次の日の夕方。
オレはデカ・タワー前で、昨日の電話主と待ち合わせをしていた。
事情を話すと、そのイカは二つ返事でオッケーしてくれた。「ギアの様子を見たい」ということで、そのイカの仕事終わりに会うことになったのだ。
明るく人懐っこい感じの、大人の男性の声だった。
一体、どんなイカなんだろうか。
「おー! 待たせて悪いな! シオン、だよな?」
デカ・タワーのロビーから出てきた、海のような青いゲソの男性がオレに話しかけてきた。
ワイシャツの袖をまくり、靴に少しかかるぐらい長いズボンを穿いている。前ゲソはナナメに切られおり、ゴムで纏めている吸盤の付いた2本のゲソのうち一本だけを左肩に流していた。
「あ、はい。もしかしてリクさん、ですか?」
オレが返事をするとそのイカ───リクさんはニシシッと笑った。
「おう! 悪いな、少し仕事が立て込んでてなー」
「いや、オレの方が無理を言ったんですから。こちらこそ、わざわざありがとうございます」
「別にこれぐらい、どうってことないぜ? カイから頼まれてたしな」
「母さんから?」
「ああ。『何かあったら力になってあげてくれ』ってな」
いつの間に。心配性な母さんらしい。
「ここじゃあなんだし、どこか店入るか。長くなりそうだしな」
「はい。わかりました」
オレはその言葉に同意した。
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デカ・タワーの隣にあるカフェに、リクさんに誘われて入る。
少し隠れ家のような場所だ。
ある席には寝てる様子の、机に突っ伏したクラゲがいたり、外の様子が一望できる窓際のカウンターには何やら黒いトゲトゲした頭の、ちょっと装いがリッチなヒトがパソコンを見ている。仕事中だろうか。
そんな中、オレたちはお互いにドリンクを買い、窓の一番近くにある二人用の席についた。
「それにしても……」
「なんでしょう?」
リクさんがオレをジッと見る。
「シオンって、ますますアーティに似てきたなー。さっき出会ったとき、一瞬アーティが来たのかとびっくりしたよ」
「え…………あ、あはは……ソウデスカ……」
父さんに似てると言われ、思わず目を逸らしてしまう。
そう、オレが父さんのことを嫌っている原因の一つに、容姿があった。
ゲソの色も、形も、瞳の色も、オレは父さん似だった。
ヒト型になれるようになってから、ますます似てると言われる頻度が上がった気がする。
母さんのゲソは深い緑色で、それが深い紅色の瞳と合ってて綺麗なのに、どうして少しも似なかったのか。
そんな父さんのイメージからちょっとでも離れたくて、二本のゲソを伸ばしているのもそれが理由だ。
「そういえば、リクさんはオレの両親とどんな関係なんですか?」
「あれ? 知らなかったっけ?」
「はい。両親からも、特に」
「そっか、一応昔に会ったことはあるんだが、その時シオン小さかったな……覚えてるわけないか」
「そうなんですか?」
「ああ、時々な。最近はたまに電話するぐらいだからなぁ……」
確かに、たまに母さんと父さんが長電話するときがあった。もしかしなくても、その相手はリクさんだったということだろうか。
「なんて言えばいいだろうなー……一言で言うと、俺とカイは幼馴染で、俺とアーティは親友だよ。今の関係に落ち着いたのは、だいたい約20年ぐらい前か」
「そんなに昔から?」
「そう思うと結構長い付き合いだなー」
アハハと軽く笑うリクさん。
いや、そんなに長いこと付き合いがあるなんて、サラッと言ってるけど結構凄いことじゃないか?
