貧乏同心恋慕調書   作:贋作偽筰

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第9話

1.

「はあ~、京坊そういう料簡(りょうかん)だったんだなあ」

 「ちげえや!市さんは宿貸しッてな事で」

 「へえ、大変旦那様には世話になってましてね」

 近くの茶屋の座敷で、三人は談笑していた。

 親分の居座る席には、誰も寄り付く筈がなく、ただ怯えた看板娘が盆を胸元で抱えて立っている。

 「あんなやくざにも呼ばれてるたあ、めくらだからおっかねえもんも視えねえかってな」

 「へえ、親分さんの通りで」

 「何言ってやんだ、(じじ)い。いいか、市さんはな。めくらだろうが何だろうが、人一倍(しといちばい)涙流して生きて来たんだよ。俺たちがたやすくどうこう言えるくちじゃねぇんだよ」

 どんと、強く机を拳で叩く京二郎に、一瞬おっ、と唖然としたが、こいつは大層できてやがると悟ると、漫然と笑って彼の肩を叩いた。

 「何だよ京坊、随分と入れ込んでやがんなぁ。知らねえ間に情がわいたか」

 「俺とおんなじ屋根の下暮らしてんだ。当たり()ぇだろうが」

 「おっ」と、京二郎の無自覚ながら確実に深まった二人の情を知った親分は、少し後ろに仰け反って口をすぼめていった。

 「旦那さん、ありがとうございます。あたしはそんなに温情いただいたことなぞございませんから」

両者に挟まれて、恥ずかしそうに俯き正座する市。

 斯様な恥じらいというのはあまり感じるものでは無い。船上にて侍と語らった時は、水中の刺客どもの殺気を受けて、いかに捌いて殺すかとばかり冷淡に考えるものであったが、もしこの現場で自分が抜刀した辻でも来たならば、確実に己の首が飛ぶだろう。

 それだけの()()()()()()()()

 

 

2.

「市さんよ」

 へえ、と正座したまま振り返ろうとしたのも刹那。

 かぶさってくるように京二郎の重みが背中いっぱいに乗って来た。

 「おお、旦那さん」

 「京二郎、でいいよ」

 あの見回りが午後の(とり)(こく)暮六(くれむっ)つで終り、平六からもすぐに帰れと、愉快に奉行所から追い出された。

 初めて市は平六と奉行所で(つら)を突き合せた。

 平六は終始俺の一番の出来の悪いせがれに女が出来たと、腹を抱えて笑っていたが、それはあくまでも職場の同心たちに、立て掛けて起こる人斬りの沙汰の鎌鼬(かまいたち)の行方知れずの苛立ちを目だたぬようにふるまうのみで、その炯眼(けいがん)に鬼の闘志は宿ったままであったのは公然だった。

 「では、京二郎さん」

 あの平六の笑いながら己を覗く目は決して笑っていなかったことを思い出しながら、廻って来た腕に掌で包む。

 「どうされたんです。今日はいつまでなくあたしに優しかったでございますな」

 「あんたが心配(しんぺえ)なんだよ。親父が、あんたのこと、鎌鼬(かまいたち)だと思ってる」

 心眼で見抜く市は、やはり平六の義理の息子が自身と同じくそれを感ぜられぬはずがないと思った。

 少なくとも己より平六の近親であるのだから、あの江戸の治安を守りつづけてきた男の瞳の疑りというものをぶつけぬ筈がない。

 それよりも心の重しなのは、自分の様な(めくら)に、その親分の息子がこうして心まで()かそうとしてくることだった。

 「あたしが鎌鼬?」

 「親父の目、あんたも視たかもしれねえが、本気であんたを下手に調べる算段かもしれねえ」

 「はは、(めくら)だったら刀よりも琵琶(びわ)くらいしか振り回しませんがね」

 「市さんが弾けねえのは知ってるさ。でもよ、あんたが侍の指圧で詳しい事と、鎌鼬の野郎に斬り方が、普通のじゃねえのが親父には引っかかるのさ」

 すっとぼける市も、不気味に冷や汗が首をつたった。

 「もしあたしが辻で、左様だったらどうします」

 「急におっかねえもん()くんじゃねえよ」

 「御疑いなんでございやしょ。だったら、あたしもあんまり居心地の良いもんじゃないですからね」

 急に殺伐とした雰囲気が前方の見えぬ顔から京二郎に返って来た。

 この女、なにを不気味な事を尋くというのか。

 京二郎は、そんな絵巻や歌舞伎の様な、言うなれば源氏物語の住吉神(すみよしのかみ)のような存在が己の人生をあやつっているのかと思えるようなめぐりあわせがある筈もないと思いつつ、急に眼底に浅草寺の本堂が浮いた。

 「そんな神仏の巡り合わせなんかある分けねえだろう」

 「さいざんすね、これは意地悪を……」

 後から焦りの感情をひねり出した怒声が来たのを、市は安心したようで不遇の綱わたりの感情で受け止めた。

 蠟が床に垂れた。

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