あの雨の日の翌日。
まずはギアを整えなければいけないと考えたオレは、デカ・タワーの前にあるギア専門店を色々訪れていた。一目で初心者と思われないようにだ。
しかし、
「……高いなぁ」
ショーケースや店内に並んでいるものは高価なものばかり。作るのに特殊な技術がいるギアだから、普通の服より少し割高なのだ。
ナワバリバトルで稼いだなけなしのおカネの中から生活費、家賃なども払っているから、オレがギアを買うのに使えるおカネはさらに少なくなる。
そしてカッコイイからと言って、自分が気に入らなければ買っても意味が無い。
また、気に入ってもメインギアパワーが自分にとって要らないものなら、それもまた買っても意味が無いものとなる。貧乏とは不便なものだ。
その中でも多少の妥協をしてなんとか、アタマはエイズリーバンダナ、クツはキャンバスHi モロヘイヤというギアを買うことができたのだが……
「良いフクが無い……」
一番初心者感がする、わかばイカTに代わるものが無いのだ。あったとしても高かったり、気に入らなかったりする。
「というか半袖だとアウトなんだよ、オレの場合! なんで半袖ばかりなんだよ!!」
いや、今から暑くなってくるから半袖が多いのは当たり前なのだが。
オレは両手には、オレの病弱の象徴である黒いアザがある。
そのために常に黒いレザーの手袋をして、隠している。半袖だと万が一、ということもありえる。
それに、半袖だと違和感が凄まじいのだ。「ファッションがイカしているかどうか」も秘かなステータスになっている現代としては、それは最高にイカしてない。
わりと大きめのため息をついて、オレは店を出た。
外では太陽がすでに傾きかけている。思ったより時間がかかってしまった。このままだと、今日は収入が無い。
「それだけは避けたいなぁ。今から少しバトルに潜ろうかな」
ちょうどいい。新調したギアを試すいい機会だ。
フクはまだわかばイカTだけど……仕方がない。しばらくの我慢だ。どうせ買い替えるためのおカネも貯金しなきゃいけないのだから。
オレはそのまま足を、デカ・タワーの方へ向けた。
「み──────つっけた──ーっっっ!!!」
「うわっぷ!?」
突然、背後から何かが勢いよくぶつかってきた。
思わず足がよろめく。
「良かった──! 広場にいた──! もう帰っちゃったのかと思った──! 朝から探したかいがあったよ────!!」
「え……えっと? どちら様でしたっけ?」
原因は海を思わせるような、澄んだ青色のゲソをショートカットにしたガール。背後からオレに抱きついてきたのだ。
「え──!? ひっどおい! ほら、ちょっと前に一緒にバトルしたでしょ? みんなほとんどシューターで、わたしだけローラー使ってたバトル!」
「………………あぁっ!」
数秒ほど時間を要した後、思い出した。
なんか、くたびれて薄汚れた迷彩柄の帽子を被っているせいで分からなかったけど、彼女は初戦で出会った、オレがあまり関わりたくないと思ったあのガールだ。
しまった。「苦手だが、もう会うことは無いだろう」とすっかり忘れてた。まさかまた会うことになるとは……
というか、いつまで抱きついているんだこの子は。距離感覚どうなっているんだろう?
「そ、そういえば! さっきオレを探してるって……」
「あ! そうそう。まだ名前言ってなかったね。わたしはルリ! よろしく! あなたは!?」
「え? オ、オレはシオンですけど……」
「シオンくんかー! いい名前だねっ!」
「あ、ありがとうございます? …………じゃなくて! 話を──」
「敬語は無しでいいよ! というかやめて! なーんか敬語で話されるとムズムズするんだよねー。それにもう、わたしたちはアカのタニン? じゃあないんだから!」
「僕のっ!話をっ!聞けぇぇぇぇぇぇっ!!」
ほとんど絶叫に近い声をあげ、オレは無理矢理彼女をストップさせる。オレが必死になっているにも関わらず、彼女はキョトンとした表情を浮かべた。
・
・
・
「…………で? オレを探してたって一体どういうことですか? オレ、アナタに何か──」
「敬語! 禁止!」
「え? あーはいはい……じゃあお言葉に甘えて。
オレ、なんかルリにしたっけ?」
ようやく彼女を引き剥がし、改めて自己紹介をした後、オレはルリに再度問いかけた。たった数分のやり取りなのに、今日の残りの体力を全て使った気がする……
「いいや? 何もしてないよ。わたしが気になってただけ!」
「あ、そう……」
やっぱ苦手だ、この子。
「ただねー、昨日のことが気になって。昨日雨の中外に走っていったの、シオンくんでしょ? ロビーから出たらシオンくんがいたから、話しかけようと思ったんだけど……急に走っていっちゃって。大丈夫? 風邪とか引いてない?」
「えっ!? あ、いやそれは……」
ギクッと心臓が飛び跳ねる。
見られていたのか? よりにもよってこの子に!?
まずい。
あんな格好悪い理由で飛び出したなんか、死んでも言えない……!!
