それからは新しいことの連続だった。
「傷が少しなおるまで」と、外が寒い間は彼女の部屋で過ごすことになった。
これは『季節』というものであり、この寒い間は『冬』というらしい。
研究所の時と同じようにずっと部屋で過ごすことになったが……その生活は今までよりずっと良いものだった。
温かいごはん、温かいもうふ、そしてやさしくて温かいかおのカイ。まさにあこがれていた、絵本の世界のようだった。
しかし、彼女が「服の下のてあてをしたい」と言った時はなやんだ。
だって僕の体は研究によってボロボロになっている。僕自身でさえ、どんな状たいかわかっていない。
でも、最後にはお願いすることにした。彼女は研究所のことを知らないため、僕が被験者だってことはバレないと思ったからだ。
「──────っ」
彼女は僕の体を見て、驚きと怖がったかおをした。
そりゃあそうだろう。僕が黒インクの被験者だと知らなくても、その傷あとは怖いに違いない。
「…………やっぱりおどろいた、だろう?」
「…………えぇ、まぁ」
「こわいかい?」
「ううん。怖くは、ない」
「─────えっ」
すぐに答えた。その言葉に僕はとても驚いた。
「ただ…………悲しくて苦しいの。なんで、貴方がこんな傷を負っているの? 手足だけでも酷かったのに……こんな、どうして…………」
そう言って、彼女はボロボロと大粒の涙を流して泣き出した。
その様子に、僕は大きくとまどった。
「な、なんでキミが泣くんだい……? 泣かなくてもいいだろう…………?」
「ごっ、ごめんなさい……それはそう、なんだっ、けど…………涙、止まらなっ、くて…………」
ヒック、ヒックと涙をぬぐう彼女。それでも、涙は止まらない。
おどおどする僕はとりあえず、フリが泣いていた時と同じように彼女を抱きしめて、おそるおそる頭をなでた。
「あ、ありがとう……もう、大丈夫、だから……」
僕の胸の中で、彼女は泣きながら少し笑った。
そのかおを見て、僕はホッと胸をなでおろす。
…………今考えたら、半裸のボーイが泣きじゃくるガールを抱きしめて頭を撫でるなんて、とんでもないことしてるけどね。
でも当時の僕は「とりあえずカイが泣くのを止めよう」と、必死だったんだ。
◇ ◆ ◇
しばらくすると目立つ怪我が消えたため、僕はカイと相談して外に出てみることにした。
まだ胴体部分は傷痕が酷かったけど……服を着れば問題はない。たまに窓は開けていたが、実際に外へ出てみるとその感じ方はだいぶ違うことがわかった。
風が吹けばまだ肌寒いが、外の空気はふんわりと暖かく、心地いい。左ほほが痛むこともない。道に沿って置かれた容器には花が咲き、道路の隙間にさえ、小さな緑が顔を出している。ここに初めて訪れた時とは大違いだ。
この時期は『春』と言うらしい。
『ハイカラシティ』と呼ばれるこの街は、穏やかな景色にあふれていた。
・
・
・
「アーティくん、紹介するね。彼はリク。私の幼馴染だよ」
「おさななじみ……?」
「昔から一緒にいる
「……おー! アンタがアーティか! これからよろしくなー!」
カイから紹介されたボーイが、ニッと笑って僕に手を差し出してくる。
彼はリク、というらしい。海のような青色のゲソに、そのゲソを後ろでまとめて肩の片側に流し、まだらな模様の茶色の帽子を被っていた。
「……? どうした? 何か変なところあったか?」
「…………えっと」
彼は依然、手を僕に差し出してくる。僕はその意図が分からず、混乱した。
「あぁ。リクは『握手』をしようとしてるのよ」
「あくしゅ……?」
「『仲良くしよう』ってこと。ほら、アーティくんも手出して」
おそるおそる手を差し出すと、リクはギュッとその手を握ってきた。
急に握られたので、少しビックリする。
「よろしくな!」
ニシシッとリクが僕に笑いかけてくれる。
その態度に、僕は少し胸が温かくなった。
今回カイからリクを紹介されたのは、僕の服や生活に必要なものを買うためだった。
「いつまでもお兄ちゃんの服を着回す訳にもいかないし」と、カイがつぶやいていた気がする。
そこで異性より同性の方がいいだろうと、カイが気を回してくれた結果、リクに会うことになったのだ。
・
・
・
ある程度買い物が終わった後、最後に連れてこられたのは『サス・オ・ボン』というお店。
