【完結】雨上がりの向こうへ   作:桜ノ宮雨

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 初めての幸せの話。


十九滴目 両親の過去③

 それからは新しいことの連続だった。

 

「傷が少しなおるまで」と、外が寒い間は彼女の部屋で過ごすことになった。

 これは『季節』というものであり、この寒い間は『冬』というらしい。

 

 研究所の時と同じようにずっと部屋で過ごすことになったが……その生活は今までよりずっと良いものだった。

 

 温かいごはん、温かいもうふ、そしてやさしくて温かいかおのカイ。まさにあこがれていた、絵本の世界のようだった。

 

 

 しかし、彼女が「服の下のてあてをしたい」と言った時はなやんだ。

 だって僕の体は研究によってボロボロになっている。僕自身でさえ、どんな状たいかわかっていない。

 

 でも、最後にはお願いすることにした。彼女は研究所のことを知らないため、僕が被験者だってことはバレないと思ったからだ。

 

 

「──────っ」

 彼女は僕の体を見て、驚きと怖がったかおをした。

 

 そりゃあそうだろう。僕が黒インクの被験者だと知らなくても、その傷あとは怖いに違いない。

「…………やっぱりおどろいた、だろう?」

「…………えぇ、まぁ」

「こわいかい?」

 

「ううん。怖くは、ない」

「─────えっ」

 

 すぐに答えた。その言葉に僕はとても驚いた。

 

「ただ…………悲しくて苦しいの。なんで、貴方がこんな傷を負っているの? 手足だけでも酷かったのに……こんな、どうして…………」

 

 そう言って、彼女はボロボロと大粒の涙を流して泣き出した。

 その様子に、僕は大きくとまどった。

 

「な、なんでキミが泣くんだい……? 泣かなくてもいいだろう…………?」

「ごっ、ごめんなさい……それはそう、なんだっ、けど…………涙、止まらなっ、くて…………」

 ヒック、ヒックと涙をぬぐう彼女。それでも、涙は止まらない。

 

 

 おどおどする僕はとりあえず、フリが泣いていた時と同じように彼女を抱きしめて、おそるおそる頭をなでた。

 

「あ、ありがとう……もう、大丈夫、だから……」

 

 僕の胸の中で、彼女は泣きながら少し笑った。

 そのかおを見て、僕はホッと胸をなでおろす。

 

 

 …………今考えたら、半裸のボーイが泣きじゃくるガールを抱きしめて頭を撫でるなんて、とんでもないことしてるけどね。

 

 でも当時の僕は「とりあえずカイが泣くのを止めよう」と、必死だったんだ。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 しばらくすると目立つ怪我が消えたため、僕はカイと相談して外に出てみることにした。

 

 まだ胴体部分は傷痕が酷かったけど……服を着れば問題はない。たまに窓は開けていたが、実際に外へ出てみるとその感じ方はだいぶ違うことがわかった。

 

 風が吹けばまだ肌寒いが、外の空気はふんわりと暖かく、心地いい。左ほほが痛むこともない。道に沿って置かれた容器には花が咲き、道路の隙間にさえ、小さな緑が顔を出している。ここに初めて訪れた時とは大違いだ。

 

 この時期は『春』と言うらしい。

 

『ハイカラシティ』と呼ばれるこの街は、穏やかな景色にあふれていた。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「アーティくん、紹介するね。彼はリク。私の幼馴染だよ」

「おさななじみ……?」

「昔から一緒にいる()()、ってこと」

「……おー! アンタがアーティか! これからよろしくなー!」

 

 カイから紹介されたボーイが、ニッと笑って僕に手を差し出してくる。

 

 彼はリク、というらしい。海のような青色のゲソに、そのゲソを後ろでまとめて肩の片側に流し、まだらな模様の茶色の帽子を被っていた。

 

「……? どうした? 何か変なところあったか?」

「…………えっと」

 

 彼は依然、手を僕に差し出してくる。僕はその意図が分からず、混乱した。

 

「あぁ。リクは『握手』をしようとしてるのよ」

「あくしゅ……?」

「『仲良くしよう』ってこと。ほら、アーティくんも手出して」

 

 おそるおそる手を差し出すと、リクはギュッとその手を握ってきた。

 急に握られたので、少しビックリする。

 

「よろしくな!」

 ニシシッとリクが僕に笑いかけてくれる。

 

 その態度に、僕は少し胸が温かくなった。

 

 

 今回カイからリクを紹介されたのは、僕の服や生活に必要なものを買うためだった。

「いつまでもお兄ちゃんの服を着回す訳にもいかないし」と、カイがつぶやいていた気がする。

 

 そこで異性より同性の方がいいだろうと、カイが気を回してくれた結果、リクに会うことになったのだ。

 

 

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 ・

 

 

 ある程度買い物が終わった後、最後に連れてこられたのは『サス・オ・ボン』というお店。

 

「せっかくならギア買ってバトルしようぜ!」という、リクの提案からだった。

 

 

