【完結】雨上がりの向こうへ   作:桜ノ宮雨

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 運命の出会いの話。


十八滴目 両親の過去②

「──────っ」

 

 目を覚ますと、そこはまた見知らぬ場所だった。

 まだ僕には悪運が残っていたらしい。

 

 しかし、さっきのような薄暗さはない。

 

 空色のカーテンに、床にはピンクの布。

 

 天井や壁はは研究所と同じ白色だけど、研究所のような重苦しい感じは受けない。

 

 そこかしこにぬいぐるみが置かれ、それ以上に本がたくさん置かれている。

 

 そして僕が寝かされていたのは、ふわふわであざやかな、まるで原っぱのような若草色のベッド。

 

 暗い色なんてほとんど無い、明るい部屋。

 

 

 僕があこがれた絵本のように、キラキラして温かい世界だった。

 

 

 

「あっ、起きた?」

 

 唐突に、目の前の扉から見知らぬイカが姿を現した。

 僕はとっさにベッドから飛び起き、戦う姿を取る。

 

 

 一瞬だけ、僕は目をうばわれた。

 

 視界が少し、キラキラとした。

 

 

 背格好からしてガール、だろうか。

 目の前のイカはベットと同じ色の2本の長いゲソをぐるぐると交互に巻いて右に流し、前ゲソは3つに分かれていて、眉毛が隠れそうな長さに切りそろえられていた。

 

 

 そしてガラスのように透き通った、紅色の眼をしていた。

 

 

 フリージアも同じ赤色の眼をしていたけれど、目の前の彼女はまた別の美しさがあった。

 その左目の下にはホクロがあり、キッと吊り上がった彼女の目の美しさがいっそう美しく思われる。

 

 

 僕はそこまで彼女の顔を観察したのち、ハッと我に帰って戦う姿をもう一度取る。

 

「あまり、動かない方がいいよ。君、すごい怪我してたし……ある程度は応急処置したけど、それでも傷が開いたら大変だし……なんか指先黒ずんでるし……」

 

 彼女の言葉でようやく、僕は自分の身体の状態に意識が向いた。

 

 火傷のアトにはヒンヤリする紙が貼られており、身体のあちこちには白くて長い紙が巻かれていた。

 そして彼女の言うとおり、指先は黒く染まっていた。

 

 体を、触られた? 

 

 実験のアトや黒インクのアトも見られた? 

 

「……言っとくけど、服の下はしてないわよ。あくまで応急処置したのは手足や顔だけ。…………流石に、ボーイの服脱がしてまで手当する勇気は、ちょっと……それに、あなたも勝手に身体見られるの、嫌でしょう?」

 

 彼女は服の下は見ていないらしい。

 

 なら、実験のアトや首後ろに印字された被験者の番号は見ていないだろう。それなら、僕の状況はバレていないはず。

 

 

 彼女は悪いイカではなさそう、だけど……それでも油断は出来ない。だってこの世界はザンコクだ。優しいイカなんて存在するかどうかも怪しいことは、今まで散々思い知らされた。

 

 僕にここまで優しくするのも、何か考えがあってのことかもしれない。警戒は解かない方がいいだろう。

 

 

 空気がピリッと張り詰める。彼女もこちらを警戒するようににらんでいる、ように見えた。

 

 

 

 

 ……………………ぐぅー。

 

「「……え?」」

 

 

 

 

 重苦しい空気を気にせず、間抜けな音が聞こえた。

 僕と彼女の声と思考が、初めて重なった。

 

 これは……僕のお腹の音? 

