【完結】雨上がりの向こうへ   作:桜ノ宮雨

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 自分の気持ちに気づく話。


二十三滴目 『わからない』

 それから、僕は父さんに聞いたことをずっと考えていた。

 まさか僕の持病にそんな理由があったなんて、知らなかった。そして思った以上に、『黒インク』が危険なことも。

 

 父さんの話は……全て、初めて聞くことの連続だった。

 

『黒インク』の危険性。

『黒インク』を使った、非人道的な実験。

 父さんの出自。

 父さんと母さんの馴れ初め。

 隠匿された、大事件。

 

 なにより────父さんの、“ヒトゴロシ”発言。

 

 父さんのしたことは悪くない。

 生きるか死ぬかの瀬戸際だっただけ。そもそも本当に“ヒトゴロシ”だったのかすらわからない。

 もし僕も同じ立場……例えばシエロが誘拐されたりしたら、同じ行動を取ったと思う。

 自分のことはどうでもいい。ただ大切なヒトが無事ならば。

 

 その結果が、父さんの場合は“ヒトゴロシ”になった、というだけ。

 

 だから正直なところ、その点についてはあまり気にしていなかった。そこには自分でもちょっと驚いたけど。

 

 

 一番心に引っかかっていたのは───『自由に生きてくれ』と背を向けた、父さんの背中。

 

 

(どうして?)

 

 ようやく父さんが自分のことを話してくれたのに、またわからなくなった。

 

 まるで遠ざけるかのように、父さんは僕から距離を置く。かと思えば、この『F-190』を押し付けてきたように、距離を急に詰めてきたりする。

 行動がチグハグなのだ。極端、と言ってもいい。

 

 

 なぜ、父さんは僕から目を逸らすんだろう。

 

 

(僕が……『黒インク』を持って生まれたから?)

 

 話を聞く限り、父さんにとって『黒インク』は思い出すのも苦痛なレベルで嫌な代物だ。だからそれを持った僕を、父さんは見ていられなかったんだろうか? 

 

 でも、父さんから受けた愛情は“本物”だった。それだけは信じたい。じゃないと矛盾が生じる。

 だって、ウザいと感じるぐらい過保護に、ここまで育ててくれたのだ。黒インクのアザがハッキリした時、取り乱して泣いて謝るぐらいに。

 

 

 でも、だからこそわからなくなるのだ。

 

『贖罪の色』しか見えない背景に───父さんは何を考えているのかを。

 

 

 そういえば、リクさんは最初から知っていたのだろうか。

 いや、知っていたのだろう。だからオレをすごく気にかけてくれていた。病院の対応がスムーズだったのも、リクさんが裏で色々してくれていたに違いない。

 

 この世界にこんな世界があるなんて……想像もつかなかった。

 

 

 

 その時、ぐぅと控えめにお腹の音がなった。

(……もうそんな時間か)

 

 窓の外を見るとすでに赤い光は沈み切っている。

 黒インクのように暗い空が、部屋を覆い尽くしていた。

 

(とりあえずご飯……食べないと)

 フラフラと冷蔵庫に向かい、その扉を開ける。

 

「…………あ」

 

 冷蔵庫を開けて、初めて食材が全く無くなっていることに気づいた。

(三日分ぐらい、あったはずなんだけど)

 

 オレは少食だ。一日に三日分食べ尽くす、なんてことは物理的に出来ない。強盗にあったなら、それはそれで気づくはず。

 

 つまりオレは約三日間、ずっと部屋で考えこんでいたことになる。全く気付かなかった。

 

「…………食材、買いに行かないと」

 オレは財布とイカスマホだけを掴んで、重い重い部屋から外へ出た。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 かと言って自炊する気力も無く。オレは近くのスーパーに寄ってお弁当を買って食べることにした。

 ピークを過ぎた時間だったからか、スーパー内のヒトはまばらだった。当然、残っている商品も限られてくる。

 

(早く買って、早く帰ろう)