両親にそんな知り合いがいたなんて、初耳だ。
「あの、母さんって……どんなイカだったんですか?」
「カイか? カイはいつも明るくて、優しくて、みんなに頼りにされるイカだったな。あ、でもお節介なところは昔からだったな。よく俺がドジするから、フォロー入れてくれたのがカイだった」
「へー……なんか、意外です」
お節介はわかる。けど、今の大人しい印象を受ける母さんから「明るい性格」は想像がつかない。
ポジティブな性格だとは思うけど、みんなを引っ張るような性格には見えなかった。今はどちらかと言うと、後ろから優しく見守ってくれる感じ。
「他の誰よりも付き合いが長いせいか、俺には容赦なくてな。いつも話す度に何かとズバズバ言われるんだよ……それも変わらねぇな」
「アハハ……」
それは、何となくわかる。
オレが初日に電話したとき、母さんの言い草に容赦がなかった。
「実はな、俺たち三人の中で一番バトルのウデマエが強いの、カイなんだぜ」
「えぇ!?」
「先にカイはバトル辞めちまったから、今はどうなってるかわからないけどな。いやぁ、あの頃のカイは強かった! カーボン使っててさ、何度挑戦してもアイツのセンプクにかなわなかった!」
「っ! 母さんも、センプクを……?」
母さんも、オレと同じ戦術を使っていた。
その事実が、純粋に嬉しかった。
「リクさんは今、バトルしてるんですか?」
「いや、今は俺も引退してるよ。俺も家庭持ってるし。流石にバトルで家族は養えねぇな。自分一人ぐらいならいけるけど。プロぐらいじゃないとな」
「やっぱり、そうですか……」
「アーティも強かったぞ? ちょっとだけ一緒にバトルをやったが……いや、俺とどっこいどっこいだったな! 同じような射程のシューターだったし!」
「へ、へぇ…………」
母さんの話を聞いていたのに、いきなり父さんの話題が出るのは心臓に悪い。出ることはなんとなくわかっていたけど。
父さんは強かったのか。
……悔しいな。
「ま、カイは芯の強いガールだった。それは昔から、今も変わらないよ」
リクさんの声と表情が優しくなる。
しみじみと、噛み締めるように。黄金色の瞳が細められる。
その瞳を見てオレは、あることに思い至った。
「───もしかして、リクさんって母さんのこと、好きだったんですか?」
「………………へ?」
ポカンとした表情を浮かべるリクさん。しかし、みるみるうちに顔が真っ赤に染まった。
「なっ!?なななななんで!?なんでわかったんだ!?聞いてたのか!?」
「え? いやー……なんとなく」
「なんとなくって!?俺そんなわかりやすい!?」
「ま、まぁ……」
「い、言っとくが!昔の話だからな!今はぜんっっっっぜん!そんな気ないからな!?」
予想以上の反応にオレの方がビックリする。というか、その反応でバレバレなんだけど。
このイカ本当大丈夫?
さっき「家庭ある」とか言ってたよね?
つまりは結婚してるってことだよね?
悪いイカではないことは明白だけど、奥さんよくこのイカと付き合ったな……
「と、とにかく! 本題入ろう! 古いギアが使えるかどうかだったな!?」
「え? ……えぇ、そうですね」
無意識に、オレは冷ややかな目をしていたらしい。
完全に目が泳いでるリクさんが慌てて話題を逸らした。まぁオレも、その三人の三角関係なんか聞きたくないし。
でも、そうか。
父さんとリクさんで母さんを………………ほーう。
「け、結論から言うと……『可能』だ。古いタイプのギアを、比較的安価で新しいタイプに作り替えるサービスが、バトロイカ社にある」
「本当ですか!」
「ああ。バトロイカ社がバトルを運営してるってのは知ってるな? その会社が中心となって、ブキやギアを一新したってことも」
「はい」
「その時、『明日から新しいシステムに変わります。今までのブキやギアは使えません。全員一からです』って突然言われても困るだろ? それまでバトルで生計立ててたイカとか、特にな」
「そうですね。プロの方とか、仕事に支障が出ますね」
「だから、バトロイカ社はブキやギアを持ってきてもらったイカに、無償でそれらを交換することにしたんだ。古いタイプのギアやブキも、リサイクルすればまた使えるしな」
