ぼっちちゃんを雌にするつもりが雌にされた元男(♀)の話 作:樽薫る
「ねこみちゃんが来てから売上あがってるよなぁ」
手際よく開店準備を始めていた手を止めて、そんな風に私を褒めたたえた“わかってる”店長の方へと
視線を向ける。ただし、何事もないように。
そう、ひとりのように露骨にニヤけるわけにもいかないのだ。
「まぁねこみちゃん目当てのお客さんも増えてきたしね」
虹夏ちゃんさんが続けてそんなことを言うもんだから、ちょっとニヤけそう。
普段から『かわいい・きれい・カッコいい』と言われ慣れているもんだから、私自身気にしないものかと思っていたものの、やっぱり言う相手が“メインキャラクター”のみんなでは、少しは気分も上がるってもんだ。
「まぁ学校でも大張さん人気あるものねぇ……」
「いえいえ、私なんてとても」
私がそう答えるが、リョウさんがさっと横に現れた。
「ねこみ、少しにやけてる」
「え゛っ!?」
「フッ、だがマヌケは見つかったようだぜ」
やられた!
◇
「……まぁ容姿が良いのぐらいは自覚してますけどねぇ」
カウンターテーブルを拭きながら
―――なんで? そんなオーラ出てた?
PAさんがそんな店長の横で笑う。
「まぁ大張さんぐらい見た目が良いと色々と大変そうですけどね」
「厄介ごと増えますよ。あしらうのだって楽じゃないし」
「大張さん、告白された~って噂が絶えないものね!?」
喜多ちゃんテンション高いな。まぁ陽キャはその手の話が好きなので納得なんだけど……。
「勘違いするんだよなぁ……」
まぁ勘違いさせかねない距離感であるのも自覚あるんだけども、男子にも女子にも……。
そもそも生前は男で、今も心は男であるからに男向けのアニメとか好きだし……いや、やっぱり男の子が勘違いしちゃう系女子ムーブしすぎてるな、これはいかん。
それなりに女子とも男子ともうまくやろうとしてると、結果こうなるんだよなぁ。
「オタクくんにも優しい系美少女とかモテるよねぇ~」
「確かに……ってなんでいるんですか?」
どっから湧いた廣井きくり。
虹夏ちゃんさんの眼が冷てぇ……。
「ぼっち、嫉妬とかしないの?」
「……いや全然」
そういやしない。してこない、なにも言わない……せめて『こここ、告白受けたの!?』とか聞いてきても良い気がするけど、いや一回だけ聞かれた気がする。
そのあとは何事もなく……なんで?
ひとりの周りに私しかいない時期だったはずなのにぃ、もっとこう、依存とかして暗い目で聞いてきたりするもんじゃねぇですかね!? しろ!
「ねこみ、凄い考え込んでる」
「いや、絶対リョウが余計なこと言ったせいでしょ」
「あぁ~恋っていい~♪」
「喜多ちゃん楽しそうだね」
◇
「そういえば、ねこみちゃんって“あの日”と“制服”以外でスカート履いてこないな」
店長さんの言葉に、
今の私の恰好だと、上は少し模様の入った白いブラウスと赤いネクタイ。下はスキニーデニムとブーツ。
せいぜい来るときにニットカーディガンを羽織ってきたぐらいで……基本的にこの手の服装が多い。少なからずスカートなんてそうそう履かないし、持ってても三着だ。
それに下北と言えど、わざわざバイトで履いてくるなんてことはない。学校帰りなら制服だが……というよりそもそもスカートが……。
「基本苦手なんですよ。落ち着かないっていうか……」
「えぇ~勿体ない」
まぁ“
「確かに、大張さんって基本パンツスタイルよねぇ」
「まぁ、動きやすいし?」
「ぼっちと同じぐらい運動オンチなのに?」
余計なことを、山田ぁ……。
「……と、ともかく私はスカートみたいなスースーしたの苦手で」
「デートと勘違いした日は履いてきたのに?」
や、や、山田ァ!
◇
ねこみちゃんのバイトが決まった日のアレはなんというかこう、いたたまれなかった……うん。
それを笑うとは、人の心とかないのかもしれない。
これだからベーシストは……。
「はれぇ? わらしの顔になんかついてるぅ?」
「いえなんでも」
これだからベーシストは……!
