【完結】雨上がりの向こうへ   作:桜ノ宮雨

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 決意の話。


二十滴目 両親の過去④

 それからは彼女との穏やかな日々が流れた。

 

 傷はカイの丁寧な看病のおかげで治っていったし、リクと一緒にバトルもした。N-ZAP85を購入したのもこの時だったかな。

 

 バトルはすごく楽しかった。今までの殺伐とした空気と違い、みんな楽しそうに自分の力を試しているんだ。

 

 そうだ。リクとの勝負は五分五分だったかな。今思えば、リクとはいわゆる“ライバル”という関係だったのかもしれない。彼はとても強くてね。僕ら二人の様子に、カイはいつも呆れていたかな。

 

 

 そんな中、僕はずっと気に掛かっていることがあった。

 

 それは妹──フリージアのことだった。

 

 

 傷もある程度完治し、そこそこ動けるようになった今、どこかにいる彼女を探しに行きたい気持ちが湧いてきたのだ。

 

 

「でもそれは」

 

 カイとの、生活の終わりを意味する。

 

 

 最近気がついたが、僕は彼女にも特別な感情を抱いている。

 

 ずっと側にいたい。もっと彼女に触れたい。

 

 そんな感情が、僕の思考をかき乱す。

 

 

 これが、小説に書いてあった『恋』というものなんだろうか? 

 

 

 

「アーティくん? どうしたの?」

 

 いつの間にか部屋に入ってきたカイが、ベッドの上でうずくまっていた僕に近づいてきた。

 

「ご飯出来たから呼びにきたんだけど……何かあった? どこか痛いところでもあるの?」

「カイ……」

 

 心配そうに僕の顔を覗く彼女。

 その優しさに、僕は心臓が締め付けられる。

 

 彼女は優しい。優しすぎる。

 

 得体の知れない僕をここまで手当てしてくれて、寝る場所と食べ物、温もりを与えてくれた。

 

 僕は彼女にもらったマフラーと手袋をギュッと握りしめる。

 

 異様に寒がる僕に、彼女が傷も隠せるようにとプレゼントしてくれた、とても大切なもの。

 

 彼女は僕のことを極度の寒がりだと思っているようだが……本当は黒インクを使用した後遺症だ。

 

 彼女はそれを知らない。

 

 僕が話していないから。

 

 

 僕はどれだけ、彼女に嘘をつき続けるだろう? 

 

 そんな僕が、彼女の側にいていいのか? 

 

 

 このまま……彼女の優しさに甘えてていいのか? 

 

 

 

 

「何も、話さなくていいよ」

「………………え?」

 

 僕は咄嗟に彼女の顔を見る。

 

 彼女の紅い瞳が、僕をジッと見ていた。

 

「あなたが何か抱えていることはわかる。あなたの身体が少し普通とは違うことも……

 でも、無理して話さなくていい。その様子だと、何かやるべきことがあるのでしょう? だから何も話さないまま、あなたはそのやるべきことをした方がいい」

「でも」

「大丈夫。私はずっとここにいるから。心配しないで? あなたがここを離れても、私はずっとここで待ってる。

 

 いつでも、帰ってきていいから」

 

 彼女の言葉に、僕は息を呑む。

 

 紅い瞳が、僕の心の内を見透かしている。

 

 

 ──彼女は強い女性だ。

 

 何も聞かないで、僕を温かく送り出そうとしている。

 

 それどころか、僕の帰る場所になってくれようとしている。

 

 

 

「…………カイ」

 

「…………何?」

 

 僕は意を決して、彼女に話しかけた。

 

 

 優しい彼女に、誠実になるために。

 

 

「聞いて、ほしいことがあるんだ」

「うん」

「僕は説明下手だから、聞きにくいかもしれない。それに、今から話すことは……そんな明るい話じゃない。それでもよければ、聞いてくれるかい?」

「うん、いいよ。聞かせて?」

 

 彼女はいつも通り、即答してくれた。

 

 

 それから僕は今まであったことを、全て話した。

 

 僕には生き別れになった妹がいること。

 

 僕達は黒インクの人体実験に使われた、被験者だったこと。

 

 黒インクとは、とても危険なものであること。

 

 そして研究所から逃げる際、黒インクを使用したこと。

 

 

 そしてヒトを、殺したかもしれないこと……

 

 

 

「…………じゃあ、あなたの身体が傷だらけなのも、身体が弱いことも、全部黒インクと実験のせい……って、こと?」

「恐らくね」

「この注射器に入っているものが……例の黒インク?」

 

 僕の懐から出した注射器を、カイはそーっと両方の掌の上に乗せて言った。

 

「そうだよ。逃げる時に咄嗟に掴んだのがニ本だったから……そのうちの一本だ。こんな危険なもの、簡単には捨てられなくて……

 それに万が一、追っ手が来た時使うかもしれないから、ずっと手元に残してる」

「追っ手、って……」

「研究所の生き残りだよ。僕がいた研究所は燃え尽きたけど、奴らが『他の研究所に応援を』って言ってたからね。まだアイツらの仲間がいる可能性が高い」

「そんな…………」

 

 僕が話した内容に、カイは顔面蒼白で俯く。

 

 

(やっぱり、嫌われた……かな)

 

 当たり前だ。こんな内容、受け入れられるはずがない。

 手当てをして、匿っていた相手が犯罪者、なんて──

 

 

 

 

「───そっか。話してくれて、ありがとう」

「え…………?」

 

 唐突に、僕はカイに抱きしめられた。

 

 彼女の大きな胸に顔を引き寄せられて、その柔らかな感触が僕を襲う。

 ふんわりと甘い香りがした。

 

「苦しかったね、辛かったね。そんな話しにくいこと、話してくれてありがとう」

 

 彼女の心臓が、とくんとくんと動く音がする。

 

 それはとても───安心できた。

 

「僕が怖く、ないのかい?」

「全く怖くないと言ったら嘘になる。でもどっちかというと……あなたがまだ危険な目に合うかもしれない、って方が怖い。それにあなたを信じるって、私決めたから」

「どうして、そこまで───」

 

「だって私───あなたのこと、好きになっちゃったんだもん」

 

 彼女の言葉に目を見開く。

 彼女の顔を見ると、彼女は出会った時と同じように優しく微笑んでいた。

 

「あなたはとっても優しいイカ。そんな辛い目にあっても、他のヒトのことを第一に考えることが出来るんだもの。それにあなたは──────」

 

 彼女が最後に発した言葉に、僕は息を呑む。

 

 視界がキラキラと、明るく輝いた気がした。

 

 

 君は、そんな考え方が出来るのか。

 

 こんな傷だらけの僕を、許してくれるのか。

 

 君はなんて───素敵なヒトなんだ。

 

 

「…………あぁ、アーティくん。やっぱり、それが本当の眼の色だったの?」

「え?」

「気付いてないの? 出会った時からずっと……あなたの感情が出た時、その色になっていたのよ? わかりやすくて、私は助かっていたけどね」

 

 彼女が戸棚の引き出しから手鏡を取り出して、僕の顔を映す。

 

 

 そこには彼女と同じような──紅い瞳の僕が映っていた。

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