「シオン!? おい、シオン! 大丈夫か!?」
突然倒れたシオンに、ツバキは慌てて駆けつける。
「…………なんだ、これ……?」
倒れたシオンを覗き込むと、その中には今まで見たこともないモノが映った。
彼が咄嗟に抑えた彼自身の左手とその口元。その先の地面には、深海のように黒い黒い液体が広がっていた。
遠目から見ればシオンのインクのように見えるその色。だが、シオンのような紫色は微塵も見えない。
まるで、底なし沼のような───
「……っ………………げほッ」
一瞬聞こえた小さな音に、ツバキはハッとした。
ヒューヒューと苦しそうに息をする友人。額には脂汗が滲み、じっくり見なくとも非常事態だとわかる姿。
(今はシオンのこと優先だ……! でも、どうすれば? 誰にこのことを言えば……)
「────あっ」
頼れるヒト、と考えてふと思い出した青色。
(あのヒトなら……!!)
ツバキは慌てて前に交換した番号に電話をかける。
本来であれば、病院にかけるのが一番良いのだろう。
しかし、この時のツバキはなぜか病院という考えが思い浮かばなかった。
得体の知れないモノを見たせいで、「とにかく誰か頼れるヒトを」という考えが先行したのかもしれない。
しかし幸か不幸か、ツバキが思い出したヒトが、その状況下での一番の適任者だった。
『もしもし? ツバキか? いったいどうした……』
「リ、リリリリリクさん!! たっ、助けて! シオンが、シオンがっ!!」
『っ! ツバキ、落ち着け。大丈夫、俺がちゃんと聞いてるから。シオンがどうした? 何かあったのか?』
思った以上に震えている自分の声。
聞き取りづらかっただろうに、優しく、強く話しかけてくれるリクに、ツバキは少しばかり安心した。
「シっ、シオンが……バイトの後いきなり倒れて……な、なんか黒いモノ吐いたみたいで……オ、オオオレ、どうしたらいいのかわからなくて……」
『……そうか。今どこにいる?』
「えっ、えっと、シャケバイトの前です! ホウシュウ受け取るところの前で……」
『分かった。今からそっちに行く。
────ツバキ、教えてくれてありがとうな。もう大丈夫。悪いけど、もう少しだけシオンの側にいてやってくれるか? すぐ向かうから』
「は、はい! お願いします!」
その他、シオンが楽になるような体勢などを教えてもらい、通話は切れた。
彼が吐いたモノから体を遠ざけ、また何か吐いても詰まらないように、体を横に寝かせる。
自分と同じ身長のはずなのに、彼の体は思ったよりもずいぶん軽かった。
(身体が弱いとは聞いていたけど、まさかこんなに弱かったなんて……)
苦しそうに息をする彼の背中をさすってやる。彼の顔が少し、和らいだ気がした。少しホッとする。
自分には、これぐらいしかできない。
(せっかく、初めての友達なのに──)
ツバキは唇を噛み締める。
シオンに初めて怒鳴られて、俺は一歩も動けなかった。
両親に、兄妹に、怒鳴られた光景がフラッシュバックして……倒れた友達に近づくこともできなかった。
今日の彼は───いつもの彼じゃなかった。
何か焦っていて、イライラしてて……無気力だった。
それはバイト前からわかっていた事だ。
でも、俺はそれをスルーした。
「シオンなら大丈夫」と、絶対的な信頼感があったから。
だって彼は臆病な俺より勇敢で、優しくて……いつも余裕を持って、俺に接してくれた。
俺の思い出したくない過去も、一切聞かないで接してくれた。
でも、それは俺の間違いだった。
シオンは───俺と同じ、悩みを持つ“普通”のヒトだった。
(あの時、強引にでも止めていれば……)
ここまで、酷いことにならなかったかもしれない。
(俺は彼のことを、まだぜんぜん知らない)
それがすごく、すごく悔しかった。