とりあえずリョウに釘を刺しておく。
「リョウ、ねこみちゃん真っ赤になってるからやめなよね」
「なってないです」
ねこみちゃんが涙目でこちらを見てくる。
「いやなって」
「ないです」
「……なっ」
「ない」
「ああ、うん……ないね」
ねこみちゃんも大概だなぁ。
というより、なんだろうあの涙目のまま真っ赤な顔で私達を睨むのは……。
―――なんかこう、不思議な情動が湧いてくる。ギュンっとくるものがあった。
「大張さんのあんな表情、学校じゃみることないわね……」
喜多ちゃんも何とも言えない表情で……。
「ねこみいいよね……」
「いい……」
リョウとお姉ちゃんがなんか通じ合ってる!?
◇
「まったく……」
……どう、男っぽいでしょカッコいいでしょ!? 王子様系キャラ目指してるから!
ちなみに髪が基本一つ結びなのもそれ故に。
「え、なんで大張さんドヤ顔なの?」
「あ、いやなんでも」
真顔で聞かれると弱い。
「……大きいから?」
「え?」
「大きいのを見せつけたいの!?」
喜多ちゃんさん笑ってるけど笑ってねぇなこれ!?
ハッ、虹夏ちゃんさんがこっちを見て、って同じ顔してる!
「ねこみちゃん、そういうのホントよくない」
「なんで!?」
私がなにしたって!?
「ねこみ、脱ごっか」
山田ァ!? ってそういうことか!?
「大丈夫、他の人たちはみんな脱いだよ?」
「脱いでないでしょ! みんなってなに!?」
「広告費、広告費が欲しいでしょ?」
全然いらねぇ……!
「ていうか、こんな……」
―――あぶねぇ……『こんな大きくても邪魔なだけですよ』とか『ほどほどが一番ですよ』とか言うところだった。
さすがの私もそれがNGなことぐらいわかる……セーフ!
「ねこみちゃん……『こんな』って?」
「『こんな』の続き聞きたいわ大張さん?」
「あ~……え、えへへっ……」
アウトだった……。
◇
今日はバイトが休み。
嬉しいことなんだけれど、
ねこみちゃんと私が別々でバイトに入るなんて珍しいし……心配なのかもしれない。
―――いやいやいや、ねこみちゃんは私に心配されるようなことしないけど、なんだか……うぅ~ん。
「……おねーちゃんどうしたの?」
「え、なんでもないよ?」
「なんだひとり、さっきからそわそわして」
そわそわしてる、かなぁ?
「おばあちゃん、そろそろくるよ?」
そう、おばあちゃんが来るからっていうことでお休みをもらったんだけど……。
「むむむむ……」
「ねこみちゃんでしょ」
「へっ!? なにが!?」
おおお、お母さんが突然ねこみちゃんなんて言うから! びっくりしたぁ!?
「図星ねぇ~」
「なにが!?」
「えぇ~そりゃねぇ~?」
「ああ~なるほどなぁ~」
お母さんとお父さんが顔を合わせてニコニコしてる。
「ねこみちゃんがどうしたの?」
「な、なんでもないよふたりぃ~」
とりあえずふたりにそう言っておく。
「あ、ねこみちゃんに彼氏できた!? カッコいいんだろうなぁ~」
―――!?
「ねこみちゃん、ふたりの友達からも人気で」
「ふたり、憶測でそんなこと言っちゃダメだよ。ねこみちゃんに迷惑でしょ」
「あ、うん……ごめんなさい」
◇
口は災いの元すぎる……いや、この場合は胸になるのか?
ともあれ
リョウさんが『胸如きでなにを』とかなんとか言って虹夏ちゃんさんに“プロレス技”をかけられ、それによって状況は有耶無耶に……やはり店長の妹。
私は続いてモップをかけている。
「ふぅ、暑ぅ……」
ネクタイを再び緩めると、きくりさんがひょこっと顔を出す。
「あれ、バリネコちゃんさぁ……」
「ねこみですけど」
バリネコなんて私に合わない渾名やめてくださる? って感じだ。
「ああ、ごめんごめん、ねこちゃんらった~」
まぁそっちならまだ普通に渾名っぽいからいいか……まぁ
「なんか、首のとこ赤いのあるよ~?」
「え、あ……なんだろ、虫刺され?」
近くの鏡で確認すれば、確かに首元に赤い虫刺されのようなものがあった。
季節外れだが、ないこともないか……。
そんな風に思っていると、再び視界にきくりさんが入る。
「……やった?」
「おい廣井」
さすがに呼び捨てにしても許されると思う。
「え~とうとうやっちゃったぁ~?」
とうとうってなんだ。とうとうってなんだ!?
てかぞろぞろ集まってくるな!
「え、マジか? いつの間にそんな進んだ?」
「いいですねぇ~」
「わわっ、ホントだ赤い!」
「こりゃ赤い! ですね!」
早とちるな!
