【完結】雨上がりの向こうへ   作:桜ノ宮雨

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 【黒】が襲い掛かる話。

 ※暴力表現があります。ご注意ください。


二十一滴目 両親の過去⑤

 それから、僕はカイとリクに手伝ってもらって生き別れた妹──フリージアを探すのに協力してもらった。

 

 リクにはまだ何も説明していなかったのに、「俺も手伝わせてくれ」と頼み込まれて、渋々了承した。

 これ以上黒インクに関わるヒトを増やしたくなかったけど……リクの強い熱意に負けてしまった。

 

 リクはすごいヒトだ。

 

 何も話さない。不誠実な僕を、彼は何も聞かずに信じてくれた。

 

「もう俺達は“親友”だろ! そんなこと気にすんなって!」

 と、彼はいつも通りニシシッと笑った。

 

 それがとても、とても嬉しかった。

 

 

 一ヶ月ほど探したが、フリージアの情報は一切出てこなかった。

 

 町で聞き込みをするも、似た女の子を見たという噂すらない。

 

 彼女は無事なのだろうか。もしかして、あの時逃げ切れなかったのだろうか。

 焦りが先行し、僕は冷や汗をかく。

 

 

 まるで何者かが隠しているように、本当に情報が一切無いのだ。

 

 

「なぁ、もしかしたらメインストリートじゃなくて、路地裏を探した方がいいんじゃねぇか?」

 不意にリクがある提案をしてきた。

 

「カイがアーティ見つけたのも路地裏だったんだろ? じゃあアーティの妹さんも、路地裏のどっかに隠れてるのかもしれない」

「そうね……これだけ情報が無いとなると、ダウニーさん辺りにでも聞いて見た方がいいかも。あのヒト、路地裏の常連でしょ」

「そのヒトは路地裏の常連、って訳ではないと思うけどなぁ……」

「寝ぐらにしてる時点で同じよ。でも彼なら、たくさんのヒトを見てるでしょ」

「まぁそれはそうだな。少しなら情報得られるかも」

 

「それは…………大丈夫なのかい?」

 二人の会話に、少しの不安を覚える。

 

 

 なぜか、嫌な予感がしたのだ。

 胸がザワザワするような、気持ちの悪い感覚。

 

 それは僕が路地裏にあまり良い印象を抱いていないせいかもしれないけど……

 

 

「うーん……少し危険はあるかもしれないけど、大丈夫じゃないかな? ダウニーさんはああ見えて良いヒトだし、ハイカラシティはとても治安が良いもの。ちょっとは危険を冒さないと、ヒト探しなんて出来ないでしょう?」

「そうだな。それに何かあったとしても、俺とアーティでどうにかすれば良い話だし! だから頼りにしてるぜ! アーティ意外と喧嘩強いし!」

「…………あんまり荒事はやめてよね」

 

 そう言って、カイとリクは近くの路地裏へ足を運ぶ。

 

 

 違う。そうじゃないんだ。

 

 この街は、アイツらの───

 

 

「──────え?」

 その時、微かなカイの声が聞こえた。

 

「っ!!」

 僕は急いで彼女らの消えた方向へ走る。

 

 そこには────

 

 

「っ! おまえら、は…………」

 

 あの────見慣れた白衣姿が数人いた。

 

 

「あの……なんですか」

 

 リクがカイを庇うように、ソイツらの前に立つ。

 戸惑う彼女とは対照的に、その目は鋭い。

 

 

「カイっ! リクっ!」

 僕はその二人の側に駆け寄った。

 

「アーティくん!? その……ここに入った途端、なぜかこのヒト達に囲まれて……」

 カイが僕の方を見て、この状況を説明してくれる。

 

 リクは僕をチラリと見て、僕に何かを訴えかけてくる。

 後ろを見ると、僕が入ってきた所はすでに別のヤツが道を防いでいた。

 

 

(油断しすぎた…………!)