 

 

「…………くっ、ふふふ……あははははっ!」

 

 突然、彼女が笑い出した。僕は訳が分からずポカンと口を開ける。

 

 

「お腹、減ったんでしょう? これ、良かったら食べて。そのために作ってきたんだから」

 

 そこで彼女が何か持っていることに気付いた。彼女は僕に近づいて、その何かを差し出す。

 

 それは茶色で分厚い容器に入った、白くて小さいものがたくさんグツグツと煮えたものだった。

 

「……これは?」

「お粥よ。大丈夫。何も変なものは入ってないから。好みが分からなかったから、塩しか入れてないし」

「おかゆ?」

「お粥、嫌いだった?」

「いや……」

 

 目の前のものは『おかゆ』と言うらしい。スプーンがあるから、恐らく食べ物なんだろう。

 

 良い匂いに耐えきれなくなった僕は、恐る恐るその『おかゆ』を口に運ぶ。

 

 

「…………っ!」

 

 

 温かい。美味しい。

 

 

 そう感じた瞬間、僕はその『おかゆ』にがっついた。

 

「っ! ゴホッ、ゴホッ!」

「あっ、ほら慌てないで。まだたくさんあるし、作ろうと思えばもっとたくさん作れるんだから……それとまだ熱いんだから、ちゃんと冷ましてから食べて」

 

 むせた僕の背中を、優しくさすってくれる彼女。

 

 研究所で食べていた、ボソボソした食べ物と似ても似つかない食べ物。

 

 

 その優しく温かく、キラキラした世界に、僕は思わず涙を流していた。

 

 

「私はカイって言うの。あなたの名前は?」

「うっ……ぐすっ…………アー、…………アーティだ」

「アーティくんね。───良い名前」

 

 突然泣き出した僕を叱るでも驚くでもなく、彼女──カイがやさしく少し笑った。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「気になってたんだけど」

 

 おかゆを食べ終わった後、カイの言葉にビクッと僕は身体をふるわせる。

 

 何を聞かれるのだろうか。もしや実験の被験者だと気付かれただろうか。

 

 

 いや、気になるのは当たり前だ。こんな得体の知れないヤツ、気になる所が無いわけがない。

 

 でも黒インクについてどう説明したら……もしくは研究所に連れ返されるのだろうか──

 

 

「もしかしてアーティくん──病院から逃げ出してきたの?」

「…………は?」

 

 予想外の言葉に、僕から力の抜けた声が出た。

 

「だって病人服や白衣着てるし、怪我たくさんしてるし。何か嫌なことでもあったの?」

「えっ、あ、いや……そんなことは……」

 

 彼女は、僕が研究所から逃げてきたなんて、これっぽっちも考えついていない様子だった。

 

 もしかして、あの研究所はそんな普通の場所ではないのだろうか? 

 研究所から近い町だったからあるいは……と考えていたが、どうもそんなことは無いらしい。

 

 少なくとも、カイは研究所があるなんて、知らない様子だった。

 

 少し、ホッとした。

 

「とにかく、病院に行ってもう一度診てもらった方がいいよ。私は一般のイカだし、手当てするのにも限界が……」

「びょういん、は───」

 思わず視線を落とす。

 

 病院とは、確かにケガをみてくれる所だったと知識にはある。

 

 けど、僕の体をみせて大丈夫なのか? 

 

 黒インクは危険なものだ。専門家にみられると、流石に僕の生い立ちについて気付かれる可能性がある。それは危険過ぎる。

 

 

「……病院に行きたくないなら、ココにいる?」

「────えっ?」

 

 

 カイの提案に、思わず僕は戸惑いの声を出した。

 

「その代わり、あなたの症状は悪化するかもしれないわよ? それでもいいなら、ココにいてもいい。……ちょうど、部屋の空きはあるしね」

「でも、どうしてそこまで……?」

「別に、ただの気まぐれよ。というか、こんな怪我人を外に放り出す方が心に来るでしょ。それにアーティくん、行く宛はあるの?」

「いやない、けど……」

「じゃあ決まりね」

 

 カイが容器を片付けながらあっけらかんと言う。

 

 

 確かに研究所から隠れるのにはちょうど良いかもしれないが、これではカイに迷惑をかけてしまうのではないだろうか。それに、カイに危険があることも……

 

 

「──これからよろしくね? アーティくん」

 

 少し嬉しそうに見える彼女の笑顔。

 

 

 僕はその笑顔に思考が追いやられ……なし崩しに彼女と過ごすことになったのだった。

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