「店長お金頂戴、お赤飯買ってくる……!」
大人しくしてろ山田ァ!
「いや、ホント違うからっ! マジで!」
「えぇ~またまたぁ~」
「ひとりちゃんにどんな感じで告白したの!? まさかひとりちゃんがしたの!?」
くっ、流石JKたち! 恋バナとなるとブレーキがきかない! エンジンブレーキ使ってけ!
◇
おばあちゃんとふたりが遊んでいるのを横目に、
ギターの練習しようかとも思ったけど、流石におばあちゃんが来てるのにソレはなぁ……。
「……あれ、ひとりちゃん」
「え、なに?」
突然、隣のお母さんが私のことを覗き込む。
「首、赤いのが……」
「虫刺されかな……?」
近くにあった手鏡を使って見てみれば、本当に赤くなってる。
「虫刺されだ」
「……ねこみちゃん?」
「え、なんでここでねこみちゃんが」
「そうなのね!?」
え、圧が強い。なにかわからないけど……あ゛!?
「ちちちち、ちがっ、ちがっ!」
「あらやだぁ~今日はお赤飯かしらぁ~」
―――違うからやめて!?
◇
「ほうほう、それじゃ“まだ”と……」
ねこみちゃんの首に“ソレ”がついていたと思ってテンションが上がった一同だったけれど、結果的には誤解だったらしい。
私としてはとうとう“その時”が来たかと嬉しかったんだけど……。
「変な勘違いしないでくださいよ……たくっ」
そんな風に言うねこみちゃんは、喜多ちゃんからみたら“らしくない”らしい。
私達からすれば、そこまで深い関わり合いがなかったのでたまにこういう口調になるのかな? ぐらいのものなんだけれど、学校では一切ないとかなんとか。
学校で常に一緒の子たちが知らないねこみちゃんを知っているというのは、ちょっと嬉しかったりする……。
「そもそも、ひとりは首に“所有権”付けるようなタイプじゃないですよ」
「あ~確かに、恥ずかしがりそ~」
とは言ったものの、ねこみちゃんとぼっちちゃんなら、ぼっちちゃんはやりそうな気がしないでもない。
「虹夏、身近な人でその手の想像するのは才能あるよ」
「なんの才能……」
リョウが余計なことを言うせいでこっちが恥ずかしくなる。
確かに、身近な相手でそういうの想像しちゃうのは問題あるけども、でもぼっちちゃんとねこみちゃんだよ? 目の前でキスまでしてるんだよ……事故だけど。
それにっていうか、いつ付き合ってそうなってもおかしくないように見えるし、考えるのも仕方ないってものじゃ……。
「にしても勿体ないなぁぼっちちゃんはぁ~こんなおっぱい好き放題できる権利があるのにぃ!」
廣井さんの声と共に、ねこみちゃんの後ろ、両脇から出た手が―――ぐわしっ! という擬音と共にねこみちゃんの両胸を鷲掴みにする。
―――デッッッ!!?
◇
ねこみちゃん、廣井さんに胸揉まれてるのに平然としてるなぁ……いや、ちょっと顔赤いかも。
お姉ちゃんが茫然としちゃってるじゃん……。
「あ~まぁ良いですよ。学生なんでありますあります……学生の頃にこういう交友なかったですもんね、きくりさん」
「ぐふぅ!? なぜそれを知って……お酒頂戴ぃ~!」
「飲んでるでしょ既に」
泣きながらねこみちゃんの胸を揉んでる廣井さん、シュールだ。
まぁねこみちゃんも気にして無さそうだし良いけど……良いけど、うん、良いけど……。
「伊地知先輩……前が霞んで見えません、私あんなことされたことないですっ!」
―――強く生きて行こう、なぜなら私たちはまだ成長途中だから。てかボタンが悲鳴あげてる……。
「うぅ~学生の頃の欲求がぁ~」
「きくりさんそれだと学生の頃に胸が揉みたい欲求があったみたいになりますけど」
「反応なしとか悲しい……」
もはや変態じゃん……。
「あーやだーきくりさんのえっちー」
「表情筋が死んでるぅ!」
めんどくさいな酔っ払い……あ、そろそろお姉ちゃんが動きそう。
「なら……えいっ!」
廣井さんが、ねこみちゃんに体重をかければねこみちゃんはそのまま前のめりになる。
そしてそのまま廣井さんは、ねこみちゃんの耳元まで顔を寄せると、口をすぼめた……。
「ふぅー」
「ひゃぁんっ!」
―――!!!??
