「『黒ZAP』、かぁ…………」
本日のガチマッチを終えた後、オレはデカ・タワー横のベンチに座り、うーんと唸っていた。
オレの悩みは数日前、ツバキに言われたことにある。
『うん。『黒ZAP』。低いランクで買えるわりには性能いいし、今使ってるわかばシューターより射程が長いし、スペシャルも同じ。同じ射程ならスプラシューターもあるけど……映像見た感じ、シオンの得意な戦い方は誰かのサポートだと思う。だから『黒ZAP』の方がいいんじゃないか?』
(確かに、ツバキの言う通りだ)
彼の言葉を思い出して反芻し、オレは顔をしかめる。
彼の言葉は理屈が通っている。
『N-ZAP85』。通称『黒ZAP』。
細身の銃身に、黒と灰色で統一された、シンプルなデザインのブキだ。今使っているわかばシューターは弾がバラけやすいが、その分塗りやすいという特徴がある。
それに比べて黒ZAPは弾が真っ直ぐに飛びやすく、キルが取りやすい。またインク効率も良いから、塗りも適度にこなすことが出来る。
キルの取りやすさなら同じ射程で攻撃力が高い『スプラシューター』の方が良いだろうが、サブとスペシャルが近接寄りだ。息が上がりやすいオレには少し厳しい。まさにオレが遭遇している状況に、黒ZAPはピッタリだった。
「─────でも」
オレが黒ZAPにあまり良い顔していないのは、とある理由があった。
父だ。
黒ZAPはかつて、オレが嫌っている父が愛用していたブキだった。
父から黒ZAPの話はよく聞いていたし、昔はそれほど父に対して嫌悪感も無かったから、黒ZAPに憧れていた。
黒ZAPを使用しているプロ選手の試合を見たり、スポーツ雑誌を見て動き方を勉強したりもした。黒ZAPを解説しているスポーツ雑誌がボロボロになるほどだ。
父さんの黒ZAPを借りて、ナワバリバトルごっこもした事がある。インクはまだ出せなかったから、あくまでナワバリバトルの“フリ”だけど。当時は両手でようやく持てる程の大きさと重さだったっけ。
だから他のブキより慣れ親しんでるし、たぶん今使っているわかばシューターより立ち回りは良くなるはずだ。黒ZAPは人気のあるブキだし、約20年前と性能はほぼ変わらないはずだ。今まで蓄えていた知識が無駄になることはないだろう。
でも、
(同じコートを着て、同じブキを使う。それはもう───)
大嫌いな父さんと、全く同じ姿じゃないか。
ギリっと奥歯が鳴る。
同じギア、同じブキを使うだけなのに、なぜそんな嫌悪感を抱くのか……自分でもよくわからない。
たぶん、父の力を借りているようで嫌なのだ……と、思う。
父の力を借りる、ということは自分は自立出来てないんじゃないのか? そう無意識に考えてしまうのだ。
それに父は無口で、何を考えているのかわからない。
僕は比較的空気を読める方だと、自覚してる。これは母さんもそうだったらしい。母さんほどではないけど、相手の空気の色がなんとなく見えるのだ。こう、相手の顔の周りに、色の付いたモヤのように見える。医者の先生曰く『共感覚』と言うらしい。
例えば面白い・楽しいなどは『橙色系統』、嬉しい・優しいなどは『桃色系統』、果ては色の濃さによっても感情の違いがわかる。
自分の感覚だからヒトに説明するのは少し、難しい。
母さんは理解してくれたけど、他のヒトに話しても「どういうこと?」と理解されにくかった。見えている色も、結局は僕の主観による所が大きいらしいので、正解率も実際にはよくわからない。けど、大体は合っていると思う。それで上手く立ち回れてきたし。
……が、父さんだけは本当にわからない。
記憶にある父の表情はいつも薄っすらと笑みを浮かべ、なんか悲しそうで、困ったような表情をするだけだった。
たまに見せる笑顔も、どこかぎこちない。まるで無理矢理作っているかのような笑顔だった。
母さんは「お父さんは優しいヒトよ」といつも言っていたけど……父からは『優しい色』が見えないのだ。それよりは警戒しているような……『淡い青色』だった。この色は大体、悪い空気の色だ。悲しみ、憐み、恐怖、蔑み……そういった類いのもの。
だからもし、僕が父と同じ戦法を使ったら。同じブキとギアを使ったら。父は良い顔をしないんじゃないか? そんな不安が頭をよぎる。
「もっと自立しろ」と、僕を叱るように────