 とりあえず目についたお弁当に手を伸ばした。

 

 

「「………………あ」」

 同じお弁当に手を伸ばした人物と目が合う。

 

 

「シオン?」

「…………ツバキ」

 

 

 それはオレが傷つけてしまったフレンド、ツバキだった。

 

「シオン……大丈夫か? また顔色悪いぞ? まだ調子が悪いのか……?」

 

 傷つけてしまったのに、真っ先にオレを心配してくれる彼。

 その優しさに、オレは柄にもなく涙が出そうになる。

 

「ツバキ…………この間はごめん。オレ、イライラをツバキに八つ当たりしてしまった。ツバキはこの前、『怒鳴られるのが苦手』って言ってたのに……」

「それは……病気とストレスのせいだったんだろ? リクさんから聞いたよ。だからシオンは……悪くないよ」

「でも……アレは……」

「むしろ俺の方こそごめん……俺シオンが体調悪いこと、気づいてたのに。嫌われるのが怖くて止められなかった。

 俺が止めていたら、倒れるまで悪くなるってこと、なかったのに……」

「なんで……ツバキが謝るのさ。全部オレのせいにしていいんだよ。実際オレが悪いんだから」

「いや、でも…………」

 

 ツバキとの会話になんとなく既視感を覚えて、思わずプッと吹き出す。

 

「シオン…………?」

「くふふふ…………もう、やめよう? このままだと、お互い謝ってばっかりだ。だから、この話はこれで終わりにしよう。

 

 ───君とオレは、“友達”なんだからさ」

「っ! ───あぁ、そうだな!」

 

 ツバキが心底嬉しそうな“色”になる。

 顔を見合って、お互いクスクスと笑い合う。それはオレの心を、とても穏やかにしてくれた。

 

 

 

「シオンも晩ご飯まだなんだろ? 一緒にどこか食べに行くか?」

「…………いや、どうせならオレの家に来なよ。と言っても食材ほぼ無いから、今から買ってすぐ作れる鍋ぐらいしか出来ないけど」

「えっ……いいのか? でも俺めっちゃ食べるし……」

「オレが、ツバキに来てほしいんだ。……今、あまり家に一人で居たくなくて」

「……じゃ、じゃあさ! 『オトマリ』っていうの、してもいいか!? 俺、昔からすごく憧れててさ……!!」

 

 キラキラと効果音が聞こえてきそうな表情で言ってくるツバキ。ツバキからその提案が出てくることに少々驚いたが、その提案はいいかもしれない。

 現に今、オレは自分をコントロール出来ていないから……ヒトが一緒に居てくれていた方が、安心するかもしれない。

 

 

「お泊まり? ……うん、いいよ。むしろ助かる」

「じゃ、じゃあ! 俺、家からオトマリグッズ持ってくるよ!」

「あ、そういえば……オレの家にある鍋じゃあ、二人で食べるには小さいかも。それも買わないと……」

「大丈夫! 三、四人前? 用の鍋持ってるから! それも持ってくるよ!!」

「一人暮らしで、三、四人前用の鍋……? なんで持ってるの……?」

 こうして急遽、オレはツバキと『お泊まり会』をすることになった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 ツバキとの晩ご飯は、とても穏やかなものだった。

 突然決まったから鍋の素に少しアレンジをしただけだったが……それでもツバキは美味しい、美味しいとモリモリ食べてくれた。

 一緒に食べる、と言っても、オレはやはり多くは食べられないので……ツバキが食べる様子をほぼ眺めているだけになっていた

 

 でも、それでもいつもよりは多く食べることが出来た。誰かと久しぶりに、一緒にご飯を食べたからかな。とても懐かしい気持ちになった。

 

「シオン、食べないのか? これめちゃくちゃ美味しいぞ!?」

「ちゃんと食べてるよ。君がオレと比べて、たくさん食べるってだけ。……フグみたいに口の中パンパンになってるよ」

「あって、おいひいし……」

「慌てなくても、食材はたくさん買っただろう? 取らないから、ちゃんとよく噛んで食べて」

 

