「四つ葉のクローバーって良いよねー!“幸運の証”だし、なんか見つかると嬉しいし!」
ルリがキラキラとした表情で話しかけてくる。
「そう?オレはあまりクローバー好きじゃないけどね」
「えー?なんでー?」
「だって四つ葉のクローバーってヒトに踏まれた傷で出来るんだよ。そんなのが“幸運の証”って……普通に嫌でしょ」
「……シオンくんってさ、結構捻くれてるよね!」
「君も大概ハッキリと、的確に、遠慮なく、言葉吐くよね」
こんな会話が出来るほど、オレはルリといつの間にか遠慮が無くなっていた。
彼女のフレンドリーな性格のおかげもあるだろうけど、やはり一番はこの前のチームマッチのおかげだろう。
なんせルリはオレの恩人である、リクさんの娘さん。
でもそれだけではなく、彼女の人柄をなんとなく理解できてきたからこそ、『こんな対応をしても大丈夫』と線引きが出来るようになってきた。
彼女の本質は、その懐の深さだ。これはリクさんから受け継いだものだろう。
何事もポジティブに。名前に負けず、まるで瑠璃のように澄んだ青い海のように。たとえ波が荒れても、その波を味方に付けて、笑って立ち向かう。そんな強さが、彼女にはあった。
ならオレも少しは自分の素を出さなくては、彼女に失礼というものだろう。
実際オレが思ったことをそのまま言葉にしても、彼女どことなく嬉しそうに笑うのだ。
『ありのままの姿で話しあう』。
そんな関係に、彼女は喜んでいるようだった。たとえそれが辛辣な言葉であっても。
「ところで、なんで急に『四つ葉のクローバー』なの?」
「さっきバトル中に見たインクの形が四つ葉のクローバーっぽかったの!」
「あぁそう……」
前言撤回。
やっぱりこの子はよくわからない。
「それじゃあまた明日ね!今度はツバキくんも誘ってやろー!!」
「あぁはいはい、また今度ね。ツバキには一応伝えるだけ伝えておくよ」
ブンブンと腕が千切れそうなぐらい、手を振るルリを見送る。
まったく、あの元気が羨ましい。ちょっと分けてほしいぐらいだ。こっちは持病で少ししかバトルできないのに。
「さて。そんなことは一旦置いといて、と」
ルリの姿が見えなくなった後、オレはある場所に足を向ける。珍しく、オレは浮き足だっていた。
だってこの日はついに────
・
・
・
「これが、ジェットスイーパー……!!」
グリップを青緑色の二つのポンプ圧縮機で挟み、そこから伸びた一本の真っ直ぐな銃身。大きさも重さも、黒ZAPの倍以上の重圧感。
ここに来て唯一心惹かれていた、憧れのブキ───それが今、オレの手元に収まっていた。
そう、今日はついにジェットスイーパーの適正Rankまで上がり、ブキチさんから許可を得て買うことが出来るようになったのだ。
「ジェットスイーパーはポンプ圧をブーストして、チャージャーに迫る飛距離を得たシューターでし!サブのポイズンミストで相手を牽制し、スペシャルのマルチミサイルで一気に戦況を……」
「ブキチさん!少し射撃場使ってもいいですかっ!?」
「え?いや別にいいでしが……」
「ありがとうございます!!」
居ても立っても居られず、ブキチさんの言葉を遮ってブキ屋に隣接している射撃場を借りる。
試しに撃ってみると、ドッドッドッと重低音を響かせて弾が発射される。
黒ZAPより発射レートは遅く、インク効率も悪いが、何よりその長い射程は魅力的だ。
一撃必殺のチャージャーと真正面から勝負するのはキツイだろうが、他の味方を狙っているチャージャーにちょっかいをかけて、ヘイトを分散させることは出来そうだ。
(これからまた練習や研究のし直しだけど、これからはもっと長く、バトルが出来る───!!)