「あれ? シオンじゃねぇか。どうしたんだ?」
「……リクさん?」
不意に頭上から声をかけられた。考え込んでいたオレは少し反応が遅れ、声の方向に顔を向ける。
「どうしたんですか? こんな所で」
「それはこっちの台詞だよ。俺は今から昼飯。前も言ったけどここ、俺の職場だからな」
リクさんがクイっと指差した建物──デカ・タワーを思わず見上げる。
あぁ、そういえば。リクさんはバトロイカ社に勤めてらっしゃるんだっけ。
「確かにもうお昼の時間でしたね……さっきまでバトルしていたので、すっかり忘れてました」
「おいおい……夢中になるのはいいが、飯はしっかり食えよ? ほら、コレやるから」
「えっ。あー……ありがとう、ございます」
「オレの奥さんの手作りだからな。大事に食えよ?」
冗談混じりにリクさんがおにぎりを一つ渡してくれる。
「…………リクさん。一つ相談、いいですか?」
「おう! なんだ?」
「友人の話───なんですけど……もし、とある問題を解決するために、嫌いな相手が使っていた道具をどうしても使わないといけない時……リクさんならどうしますか?」
「嫌いな相手……? それはどうしてもか?」
「はい。他に選択肢が無くて、あったとしてもそれはすごくハードルが高くて……それなのに、今すぐその問題を解決しないといけない。その問題を解決するのに一番手っ取り早く、かつ一番ベストな方法が、嫌いな相手の力を借りることだとしたら?」
「なんだそれ。やけに具体的な相談だな」
ニシシッとリクさんが微かに苦笑する。
「んー……俺なら、関係なく“使う”かな」
「嫌いな相手が使ってたもの、なのに?」
「あぁ。だって、“そんなの関係ない”からな」
リクさんはニヤッと笑った。
「たとえ嫌いな相手が使っていた道具だったとしても、結局はただの“モノ”だからな。『嫌いな相手が使っていた』というのは、ただの付加価値に過ぎない。それよりも重要なのは、その道具が持っている“価値”だ。つまり性能だな。性能が自分に合っていれば、使うのは当たり前だろ?」
「でも、それでも躊躇いませんか? だって、今まで嫌っていた相手ですよ? その道具を使っていたら、その嫌いな相手の顔がチラつくかもしれない。そうしたら、結局気になってしまって問題解決が上手く進まない…………と、友人が言ってて……」
「そうかぁ? じゃあシオンに置き換えて考えてみろよ。シオンは今『F-190』使っているけどさ、バトル中にアーティのこと、思い出したりするか?」
「…………しない、ですね……」
「だろ? だから何も問題は無い…………むしろ話を聞いている限り、俺にはその友達が必死に『その道具を使わない理由』を探しているように聞こえるぞ」
「『使わない理由』を……?」
「あぁ。嫌いな相手を、必死に嫌いになろうとしている気がする────本当はその友達も、そうわかっているんじゃないか?」
リクさんが僕の顔を覗き込んでくる。
オレはその答えを聞いて、少し考えこんだ。
「そう、ですね…………ありがとうございます。わざわざ答えてくださって」
「別にいいって! その“友達”にとって、少しでも参考になれば嬉しいよ────っと、そろそろ時間だな」
リクさんが腕時計を見て立ち上がる。いつの間にお昼ご飯を食べ終えていたようだった。
「じゃあ俺はここで仕事に戻るよ。話、出来て良かったぜ!」
「はい、こちらこそ。お昼の忙しい時間にすみません」
「そんなかしこまるなって! また気軽に連絡してくれ! じゃあバトル頑張れよな! ……あ! 飯もちゃんと食えよー!」
リクさんは軽く手を振って、デカ・タワーの中へ戻っていった。
友人の話だとぼかしはしたが……恐らくリクさんはオレの悩みだと気づいているのだろう。リクさんはああ見えて鋭いヒトだ。それに父と仲の良いリクさんが、父からオレの話を聞いていない訳がない。
じゃないと、わざわざ『F-190』の話を出さないはずだ。父がオレのことをなんて言っていたのかは気になるが……今はそんなことを気にしている余裕はない。
「──────よしっ」
オレは貰ったおにぎりを食べ終えた後、気合いを入れるためにパンッと軽く両頬を叩く。
食べ終えたおにぎりの中身は目が覚めるように酸っぱい、赤い梅干しだった。