※吐血(インク)表現あり
その日から約一週間、オレはバトルの楽しさへとどんどんハマっていった。第一の目標は「おカネ稼ぎ」だったけど……
「まぁおカネを稼ぐには強くならなきゃいけないし! そのためにはバトルの数こなさないと!」
と、何故か言い訳みたいな言葉を言って、しばらく忘れていた。
あんなに「ダサい」と思ってた初心者ギアを付けて、とにかくバトルの感覚を掴むことに専念した。それぐらいのめり込んでいたんだ。
しかし、オレの体の貧弱さは心に付いていけなかった。
わかばシューターは使いやすいけど、射程が短いから結構動かないといけない。奇襲をした後、ある意味孤立しているわけだから全力で逃げなきゃいけない。家に帰ってきて速攻でベッドに倒れ込むなんて、ざらじゃなかった。この時ほど、自分が病弱で生まれてきたことを呪ったことは無い。
「なんで“黒インク”なんて危険なもの、持って生まれてきたんだろうなー……」
ベッドに寝転がりながら、いつもの手袋を外した両手を見つめる。両手には大きな染みと言ってもいいような、黒いアザがあった。
この黒いアザこそ、オレの体を蝕んでいる“黒インク”が存在している証拠だ。
“黒インク”とは、「他のインクとは比べ物にならないくらい、危険なもの」と両親に教わった知識ぐらいしかない。
色々調べても、全部噂程度なんだ。使ったら信じられないほど強くなるとか、精神がおかしくなるとか、他の色に染まれなくなるとか。
ただ、全部の噂において共通しているのは『怪しすぎる』ということだけ。
しかしその黒インクはオレの体を蝕み、病弱であることの原因であることは明白だった。あまり無茶をしすぎると、黒インクを吐いてしまう。それだけが、オレの体質で分かっていることの全てだった。
両親はそれ以上教えてくれない。それどころか、黒インクを嫌悪している感じだった。両親がお節介なのも、おそらくオレの黒インクが原因だと思う。
「シオンが信頼できると思うイカだけに、その黒インクのことを教えなさい」
それが両親との約束だった。だからオレは黒い手袋を肌身離さず着けている。手のアザが目立たないように。
しかし、今のギアには……目立つ。とにかく目立つ。
初心者ギアは全体的に白いのだ。黒い手袋はパッと目につく。
かと言って白い手袋は……それはそれでダサいし、なんかどっかの遊園地のマスコットキャラクターにいた気がする。
なんとなく目が怖くて、着ぐるみというか、被り物被っただけのコスプレみたいなやつ。なんだったっけ? なんとかくん?
とにかく、オレが言いたいのは「黒い手袋は目立つ」ということだ。
そんな訳だから、執拗に追いかけられることも少なくはなかった。目立つからターゲットにしやすいのだろう。いや多分、オレの恨みを買うような戦い方にも原因はあるんだろうけど。
それにしても……
「今日はなんか、いつもよりキルされまくったなぁ……」
とあるバトル後、どんよりとした雲の下で、オレは柄にもなく落ち込んでいた。
雑誌などで知識が豊富にあったオレは、たちまちチョーシがぐんぐん伸びた。
それが「もっと上の部屋でも問題なし」と判断されたのか、今日は周りのランクが少し高い部屋に入れられてしまったのだった。
当然、オレは全然歯が立たない。中央に行けば、あっとういう間にデスを重ねてしまった。仕方なく、この部屋では後ろの方で塗りに専念していたのだが……
(でも、あんな奥にまで相手が来るなんて)
さっきのバトルは明らかにおかしかった。
「自意識過剰だ」って言われたらそこまでだけど、しつこく同じ相手に何度もキルされた。しかもほぼスタート地点に近い、いわゆるリスキル状態に近い状態で。
まるでオレだけを狙ったかのような…………
「いやぁさっきのバトルは爽快だったな! すげぇキルできたぜ!」
考え事をしていたボクにふと、後方で話していた二人のボーイの声が耳についた。
振り返るとそれは例の、オレがキルされまくった相手だった。
何故、彼の声が気になったのだろう。
何もおかしくない、普通の会話だ。
ただの普通の…………
「あぁ、これだから『初心者狩り』はやめられねぇな!」
「───────っ」
息が、止まった。
「特にあの黒い手袋着けた初心者! めちゃくちゃ目立ったよな! おかげでリスポーンしたときわかりやすかったぜ!」
「煽ってやっても、懲りずに来るんだもんな! 他のやつらは諦めムードだったのに!」
「お子ちゃまだから『リスキルされてるー』なんて分かってなかったんだよ絶対!」
「ガチの初心者だったのか、はたまたホンモノのバカだったか!」
嘲笑う二人。
何も、考えられない。
二人の会話とオレの心臓の音が、うるさく響く。
いつの間にかポツポツと、外で雨が地面を叩いていた。
「というか初心者はバトル来るなよなー!」
「そうそう。ま、オレらにとっちゃあ良いカモだけどな!」
「頑張ってる姿とか、すっげぇ寒いし」
「ホント、迷惑なんだよ!」
そのボーイの最後の言葉は、コンクリートを蹴る音と雨音に掻き消された。
息が、うまく吸えない。
肺が、空気を受け付けない。
頭が、真っ白な色で塗り潰される。
ゲソを、肌を、雨が微かに溶かしていく。
冷たい、寒い、冷たい、寒い、寒い寒い寒い寒い寒───────
「っ! ゲホッゲホッゲホッ! ……ゴホッ、ぅあ……ハ、ァ……ハァ…………!」
唐突な嗚咽。
それによって僕の意識は現実へと引き戻される。
周りは見たことの無い風景だった。
暗く、ジメジメしていて、イカっ子一人いない。
入り組んだ建物は不思議な形をしていて、雨はスレスレのところで僕に当たらない。
ここは……どこかの路地裏?
「ぐっ、ゲホッゴホッゴホッ、かハッ! …………ぉえ」
さらに吐き気が僕を襲う。
思わず押さえる手。
立ってられなくなり、条件反射で壁に手をつき支えようとするも、足はそのまま崩れ落ちる。
「く、ろ……インク……が…………」
虚ろな視界に写るのは、黒い手袋に負けないくらい黒い液体。
それを見たオレは少し、冷静を取り戻す。
さっきの、コンクリートを蹴る音はオレが走り去った音だったのだ。
一刻も早く立ち去りたい。
そんな感情だけで、体が動いた。
思考が追いつかないぐらいに。
全力で駆けて、駆けて、駆けて。
インクリングには天敵の雨も気にならないほどに。
ただただ、感情だけが突っ走った。
情けなくなるぐらい貧弱な体も、当然追いつくはずもなく。
「クソっ!」
黒インクを握り締め、壁に手を叩きつける。
鈍い痛みも気にならなかった。
全て、悔しかった。
チョーシが良かったから、心のどこかで「オレは特別なのだ」と、思っていたのかもしれない。
でも全然、そんなことは無かった。
オレはちっぽけなのだと、改めて実感した。
むしろオレはハンデを背負っているのだと、実感した。
「……ぜってぇ諦めねぇ」
最初に口をついて出たのは、そんな言葉。
「馬鹿したアイツらも、システムにも、感情にも、知らんぷりを決め込む他のイカたちにも、自分の貧弱な体にも、ぜってぇ負けねぇ」
「
「オレはこんな、何かに熱くなるような奴ではない」と。
「気にするもんか。
ザーザーと容赦なく降る雨。
そのずっと上の方を睨みつけ、オレはおもむろに立ち上がった。
───これは僕の、雨上がりへ向かう軌跡の物語。