「やっぱり、ブキも高いなぁ……」
リクさんと別れたオレはその足のまま、ブキ屋『カンブリアームズ二号店』を訪れていた。
わかばシューターは使いやすいけど、どうもオレには合ってない気がする。
すぐに息がきれるし、センプクしても倒せないことが多いし。そもそもセンプクという戦術はローラーの専売特許みたいなものだ。チャージャーみたいな、あまり動かないブキの方が体調的にも戦略的にもいいかもしれない。そう考えたからだ。
しかし、例に漏れずブキはギアより高い。オレの懐は、最近ギアで出費した分が非常に響いていた。ブキはしばらく、わかばシューターでいくしかない。オレは小さく溜息をついた。
「あっ」
不意に、オレの目はある一つのブキに釘付けになった。
青緑色の二つのボディ、長いバレル、カタカナの“コ”のような、シューターにしては不思議な形。思わず手に取り、そのシューターを眺める。意外と大きい。地面に銃口が付きそうだ。
「あぁ、“ジェットスイーパー”でしか」
ブキ屋の唯一の店員であり店主、ブキチさんが声を掛けてきた。
「“ジェットスイーパー”はポンプ圧をブーストして、チャージャーにせまる飛距離を得たシューターでし! 飛距離があるので、サブウェポンのポイズンミストにかかった相手を──」
ペラペラと早口で、ジェットスイーパーについて語るブキチさん。その説明を全く聞かずに、オレは手元のジェットスイーパーをジッと見つめる。
「…………欲しい」
たった一言、本音が零れた。
カッコイイ。ブキの性能も、戦い方も、オレにぴったりだ。どうしても欲しい。
これがいわゆる「一目惚れ」ってやつだろうか。
どうしてもこのブキで、バトルがしたいっ!
「ちなみに、今ランクはいくつなんでし?」
「へ?」
長くて有名な、ブキチさんのマシンガントークが終わったらしい。彼の声にハッと現実に戻る。
「ま、まだ一桁ですけど……?」
「じゃあダメでしね」
「えぇ!? な、なんでですか!?」
「ボクはイカしてないイカにはブキを売らない主義なんでし。ボクの大事な、子供同然のブキたちを、そんな輩には売れないでし。ジェットスイーパーだと、せめてランク17にはなるでしね」
「じゅっ、17……」
まだ二桁にもなっていないのに、気が遠くなるような数字だ。
値札もよく見てみると「11,300G」……こちらも今のオレには手が届かない。
つまり、八方塞がりというやつだ。
「もっと強くなって、このブキを使いこなせるように頑張るでしねー」
オレがイカしてないとわかった瞬間、ポイッと店の外で出されてしまった。あっちは商売だから仕方ないこともわかるけど、もっと優しくしてくれてもいいんじゃないだろうか。
この昨日今日で改めて、「イカしていないこと」の弊害を思い知らされた気がする。分かってたけど、こうも続けて現実を突きつけられると流石にヘコむ。
「というかこれ、仕送りとか大層なこと言ってる場合じゃない……!」
最初に考えていた第一目標は甘かったと言わざるを得ない。まさかこんなに厳しいとは思ってなかった。焦っていいことなんて何もないのに、気持ちだけが先走る。早く強くなって、早く稼ぎたいのに……
「……ん?」
そこで初めて、何やら横の建物が騒がしいことに気づいた。
4人ぐらいのイカがそれぞれ、手元の紙を見ながらニヤニヤしている。彼らが出てきた建物の雰囲気も相まって、とてつもなく異様な、少し恐怖を感じるような光景だった。
その建物にポスターが貼られていたので、読んでみることにした。
「えっと、なになに……『イクラ狩り アルバイト募集』? 『年齢不問! 誰でもできる 簡単なお仕事! ノルマ達成でスゴクスゴイ報酬ゲット!』……」
どう考えても怪しさ満点だった。
こんなの、絶対ブラックで法律ギリギリの仕事だろう。でも、
「スゴクスゴイ報酬……」
否応なしに、惹かれてしまった。
おカネがいるのに、おカネ足りない。そんな自分の状況に、あまりにもピッタリだった。オレの心が揺れ動く。
「…………ちょっとだけなら」
あっさり負けた。
正直に言うと、好奇心の方が勝ってしまった。
そういえば、このバイトのCMを今流行りのテンタクルズがしていた気がする。テンタクルズにCMを頼めるということは、そこまで危険性が低いということじゃないだろうか。
「覗くだけ、覗いてみよう。駄目だったらすぐに辞めたらいい」
言い訳をコソッとポケットに押し込んで、オレはその建物に入っていった。
「うっわ…………」
建物の中は物が溢れてゴチャゴチャ。そして聞いたことも無いような音楽と赤い照明で、とても不気味な雰囲気を醸し出していた。ポスターに書いてあった謳い文句の「明るく楽しい職場!」とはなんだったのか、その雰囲気からは物凄く程遠い。
なんでもこの建物は【クマサン商会】という会社が、【イクラ】と呼ばれる物を集めるアルバイトを募集している事務所らしい。その仕事内容はとても怪しいものだが、『スゴクスゴイ報酬』とはなんだろう?