新品に輝く憧れのブキは、オレに対して新しい試練を与えてくる。
けれど、それ以上に新しい道が見えて、オレはワクワクした。
「よしっ!やるぞっ!!」
ギュッとジェットスイーパーを抱きしめた。
◇ ◆ ◇
それからは初めからのやり直しだった。
黒ZAPは元々事前知識があったし、スペシャルも同じだったため短期間で習得することが出来た。
でも、ジェットスイーパーはそうはいかない。
サブもスペシャルも、撃つ感覚さえ初めて経験するものだ。一朝一夕ではいかないだろう。
最初はバトルに出る時間より、射撃に篭る時間の割合を増やした。
射程、インク効率、何発で相手をキル出来るのか……全てを感覚で把握出来るように、何度も何度も撃ち続けた。
もちろん情報収集もした。黒ZAPの時と同じようにスポーツ雑誌を読み漁り、ネットで検索もした。
しかし、情報収集と実践経験を繰り返して、このブキの致命的な弱点に気づいた。
「一人でバトル潜るのきっっっつ……」
自分の部屋で寝転がり、天井をボーッと見上げる。
そう、ジェットスイーパーはサポート寄りのブキ。いや、圧倒的長射程の暴力から一方的にキルすることは出来るんだけど。基本は仲間と連携を取ることを前提としたブキだ。
一応野良のプレイヤーでも、連携を取れるようにボイスチャットが出来るようにはなっている。
しかし、ボイスチャットを付けるどころか、その存在すら知らないヒトが多い。
野良のプレイヤーは、味方でも動きがわからない。
いや、味方の方がより明後日の方向に飛び出したり、考えなしに突っ込んだりするから、余計わかりにくい。これはオレの経験の差だろう。地道にバトルへ潜るしかない。
その時、イカスマホが震えた。
(……?ルリからだ。なんだろう)
オレは何気なく、彼女の連絡を見た。
◇ ◆ ◇
「わーい!久々のリーグマッチーーー!!!」
相変わらず元気に叫ぶルリ。それをオレは呆れて見た。
ツバキは突然の大声にビクッと身体を飛び上がらせる。
ルリからの連絡は、久々の『リーグマッチのお誘い』だった。
オレはジェットスイーパーを買った日から数週間篭っていたし、ツバキはバイトで忙しかったから呼べなかったらしい。
でも、ちょうど良かった。ジェットスイーパーで、信頼できる仲間と一緒にバトルをしてみたかったんだ。ルリの誘いは渡りに船だった。
「二人とも、オレのお願いを聞いて欲しいんだけど」
「んー?なにー?」
「どうした?シオン」
「───試してみたい戦術があるんだ」
オレは二人に、自分のしたいことを打ち明けた。
・
・
・
「すっごーーーい!シオンくんすごいよ!勝率60%ごえ!!」
ルリが興奮した様子でシオンに詰め寄る。
「お、大袈裟だよ……というかルリ、近いからちょっと離れて」
グイッとルリを押しのける。
それでも興奮冷めやらぬ状態でピョンピョンとルリが跳ねる。
「いや、本当にすごいよシオン。俺、バトルでこんなに勝ったの初めてだ……その前にめちゃくちゃ動きやすかったし。シオンには指令役の素質があったんだな」
「ツバキも褒めすぎだよ……オレはただ、リクさんの真似をしただけ。まだまだ未熟者だよ」
オレが試したかったこととは───バトルの指示をオレに一任させてくれること。
二人はすぐさま承諾してくれて、オレはために溜めた知識を駆使してバトルを進めた。
三人でリーグマッチに入ったから一人は確実に野良プレイヤーになるんだけど……たった一人なら戦況に左右されにくい。
そしてオレの考え方は当たっていた。
慣れていないから時折ミスの指示を出してしまったが、二人は「気にするな」と慰めてくれた。やはり通信が出来る仲間がいて、オレの意図が伝わるってのは良いものだ。
おまけに勝った時の達成感も大きい。そして体力の消耗も少ないから、今までより多くバトルをすることが出来た。オレにはこの戦法が合っているらしい。
(やっぱりジェットスイーパーを買って正解だった。これなら、もっとこの道を極めることも───)
ぐぅ~~~~~。
「…………え?」
突然、大きなお腹の音が鳴り響いた。
「アハハハハっ!いっぱいバトルしたからお腹空いちゃった!!」
「ご、ごめんシオン。俺も……」
ルリはニシシッと、ツバキは申し訳なさそうにしている。
それを見て、僕は大きな大きな溜め息をついた。
・
・
・
「何か作るから、ちょっと待っててよ」
お腹が空いたとうるさい二人を鎮めるべく、オレは一番近かった自分の部屋へ連れて行き、すぐさま台所へ向かった。
二人には今日オレの我儘を聞いてもらったんだ。少しでもお礼はしとかないと。
それにちょうどご飯が余っていたし、テキトーにチャーハンでも作れば大丈夫だろう。
────しばらくして、