 

 僕もカイを庇うように、リクとは逆方向に身体を向ける。

 彼女は少し怯えていて、ギュッと僕のフクの裾を握ってきた。

 

 

 ヤツらは僕を見て、何やらヒソヒソと話している。

 

 恐らく、僕を捕まえに来たのだろう。

 だって僕は『大事な実験体』だ。

 そう易々と逃したくないのだろう。

 

(いつから付けられていた?)

 

 あまりにも、対処が早い。

 だって僕らは、つい先ほど路地裏に入ることを決めたのだ。監視をしていなければ、こんな大量にヒトを集めることなんて出来ないはず。

 

 

 もしやここ一ヶ月、街に出向き過ぎたのが原因かもしれない。

 

 なんてったって、僕は目立つ。

 

 季節外れになってきた黒いマフラーに黒い手袋、そして限りなく黒色に近くなってしまった、特徴的な紫色のゲソ。

 聞き込みをしたヒトに、わずかでもインパクトを与えるのには充分だろう。

 

(僕を犠牲にすれば、カイとリクは助かるか……?)

 

 いや、ダメだ。コイツらはヒトの命を何とも思っていない。

 

 仮に交渉に成功したとしても、見つかってしまった以上、カイとリクはいずれ『処分』されるだろう。

 それだけは絶対に避けなくてはいけない。

 

(いざとなれば、ポケットの黒インクで───!)

 僕はバレないようにポケットに手を入れ、黒インクの入った注射器を握りしめる。

 

 

 その時、

 

 

 

 ─────スピュン。

 

 

 

「………………えっ?」

 

 

 

 突然、その場に刺すような鋭い銃声が鳴り響いた。

 

 

 

「…………っっっっ!!」

 

 声にならない叫びをあげ、リクの体が右側に傾くのが視界の端に見えた。

 

「がっ……!?」

 

 確認しようと咄嗟にリクの方を振り向くと、自分の後頭部に強い衝撃が走った。

 

 地面が近づき、黒ずんだ紫色の液体が片側の視界を遮る。

 

 カイの声が聞こえた気がしたが、霧がかかったように思考がぐらついて、何を言っているのかわからない。

 

 そして意識がハッキリしないまま、さらにお腹や背中、さまざまな部分から小さな衝撃が襲ってきた。

 

 

 

 ようやく思考が現状に追いついた時、鈍い痛みが頭に遅れてやってきた。

 

 どうやら僕は最初、頭を強く打たれたらしい。そして現在進行形で体を殴られている。視界を遮る紫色の液体は僕のインクだろう。

 

 遮られていない視界でリクの姿を探すと、彼もまた青色のインクを右足から流し、僕と同じように研究員から体を殴られていた。

 

 先程の銃声は、リクの右足を狙ったものだった。

 

 

 

「よし、コイツを連れてけ」

 

 そう研究員の一人が言ったのが聞こえた。

 

 やはり。コイツらは僕以外の生死は関係ないのだろう。

 

 

 両腕を持ち上げられ、僕の上半身が持ち上げられる。

 

「アー……テ……く……っ…………!!」

 

 また彼女が何かを泣き叫んでいるのが聞こえた気がした。

 

 

 まだ朦朧とした意識の中、彼女の姿を探す。

 

 彼女は一人の研究員に、乱暴に地面へ組み伏せられていた。

 僕に向かって必死に左手を伸ばしている。

 

 視界の先で、いつの間にか落としてしまった僕のマフラーを、研究員が気づかず踏みつけた。

 

 

 ──あぁ、ごめんよ。カイ。

 

 せっかく君と、気持ちを交わし合ったというのに。

 

 こんな風に他者に踏みにじられて、僕たちの気持ちが引き裂かれる。

 

 

 そして思い知らされる。

 

 

 僕は君を、守ることが出来ない───

 

 

 

 途端、彼女が目の前の何かを、左手で掴んだ。

 

 それは細長く白い何かで、彼女が口で蓋を外す姿が見えた。

 

 押さえつけているヤツを含め、研究員達はそれに気が付いていない。

 銀色の針が、光を反射する。

 

「なに、を…………」

 

 

 そして彼女は思いっきり、右へ流していた自身のゲソにそれを突き刺した。

 