「なるほど。でも、それに反対するイカもいるんじゃないですか? 『まだ使いたい』って」
「そう。そういうイカも少なくなかった。そこで、バトロイカ社はそういうイカ達に向けて、あるサービスを開始した……ここまで言えばわかるな?」
「……ひょっとして」
「そう、
ニヤッとリクさんが笑った。
「そのイカ達の大事なブキやギアを一度預かって、新しいタイプに作り直す──いわゆるアップデート・サービスだな」
「それを、今回使うってことですね?」
「そういうこと。流石にこれはオカネがかかるけどな。オーダーメイドに近いから。ギアによって多少値段は変わるんだが……ちょっとギア見せてもらっていいか?」
「わかりました」
リクさんに言われ、オレは紙袋に入れて持ってきたF-190を取り出す。
「─────っ」
F-190を見たその瞬間、リクさんが小さく息を飲んだ。
「……リクさん? どうかしました?」
「……いや、なんでもねぇ。貸してくれ」
「はい」
F-190をリクさんに手渡す。
リクさんはコートを広げたり、ネクタイを外したり、ワイシャツのボタンを外したりと、念入りに確認する。
ひとしきりF-190を見たあと、リクさんはわずかに考える素振りをしてから、ニコッとオレに向かって笑った。
「うん。多少ほつれはあるけど、特に問題は無いよ。F-190はメインギアパワーも変更無かったはずだし、サブギアパワーをクリーニングするだけだな。それなら一番安く済むよ」
「本当ですか!?」
「なんならこのまま預かって俺やっとくけど……どうする?」
「え!?い、いや、そこまでお世話になるわけには……オレが後でバトロイカ社に持っていくので、その場所だけ教えてもらえれば大丈夫です」
「ん? これも言ってなかったっけ?
俺、バトロイカ社に勤めてんだ。
このアップデート・サービスを企画したのも俺だよ」
「………………はぁ!?」
あっさり明かされる衝撃事実。
まさか関係者だったとは……待って、つまりはリクさん結構偉いイカなのか!?
一体リクさん何者なのか……こんな抜けてるのに。
「え、えっと……じゃあお願いします」
「おう! ちょっと時間かかるから、しばらく借りるぞ。待っててくれよな。他になんかあるか?」
「いいえ、大丈夫です」
「よし! それじゃあ俺はもうしばらく、ここにいるから」
「はい! よろしくお願いします!」
「バトル、頑張れよ!」
リクさんに別れを告げ、オレはその場を後にした。
◇ ◆ ◇
「─────懐かしいな」
夕暮れ色に染まる店内で、海を思わせる青色のゲソの男がF-190を手にポツリと呟く。
F-190を見つめる瞳は、柔らかった。
「そういえば近頃会ってねぇなぁ。
元気かな?
元気だろうな。
じゃねぇと怒るからな、俺」
穏やかな笑みを浮かべる親友と、自分を楽しそうにからかう親友をギア越しに見て、男は微かな笑い声を漏らす。
このギアはこの三人ともう一人……四人を巡る、20年経った今でも心に落とす黒い影の象徴の一つ。
しかし、このギアはそんな四人が絆を育んだ、輝かしい思い出の一つでもある。
それは技術が発展し、いつでも会話することがより容易になった現在においても、お互いに顔を見合わせて話をする以上に安心することは無いほどに。
「あの二人は幸せになるべきだ。そのために俺は、ここに残ったんだから」
これは言っていないが、たぶん二人も薄々気づいているのだろう。だからこそ、大事な息子を俺に託したのだ。
もし最悪の事態が起こった時に、事情を知っている味方がいた方がいい、と。
「あの二人、罪悪感感じてそうだなー……俺がここに残ったことに。もう一つの目的もあってのことなのになー」
俺達三人は、たぶん似てる。
似てるからこそ、お互いの気持ちがよくわかる。
「そんなことしなくていい」と、思っていることも。
「にしても、やっぱ考えることは同じなんだなー。『思い入れのあるギアを子供にお守りとしてプレゼントする』なんて。
なぁ、アーティ─────」
「お前らは今、幸せか?」