次の日、デカ・タワーに向かったオレはロビーで選手登録を済まし、初めてのブキとギアをもらう。
ギアとは選手に様々な効果をもたらす、特殊な装備のことだ。見た目は普通の服や靴と変わりない。
メインギアパワー1つとサブギアパワー3つがワンセットが付いており、メインギアパワーはサブギアパワーの3つ分の効果がある。
ギアはそれぞれアタマ・フク・クツの三種類に分けられる。
スポーツ雑誌やファッション雑誌にイカしたコーディネートが特集されることもあり、イカにイカしたギアにするのかということも、若者たちの密かなステータスだったりする。しかしオレが貰ったギアは…………
「だっさ……」
白いヘッドバンドに白いクツ、おまけに《わかばシャツ》という名前の、イカにも初心者感満載の黄色のTシャツだった。
オレは
ブキのわかばシューターはサブがスプラッシュボムにスペシャルがインクアーマーと、最初に貰うブキのわりに性能がいいってスポーツ雑誌で書いてあったんだけど。
「早くおカネ貯めて、ギア買わないとなぁ……」
しかし、ここでブツブツ文句を言っても仕方がない。オレは観念してナワバリバトルのブースへと向かった。
バトルには五種類ある。
まず一つ目が【ナワバリバトル】。
4対4に分かれてインクを塗り、より多くナワバリを確保したチームの勝利となる。そして塗った量を数字化した塗りポイント、勝利したなどの貢献度によって増えるボーナスがファイトマネーとして貰える。
昔インクリングとオクタリアンが戦った大ナワバリバトルをスポーツ化したもの、と歴史の授業で言ってたっけ。
そこから派生して、フレンドとチームを組めるものが【チームバトル】という二つ目のバトルだ。
次に三つ目が【ガチマッチ】。
ガチマッチはナワバリバトルより更に過激になったバトルだ。Rank(RPGでいうレベルのことだ)とは別に『ウデマエ』という強さが測定される。ガチマッチの中で更に四種類に分かれており、『ガチエリア』、『ガチヤグラ』、『ガチホコ』、『ガチアサリ』がある。こちらはRank10にならなければ参加することができない。
こちらもチームバトル同様、チームを組めるものが【リーグマッチ】だ。
最後に【プライベートマッチ】があるが、これはあまり気にしなくていいだろう。ただフレンド専用のバトルをするための部屋だ。
『マッチング完了。
ルール:ナワバリバトル。
ステージ:アロワナモール。
双方チーム、準備をしてください』
機械音のような、冷たい声がアナウンスしてくれる。
クツを確認し、手袋をしっかりとはめ直し、わかばシューターの状態を確認する。同じ部屋にいるチームはブキこそは多少違えど、オレと同じような初心者ギアを身につけている者ばかりだった。
いよいよ初めてのバトル。テレビで何度も見たあの景色を、いよいよオレが自身で実感する。緊張していない、と言えば嘘になる。今も少し、わかばシューターを持つ手が震えている。
けどオレの心を多く占めているのは不安ではなく、大きな期待感だった。
胸がはちきれそうなほど、身体がウズウズして仕方がないんだ。息が詰まって上手く表現できない。少ないだけで多少の不安はあるけれど、これがいわゆる武者震いってやつだろうか。
いきなりプロのような動きができるとは思っていない。でも、憧れのプロ選手が言っていたことを、参考にするのはできるはずだ。大きく深呼吸をする。だからきっと、大丈夫。その通りに動けば、きっと。
「ねぇちょっと! そこのあなた!」
「は? オレのこと?」
初めてのバトルに向けて気合いを溜めていたオレは、呼び止められる声によって集中が途切れる。
声の方向を向くと、そこにはオレより頭一つ分小さいガールがオレを見上げていた。まさにキラキラという効果音が聞こえてきそうな目で。
「ねぇねぇねぇ! あなたも初心者?」
「へ? あ……はい。そうですけど?」
「きぐーだね! 実はわたしもなの! すこーし前に始めたばかりで! バトルって楽しいよね! わたしもう毎日やってるよ! 特にローラー! わたしのお気に入りなんだー! そーかいだよ! 相手をバシバシ倒せるの! あなたもどう? ローラーやってみない!?」
「は、はぁ……」
怒涛の勢いにオレは思わず身体を一歩引く。よくよく見ると、彼女もオレと全く同じギアを着ていた。違うのは彼女の言う通り、ローラーを持っているということだけ。
けど……なんだ? 何かの勧誘か? そもそもローラーはブキの一種で、少しRankを上げないと買えなかったはず。オレが「使いたい!」と思っても、規則で使えない。そういうルールだ。そもそもあんな激しく動かなきゃいけないブキ、元から使う気一切無いが。