 

 どくんと、僕の心臓が鳴った気がした。

 

 嫌な予感がした。

 

 彼女のゲソが、刺した箇所からだんだん黒く染まっていく。

 

 彼女が苦しそうに、咳き込む。

 

 朦朧とした意識が、一気にハッキリとする。

 

 

 その症状は、この中で僕が一番よく知っている────

 

 

「ダメだカイ! それを使っては……!!」

 

 僕の声かけは、彼女には届かなかった。

 

 

 

 カイは拘束していた研究員を吹き飛ばし、近くにあったパイプを乱暴に毟り取る。

 

 研究員達がその姿を見て、戸惑いのどよめきを起こす。

 

 ふらりと立ち上がった彼女のゲソと瞳は、かつての僕と同じように……真っ黒に染まっていた。

 

 

 

 本来、黒インクは接種した時点で強い力を手にするが、同時に精神崩壊を起こし、最悪耐えきれずに身体が溶ける代物だ。

 

 僕の場合、実験で耐性を上げられていたから……黒インクを使用しても軽い副作用で済み、ある程度コントロールも出来ていた。

 それでも体温が低下し、体のあちこちが黒く染まってしまって、生活に支障が出ていたけどね。

 

 しかしカイには、そんな前提なんてない。強い痛みや衝動に、耐えられるはずがない。

 

 けど幸か不幸か、彼女は黒インクに少しだけ耐性があった。

 

 

 あってしまったんだ。

 

 

 

 その場は一瞬で地獄と化した。

 

 長くキレイに巻かれていたゲソをムチのように振り回し、暴力に操られて彼女の身体が揺れる。

 

 暴力で僕らを襲った研究員達は、同じように暴力によって吹き飛ばされていく。

 ブキを撃つ隙も、その判断をする暇もなく、圧倒的な力が彼らを襲う。

 怯えて逃げ出そうとした者も、すぐに気がついた彼女によって壁に叩きつけられる。

 

 そして中心で雄叫びをあげる、彼女のような黒い()()

 

 

「なんだよ、コレ…………」

 

 隣でボソッと、リクが呟くのが聞こえた。

 

 僕を持ち上げていた研究員を含め、彼らはすでに吹き飛ばされ、遠くで意識を失っている。

 

 

 けど、それでも彼女は止まらなかった。

 

 

 僕が研究所で使用した時と違い、完全に意識を失っているのだろう。

 

 あの痛みは、普通のイカでは到底耐えられるものではない。きっと、カイの全身には刺すような鋭い痛みが襲っているはずだ。

 

 

 そう考えている間にもふらりと、彼女の体が側に倒れている研究員の方へ向く。

 

「っ!!」

 

 それを見た僕は咄嗟に身体を動かした。クラクラする痛みを必死に耐え、彼女の元へ駆け寄った。

 

「アーティ!?」と、後ろでリクの声が微かに聞こえた。

 

 

 これ以上はいけない。そう本能で感じた。

 

 これ以上は研究員が死んでしまうかもしれない。

 いくら憎たらしいアイツらでも、命は命だ。君の手が僕のように、汚れるのは見たくない。カイの体も心配だ。

 

 

 それにこれ以上、黒インクに呑まれる君は見たくないっ……!! 

 

 

 もう彼女の腕は持っている鉄パイプを研究員へ振り下ろそうと、ゆっくり持ち上げている。

 

「カイっ!! もう、やめてくれ!! 君は……そんなヒトじゃないだろう!?」

 

 そんな彼女の身体を、正面からギュッと抱き止めた。

 

 すぐに吹き飛ばれるかと思ったが、不思議と彼女の動きは止まった。

 

「カイ……お願いだ、戻ってきてくれ。僕は君のそんな姿、もう見たくない……約束してくれただろう? 『僕を信じて、待っていてくれる』って……いつもの優しい君に戻ってくれ。

 

 僕は君まで、“こんなもの”に奪われたくない…………!!」

 

 

 僕は力いっぱい、カイを抱きしめた。僕の言葉が届く保証はない。拒絶されて、吹き飛ばされてしまうかもしれない。

 