「お待たせ。こんな簡単なものしかないけど、文句は無しだよ」
ツバキの分は多めにして、オレは三人に取り分けたチャーハンをテーブルに置く。
「やったーー!いただきまーす!!」
「ごめんシオン。いただきます」
しかし一口食べた後、二人は唐突に固まった。
「……どうしたの?食べないの?」
あんなにお腹の音を鳴らしていた二人は、チャーハンをジッと見つめて動かない。
何かおかしなところでもあったかと一口食べてみると、特に問題はない。いつも通り、普通の味。
しばらくして、二人は黙々と食べ始めた。
「え、なにその無言。怖いんだけど。特にルリが無言とか、明日雨でも降るんじゃないの。何かまずかった?」
「いや、そうじゃないけど……なんというか……」
「シオンくんって料理できたんだね!!」
「は?」
予想外の言葉に、オレはポカンと口を開ける。
「しかもめちゃくちゃ美味ぇし。こんな美味い飯、食ったことねぇよ……」
「す、すごいよシオンくん!お店出せるよ!!」
「え?いやいや大袈裟でしょ……一人暮らしなら普通でしょ?」
「そうなの?」
「ちげぇよ!!少なくとも、俺はこんな美味くできねぇ!せいぜいスーパーでやっすい惣菜買って食うのが精一杯だわ!!」
(そ、そうなのか……)
オレは父さんが仕事であまり家にいないし、母さんの目の代わりをしたりで、家の手伝いを小さい頃から手伝っていた。だからこれが普通だと思っていた。
そういえば、両親共に料理が好きだった気がする。二人が楽しそうに料理をするから、仲間外れにされた気がしてムッとした記憶がある。慌てて妹と一緒に手伝いをしに行ったものだ。
「ねーねー!二人は兄弟とかいるの?」
「は?兄弟?」
「い、いきなりだな……」
ご飯を食べ終わった後、ルリが突然話しかけてきた。
「わたしはねー、お姉ちゃんがいるんだ!とっても優しくて、バトル強くて、優しくて、チョーサイコーにイカしてる自慢のお姉ちゃんなんだ!」
「今、『優しい』が2回入ってなかった?」
「へぇ……でも意外だな。ルリって一人っ子だと思っていた」
「でも、ルリが妹ってのは納得するよ。その……天真爛漫なところとか」
「シオンくんは?兄弟いる?」
「え、オレ?」
急に視線を向けられてオレは戸惑った。
「えっ、と……妹が一人、いるかな」
「妹!?妹がいるの!?」
「あー。っぽいな。シオン、面倒見いいし」
「え、そうなの?」
「そうなのって……自覚なかったのか……」
「いや自覚はしてたけど、いざ他人から言われると現実味が無いというか……」
「ねーねー!どんな子?どんな子?」
「そうだね……」
少し頭を巡らせて、シエロのことを思い出す。
「別に。普段人見知りで大人しい癖に、オレに対してはいつもワガママ言ってくる奴だよ」
「例えば?」
「例えば……全然好きな柄じゃないのに、オレと同じ物欲しがったり、ご飯作ってる時、危ないのに包丁持ちたがったり……とにかく、甘えたでワガママなんだよ」
「そう、か……」
「へー!シオンくんの妹ちゃん、シオンくんのことが大好きなんだね!」
「え?」
オレは予想外の言葉に目を見開いた。
「だってシオンくんと同じもの欲しがったり、同じことしようとしてくるんでしょ?
そんなの、お兄ちゃんが好きじゃないと絶対しないよ!わたしがそうだもん!!」
「そうだな。オレも思うよ。……兄妹の仲がいいなんて、羨ましいな」
ツバキが眩しそうに、目を細めて言った。
その言葉は哀愁が漂っていて、背景の色も青色。
(……混み合った事情があるんだろうな)
少し気になったが、彼のために踏み込むことはやめた。
「ねーねー!ツバキくんは?兄弟いるの!?」
………いや、この場にとんでもなく空気が読めない奴がいた。
オレはバレないように頭を抱えた。
「お、俺……は………」
ツバキはぐっと口をつぐむ。
見るに耐えて、オレはツバキに助け舟を出すことにした。
「ツバキ、無理して答えなくていいよ。こんなのはただの……」
「俺、は………兄貴と姉貴、2人いる……」
ツバキが苦しそうに、言葉を絞り出した。
「へー!そうなんだ!どんなヒト?」
「俺のこと、『ダメなヤツだ』って……ずっと笑ってた。殴られたし、気まぐれに大声で怒鳴りつけられたりもした………」
俯いて、拳を膝上で握りしめている。身体は震え、
奥歯を噛み締めている。
「あ……ご、ごめん!わたし、ヒドイことしちゃった……」
「……別に。大丈夫だよ。今はあのクソみたいな家から出て、自由気ままな一人暮らししてるしな!おかげでシオンとルリにも会えたし!
俺───今が一番楽しいんだ!ありがとうな!」
ニッと笑うツバキ。その背景の色は───さっきよりも深い、深い青色。
その日はそのまま、解散の流れとなってしまった。