◇
「先輩ギブギブ! これ以上はっ、これ以上はマズイってぇ! あ、あ゛ぁ゛あ゛っ!」
「星歌ブリーカー! 死ねぇ!」
お姉ちゃんが廣井さんに容赦のないコブラツイストをかけてる……妥当。
「えっと、お、大張さん大丈夫?」
「余裕の面からの即堕ちは見応えあったよねこみ」
「リョウはさぁ……」
相変わらずの平常運転なリョウをどかして、私は喜多ちゃんの隣に立つ。
ねこみちゃんはしゃがみこんでて、両手で口を押さえたまま、耳まで真っ赤。瞳には羞恥からか涙も浮かんで、弱々しい表情で私達を見上げる。
なんだろう、こう……
非常によくない感じはする。
「ひ、ひとりにはっ、い、言わないでっ……」
―――あ、これはよくない。
◇
なんだかお母さんにねこみちゃんとのことを凄い事細かに聞かれた。
途中からなんだかガッカリしてたけど……え、なんで?
「ひとりったら、誰に似たのかしらぁ」
「……お父さん?」
「え、父さんなにかした?」
戸惑うお父さんを余所に、お母さんが頷く。
よくわからないけど……たぶん私はおばあちゃん似。
「ねこみちゃんは昔から人気あるわよねぇ」
「うん」
それは事実で、幼稚園のころから今まで、ねこみちゃんが人気じゃなかったことなんてない。
容姿がどうとかじゃなくて、誰にでも上手く合わせられるところとか、色々だ。
大人というか、なんていうか……。
男の子から告白されたって話も聞くし……まぁ聞くというか聞こえるというか……ともかく、いつもそんな話が聞こえてくると私はそわそわしてしまう。
直接聞いたことがないわけでもないけど、何回も聞くのもおかしいかなって思うし……。
怖くてあまり深くは聞かないけど、大体次の日には『断った』って聞こえてくるから安心する。
「……お母さんの勘だとねこみちゃんは攻めれば堕ちるわよ!」
「娘になんてこと言うの!?」
◇
STARRYでのバイトを終えて、
帰宅ラッシュから外れた時間ということもあって、ホームへ出る疎らな人に混じって私もまた、ホームへ出て、構内を足早に歩き改札を通る。
いつもよりも“足取り軽く”駅を出れば、すぐにそのピンク色を見つけた。
あちらも私を見つけたようで、軽く手を上げてくれる。
「……お待たせひとりぃ♪」
「あ、えっと……だ、大丈夫」
私が微笑を浮かべてそう言うと、“ひとり”はなぜか戸惑いつつも笑みを浮かべた。
いつもと違う雰囲気に困惑しながらも、相変わらず顔が良い……なんて思う。
「えっうっ……ご、ごめんね、突然迎えに行くなんて言っちゃって」
「うぅん……うれしぃ、かなっ」
心配してくれたのかな、なんて……っていかんいかん思考がおかしいぞ!?
頭を振る私へと近づいたひとりが、私の手を取る。
「それじゃあ、帰ろっか、ねこみちゃん……」
「あっ、うんっ……♡」
ひとりの手が、温かい……。
「その、昔から、ねこみちゃんって……冷え性、だよね」
「む、冷たいなら手ぇ放してくれていいけどな」
この総受けめ、そんなんだから総受けなんだ。
「ううん、離さないよ。ねこみちゃんが……離してってならないなら」
振り返って、軽く笑みを向けられる。
慣れないそんな笑みに、私は片手でカーディガンを掴んで、緩みそうな口元を隠す。
「は、早く帰るよっ!」
「わっ、ね、ねこみちゃん早いよっ! もうちょっとゆっくり……」
うっさい! なら恥ずかしいこと言うなっ!
「きっ、今日会えなかったから、な、なるべく一緒にっ……」
―――ッ……しょ、しょうがないなぁ♡
「じゃあほら、行こ」
「あ……うんっ!」
ひとりの手が、やっぱり温かい……。
ハッ!!? くそぉ、なんだこの感じぃ……!
これじゃ、これじゃ
「あ、それとねこみちゃん……」
―――んぁ!? なんだぁコラ!?
「今度、お泊り行こっか……?」
「……うんっ♡」
あとがき
ダメですねこれは(
今回はオムニバスっていうか、原作みたいな四コマを意識しつつな回で
STARRY組との会話多めでお送りしました
こんな感じで学校編とかやるかも……というより事故チュー後の学校はやってないのでやりたい
それはともかく次回はちょっとおセンシティブかも
とりあえず短編と言う名目なのでいつでも終わらせられる準備はしときたい私です
では、次回もお楽しみいただければと思います