(ふぅ……だいぶサマになってきたな)
あれから数日後。オレは練習を繰り返し、ウデマエもルールも全てB帯に上がった。
着実に力を付けていることが実感でき、オレは嬉しい思いを隠しきれず頬が緩む。
(このままいけば、きっと───!!)
「ねぇ、そこのキミ!」
突然、ロビーから声をかけられた。
振り返ると、そこには先ほど味方になったガール。
「キミ! さっきのバトルすごかったね! バッとカッコよく指示を出して、その通りに動いたら本当に動きやすくって! あんなことできるヒト、早々いないよー! おかげでスッキリ勝てたし!!」
「そう、ですか? ありがとうございます。でも、勝てたのは皆さんのおかげですよ」
驚いたが、ニッコリと微笑んで軽く対応する。
純粋に褒めてくれたのは嬉しかったしね。
「それでそれで! 一つ相談があるんだけど、いいかな?」
「はい、なんでしょう?」
「キミ、わたし達のチームに入らない!?」
「チーム……?」
オレは彼女の提案に首を傾げる。
「そう! チーム! わたし達のチームはね、7人ぐらいのエンジョイ勢なんだけど……みんな、誰よりもバトルには真剣に取り組んでいるんだ! キミの実力なら大歓迎だし、キミが来てくれたら8人になってすごく助かるんだけど、どうかな?」
チームの存在は知っている。
気の合う仲間、もしくは同じ志を持つ者同士が集まって、日夜バトルを共にするとか。かくゆうオレの憧れのプロプレイヤーも、チームを組んで大会に出ている。
そこまで考えて、オレは少し考え込む。まさかオレにチームのお誘いが来るとは思わなかった。
でも、確かに「気の合うフレンド同士でチームを組んで、自分の指令役としての経験を積みたい」と考えていたのも事実だ。エンジョイ勢という事らしいし、そこまで縛りの強いチームでは無さそうだ。
病弱なオレでも、適度に休憩を取りつつバトルに参加出来そうだった。
「…………わかった。いいですよ。ぜひ、貴女のチームに入らせてください」
「良かった! これでいっぱい楽しいバトルが出来そう! わたしはメロン! よろしくね!」
「オレはシオンです。よろしくお願いします」
手を差し出され、メロンとオレは握手を交わす。
───これが、オレの甘い予測だった。
◇ ◆ ◇
それからの数週間。オレは目まぐるしい日々を送ることになった。
ほぼ毎日あるチームメンバーとのバトル。連絡を取るために交換したツーイカ(無料会話アプリ)での、メンバーとの交流。バトル終了後の反省会など……。
最初はとても楽しかった。
だってこんな多くのフレンドに囲まれてバトルについて話し合えるなんて、オレにとって初めてのことだったから。
それに『指令役』というポジションが珍しいのか、オレは色々なバトルに引っ張りだこだった。
そりゃあ地味な後方支援より前線でキルした方が楽しいし、花形だからね。誰も進んで『指令役』なんて面倒なポジションに就きたがらないだろう。
オレも身体が耐えられるなら、前線でばんばんキルを取って目立ちたかった。
でも、性格的にも才能的にも、『指令役』がピッタリだったのだから仕方ない。
何より、頼りにされるのがとても嬉しかった。
まるで自分の存在を認められたみたいで、「ここに自分はいてもいいんだ」と、承認欲求が満たされていた。
しかし────、
『シオン! 明日のお昼、いつもの場所に集合な! 遅れるなよー』
『あーずるーい! わたしもシオンとバトルしたかったのに!』
『しょうがねぇだろ! だってシオンの言う通りに動けば、バトル勝てるんだから! 明日は俺の昇格戦なんだ! 大事な日なんだよ!』
『お、落ち着いて……メロンは明後日、一緒にやろう? 明日はグルトね』
『よっしゃ! じゃあいつも通りよろしくな!』
「…………いつも通り、ね……」