「ね? ね? どう? たのしーよ!」
「いや、オレ今回が本当に初めてだから……使いたいと思っても使えないんですよ」
「えーなんでー!?」
「だからそういうルールで……」
「ルールなんて気にしなくていいじゃん! 使いたいって思うブキ使えばいいんだよ!!」
しつこい。なんでこんな突っかかってくるんだ。
オレらは一時だけのチームだ。今後会わない可能性が高い。つまり表面上のお世辞は言えども、お節介をやく必要は全く無い。いや、お節介じゃなくてこれは押し付けだな。どっちにしても変わりない。
でも「ルールなんて気にするな」なんてまかり通ったらバトルは無法地帯だ。少し考えればわかる。もしかしてルールをよく分かっていないまま、この子はバトルをしてるんじゃないか? でもハッキリわかった。
彼女はオレが、一番嫌いなタイプだ。
関わるのは危険だ。気にせず無視する方向でいこう…………
『そろそろ開始します。
選手は転送装置に乗ってください』
「あ! もう始まる! ほらいこっ!」
「え。あ、ちょっ、ちょっと待って!!」
オレが気づかれないように距離を取ろうとすると、アナウンスを聞いた彼女がオレの手を強引に掴んで阻止する。
そしてそのまま走って転送装置へと向かった。オレは半分彼女に引きずられる形となりながら、慌てて自分のわかばシューターを落とさないように握り直した。
いつの間にか、僅かに残っていた不安もどこかへと走り去っていた。
◇ ◆ ◇
ステージには転送装置という機械を使い、【スタート地点】に送られる。このスタート地点というのが不思議な機械で、予め登録しておくと、デスしても特殊な技術によって数秒後に復活できる、という機能がある。これがあるから昔戦争の手段となるほど危険だったバトルを、危険が少ないスポーツにまで昇華出来たと言っても過言ではない。
だからスタート地点は通称【リスポーン地点】、【リス地】とも呼ばれたりする。むしろ通称の方が有名だ。正式名称を知らない方が多いんじゃないだろうか。
もちろん、バトル以外の場所で別のインクを浴びたり、溺れたりすると普通に死ぬ。
スタート地点に立ったオレは始まる前にもう一度、大きく深呼吸をする。
桃色に染まった、オレのゲソが揺れる。
緊張で少し、肩が固い。
控え室で乱された意識を、もう一度研ぎ澄ます。
テレビのナワバリバトルの様子や、憧れのプロの選手が言っていたことを思い出す。
大丈夫。初戦なんかじゃ負けない。
オレには、
『Ready……GO!』
(まずは……中央まで走る!)
試合開始の合図と共に、オレは飛び出した。
インクで道を作って潜り、走り抜ける。ただただ真っ直ぐ、アロワナモール中央広場を目指す。その繰り返し。
オレの憧れの選手が言ってた。「中央に先に陣取った方が勝率が上がる」と。
特にアロワナモールは上下に広いステージ。その効果は高いはず。
最初に中央に着いたのは、オレだけだった。
(中央に着いたらインクを塗って、逃げ道と戦闘場所を確保してっと)
中央にいるのはオレだけだから、すんなりと中央広場を制圧していく。
テレビで見た試合はどれも最初から手に汗握るような接戦ばかりだったけど、初心者ばかりのこの試合は全然そんなことない。一瞬オレだけがここにいるのかと、錯覚するぐらい静かな立ち上がりだった。
しかし、焦りは禁物。ある程度塗ったあとに顔を上げると、相手は坂道のすぐ手前の広場にまで迫っていた。味方も同じ。
それを見たオレは、壁の後ろに隠れるようにしてインクに潜る。
インクの補充と、とある作戦のためだ。
オレは生まれつき体が弱い。これでも小さい頃から毎日運動してマシにはなったけど、それでもあまり激しい運動はできない。撃ち合いなんてもってのほかだ。少しなら大丈夫だけど、そんなのにいちいち参加していたらオレの体力がすぐに尽きる。
そこで思いついた作戦が「センプク」だった。センプクならあまり動かない。体力を消耗しにくい。チャンスになれば味方を囮にして、後ろから一気に叩けばいい。
物音を立てないでいることは生まれつき慣れていた。「卑怯」と言われても気にしない。
どうせこの街で、オレは独りきりなのだから。
(来た…………)
そうこうしているうちに、中央で撃ち合いが始まった。オレは声を潜め、その様子を見守る。
最初のうちはオレが塗ったおかげで味方の優勢だった。
しかし相手の方が一歩上手なようで、どんどん中央は相手の色に染まる。
(まだだ……)
味方が一人やられた。
(まだだ……)
もう一人やられた。そのまま相手は右の高台へ。
(まだだ……)
味方が耐えきれず後ろの広場に逃げる。相手が二人追いかける。
中央広場に残ったのは、一人だけ。
(……今っ!)