「せっかくならギア買ってバトルしようぜ!」という、リクの提案からだった。
「全く、リクってば本当にバトルのことしか頭に無いんだから」
「別にいいじゃねぇか。ギアだって服として機能するんだし、ついでにバトル出来るなら一石二鳥だろ?」
「アーティくんは怪我人なのよ? バトルなんて、まだまだ出来ないわよ」
「カイは過保護なんだよ。ちょっと運動した方が、怪我だって治りやすくなるって!」
「はぁ……バトル中はずる賢くなるのに、普段はなんでそんな脳筋なのよ……」
僕が初めて見る様々なフクに興味をひかれている後ろ、カイとリクが何やら話をしている。
ケンカ……をしてる訳ではないようだが、僕のイメージする普段のカイとは違い、リクと話している時の彼女は少しトゲが出ているように感じた。
(これが本当の彼女なんだろうか)
チラリと彼女らの方を見る。
確か、部屋に閉じこもっていた時に読んだ小説での、仲の良い友だち同士の話し方に似てる気がする。
(少し、うらやましいな)
僕は
「────あっ」
ふと、僕は店の隅に押し込まれるように置かれた、緑色のフクに目を奪われた。
手に取ってみると、そのフクは白くてパリッとした服と、首に巻く黒いヒモとセットで売られている物らしかった。肝心の緑色のフクは厚く、ゴワゴワしていて、首元にはフワフワのものが付いていた。全体的に大きくブカブカしていて、僕の体を覆い隠してくれそうなフクだった。
「どうしたのアーティくん? それ、気に入ったの?」
後ろからカイがひょこっと声をかけてきた。
「それは……『F-190』だっけか? デザインは人気なんだけど、メインがヒト速だからか、あんまり使ってるヒトいないよな」
「こらリク。それはこのフクが好きなヒトに失礼よ」
「そ、そんなつもりはねぇって! ただ今はイカ速重視の風潮じゃん!! 俺は事実を述べただけであって……」
「はいはい。自称バトル理論派は黙っといて。今はそんなの、まっっっったく聞いてないから」
「なんか俺の扱い酷くないか……?」
後ろでカイとリクが言い争い? みたいなことを話している。やっぱり仲が良いなぁと羨ましい。
けど、少しモヤっとした。この気持ちはなんなのだろう……?
「アーティくん、そのフク気になるなら試着してみたら? アーティくんの印象にピッタリだし、似合うと思うよ」
「え? でも今から段々暑くなってくるぞ? そうなったらコレ季節外れもいいところ……」
「リク、いちいち一言うるさい」
「…………でも、こんないいもの……僕にはとうてい……」
「何言ってるの。今日はあなたのフクを買いに来たんだから、遠慮しなくていいのよ?」
「そうだぜ! 試着なんてタダなんだし、試してみて損は無いぞ! さっきアレコレ言っちまったけど……結局のところ、最後は『自分が気にいるか』だからな!」
2人に押されて、僕はしちゃく室というところに入った。ここはフクをおためしで着れるところらしい。
戸惑いながらも、僕は今来ている服を脱いで……ふと、あることに気づいた。
「…………カイ、リク」
「おー? もう着替え終わったのか? 早かったな」
「どうしたの? アーティくん」
「えっと、その─────これ、どうやって着るんだい?」
リクとカイ(主にリクに)着方を教わって、僕は『F-190』を身につける。
白いシャツはアイツらを思い出して少し嫌な気持ちになったけど……このフクならば僕の傷痕も、白い肌も……首後ろの数字も。上手く隠せそうだ。
それに鏡に写る僕は先ほどとは少し別人のようで、なんだかしっくりときてしまった。
「おまたせ。着れたよ」
カーテンを開け、カイとリクの前に立つ。
2人は僕を見て、少し驚いたように固まった。
「どうしたの? なにか、僕は変なことをしてしまったかい……?」
「…………いや、アーティ。その格好──」
「─────すっっっっっごい似合ってる!!!」
「そ、そうかい…………?」
カイがキラキラした瞳で両手を握ってくる。こんな彼女を見るのは珍しい。
……少し、心臓に悪い。
思わず目線を彼女からそらすけど、不思議と嫌な気分にはならなかった。
「あ、でもネクタイの結び方、間違ってる。ネクタイって結ぶの難しいもんね。直してあげる」
彼女は僕の不格好だったネクタイを外し、手慣れた手付きで直してくれる。
少し、いやかなり嬉しかった。なぜなんだろう?
