ぼっちちゃんを雌にするつもりが雌にされた元男(♀)の話   作:樽薫る

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旅館編:その1


♯ですとぴあ

 

 “後藤ひとり(わたし)”の前に、長い銀髪が舞う。

 

 くるっと回る彼女と一緒に、銀色が優しい陽の光りに輝いて……

 

 ―――なんだか、また歌詞にできそう。

 

「おぉ~すっごぉ」

 

 そう言って、いつもと違って結っていない髪をそのままに、ねこみちゃんが嬉しそうに私の方を向く。

 私も思わず、その綺麗な内装に感嘆の声が漏れる。

 ねこみちゃんにも、だけど……でもやっぱり“温泉旅館”凄い……。

 

 大体昼過ぎ頃、私とねこみちゃんは温泉旅館の一室にいた。

 

 それにしてもこの部屋、すごく景色が良い……き、喜多ちゃんみたいに……い、イソスタすれば、ば、ばばっ、映えそ、うぷっ。

 

「げふっ!」

 

「うわっ、ひとり……なんで青春コンプレックス?」

「い、イソスタなんて私には似合わない……い、いいねなんて……いら、いら……」

 

 ―――いいね欲しい!

 

「あ~なるほどね、わかったわかった。私がやっとくからいいでしょ別に……」

 

 そう言いながらねこみちゃんはケータイのカメラで景色を撮る。

 

「ほぼ見る用のアカウントみたいなもんだしね……」

 

 ねこみちゃんは陽の者なのにイソスタをあまりしていないらしい……。

 友達とどっか行った時は、その友達がイソスタに投稿するから別にいいんだって……そういうとこ、あまりJKっぽくないね。普通のJK知らないけど……。

 でも一緒に出掛けた時、ちょくちょく写真は撮ってたと思う。

 

 なんて思っていれば、ねこみちゃんが景色じゃなくて私を見ていた。

 

「にしても、私で良かったの? おばあちゃんからもらったペアチケット」

「え……そ、それはまぁ……」

 

 そう、おばあちゃんからもらった券で今日はここにタダで来ている。一泊二日の小旅行……。

 おばあちゃんからしっかりと『ねこみちゃんでも誘うといいわ』って言われて渡されてるから正しい使い方だし、そうでなくっても……。

 

「ねこみちゃんしか、いないし、ふへへっ」

「あ~まぁそうだよねぇ~私しかいないよねぇ、ひとりにはぁ~♪」

 

 なんだか上機嫌……でも、ねこみちゃんが楽しそうでよかった。

 

 とりあえず景色の写真でも撮っておこうとケータイのカメラを起動する。

 

「森林もいいなぁ~マイナスイオンすっげ~、知らんけど~」

 

 景色を撮る前にケータイを構えてみると、窓の方にいるねこみちゃんも一緒に映る。

 

 

「ひとり、すごいよっ♪」

 

 ―――あっ……。

 

 

 パシャリと、思わずシャッターを切っちゃったけど、しょうがないと思う。撮ったというより、撮らされたの方が正しいと思うくらいだ。

 

 陽の光りと、外の緑と空の青、銀色の髪を舞わせて振り返った笑顔のねこみちゃん。

 

 私がこれからの人生で、これ以上の写真は撮れないんじゃないかなってぐらいに……すごい綺麗。

 

「へっ……え~、私を撮ったの~? 景色じゃなくて~?」

「あっ、いやっ、そのっ……!」

「ん~? なにかにゃ~♪」

 

 楽しそう、というか嬉しそう。

 たまにする、意地悪っぽい顔で笑うねこみちゃに、私はわたわた両手を振るしかない。

 

「あっ、え、えとっ、わわ、私っ……と、盗撮に、なる?」

「いやならないけど……揶揄ったんだからもっとカワイイ反応しろよ~」

 

 腕を組んでムスッとした表情を浮かべるねこみちゃん。その大きな胸が、組んだ腕の上にゆさっと乗っかって……。

 スタイルも良いし、かわいいし、そんなねこみちゃんが、私と旅行に来ている……。

 

 ―――凄い優越感っ! 承認欲求が満たされていく……!