グループに送られてくる大量のメッセージを捌き、イカスマホをベッドに放り込んで倒れ込む。こほっと軽く咳き込んだ。
正直なところ、段々とキツくなってきた。
毎日のようにあるバトル。追いかけるのが大変な、大量のメッセージの往来。
オレの指示にかける信頼という名のプレッシャー。
そして何より───グループ内の不和。
そりゃあ8人も集まれば、意見の食い違いから喧嘩が起こることだってあるだろう。
でも、それを落ち着かせて中を取り次ぐのもまた、いつの間にかオレの役割になっていた。
このチームは少し歪だ。何がエンジョイ勢だ。
勝てなければ責任を押し付け合い、喧嘩が絶えない。
正々堂々喧嘩をするならまだいい。あとで個人的にメッセージを送ってきて、オレに他の仲間の愚痴を話してくる奴もいる。
一応共感をして、なだめてはいるが、メッセージでは相手の感情の色がわからない。
共感しか出来ない、というのが正しい状態かもしれない。
反省会だって、全然反省会じゃない。
いつの間にか雑談にすり替わっているのだ。
勝利に固執する軽いチーム。
それがオレの感想だった。
(でも、オレのしたいことは出来ているし、抜ける理由が無いしな……)
そんな感じで、オレは自分の身体に鞭を打って、ズルズルとチームに所属していた。
その時、ポコンッとまたイカスマホが通知を知らせてきた。
(何? また何かあったの?)
少しうんざりしながら、気怠げにイカスマホを見る。そこにあった名前は───
『ヤッホー! シオンくん! 明日ヒマ? 良かったら久しぶりにリーグマッチ行かない?』
「…………ルリ?」
そう、あの天真爛漫少女、ルリだった。
(なんか、久しぶりにメッセージが来た気がする)
そういえば近頃はチームのメンバーと毎日バトルをしてるから、ルリとバトルをするのは久しぶりかもしれない。
なぜか心が少し温かくなった気がするが、明日はすでに先客がいる。
『ごめん。明日は別のヒト達とバトルの約束してて。一緒に出来ない』
『あ、そういえばチームに入ったんだっけ? その子たちとやるの?』
『うん。そうだよ』
『そっかー。じゃあまた今度よろしくね!』
こんなあっさり諦めるなんて、ルリらしくない。そう思っていると──
『──ねぇ、シオンくん』
『なんだい?』
『ムリしちゃ、ダメだからね』
ルリのメッセージに、オレはドキリと心臓を飛び跳ねさせる。
なぜ、彼女はそんなメッセージを送ってきたんだろう。本当にルリらしくない。彼女は他人の様子など全く関係なく、振り回す性格のはずなのに。
オレは彼女のメッセージに何も返すことが出来ないまま、茫然とそのメッセージを見ていた。
・
・
・
それからさらに数週間後。秋も深まり、もうすぐ冬の準備をしなければいけない季節。
オレは久しぶりにシャケバイトへ顔を出した。
シフトのブキが得意なものばかりだったし、オカネも稼いでおきたかったからだ。
チームのメンバーには散々渋られたが、「オカネがいるなら仕方ない」と納得してくれた。
しかし、実際には「一日だけでもバトルから離れたい」というのが本音だった。
いちいち、オレが何かをするのにも許可がいる。文字でやり取りされる、相手が求めている本当の意味を考えないといけない。
ウザったい。
この夜のツーイカではまた喧嘩が耐えないんだろうなと考えると、また憂鬱になる。
(あんなにバトルが好きだったのに)
ボンヤリとしながらバイトの制服に着替える。
いや、今はバイトに集中しよう。そうすれば、少なくともこの時間だけはバトルのことを何も考えずに済む───
「シオン?」
ふと、後ろから声をかけられる。
「…………ツバキ?」
心配そうにオレを見る、ツバキがいた。
「久しぶり……だけど、どうした? 大丈夫か? 顔、真っ青だぞ……?」
「…………いや、大丈夫だよ」
「でも…………」