「はい、出来た。でもホントによく似合ってる! アーティくんのイメージにピッタリだよ!」
「あぁ。なんというか、『これしか無い!』ってぐらい似合ってるぞ! カジュアルとかの軽めの服よりも、そういったちょっと堅い服の方が似合うタイプなんだろうな!」
「そ、そうかな? 自分ではよく分からないんだけど……」
「服ってそういうものだと思うよ? やっぱり直感に任せる方が、自然と自分に合う服に会えるんじゃないかな」
カイがふふふっと口に手を当てて笑う。それ見て、リクもウンウンと頷いている。
「せっかくだし、そのフク買っちゃおう! これでナワバリバトルも出来るし!」
「あぁ、そうだな! 一緒に遊べるの、楽しみだ!」
「え、でも……それは2人に申し訳ない気が……」
「なんで? そんなに似合ってるのに?」
カイが僕のことを見て、こてんと首を傾げる。
可愛い。いや、そうじゃなくて。
「だぁいじょうぶだって! これは言わば“先行投資”だ! アーティがナワバリバトルにハマってくれたら嬉しいし、俺も一緒に遊べるフレンドが出来てやり甲斐があるしな!」
「そうよ。私はもうバトルはやってないけど……他の人のバトルを見るのも好きだし、それでアーティくんが楽しんでくれたら、もっと嬉しいもの。……もし気になるなら、バトルしてオカネ稼いで、少し返してくれればいいし」
カイとリクが同じように笑って、僕に話しかけてくれる。こんな風に他のヒトから好意を向けられるのは初めてだ。
それがどうしようもなく嬉しくて、こそばゆくて、胸の奥がほんのりと温かくなった。
・
・
・
結局僕はカイとリクに『F-190』を買ってもらい、「せっかくなら」とそのまま着て帰ることにした。
カイと赤く染まった帰り道を歩きながら、僕はぼんやりと空を見る。
カイと出会った頃と比べて、日が少し長くなったように感じる。きっと、これが『季節』というものなのだろう。
それにしても、空の変化は思っていたよりとても早い。カイと出会った頃は確か、どんよりと雲が空にかかり、風も身震いがするほど冷たかった。夜が訪れる時間は早く、時には冷たく白いモノが落ちてきた。
だが、今はどうだろう。今日みたいに遅くまで外出しても帰る頃にはまだ明るく、頬を掠める風も少し和らいだ気がする。
しかし────
「アーティくん」
「っ、どうしたんだい?」
唐突に、カイに話しかけられた。考え込んでいたせいか、少し反応が遅れてしまった。
「ちょっと、渡したい物があって」
そういって、カイはおずおずと僕に袋を渡してきた。
青く柔らかい布袋に黄色のリボンを結ばれたソレは、一目見るだけで特別な物とわかった。
開けていいか許可をもらって、僕は袋の中身を見る。
「──────っ」
袋の中身を見て、僕は思わず固まった。
中に入っていたのは僕の大嫌いな色───黒色の長い布と、黒色の手袋だった。
「“マフラー”と、バトルで使えるように革で出来た“手袋”よ。マフラーは首に巻いて寒さを防ぐもの。手袋も同じね。えっと、その……今から暑くなるのにこれらを贈るのはどうかと思ったけど……でも、アーティくんに似合いそうだったから、どうしても贈りたくって」
「……………………どうして、この色を?」
「黒色なら、あなたの傷痕と指先の黒色を隠してくれると思って。それにアーティくん、いつも寒がってたでしょう? マフラーと手袋なら、ちょうど良いかなって」
カイの理由に、僕は納得した。
確かに黒色は大嫌いな色だけど、僕の事情を隠すのにはちょうど良い。彼女の判断は間違っていない。『木を隠すなら森の中』と、カイに借りた小説に書いてあった気がする。ちょうどさっき、「まだ少し寒い」と感じていたのも事実だ。
でも…………
「…………黒色があなたの苦手な色だって、なんとなく分かってる。理由はよく分からないけど……よく固まってたもんね。でも、どうしてもこれを贈りたかったの─────ほら、ここ見て」
彼女が指差した先──マフラーの端の部分に、白色で4つのハートがつながったものが書かれていた。
他にもツルや葉のような模様が書かれており、4つのハートはその先に咲くようにあった。ツルや葉の模様より少し不格好で、そのハート達が良くも悪くもよく目立っていた。
「この刺繍はね、『クローバー』っていう植物なの。クローバーは基本3枚の葉の植物なんだけど……ごく稀に、こうやって4枚の葉で見つかるの。貴重なものだから、見つけたヒトには『幸運が訪れる』って言われてるの─────
だからね、このマフラーを付けることで、『アーティくんに幸運が訪れますように』って、思ったんだ」
ふんわりとほほ笑む彼女。その顔を見て、僕の視界はキラキラと輝いた。
胸の奥がキューッと締め付けられる感覚を覚えた。
「なぜ大嫌いな黒色を」と、考えてしまった自分が情けない。
彼女がとても優しいこと、わかっていたのに。
彼女は最初から最後まで、僕のことしか想っていなかったのだ。
「───あぁ、あぁ! ありがとう。大事に……本当に大事に使わせてもらう。本当にありがとう……!」
「───良かった。気に入ってもらえて」
ギュッと彼女からのプレゼントを抱きしめる。彼女はそんな僕を見て、ホッと息をついて笑った。
それ以来、僕は黒色がほんの少し、好きになった。