「少しでも危ないと感じたらすぐに辞めよう」と、覚悟だけは決めていたのだが……
「誰もいない……?」
アルバイトを募集する事務所のはずなのに、中にはヒトっ子一人いない。これじゃ事務所ではなく、ただの物置だ。もしかして本当にハッタリだったのか?
『おや、バイト希望者かね』
「え? うわっ!?」
突然、ただの木彫りだと思っていた置物が喋り出した。
見たこともない生き物が、鮭を噛んでいる変な置物だ。よく見てみると、置物のてっぺんにアンテナが付いている。置物自体の大きさは少し両手で抱えられるぐらい。
『クマサン商会へようこそ。私はクマサン。ここでアルバイトを斡旋している者だ。君はここに来るのは初めてだね?』
「え、えっと……」
『なら研修を受けてもらわないといけないね。説明は研修を受けてもらいながらしよう。さぁ、そこに制服とブキがあるから、早く着替えて船に向かってくれ』
「ちょっ、ちょっと待ってください! いくつか質問を……」
『「習うより慣れろ」という海の教えを聞いたことがあるだろう? 善は急げだ。早くしたまえ』
「無視!?もしかしてその置物、マイクとか付いてない感じなの!?」
自らをクマサンと名乗る変な置物に急かされるまま、オレはこの怪しげなアルバイトに身を投じることとなった。
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シャケをシバいて金イクラを集めるバイト、通称『シャケバイト』は、思っていたより良い仕事内容だった。
……まぁ、怪しさと危険性については異議を唱えたいが、頑張れば頑張るほど、つまり危険を冒せば冒すほど報酬は高くなるシステムなのだから、文句は言えない。
安全性を取るか、報酬を取るかは個々人に一任されている状態だ。それだけは救いか。
シャケバイトの仕事内容を簡単に説明すると、四人で隔離エリアに赴き、シャケという種族からイクラ、特にオオモノシャケと呼ばれる七種類の大きなシャケから金イクラを多く集めるというシンプルなもの。
一回のバイトの時間は、潮が一回変動する時間を1WAVEとして最大3WAVE、大体五分ほど。報酬は歩合制。回収したイクラと金イクラの個数によるバイトスコアと評価レートによる掛け算で、クマサン商会独自の通貨【クマサンポイント】を一定の値まで集めると報酬が獲得できる。
その報酬の額がわりと良い。たった一時間で10,000G近く稼げるのだ。仕事内容はオレにとっては結構ハードだけれど、慣れればもっとバイトの時間を増やせるだろう。
しかしシャケたちが行う大移動、【サーモンラン】の時期に合わせてシフトがあるらしく、開始時間も期間もマチマチ。
けれど、オレにとって一番嬉しい利点があった。
様々なブキが実践に近い形で試せるのだ。
ギアとサブは毎回同じ、スペシャルも【スペシャルパウチ】という道具で支給されるためランダムなのだが、実はブキだけシフト毎に変化する。
この仕様はおカネもランクも足りないオレにピッタリだった。バトルで自分に合ったブキを把握することができる。
ちなみに、最初に自分のブキの候補として挙げていたチャージャーは難しかった。これは相当な練習がいるブキだ。
そして当然、様々なブキが試せるということは──
「これが、ジェットスイーパー……!」
オレがこの間、ブキ屋で一目惚れしたジェットスイーパーにも触れるということだ。
それは研修を受けた初日から一週間経った、とあるバイトの時間の3WAVE開始直前。すっかりハマったオレはバトルも程々に、このバイトを続けていた。
シフト毎にブキが変わると知った瞬間、このジェットスイーパーがピックアップされる日をどれだけ待ち望んだことか。
今日のバイト場所はトキシラズいぶし工房。二つの建物の間を中央通路が両断し、その周りを砂浜が覆うエリアだ。
この日のシフトのブキはジェットスイーパー、ボトルガイザー、スプラスピナー、ボールドマーカーだった。ジェットスイーパーは射程が長いから、他のブキの支援が主となるだろう。頑張らないと!