「か、傘忘れちゃって! 昨日急に降り出すもんだからさー! 仕方なくだよ仕方なく! 風邪も引いてないよ! この通りピンピンしてるよ!」
「そう? ならいいんだけど……」
「そっ、そういえばギア買ったんだね! それでさっきすぐにキミだと分からなかったんだよ! 良い帽子だね!!」
「へ? ……へっへーん! そうでしょ! この帽子、カモメッシュって言うらしいんだけど、昔パパが使ってたやつらしくて! カッコイイからパパからもらったんだよねー! この使い古された感がいいでしょ!」
「う、うん! 格好いい……と、思う……よ!」
ニシシッと笑い、くるくると見せつけるようにご機嫌で回る彼女。
なんとか話を逸らすことができたみたいだ。この子が単純でよかった。
オレには結構使い古された、ボロの帽子にしか見えないが。
「そうだ! ねぇねぇ、今から一緒にナワバリバトルに行かない? ついでにフレンドになろうよ! わたしシオンくんとバトルしたい! ダメ?」
「オ、オレこの後用事あるんだった!! そろそろ帰らないと! ごめん! また今度ね!」
返事も聞かないまま会話を強制的に終わらせ、オレは早足でその場を離れる。
「約束だよー!」と声がした気がしたが、聞こえなかったフリをした。
「ふぅ────ー…………」
家に帰り、ベッドに寝転んでまた大きなため息をつく。
結局、今日の収入は無し。むしろマイナスだ。今日一日分なら大丈夫だけど、明日から頑張らないと。
「一人暮らしって、難しいなぁ……」
ついつい本音が零れる。
「…………あ、そろそろ片付けないと」
ふと、部屋の隅に追いやったダンボール箱が目に入った。初日に放置していた、あのダンボール箱だ。今日はバトルをしてなくて体力があるから、ついでに片付けてしまおう。
「あれ?」
ダンボール箱のフタを開けると、一番上には何かの布。
引っ張り出してみるとそれはF-190という、ワイシャツとコートがセットになったようなギアだった。かなり年季が入っている。
父さんが、昔使っていたギアだった。
「古いから要らないって、オレ言ったのに……」
一人暮らしの準備をしていた時、父さんに「よかったら」と手渡されて、オレが突き返したはずのものだった。いつの間に入っていたんだろう。
オレは顔をしかめ、このギアを床に放り出した。
ドサッと、F-190がフクにしては少し重そうな音を立てた。
約一年半前、バトルを運営するバトロイカ社が中心となってブキやギアのシステムが一新。今までのスペシャルは全て新しいものに、一部のギアパワーは廃止となった。
それに伴い、ハイカラシティから二駅ほどの場所にあるハイカラスクエアが注目され、再開発、様々な商業施設が移転された。
そのおかげで、かつて治安の悪かったハイカラスクエアは、ハイカラシティに次ぐ流行の街に生まれ変わったと言える。
まだ治安は完全に良くなったとは言い難いけど、確実に向上はしている。
ちょっと話が逸れたけど、つまりは20年前の父さんのギアは旧タイプということだ。
同じF-190の新タイプもあるらしいけど、オレは買うつもりはない。父さんとのお揃いとか、死んでも嫌だ。
「『ギアやブキのシステムが最近新しくなったから、父さんのギアは使えない』って言ったはずなんだけど──────」
ダンボール箱の他の中身に手をつけたその瞬間、オレはピタッと動きを止めた。
もう一度、床に放り出したF-190を見る。
色褪せ、少しボロボロのギア。
似たようなギアを、オレはついさっき見かけたんじゃないのか?
「……そうだ。さっきルリは、『昔パパが使っていた帽子を貰った』って言ってなかったか……!?」
あのボロボロ感は、一年半やそこらで付くようなものじゃなかった。
ルリがオレと同い歳ぐらいなら、親もオレの両親と同い歳ぐらいなんじゃないだろうか?
つまり、旧タイプのギアを現在のバトルに使えるようにする、そんなシステムがあるということだ。
そのシステムを使えば、父さんのギアはしばらくわかばイカTの代わりになるんじゃないか?
F-190を再度手に取り、状態を確認する。
デザインも、ギアパワーも、長袖であることも、全てオレの条件を満たしていた。黒手袋もしていて違和感はないだろう。ギアパワーは変わっている可能性はあるけど。
結局、父さんと同じ感性を持っているという事実は少し……いや、かなり悔しいが。
「少なくともわかばイカTよりマシだ」
そう思うことにした。
次のギアを買うまでの繋ぎ。繋ぎだから……
「でも、どこに頼めばいいんだろう?」
イカスマホで調べてみるも、よくわからない。
それらしい記事は出てくるが、どれが本当のことを書いているのかわからない。
そもそもイカの、特に若者のイカは新しいもの好きだ。「古いものを使えるようにしたい!」なんて物好き、あまりいないのだろう。
「ダメ元で連絡してみるか……」
父さんのことを思い出したおかげで、更に思い出した。
母さんから「困ったときはここに連絡しなさい」と手渡された、一枚のメモ。そこにはたった一つの電話番号と、相手の名前が書かれている。
(でも、突然連絡して大丈夫なのか? 迷惑じゃないか? オレの全く知らないイカに? 同じように、相手もオレのことを知らないんじゃないか? そもそもこんな簡単なことで連絡していいのか?)
不安がオレに押しかける。
本当に大丈夫なのか、と。
「ええい! もうどうにでもなれ!」
母さんの紹介だ。母さんが言うなら大丈夫! 多分!
オレはイカスマホを操作し、そこに書いてある番号へ電話をかけた。