 ご飯を食べている時のツバキは、本当に嬉しそうな“色”をする。

 

(父さんも、これぐらいわかりやすかったらいいのに)

 つい、そう思ってしまった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「…………親父さんのことが、わからない?」

「…………うん。そうなんだ」

 ひと段落して、オレはツバキは自分の悩みを打ち明けた。

 

 もちろん、黒インクのことや父さんの出自についてはぼかした。

 ただ、両親には過去に事故があった事。

 それによってオレが病弱に生まれてしまった事。

 それを父さんが申し訳なく思っている事…………それだけを話した。

 

「オレは……父さんの‘’考えていること”がわからない。急に自分のこと話して歩み寄ってきたかと思えば、前触れもなく『自由に生きてくれ』って言って、オレを突き放したんだ……

 その行動が、よくわからない。矛盾してるんだ」

 

 ツバキはオレの話を、静かに聞いてくれた。聞きたいことがたくさんあっただろうに、静かに聞いてくれたんだ。

 

「普通はさ、自分のこと話してきたのなら、少しは相手の“考えていること”ってわかるじゃないか。そうじゃなくても、態度や言葉でなんとなくはわかる……

 でも、父さんは違う。まるで押しては返す波のように、一歩進んできたと思えば、次には二歩も下がってる」

 

「……」

 

「父さんは昔からそうだった。感情が見えないんだ。何も喋ってくれない。何も応えてくれない。勝手に行動して、勝手に納得する。“父さんが考えていること”は、いつも不透明で…………

 それが、昔から嫌だった。今回もそうだ。なんだって唐突に……」

 

「…………なぁ」

 突然、ツバキが口を挟んできた。

 

 

「……なんで、シオンは“親父さんの考えていること”にこだわってるんだ?」

 

 

「えっ……だって考えてることがわからなきゃ、父さんの行動の意味なんてわかるはずないじゃないか」

「でも」

 ツバキはあっけからんと、言い放った。

 

 

「『ヒトの考えていることがわからない』って、()()()()()()()だろ?」

 

「────っ!!」

 

 

 ツバキの言葉に、()はハッとした。

 

「俺だって……ヒトの考えていることが簡単にわかったら、こんなに苦労しないよ。でも、どこまでいっても俺以外は“他人”だ。だから色々考えちまうんだ」

「……じゃあ、どうして君は……僕と仲良くしてくれるの?」

 

 

「それは──シオンが、シオンだからだよ」

 

 

 ツバキは真っ直ぐに、僕に向かい合って言ってくれた。

 

「シオンといる時、すごく楽なんだ。少なくともシオンは俺のことを嫌っていないし、俺のこと第一に考えてくれるし、自分の意見をハッキリ言ってくれる…………それがたまらなく、安心出来るんだ」

 

 ツバキが穏やかな表情で、穏やかな『桃色』で、自分の気持ちを話してくれる。

 

 それは『信頼の色』だった。

 

「オレは口下手だ。だからそれを汲み取って、先に意見を言ってくれるシオンには本当に感謝してる。だから俺も、自分の意見をしっかりと言えるんだ……シオンは親父さんに、自分のことを話したのか?」

「それ、は…………」

 

 思わず口籠もる。

 

 

 相手の感情の色を読み取るのに必死で、『自分のことを話したか』なんて、頭の片隅にも無かった。

 

 

「家族から逃げた俺が言えた事ではないけど……シオンは親父さんと、よく話すべきだと思う。…………せっかく、仲良い家族なんだからさ、大事にしないと損だよ」

「仲良い、家族……?」

 ツバキの言葉に、少し疑問で返す。

 

「えっ、だってシオンの体調が心配で……わざわざ数時間かけて来てくれたんだろ? そんなの、相手のことを大事に思っていないとしないだろ」

 僕の疑問に、ツバキは非常に驚いた顔で返してくる。

 