 それでも、僅かな可能性に賭けたかった。

 

 

 まだ彼女の意識が、完全に呑まれきっていないことを。

 

 

「ァ…………ぁー、……ティ…………く」

 

 そう何か聞こえた後、まるで電池が途切れたかのように、彼女の体から力が抜けた。

 

 

「カイッ!? ……カイ! しっかりしてくれっ!!」

 膝から崩れ落ちる彼女の体に引っ張られ、僕も一緒にその場へ膝をつく。

 

 カラカランと高い音を立てて、鉄パイプが彼女の手からこぼれ落ちる。

 それと同時に彼女のゲソから黒色がスーッと引いていき、いつもの鮮やかな緑色が顔を出す……ことはなく、濁った緑色が彼女のゲソに残った。

 

 なんとか完全に倒れることは耐えたものの、彼女の体は鉛のように重く、僕の体へのしかかった。

 

 

(どうしよう、どうしよう!?)

 

 僕は無意識にギュッと、彼女の身体を抱きしめた。

 

 

 暴走は止まった。しかし、このまま彼女が目を覚まさなかったら? 

 

 悪い予想ばかりが頭の中を駆け巡り、僕の呼吸が浅くなる。

 

 彼女の意識はまるで暗い暗い深海に沈んでしまったかのようで……

 

 

 離してしまったら、彼女がそのまま溶けてしまうような気がした。

 

 

 

「カイ! アーティ!」

 

 突如、地面に座り込んでいた僕の肩が揺さぶられ、大声で名前を呼ばれた。

 

 パニックになった僕の思考は一瞬だけ止む。

 

 隣を見ると、そこにはリクの顔があった。

 

 

「リクっ! どうしよう……カ、カイが…………カイがっ!! ぼ、ぼくはなんてことを…………どうしたら…………!!」

「とりあえず落ち着け、アーティ! お前のせいじゃねぇから!」

 

 

 ふと、地面に顔を落とすと、青色の液体が目に入った。

 

(そうだ、そういえばリクも足を撃たれてて……)

 

 サッと血の気が引く。

 

 恐らく動かない足を引きずって来たのだろう、彼と同じ色のインクがズルズルと線を描いていた。

 

 彼女だけじゃない。彼にも僕は重症を負わせてしまった。

 

 彼にはなんの説明もしていないのに、引き返せないところまで彼を巻き込んでしまった。

 

 

「あ…………ァ、…………」

 

「大丈夫だ、アーティ。もう大丈夫だ。だから落ち着け。そんな事より、今は早く……」

 

「で、でもっ!! このまま彼女が目を覚まさなかったら? あのインクは危険なんだ! ぼくが“こんなもの”を持っていたせいで……

 彼女だけじゃない! 君にだって、ケガを負わせてしまった!! 

 これはぼくのせいだ…………

 

 ぼくがいなかったら、君たちをこんな目には…………っ!!」

 

「アーティっ!!」

 

 

 ビクッと肩を振るわせる。おそるおそるリクの顔を見ると、彼は怒りの表情をしていた。

 

 

「取り乱してどうする!? 今、カイを助けられるのは俺達だけなんだ! お前がテンパっていたら、助けられるものも助けられねぇんだぞ!? そんな後悔なら後でしろ!!」

 

「っ!!」

 

 リクの強く、でも優しい言葉に、僕はハッと息を呑む。

 

 そうだ。そんな事よりも、今は一刻も早く助けを呼ばなくてはいけない。

 

 かつてカイが僕を助けてくれたように、今度は僕が彼女を助けなくては……! 

 

 

「大丈夫だ。カイはまだ生きてる。俺もそんな重症じゃない。今助けを呼べば、まだ間に合う。わかったか?」

 

 僕は目にかかったインクをぐいっと拭い、リクの言葉に頷く。

 

「あぁ……分かってる。ありがとう、リク」

「……気にすんな。その代わり、後で色々説明してもらうからな」

 

 少し苦しそうな、でもいつものように、ニシシッとリクが笑った。

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