アドマイヤベガと彼女と過ごした幾星霜の記憶   作:ド下手部

1 / 1
振り向かなかったあの日を、後悔せずにいられるように。


アドマイヤベガと彼女と見たい1つの星座

「星を見に行くわ」

 

部屋に入るなり、彼女はそう言った。

彼女が星を見に行くのは、別にそうおかしな話じゃない。

数年前、新月の日。出会った時から習慣化していたことであった。

それでも私がおかしいなと思ったのは、今がまだ日中、星も見えない正午前であったからだ。

頭に疑問符が浮かぶ。それを察したのか、彼女は補足を入れた。

 

「星を見るって言っても、こっちからじゃ見えない星もあるの。だから、ちょっと遠くまで」

 

そう言って彼女が見せたのは航空機のチケット。

行き先はなんと南半球。今の日本は冬だから、きっと現地は真夏だ。

東京近辺ならまだしも、海外ともなると話は別。

指導者として彼女を導く責任がある以上、理由を聞かないわけにはいかなかった。

 

「なんでこの時期に?」

 

そう聞くと、彼女はほほえんだ。

「カノープス。日本からじゃよく見えないもの。せっかくなら星座で見ておきたくて」

 

彼女らしいといえばそうなのだが、私が求めていた答えではなかった。

彼女が答えたのは何をするか。私が欲していたのは、なぜそうするか。

“星座で見たい”という答えは「なぜ」の答えになりそうだったが、とはいえ納得のいくものでは無かった。なぜなら、あまりにもリターンが小さいから。

でもまあ、彼女にとっては重要なことなのだろう。人と人の間で価値観が違うってのはよくある話だ。ウマが合う相手だろうと、そのような違いというのは存在する。

それに、彼女を担当するなら、それは最初からわかっていたことだ。

私は勝手について行くだけ。だから、今回も勝手にやらせてもらう。

 

「まあいいや。アヤベ、チケット見せて」

 

彼女がさっき取り出した航空券を手に取る。

明日の朝、行き先は同じ。前日の購入は可能だっただろうか?仕事も無いわけではない。

とはいえ、幸いな事に今は色々な仕事がひと段落ついてる時期だ。私を縛る柵は何も…とはいかないけど、そんなにない。

迷いを捨てて、「購入」と書かれた赤いボタンを押す。

 

「明日の朝ね。私も行くから」

 

彼女はそんなに驚いていなかった。ちょっと拍子抜け。

 

 

 

 

 

 

翌日。

直行便で目的地に着いた私たちは、早々に展望スポットに向かっていた。

仕事柄飛行機には結構乗るんだけど、やっぱりあの感覚には慣れない。

結果として、今の私は飛行機酔いしてる。

でも、彼女はそんなのお構いなしにどんどん先に行ってしまうのだ。

 

「ちょっと、着いたばっかりなんだから少しゆっくりしてこうよ……観光とかさぁ」

 

ウマ娘と成人女性の体力差ってのも勿論あるけど、そもそもせっかく海外に来たのだ。観光するってのが礼儀なんじゃないかなぁ、なんて。

 

「悪いけど、観光してる暇なんて無いわよ。ホテルも取ってないし、帰りの便だってすぐだし」

 

まあ、そんなことだろうとは思ってたけどね。

 

「ボサっとしてると星が出ちゃうわ。ほら、早く」

勝手についてくるんでしょう?——うん。それを言われたら何も言えない。

 

 

 

 

 

「……着いたわよ。そろそろ降ろすけど大丈夫?」

 

「勝手について行く」って言った手前、あまり彼女を頼るわけにもいかなかったんだけれど、流石にヘトヘトの私を見かねたのか彼女は手を貸してくれた。

私はいつも助けられてばかりだ。

彼女を追って山に入ったあの時だってそうだった。

 

「…あ」

 

ふと見上げると、仄暗くなった空に一番星が出ていた。

アヤベにも教えてあげなくちゃ。ほら、見て!

 

「残念だけど、降りてくれないと見れないわ」

 

 

 

「買ってきたよ」

2人でベンチに腰掛ける。

正直勢いで来たからこの国がなんて国なのか覚えてないんだけど、英語が通じる国で良かった。そう思いながら、彼女にハーブティーを渡した。

お茶を飲み、星を見上げる。さっきまで、日本と違うところを色々見てきた筈なのに、何故だろう。こうしていると、日本とそう変わらない気がしてくる。

世界は繋がっている。同じ空の下で……ベタだけど、そういうことなのかな。

 

「でも、逆なんだ」

 

その時気づいた。日本とは、オリオン座の向きが逆。

よく見ると、周りの星もみんなそうだ。(私はあんまり星に詳しくないから、確証は持てないんだけれど)

 

「南半球だから、星が見える向きも逆なの。オリオン座の右肩にあるベテルギウスも、逆さだから下側に見えるわ。でも、違うのは星の向きだけじゃない。ほら、こっち」

 

彼女の指す方を見る。そっちにもやっぱり満天の星空。

素人目には、何が違うのかわからないけど……

 

「言ったでしょう?日本からじゃ見えなかったり、見えにくい星座もあるって。みなみじゅうじ座あたりは有名ね。ほうおう座だったり、はえ座っていうのもあるの。それで……」

 

再び、指す方向を見る。そこには、一際輝く星があった。

 

「あれがカノープス。りゅうこつ座の一等星で、全天で2番目に明るい星」

 

月並みだけど、本当に綺麗だった。

日本じゃあまず拝めないくらいの、まばゆい輝き。

知らず知らずのうちに、口から声が漏れる。

 

「……なんでアヤベがこっちに見に来たのか、今ならちょっとわかるかも」

 

「そうね。カノープス自体は日本からでも見えるけれど、場所が限られる上にここまで綺麗には見えないわ。それでも、それは本来の目的とはちょっと違う。わざわざこっちに来たのは、星座で見るためだもの」

 

そう前置いて、彼女は話し始める。

 

「りゅうこつ座は、元々アルゴ座という大きな一つの星座だったの。それがある時、4つに分かれた。ほ座と、とも座と、らしんばん座。そして、りゅうこつ座に。今ではもう、アルゴ座という星座を見ることはできない」

 

「でも、星は変わってないんでしょ?」

 

「見方の問題よ。それが何も変わっていなくても、認識が変わってしまっているの。もはや私はそれを「アルゴ座」として認識できない。「りゅうこつ座」や「とも座」としてしか認識できないの」

 

 

認識が変わってしまう。自分を責めるあまり、いつしか祈りは呪いに。

それは、彼女も良く知っていることだ。

既に別れてしまったもの。それはまるで何かを表しているようで。

もしかすると、これは彼女なりの——

考えすぎか。

 

 

空からも星は見えるのだろうか。

見えればいいなと、心から思う。




「ねぇアヤベ。私の認識は、初めて会った時から変わった?」
「あなたの認識は、ずっと「変な人」。これまでも、多分、これからも」

「…あなたは、いつまで私についてくるの?」
「う〜〜ん、ずっと。100年だって、1000年だって……12000年だって」
「………そう。それは——」
騒がしくなるね、きっと。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。