 

 そうか。

 ツバキからは『仲良い家族』と、僕と父さんは映っているのか。

 そうか────

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 …………その後、「もう夜も遅いから」とお互い布団に入った。

 

 どちらがベッドに入るかの軽い論争はあったが、結局「まだ体調よくないんだろ」というツバキの圧に押されて僕がベッドに入った。

 

 床に簡単な布団と毛布をひいて、「もう食べられない……」と、少し寝言をいいながら眠りこけるツバキ。

 夢の中でも何か食べているらしい。全く、ツバキらしい事この上ない。

 

 

 対して僕はあまり寝付けず、天井を見上げながらツバキに言われたことを思い返す。

 

「『考えてることがわからないのは当たり前』か……」

 

 言われてみればそりゃあそうだ。

 

 いくら僕が『感情の色が見える』とは言え、それは僕からの直感。実際に合っているかどうかは本人に聞かないとわからない。

 ましてや『思考していること』など、最初から分かるわけがなかった。

 

 ───それに僕は、頼りすぎていた。

 

 あまりにも不安定、確実性のない直感に、「それが全てだ」と信じ切っていた。

 だって昔から、自分の思った通りに相手は感情を出してくれたから。同年代の子供はもちろん、大人達も同じだった。たまにちょっとズレることはあったけど、僕の答えはほぼ“正解”だった。

 

 ヒトの感情は複雑だ。

 

 相手自身が本当に『嬉しい』と思っていたとしても、無意識下では『迷惑だ』と、感じていることもある。笑っていても、本当に笑っているのかどうか、わからないこともある。例えばあの、リクさんの怖かった笑顔のように。

 

 自分でもそう、わかっていたはずなのに。

 

 

(僕は……どうしたい?)

 

 目を閉じて、考える。

 

 

 父さんの気持ちを考えるのは辞めだ。考えても意味が無い。だって答えなんて一生出ないのだから。

 

 ならば、自分自身の気持ちならば? 

 

 

 

(僕は─────)

 

 

 

 

 ガバッと飛び起きる。

 

 答えはすぐに出た。

 ひどく単純な答えだ。

 

 それは最初から、()()()()()()()

 

 問題はその後。

 

 

(どうやって、父さんに伝える───?)

 

 呼吸が浅くなる。否応にも焦りと不安が先行する。

 

 

 父さんは『自由にしなさい』とここから出ていった。

 それは、『僕にもう会わない』という意思表示だったのでは───? 

 

 

 早く伝えなければ、父さんが遥か遠くに行ってしまう。

 

 そう、感じた。

 

 

 

「…………シオン……?」

 

 切迫詰まった僕の雰囲気に感化されたのか、ツバキが眠そうに目を擦って僕を見る。

 

「……ごめん、ツバキ。起こしちゃった?」

「ううん。どうしたの?」

「ツバキ…………僕、実家に帰ろうと思う」

「じっか、に……?」

「うん。早く、父さんに僕の気持ちを伝えないと……父さんが、とても遠くに行ってしまう。そんな、気がして…………」

「…………そっか」

 ツバキはボーッとしながらも、返事をしてくれた。

 

 

「だから明日にでも……」

 

「じゃあすぐ、いかないとね」

 

「………………え?」

 

 

 ツバキの言葉に、僕は驚いた。

 

「だって、おとうさんがとおくに行ってしまうんでしょ? じゃあいまからすぐ、行かないと」

 

 ツバキが優しく微笑む。

 とても幼く、穏やかな性格。

 

 

 たぶん、これが本当の彼なんだろう。

 

 

「ぼくのことは、気にしないで。だいじょうぶ。だから───いっておいで」

 

「────あぁ……あぁ! ありがとう……本当に、ありがとう…………!!」

 

 

 胸に込み上げる物を感じながら、僕はツバキに感謝する。

 

 そして最低限の荷物、最低限の連絡をして家を飛び出した。

 

 

 

 ────父さんに、会いに行くために。

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