「本当に大丈夫だから。オカネが急に入り用になってね。欲しいギアがあるんだ」
嘘だ。本当はただ、気分転換に来ただけだ。欲しいギアなんてものも、無い。
「…………わかった。でも、無茶はしないでくれよ……?」
納得はしていないようだが、すんなり引き下がってくれた。
やっぱり、ツバキは優しい。オレに強制をしてこない、温厚なヒトだ。
オレはそんな彼の、性格に付け込んだ。
それがすごく、苦しくなった。
・
・
・
「……っ、ハァ……ハァ…………」
バイト中は、思ったより動けなかった。
何度も助けてもらい、オオモノシャケを撃ち漏らし、挙げ句の果てには金イクラを拾い忘れることすらあった。
でも、それが頭の隅に追いやられるほど、オレは衝動的にシャケどもに向かって弾を撃った。
フライパンを持って、無策に突っ込んでくる馬鹿ども。
それがオレのインクで弾け飛ぶ。
「立派に戦って、美味しく食べられる」のがシャケどもの美徳らしい。
はっ、笑わせる。
こんなの───無意味なただの自殺行為だ。
「シオンっ!!」
ガッと肩を引っ張られる感覚に襲われる。
それと同時に、オレの意識は少し現実へ引き戻される。
「シオン、落ち着け! 何をそんなに焦ってるんだ!? こんな乱暴にブキを撃つなんて……シオンらしくない!!」
「ツバキ…………大丈夫だよ。
「でもよ…………!!」
「大丈夫。本当に。大丈夫だから…………
“シオンらしく”相手の空気の色を見て、
“シオンらしく”上手に事を運ぶから……」
「…………? なにを、言って…………?」
ツバキが困惑した顔でこちらを見る。
君も、
「…………とにかく、今のWave終わったら一旦休もう? な?」
「…………そんなの、いらない」
「いや、休んだ方がいい。今のシオン、ちょっと変だよ」
変。変か。
ツバキの言葉に、笑いが込み上げてくる。
最初から黒インクなんて変なものを持って、病弱に生まれた僕は、一体どこまでが“普通”なんだろうか?
◇ ◆ ◇
バイトを中断して、達成したノルマ分の報酬のみ一応受け取っておく。
いつもの半分しかない。まぁ、当たり前だけど。
「シオン、大丈夫か……?」
おずおずと、ツバキが僕の顔を覗き込んでくる。
ツバキの背景の色は───青色。
その色に、少し吐き気を催した。
「…………だから大丈夫だってば。いつも通りだよ」
そっけなく返して顔を背ける。
「でも…………シオン、やっぱり変だよ。顔も真っ青だし……どこか体調悪いのか? ムリはしちゃダメだよ。身体弱いって、前に言って…………」
「───うるっさいなぁ! もうほっといてくれよ!!」
ツバキの説教じみた言葉に、イライラして大声を張り上げる。
ビクッとツバキが身体を震わせる。それが逆にイライラを加速させる。
「君に! 僕の何がわかるのさ!!」
背中越しに大声を出し、ツバキへ言葉を投げつける。
ボコッと胸の奥から、何かが吹き出した気がした。
「“シオンらしくない”? なんだよそれ!! 押し付けないでくれ! ウザいんだよ!!」
黒く、暗く、感情が波を荒立てる。
鼓動が、動悸が、激しく脈を打つ。
「誰かに押し付けられた僕でも、父さんでもない! 僕は僕だ! 僕は──────っ!?」
突然、喉の奥から何かが溢れる感覚がした。
「……っ! ゲホッ! ゴホッ!!」
咄嗟に左手を口元へ押さえる。
「シオン!?」
ツバキの悲痛な叫びが遠く聞こえる。
ボヤける視界。
左手から溢れるモノは、ボヤける視界でもわかるぐらい、深海のように真っ黒。
──────あぁ、やらかした。
頭が、身体が、スーッと冷めていく。
何か掴もうとするけれど、ズルッと滑って身体が堕ちる。
遠くで声がするけれど、なにもわからない。
めのまえにひろがるクロは、ぼくをのみこんで、なにもかも────
そこで、僕の意識はプツリと切れた。