 

「え、ふへへっ……」

「えっ、なにどうしたの?」

「あ、いやそのっ……あ、そ、それより外、いく?」

 

 せっかく旅館に来たんだし、ねこみちゃんは外に観光に行きたいかもしれない。

 

「あ~いいよ、帰る前とかで……あとでお土産だけ買ってくるけど、ひとりもゆっくりしたいでしょ?」

「わ、私はそうだけど」

 

 ゆっくりと言うか……。

 

 私は、持ってきていたギターを見る。

 

「あ~いいのいいの! 遠慮しなくってさ? それにギターもってこいって言ったの私だしねぇ」

「……弾いてて、いいの?」

「ま、景色見ながらひとりのギター聴くってのも乙だと思うよ。私はさ」

 

 手を後ろで組んで、ねこみちゃんは私の顔を覗き込むように前に屈んでそう言う。

 

「ひとりも、変わった環境でギター弾いてたら歌詞とか降りてくるかもよ?」

「あ、うん……ありがとう」

 

 自然と、頬が綻ぶ。

 

「っ……ど、どういたしまして……それにさ、ひとりも最近、頑張ってるからね……」

 

 優しく笑うねこみちゃんは、なんていうか、あったかい。

 こういうのを“母性”って言うのかな……?

 

「ねこみちゃん、将来は良いお嫁さんに、なりそうだよね」

「……は、はぁっ!?」

「ぴぇっ!?」

 

 突然ねこみちゃんが大声を出すものだから、驚いて変な声が出る。

 

「あ、ね、ねこみちゃん、優しい、から……」

「い、いやそりゃそうでしょ、私を誰だと思って……ま、まぁ将来は旦那さんなつもりだけど!」

 

 真っ赤な顔でよくわからないことを言うねこみちゃん。

 後ろ手を組んだまま、もじもじとしている彼女がなんだか珍しくて、私は思わず笑ってしまう。

 ねこみちゃんはそれに気づくなり、少しだけ拗ねた表情を見せた。それもなんだか、おかしく思う。

 

 あ、そう言えばお母さんに行く前に言われたことを……え、でも、言うべき、かなぁ……。

 気持ち悪いとか思われてもやだし、ねこみちゃんのことだから私なんかに言われても別に今更かもしれないしっ……。

 

「な、なんだよぉ……」

「あっえっ……な、なんでも……」

 

 両手を振ってそう言うと、ねこみちゃんは一転、また意地悪に笑う。

 

「ん~? なになに~私が旦那さんとか言ったから意識しちゃった~?」

 

 ―――えっと、なにがだろう……?

 

「フフフ~、ひとりぐらいなら簡単に養ってやれるぐらい稼ぐぞ~?」

 

 えっと、わからないけど……そのぐらい稼ぐって意気込みの話かな?

 ……ねこみちゃんが養ってくれるなら嬉しいけどなぁ。

 

 あっ、そういえば虹夏ちゃんも言ってくれた……甘え過ぎてなかったことにされちゃったけど。

 こういうの、流行ってたりするのかな、最近のJKの間では……よ、よし!

 

「わ、私だって音楽でその、ね、ねこみちゃんを食べさせていけるようになるよっ!」

「……」

「あ、あれ……?」

 

 ま、間違えた……? なんかルールとかあるのかな、これ……。

 

「ふぇぁっ!?」

 

 鳴いた……?

 

「あっ、いやそのっ、えっと……っ」

「ななな、なに言ってんの!?」

 

 え、そう言うルールじゃないの!?

 

「ああいやっ、その……ま、まぁ私もダメバンドマン養うつもりは、ないしっ……」

 

 なんだかモニョモニョ言ってる。

 珍しいねこみちゃんだ……あ、いや最近は多いかも。

 

「そのっ、あぅっ……」

 

 なんだか、変な雰囲気……あ、そうだ! 今だよねお母さんっ!

 

「ねこみちゃん、かわいい……」

「ひゅぇっ!?」

 

 また鳴いた? で、でもお母さん、ねこみちゃんがいつもと違う恰好してたら褒めてあげると良いって言ってたし、喜多ちゃんも同じこと言ってたし、虹夏ちゃんも『絶対すること!』って言ってたし、リョウさんも『過剰なぐらいいけ』って……。

 よ、よしっ!

 

「あ、スカートかわいい。ニットもかわいい、カーディガンもかわいいよ……も、もちろんねこみちゃんが、着てるからで」

「いいい、いいからっ! そういうの良いですっ!」

 

 ―――あれ?

 

「い、いきなりっ……そういうのやめろよぉ」

 

 両手で顔を覆ってしゃがみこむねこみちゃん。

 

「え、えっとぉ……」

 

 ―――むしろ悪化した……? な、慣れないことなんてするんじゃなかった……。

 

「くっそぉ……」

 

 なぜだか悔しそうな顔をして、ねこみちゃんは赤くなった顔を上げる。

 ちょっと怖い顔をしてるけど怒ってる感じじゃない……よね?