「全く、リクってば本当にバトルのことしか頭に無いんだから」

「別にいいじゃねぇか。ギアだって服として機能するんだし、ついでにバトル出来るなら一石二鳥だろ?」

「アーティくんは怪我人なのよ? バトルなんて、まだまだ出来ないわよ」

「カイは過保護なんだよ。ちょっと運動した方が、怪我だって治りやすくなるって!」

「はぁ……バトル中はずる賢くなるのに、普段はなんでそんな脳筋なのよ……」

 

 僕が初めて見る様々なフクに興味をひかれている後ろ、カイとリクが何やら話をしている。

 

 

 ケンカ……をしてる訳ではないようだが、僕のイメージする普段のカイとは違い、リクと話している時の彼女は少しトゲが出ているように感じた。

 

(これが本当の彼女なんだろうか)

 

 

 チラリと彼女らの方を見る。

 

 確か、部屋に閉じこもっていた時に読んだ小説での、仲の良い友だち同士の話し方に似てる気がする。

 

(少し、うらやましいな)

 

 僕は()()()()()()、そう思った。

 

 

 

「────あっ」

 

 ふと、僕は店の隅に押し込まれるように置かれた、緑色のフクに目を奪われた。

 

 手に取ってみると、そのフクは白くてパリッとした服と、首に巻く黒いヒモとセットで売られている物らしかった。肝心の緑色のフクは厚く、ゴワゴワしていて、首元にはフワフワのものが付いていた。全体的に大きくブカブカしていて、僕の体を覆い隠してくれそうなフクだった。

 

「どうしたのアーティくん? それ、気に入ったの?」

 後ろからカイがひょこっと声をかけてきた。

 

「それは……『F-190』だっけか? デザインは人気なんだけど、メインがヒト速だからか、あんまり使ってるヒトいないよな」

「こらリク。それはこのフクが好きなヒトに失礼よ」

「そ、そんなつもりはねぇって! ただ今はイカ速重視の風潮じゃん!! 俺は事実を述べただけであって……」

「はいはい。自称バトル理論派は黙っといて。今はそんなの、まっっっったく聞いてないから」

「なんか俺の扱い酷くないか……?」

 

 後ろでカイとリクが言い争い? みたいなことを話している。やっぱり仲が良いなぁと羨ましい。

 

 けど、少しモヤっとした。この気持ちはなんなのだろう……? 

 

 

「アーティくん、そのフク気になるなら試着してみたら? アーティくんの印象にピッタリだし、似合うと思うよ」

「え? でも今から段々暑くなってくるぞ? そうなったらコレ季節外れもいいところ……」

「リク、いちいち一言うるさい」

 

「…………でも、こんないいもの……僕にはとうてい……」

「何言ってるの。今日はあなたのフクを買いに来たんだから、遠慮しなくていいのよ?」

「そうだぜ! 試着なんてタダなんだし、試してみて損は無いぞ! さっきアレコレ言っちまったけど……結局のところ、最後は『自分が気にいるか』だからな!」

 

 2人に押されて、僕はしちゃく室というところに入った。ここはフクをおためしで着れるところらしい。

 

 戸惑いながらも、僕は今来ている服を脱いで……ふと、あることに気づいた。

 

「…………カイ、リク」

「おー? もう着替え終わったのか? 早かったな」

「どうしたの? アーティくん」

 

「えっと、その─────これ、どうやって着るんだい?」

 

 

 

 リクとカイ(主にリクに)着方を教わって、僕は『F-190』を身につける。

 

 白いシャツはアイツらを思い出して少し嫌な気持ちになったけど……このフクならば僕の傷痕も、白い肌も……首後ろの数字も。上手く隠せそうだ。

 

 それに鏡に写る僕は先ほどとは少し別人のようで、なんだかしっくりときてしまった。

 

 

「おまたせ。着れたよ」

 カーテンを開け、カイとリクの前に立つ。

 

 2人は僕を見て、少し驚いたように固まった。

 

「どうしたの? なにか、僕は変なことをしてしまったかい……?」

「…………いや、アーティ。その格好──」

「─────すっっっっっごい似合ってる!!!」

「そ、そうかい…………?」

 

 カイがキラキラした瞳で両手を握ってくる。こんな彼女を見るのは珍しい。

 

 ……少し、心臓に悪い。

 

 思わず目線を彼女からそらすけど、不思議と嫌な気分にはならなかった。

 

 

「あ、でもネクタイの結び方、間違ってる。ネクタイって結ぶの難しいもんね。直してあげる」

 

 彼女は僕の不格好だったネクタイを外し、手慣れた手付きで直してくれる。

 

 少し、いやかなり嬉しかった。なぜなんだろう? 

