 

 ―――あっあっ、ぱ、パソコンっ、パソコンてちゃんとスリープにしたっけ!? かかか、歌詞見られちゃうっ。

 

「っ……!」

 

 いま書いている歌詞を見られるのは非常に恥ずかしい。

 ラブソングとかではないし、青春系でもないんだけど、“喜多ちゃん”が『大張さんのことを想って感謝の歌詞とか考えてみたらどうかしら!?』とかなんだかノリノリで言ったものだから、ここで見られたら手紙みたいで、読まれちゃったらどんな顔して会えばいいかわからない。

 私は、急いで襖を開ける。

 

「ねこみちゃん!」

 

 そこには当然、ねこみちゃんがいた。

 

「はぁっ♡ ハァッ♡ ……あ」

 

 女の子座りで、私のジャージを左手で握っていて、紅潮した顔で呼吸を荒くさせていて……。

 なんだか、えっちな雰囲気だなとか思って、すぐに切り替える。

 

 ―――ね、ねこみちゃん相手になんてこと考えて!?

 

「ひ、ひとりっ、こ、ここっ、これ、はねっ……」

 

 いけない。と自制をして状況を理解しようとするも、そんなねこみちゃんが視界に入る度に、私の心の中で、奥で……なにかが騒ぎ立てる。

 そして、次に気づいたのはパソコンが開いているということで、しかも書いていた歌詞がそのまま表示されていて……。

 

 ―――みみみ、見ちゃった!? と、というよりスリープしててパスワードで解除したとかじゃないよねっ!?

 

「べべ、別になにかしてたとかじゃなくてっ、そのっ……」

 

 ―――動揺してるけど、バレたのか歌詞を読まれたのか……う、うぐぅ吐きそう……。

 

 私のパソコンのパスワード。色々と考えた結果“アレ”になったけど、それがねこみちゃんにバレたんだとしたらそれこそ私は吐くか爆散すると思う。

 ともあれ、今私がやるべきことはねこみちゃんを押入れから出す、かパソコンを閉じることだけど……選択したのはもちろん後者。

 急いで私はパソコンの方へと行こうとするけれど───。

 

「ね、ねこみちゃん、すすす、少しおとなしくっ……!」

「ちょっ、ちょっと待って心の準備がっ……!?」

 

 ───丁度ねこみちゃんが動き出す。

 

 動き出した私とねこみちゃん、絶望的に運動神経の無い二人が同時に動いてぶつかったりなんかしたら……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 大張ねこみ(わたし)は、ひとりの下にいた。

 経緯は省くけれど、まぁトラブルと言えばトラブルのようなもので、ひとりの押入れ(秘密基地)の中、私は私の上に覆いかぶさるひとりを見ながら、身体の妙な疼きに混乱している。

 目の前には、額に汗を浮かべるお風呂上りのひとり。

 その細めた瞳が私を見つめていて……。

 

 お腹の方からキューっと全体に広がる甘美な感覚、頭がずっとパチパチ音を鳴らす。

 

 ―――やっぱ、カッコいい系でもあるよなぁ……んぅっ。

 

「はっ、はぁっ……んぅっ♡」

 

 体を動かそうと思っても、私の両足の間にひとりが挟まっているせいで動けない。

 完全に組み敷かれて、身動きが取れない。それに、離れようとしたひとりの左手に右手を絡めてしまった。

 他ならない―――(オレ)自身が……。

 

「っ……」

 

 おかしい。絶対おかしい! ひとりはなにかしてる! なんでこんな匂いでっ……!

 (オレ)(オレ)じゃないみたいなっ、こんなん(オレ)らしくなくてっ……。

 

「ねこみ、ちゃんっ……」

 

 視界が真っ暗で、たぶんそれは(わたし)が目を閉じたからで、少しだけ眼を開けば、ひとりの顔が近づいてくるのが見える。

 こんな体勢で、男らしさの欠片もないで、(わたし)はゆっくりと近づくひとりを跳ね退けもしないで……。

 湿った指を絡めて握った右手と、ひとりのジャージを握った左手にギュッと力を込めて……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 あぁ、いいのかな……ねこみちゃん。ほんとにいいの?

 たぶん、後藤ひとり(わたし)は、私じゃ止めれないし、止まらないよ……。

 嫌なら、ねこみちゃんがはね退けてくれないと……私みたいな陰キャに、また、されちゃうんだよ?

 

 雰囲気に飲まれて、普段なら絶対に私が耐えられない状況で、耐えられないような感情で、ねこみちゃんに近づいていく。

 なんだかいつもと違う香りをねこみちゃんに感じる。

 

 ―――なんだろう? でも、いいか、それもねこみちゃん、なんだと思うから……。

 

 ねこみちゃんは不思議だ。ねこみちゃんといると、私が私じゃないみたいで……もしかしたら本当の私みたいで……。

 “あの時”の唇の感触が頭に蘇ってくる。

 綺麗な銀色の髪、白い肌……あぁ、もう……。

 

「ねこみちゃん……」

「ひと、りぃ♡」

 

 そして、唇が―――。

 

 

 

 

 

「おねーちゃん!」

 

 

 ―――あばぁばばっ!!!!??

 

 

 私は正気に戻った。けどそんなすぐに体勢を変えられるほど私達は余裕もなくて……。

 

「ねこみちゃんも来て―――」

 

 押入れの外、ふたりがそこに現れて、ガッツリと目があった。

 

 

 ―――みみみ、見られたぁぁぁっ!!? あぎゃぁあっ!!?