 

「ひとりぃ……!」

 

 ―――えっ、なな、なんで近づいて……!

 

「お前ぇっ……!」

 

 ―――あ、やっぱ怒ってる? あ、いやそのっ……。

 

 私は下がって壁際に追い詰められる。

 近づいてくるねこみちゃんの真っ赤だった顔が、少しだけ元に戻ってる。

 私より、頭一つ分ほど身長が高いねこみちゃん……近ければそれだけ見上げる感じになって……。

 

「っ……!」

 

 そんなねこみちゃんが、右手で私の顔の横を叩いた。

 

「ぴっ!?」

 

 ―――ななな、なにっ!?

 

 少しだけ眼を閉じて、深呼吸するねこみちゃんは、すっかり平静さを取り戻した。

 落ち着いた表情で、パッチリとした二重の眼を細めて、私を見る。

 

 ―――その、胸が私の胸に当たってるんだけど……。

 

「ひとり……」

 

 声をかけられて見上げれば、キラリとなにかが光った。

 

 ―――あ、ねこみちゃん……。

 

「私をあんまナメんなよ?」

「ねこみ、ちゃん……」

 

 私は、そっとねこみちゃんの顔に手を伸ばす。

 自然とそんなことをしてしまって、何も意識しないまま、ねこみちゃんの横顔に手を滑らせて、その耳を確認すれば―――なんで気づかなかったんだろう。

 銀色のソレが、揺れている。

 

「イヤリング、してたんだ……」

「はぁ……? オイひとり、わたしはなぁッ!」

 

「かわいいよ。ねこみちゃん……」

 

 自然と頬が綻んで、自分の口角が上がって、連動するように眼が細くなって……たぶん、笑ってるんだと思う。

 初めてみるねこみちゃんに、心があったかくなって、嬉しくなる。

 

 そっと、ねこみちゃんのイヤリングに触れて……そして―――。

 

 綺麗なねこみちゃんの顔が―――真っ赤に染まった。

 

 

「ひゃぅっ♡」

 

 

 ―――また鳴いた?

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 くっそぉ~! (オレ)としたことがぁ……!

 

 ひとりめぇ……ひとりのくせにぃ……。

 

「ね、ねこみちゃん……と、突然しゃがんで、どうしたの?」

「な、なんでもなぃっ♡」

「ででで、でもっ、あっ、お、お腹痛い、とかっ!? あ、もしかして……き、きちゃった……?」

 

 違うからっ! ぐぅ、しかしッ! 顔が見れないぃ~絶対真っ赤だぁ~。

 

「ち、違うからっ、ほんとっ……」

 

 なんだよ“あの顔”ぉ、良すぎるだろぉ……じゃないって!

 

 私が“壁ドン”までしてなんで、逆転されんだよぉ、ずるいだろお前ぇ……。

 

 てか“総受け(ネコ)(統計)”のひとり相手に、なんで“攻め(タチ)”の私が逆転されんだよぉ。

 

 この世界じゃ攻めなのかぁ? いやいやいや、絶対お前受けだろぉが、10年間見てきたんだぞぉ……。

 

「ひとりぃ……」

「へ、な、なな、なに?」

「……ギター、弾いて」

 

 片手を顔から離して、ギターの方を指さす。

 

「へっ……あ、うん」

 

 とりあえず、ひとりのギターでも聴いて落ち着こう。

 

 

 ―――フフフッ、そしたらいつも通りに戻れるはずだ。

 

 そうだそうだ。焦ることはない……帝王は一人、このねこみだッ! 依然変わらずッ!

 

 それにさっきもひとりが言ってたじゃないか『ねこみちゃんしかいない』と……そう、完全に私が主導権を握っている!

 ならば……あっ!

 

 フッフッフッ、良いことを思いついたぞぉ!

 

 

 ―――ひとりぃ、今日でお前を完全に“わからせて”やるからなぁっ!

 

 




あとがき

一話で終わらすつもりだったんですが長くなったので分割
もしかしたらさらにもう一話増えるかもしれないけど……

おセンシティブは次回……いや、それでも健全の範疇ですよ?
……露天風呂付き客室なら即死だった

とりあえず、ねこみに秘策あり

では次回もお楽しみいただければと思います


PS
お気に入り登録や、感想をいつもありがとうございます
短編のつもりでしたが、もう少しだけ続けるつもりなのでお付き合いいただければです

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