 

「はい、出来た。でもホントによく似合ってる! アーティくんのイメージにピッタリだよ!」

「あぁ。なんというか、『これしか無い!』ってぐらい似合ってるぞ! カジュアルとかの軽めの服よりも、そういったちょっと堅い服の方が似合うタイプなんだろうな!」

「そ、そうかな? 自分ではよく分からないんだけど……」

「服ってそういうものだと思うよ? やっぱり直感に任せる方が、自然と自分に合う服に会えるんじゃないかな」

 

 カイがふふふっと口に手を当てて笑う。それ見て、リクもウンウンと頷いている。

 

「せっかくだし、そのフク買っちゃおう! これでナワバリバトルも出来るし!」

「あぁ、そうだな! 一緒に遊べるの、楽しみだ!」

「え、でも……それは2人に申し訳ない気が……」

「なんで? そんなに似合ってるのに?」

 

 カイが僕のことを見て、こてんと首を傾げる。

 

 可愛い。いや、そうじゃなくて。

 

「だぁいじょうぶだって! これは言わば“先行投資”だ! アーティがナワバリバトルにハマってくれたら嬉しいし、俺も一緒に遊べるフレンドが出来てやり甲斐があるしな!」

「そうよ。私はもうバトルはやってないけど……他の人のバトルを見るのも好きだし、それでアーティくんが楽しんでくれたら、もっと嬉しいもの。……もし気になるなら、バトルしてオカネ稼いで、少し返してくれればいいし」

 

 カイとリクが同じように笑って、僕に話しかけてくれる。こんな風に他のヒトから好意を向けられるのは初めてだ。

 

 

 それがどうしようもなく嬉しくて、こそばゆくて、胸の奥がほんのりと温かくなった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 結局僕はカイとリクに『F-190』を買ってもらい、「せっかくなら」とそのまま着て帰ることにした。

 

 カイと赤く染まった帰り道を歩きながら、僕はぼんやりと空を見る。

 

 カイと出会った頃と比べて、日が少し長くなったように感じる。きっと、これが『季節』というものなのだろう。

 

 それにしても、空の変化は思っていたよりとても早い。カイと出会った頃は確か、どんよりと雲が空にかかり、風も身震いがするほど冷たかった。夜が訪れる時間は早く、時には冷たく白いモノが落ちてきた。

 

 だが、今はどうだろう。今日みたいに遅くまで外出しても帰る頃にはまだ明るく、頬を掠める風も少し和らいだ気がする。

 しかし────

 

 

「アーティくん」

「っ、どうしたんだい?」

 

 唐突に、カイに話しかけられた。考え込んでいたせいか、少し反応が遅れてしまった。

 

「ちょっと、渡したい物があって」

 そういって、カイはおずおずと僕に袋を渡してきた。

 青く柔らかい布袋に黄色のリボンを結ばれたソレは、一目見るだけで特別な物とわかった。

 

 開けていいか許可をもらって、僕は袋の中身を見る。

 

「──────っ」

 

 袋の中身を見て、僕は思わず固まった。

 

 

 中に入っていたのは僕の大嫌いな色───黒色の長い布と、黒色の手袋だった。

 

「“マフラー”と、バトルで使えるように革で出来た“手袋”よ。マフラーは首に巻いて寒さを防ぐもの。手袋も同じね。えっと、その……今から暑くなるのにこれらを贈るのはどうかと思ったけど……でも、アーティくんに似合いそうだったから、どうしても贈りたくって」

 

「……………………どうして、この色を?」

 

「黒色なら、あなたの傷痕と指先の黒色を隠してくれると思って。それにアーティくん、いつも寒がってたでしょう? マフラーと手袋なら、ちょうど良いかなって」

 

 カイの理由に、僕は納得した。

 

 確かに黒色は大嫌いな色だけど、僕の事情を隠すのにはちょうど良い。彼女の判断は間違っていない。『木を隠すなら森の中』と、カイに借りた小説に書いてあった気がする。ちょうどさっき、「まだ少し寒い」と感じていたのも事実だ。

 

 でも…………

 

「…………黒色があなたの苦手な色だって、なんとなく分かってる。理由はよく分からないけど……よく固まってたもんね。でも、どうしてもこれを贈りたかったの─────ほら、ここ見て」

 

 彼女が指差した先──マフラーの端の部分に、白色で4つのハートがつながったものが書かれていた。

 他にもツルや葉のような模様が書かれており、4つのハートはその先に咲くようにあった。ツルや葉の模様より少し不格好で、そのハート達が良くも悪くもよく目立っていた。

 

「この刺繍はね、『クローバー』っていう植物なの。クローバーは基本3枚の葉の植物なんだけど……ごく稀に、こうやって4枚の葉で見つかるの。貴重なものだから、見つけたヒトには『幸運が訪れる』って言われてるの─────

 

 だからね、このマフラーを付けることで、『アーティくんに幸運が訪れますように』って、思ったんだ」

 

 ふんわりとほほ笑む彼女。その顔を見て、僕の視界はキラキラと輝いた。

 

 胸の奥がキューッと締め付けられる感覚を覚えた。

 

「なぜ大嫌いな黒色を」と、考えてしまった自分が情けない。

 彼女がとても優しいこと、わかっていたのに。

 

 彼女は最初から最後まで、僕のことしか想っていなかったのだ。

 

 

「───あぁ、あぁ! ありがとう。大事に……本当に大事に使わせてもらう。本当にありがとう……!」

「───良かった。気に入ってもらえて」

 

 ギュッと彼女からのプレゼントを抱きしめる。彼女はそんな僕を見て、ホッと息をついて笑った。

 

 それ以来、僕は黒色がほんの少し、好きになった。

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