「おわっ!?」
「ひィッ…………」
ジェットスイーパーに触れた感動に浸っていたオレは、いきなり肩を叩かれた小さな衝撃に驚いて、予想以上に大きな声を出してしまう。
慌ててその方向を見ると、同じように驚いた顔をしたボーイが立っていた。制服の帽子を深く被り、いかにも病弱な白い肌をしたオレとは対称的に黒く、健康的に日焼けした肌をしている。
(あぁ、この子は)
そのイカはよく、オレとバイトのシフトが一緒になるイカだった。
「シフトずっと入れているんじゃないか」というぐらいほぼ毎回見かけるから、オレが一方的に顔を覚えているだけの、ただのバイト仲間。今回持っているブキはボールドマーカーだった。
帽子の下から、暗い水色の目がジッとオレを見つめる。
「……バイト、そろそろ始まるぞ」
「え? ……あっ! ごめん! すぐ準備する!」
「ん」
オレの返事を聞くと、そのイカはスタスタと別の方向へ歩いていった。
「無口な子……なのかな」
もしかしたら、オレがなかなか準備をしないからイライラさせてしまったのかもしれない。そう思うと少し申し訳なかった。
ひとまずジェットスイーパーへの感想は後々考えるとして、目の前のバイトに集中することにした。
・
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「……っ、ハァ……ハァ…………最後の最後に苦手なの来るってキツイでしょ……!!」
3WAVE目は潮の高さが通常時の夜。【ラッシュ】と呼ばれる、ヒカリバエに反応してさらに凶暴となったシャケが襲ってくる特殊状況だった。
オレが二番目に苦手な特殊状況だった。
なんて言ったって、ヒカリバエにまとわりつかれた一人のイカに、凶暴化したシャケが全員向かってくるのだから。
しかし、
「インク切れた! 少し補充するね!」
「わかった! その間任せて!」
「じゃあオレは少し、金イクラ回収してくるよ!」
3WAVEまで来るとみんな慣れたもの。
ブキごとの役割を把握し、的確にシャケをシバいていた。終盤で金イクラをノルマの二倍近く集めている。
オレは金イクラを回収しながら、チラリと最初に声をかけられたボーイの様子を見た。彼は皆の呼びかけに応じず、ただ黙々とシャケをシバきながら、オレと同じように金イクラを回収していた。
「ナイス!」と声を掛けても無視。
返事もしない。
いつも淡々とバイトのノルマをこなすだけ。
お世辞にも友好的とは言えないイカだ。
しかしブキを扱う腕は誰よりも上手く、どんなブキを持っても一番手慣れている感じがした。
今彼が使っているボールドマーカーもそうだ。射程が短いから他のブキより機敏に動かなきゃいけないのに、よくあれで息が切れないものだ。病弱ですぐに息が切れるオレとは正反対だ。尊敬もあり、羨ましくもある。恐らくバトルも上手いんだろうなぁ……
そうやって彼を見ていた次の瞬間、
「……うわっ!?」
「っ!危ない!!」
彼が唐突にヒカリバエにまとわりつかれ、シャケの全ての標的が彼に移った。
ヒカリバエにまとわりつかれると、仲間の元に駆け寄って一緒に倒してもらうのが定石。
しかし金イクラを回収するため仲間と離れていた彼は、孤立して凶暴化したシャケの勢いに飲み込まれる。
その勢いに押されて足を滑らせてしまい、彼は高台の向こう側へ落ちた。
「くそっ……!」
咄嗟に頭に付いていたスペシャルパウチを、乱暴に開ける。
中から出てきたインクが右手を覆う。オレは高くジャンプして、彼が落ちた高台からシャケが集まっている所へ一気に飛び降りた。
オレの持っていたスペシャルは───『スーパーチャクチ』。
「間に合ええぇっ!!」
右手を叩きつけたところから、半球状にインクが広がる。シャケ達が耐えきれず弾け、大量のイクラがオレに集まる。辺りはオレたちのインクで塗りつぶされた。
「あの子は!?」
シャケが集まっていた中心に目を向ける。
体中をシャケ達の緑インクまみれだったが、彼は尻餅をついた状態でポカーンとオレを見上げていた。
オレはホッと胸をなで下ろす。
「良かった……大丈夫? 立てる?」
彼に手を差し出す。
しかし、彼はオレをしばらくジッと見つめていたと思うと、顔を背けてオレの手を取らずにスーパージャンプをして跳んでいった。
「あれ? スーパージャンプってバイト終わらないと出来ないんじゃ……」
『キミ、何してるんだい? 早く船に戻っておいで。みんな待ってるよ』
「え…………えぇ!? いつの間に終わったの!?」
クマサンのアナウンスがオレに呼びかける。
ということは、オレはWAVEの最後の最後に焦って彼を助けたってこと?
別に一人残っていたらバイトは終了するから、無理に助けなくても良かったってこと?
しかもスペシャルで?
ヤバイすごい恥ずかしい。
これじゃカッコつけて助けたナルシストって思われるじゃないか!?
『早く帰ってきなさい。もうここに用は無いよ』
「……あ。は、はいはい今行きますから!!」
クマサンが帰還を急かす。オレは慌てて帰りの船へとスーパージャンプをした。
あの子以外皆、口々にオレを褒めてくれたが、帰りの船は少し気まずかった。
「しばらく、バイトには行かないことにしよう」と、こっそり心の中で決めた。