オレは勢いよくインクから飛び出し、その無防備な背中に向けて、力の限り撃ちまくった。
「グワッ!」
相手の顔を見ることなく、相手の体は桃色のインクを撒き散らして弾けた。
思ったより大きく広がる桃色インク。
それはオレが勢い余って、多少なりとも弾を外したせいか。
オレは茫然と、その桃色のインク溜まりを見つめた。
「中央が桃色で塗られてる! 行くぞ!」
「…………!くっ……」
何かを感じる暇も無いまま、騒ぎに気づいた二人が戻ってきた。
急いでその場から離れる。
離れてすぐ、オレがいた場所は相手の色──黄色のインクが飛んできた。
すぐに相手の顔がニュッと現れる。
苦し紛れに三角錐型のスプラッシュボムを投げるが、それは相手を遥かに通り越して、その背後に転がった。
(どうしよう……どうしようどうしようどうしよう!!)
焦りは禁物。
そんな言葉は頭からすっかり抜け落ち、オレは無茶苦茶に逃げまくる。
黄色のインクがボクを絡めとろうと、追いかけてくる。
こうしている間にも挟み撃ちにされる可能性があるのだ。しかも初めてだから、余計焦るに決まってる。
その時、
───────キィィィィン、ボフッ
「え?」
小さく聞こえたその音を合図に、オレの頭が光だす。
力が湧いて、ふわふわと飛べそうな浮遊感。
「っ!! そうだ……!!」
そして思い出す。
オレのスペシャルはインクアーマー。
その効果は、一度だけデスを回避する!
(これしか無い……!)
「スペシャル発動!」
発動して数秒後、鎧のように硬いインクが体を纏った。
心に余裕ができたオレは急に立ち止まって振り返り、迫ってきた影にインクの弾を浴びせる。
「ギャッ!」
突然のことに止まれず、そのままオレに突進してきた相手はインクとなって沈んだ。
(まずは一人目!)
「クソっ!」
もう一人はそれを見て一瞬怯むも、再びオレに向かってインクを撃つ。
オレは迷わず、それに突っ込んだ。
「へ?」
相手が腑抜けた声をあげる。
インクの勢いにアーマーが身代わりとなる。
身代わりの鎧が外れたオレは、気にせず相手の懐に潜り込む。
「食らえっ!」
「グキャッ!」
超至近距離からのインク発射。
弾ける相手の体。
その時に飛び散るインクが、ほとんどオレにかかる。
攻撃力と集弾力の低いわかばシューターでも、超至近距離から食らえば相手が溶けるのにわずか一秒もかからなかった。
「ハァ……ハァ…………撃ち勝っ、た?」
やっと少し息をつく。
ぽたぽたとゲソから垂れる桃色のインク。
しばらく頭がぼんやりしていたけど、段々とさっき目の前の光景に実感が湧いてくる。
試合前とは違う感情で肩が上がる。
口角も自然と上がる。
ずっとテレビの中だと思っていたことと、似たようなことができたこと。
作戦通りにできたこと。
自分がやったという達成感。
なんだ、これ……!
楽しい!
楽しすぎる!
こんなドキドキしたこと、今まで無かった!!
「よしっ! やるぞ!!」
ぐいっと頬に付いたインクを拭い、オレは次の戦場へと足先を向けた。