 

 

「おかーさん! おねーちゃんがねこみちゃんを“襲ってる”ぅ!」

 

「ふふふふ、ふたりぃ!!? 待ってまって! ちがっ、ちがががっ!」

 

 

 ふたりが言う“襲う”の意味はたぶん純粋なんだろうけど、それを判別するような冷静さは欠いているので、私は急いでねこみちゃんから離れる。

 指を絡めていた手も、ねこみちゃんが力を抜いていたからかあっさりと離れて、そのまま私は押入れの天井に頭をぶつけた。

 

 ―――おごぉっ!?

 

 頭部を押さえながら這い出ると、そのままふたりを追うために部屋を出て走る。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ひとりの部屋に一人残された(わたし)は、荒い息を整えてからひとりのジャージをギュッと抱く。

 

 

 そしてそのまま右手を使って、私は私の―――。

 

 

「っむぐぅ」

 

 ―――頬をつねった。

 

「痛い……」

 

 (オレ)はひとりのジャージを持ったまま押入れから転がるように飛びだして、畳の上に蹲る。

 顔を伏せてはいるけど耳まで真っ赤で、心臓は今にもこの大きな胸を突き破ってくるんじゃないかと言うぐらいバクバクで……。

 

「うぅぅ~~~!」

 

 まるで前世()の“黒歴史”を唐突に思い出してしまったかのように悶えるが、それもまた仕方のないことだと思う。

 

 ―――押し倒すのは(オレ)の役目でっ、ていうか(オレ)がやったこと全部、違うだろぉぉ!!

 

 そう、違うのだ。私が本来やりたかったこと、理想としていたこととはまるで逆のことだ。

 恋人繋ぎはひとりにされたかったし、その……“待ち”もひとりにされたかった。私はむしろそれをさせて、実行する側である。

 完璧にあれと逆とは言わないにしろ、少なからずひとりがするムーヴではなかったし、私がするムーヴではなかったと思う。思いたい。絶対そうだ。

 

「もぉおぉぉぉっ!」

 

 ―――最近いっつもこうじゃん! ひとりはなんかやってるんか!?

 

「うわぁぁぁっ!」

 

 絶対思い出してまた悶える奴ぅぅ! ウチのクッションバシバシ殴らないといけなくなるやつぅ!

 

「うぅ~……」

 

 ごろんと、横になる。

 

「でも、ひとり、かっこいぃし……」

 

 ―――じゃなくて!

 

「うぁあ~ひとりめぇ」

「ねこみちゃん!」

「ひゃぁっ!?」

 

 驚いて上体を起こす。そこには真っ赤な顔でもじもじとするひとりがいて……。

 

 ―――そうそう、そういうので良いんだよ!

 

「え、えっと、ひ、ひとり……っ」

 

 くそっ、私がどもってどうする!?

 

「ふふっふ、ふたりの、ごかっ、ご、誤解といてきたよっ」

「そそ、そっか……」

 

 後々知ることにはなるが、美智代さんはふたりの言葉になにも誤解していなかった。

 そう“誤解していなかった”のだ。

 

「そ、そのねっ!」

 

 ―――あ゛、やばい。このままは非常にヤバい。

 

「ひとりぃ!?」

「はへっ!? ななな、なに!?」

「ごごご、ごめんっ、私、汗でびっしょりだから一回帰ってシャワー浴びてくるわっ!」

 

 ひとりのジャージを握ったまま立ち上がる。

 

「へっ、あ、うんっ……そ、その、ご、ごめ」

 

 ―――謝んなよぉ。そんなへこんだ顔するなよぉ。

 

 嫌になったとかじゃないから、()には話せないことの一つや二つや三つや四つぐらいあるだろぉ?

 

「あ、あとでロインするからっ、ふぁ、ファミレスで一回落ち合おうそうしよう!」

「う、うんっ」

 

 即座にお互いの家はヤバい気がするので一旦間をはさむ、天才では?

 

「その、そ、それじゃ……ねこみちゃんっ」

「う、うん……また、あとで、ね? ひとりっ」

 

 そう言うなり、私は早足でひとりの部屋を出て、洗面所の洗濯籠にひとりのジャージを突っ込んで、元気よく『お邪魔しました』と言ってから後藤家を出る。

 敷地を出る前に玄関にいるひとりに軽く手を振ってから、転ばない程度に足早に自宅へと向かう。

 

 たぶん顔は継続して真っ赤だし、秋なのに熱いし……。

 

「うぅっ、やっちゃったぁ……」

 

 らしくない声が出たことに再びショックを隠し切れない。

 

 

 

 ―――これじゃまるで、(オレ)が普通の女の子みたいじゃないかっ!

 

 おのれひとり、今度こそは……今度こそは私が上になって“わからせて”やるっ!

 

 ひとりなんかに……ひとりなんかに絶対に負けない!!

 

 

 






ひとり「押入れ、甘い匂いがする……」


あとがき

そうです(押入れが)しっとりした話です

今回はこんな感じで……あぶなかった。危うくおセンシティブするところだった
短めにするはずがなんならだいぶ長い
そしてまだ雌堕ちしてないと良い張る男(♀)ねこみ、一発逆転を諦めない女(雌)

次回は結束バンドメンバーと絡んだり、きくりお姉さんと絡んだり
本編の四コマ然りな短編集、みたいな感じに考えてます(良い案が思い浮かんだら先にそっち書くけど

では、次回もお楽しみいただければと思います

PS
感想、誤字報告、評価、お気に入り、とありがとうございます
おかげさまでまだ終わらす気はなく、続けるつもりです
今後ともよろしくお願いします

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