そうした空はずかしい気持ちで過ごした三日後、バイトでのことを全て忘れるような出来事が起こった。
リクさんから「F-190のアップデートが完了した」との連絡をもらったのだ。
前と同じようにデカ・タワー前で待ち合わせの約束をし、オレはすぐさま向かった。
デカ・タワー前にはすでに、リクさんが紙袋片手に待っていた。
「すみません。遅くなっちゃって」
「いいっていいって! デカ・タワーが俺の職場だしな、俺の方が早く着くのは当たり前だ」
そういえば、リクさんはバトルを運営しているバトロイカで働いていたんだった。もしかしたら、あの時と同じように今日も勤務後なのだろう。
「それじゃあ……はい! 約束のギアな。多少ほつれとかはあったけど、特に問題は無かったよ。大事に使ってくれよな」
「あ、ありがとうございます!」
リクさんが持っていた紙袋を渡してくれる。中には数日前にリクさんに渡した時のままの、色褪せたF-190が入っていた。いや、少し綺麗になってるかも?
イカ型スマートフォン(以下、イカスマホ)を取り出し、F-190に付いているギアパワーを読み取ってみる。
すると前に付いていた古いタイプのギアパワーはすっかり無くなり、現在のバトルでも使えるようにしっかりと調整されていた。
「凄いですリクさん! 本当に使えるようになってます!」
「そりゃあ当たり前だろ? 俺を舐めるなよ?」
ニシシッとイタズラっぽく笑うリクさん。相変わらず、話しやすくて親しみやすいイカだ。確か初めて出会った時も同じように笑ってた。こう笑うのが彼の癖なのかもしれない。
「えっと、それじゃあおカネを……」
懐から財布を取り出そうとすると、何故かリクさんがそれを制止した。
「それは俺からのプレゼントだ。おカネは要らない。今一人暮らしなんだろ? これぐらいさせてくれ」
「…………えぇ!? い、いやいやいや! そんな訳にはいかないですって! だって、恐らくこのサービス高いでしょう!? そこまでお世話になる訳には……!」
「いいって、いいって! こういうのはありがたく受け取っとくべきだぞ?」
「でも」
「それにこれは俺個人が、ただ君を応援したいだけだ。バトル頑張ってる子を見るとさ、昔を思い出すんだ。『俺も頑張ってたなー』って」
ククッと苦笑するリクさん。
「そりゃあ苦い思い出も当然あったけど、俺はものすごく楽しかった。あの楽しかった経験が、苦い経験が、今の俺を作ってる。だから君にも、同じ経験をして欲しいんだ。シオンが親友の息子とか関係なく、な? 言ってしまえば、俺の勝手なお節介だ。だから遠慮はいらないよ」
ニコッと笑うリクさん。そういえば、最初にこのサービスを教えてくれた時、おカネの話をほとんどしなかった気がする。
もしかすると、最初からリクさんはこのつもりだったのかもしれない。
「あ、ありがとうございます! 大切に使います!」
「おう! 頑張れよ! じゃあ悪いけど、俺この後用事あるから。今日はこれで俺は帰るな」
「はい! 本当に、ありがとうございました!」
リクさんが立ち去った方向に何度も頭を下げる。彼の背中は大きくて、大人の余裕ってものを感じた。母さんが「彼を頼るように」と言った理由が分かった気がした。
それ以降、オレは何度もリクさんに頭が下がる思いをするようになるのだった。
◇ ◆ ◇
少し暗い部屋の中。
そんな部屋とは対照的に、窓の外は影がほぼ見えないほど明るく照らし出されている。
それは太陽がほぼ真上を指している証拠だった。
オレは少し裾が黄ばんでいる白いシャツのボタンを留め、誕生日に貰ったレザーの黒い手袋をはめ、キャンバスHi・モロヘイヤの紐を固く結ぶ。
長く伸びた2本のゲソをエイズリーバンダナで纏め、右肩に流す。
わかばシューターを軽く動作確認し、まだ新品の臭いが残る武器ケースに丁寧に入れる。
そして、少し季節外れな緑コートの袖に手を通した。
少し大きく、袖から手が出し切れていないオレの格好は、お世辞にも似合っているとは言い難い。コートだからか、今まで着ていたわかばTシャツより重く感じる。
苦手な父の身体の方が大きいことの証明だ。
オレは唇をギュッと噛んだ。
父の背中は、ものすごく遠い。
「構うもんか。どうせすぐに追いつく」
道端に唾を吐き捨てるように、オレは父にそっくりな鏡の中の影に言葉を投げつけ、部屋を後にした。
◇ ◆ ◇
リクさんからF-190のギアを受け取った次の日から、オレはナワバリバトルに多く潜り込んでいった。
結果から言うと、ほとんど難なく勝つことが出来た。
次にこのブキはどう動くとか、射撃音からあのブキが近くいるとか、なんとなくわかるようになったのだ。バイトで様々なブキの射撃音や、実際に使ってみたときの感触を覚えていたおかげだ。
一部例外はあるけれど、バトルは経験や知識がものを言う。
その真の意味がようやく分かった。
そうやってメキメキ力を付けたオレは、とうとう次に勝てばRank10のところまでやってきた。Rank10になればナワバリバトルよりも難しい、しかしよりおカネを稼げる【ガチマッチ】というバトルに参加できる。
このバトルで勝利し続ければ、『おカネを稼ぐ』という当初の目的に一歩近づくことができるのだ。これで母や妹を、もう少し楽な生活にしてあげられる。
そう、心踊っていたのだが……
「あ! ひっさしぶりー! ゲンキにしてた?」
「またキミか……」
よりにもよって、大事なバトルにオレが苦手とする少女──ルリと出会ってしまった。しかもまた同じチーム。
「なんかよくバトルで会うねっ!」
「あ、アハハハハ……」
「あー! ギア変えたんだ! それ、チョーイカしてる!」
「あ、あぁ……うん……」
「わたしもね、やっっっとお気に入りのギア見つけたんだー! これカワイイと思わない!?」
確かに彼女も前の初心者一式ではなく、フクはホットグラデT、クツはスリッポン・レッドになっていた。アタマはお父さんから譲り受けたという、ボロボロのカモメッシュで、ブキはスプラローラーと変わらずだったが。
「でもねー、本当はもーっっっっっといいギアがあったんだけど、『Rankが低いからダメ』って言われちゃってさー! ひどくない!?」
「うん……うん……ソウダネー……」
「そのギアを着るからこそ、もっとイカしたイカになるのに! 『イカしてないから売らない』っておかしいと思うの!!」
この子はルールや順序というものを知らないのか?
あまりの無茶ぶりに、呆れを通り越して尊敬する。
天真爛漫と言えば聞こえはいいが、オレにとってはただの迷惑でしかない。きっとこういうタイプは甘やかされて育ったから、我儘な性格に違いない。どうやったらこんな話を聞かない子に育つんだろう。
…………親の顔が見てみたい。
『マッチング完了。
ルール:ナワバリバトル。
ステージ:モズク農園。
双方チーム、準備をしてください』
「あ! マッチングしたみたいだね! さて相手は─────」
ルリとの話を断ち切りたくて、オレは空中に映し出された画面を見る。
そして、固まった。
「……あれ? どうしたの?」
ルリがオレに声をかける。その言葉の意味がわからないほど、オレは画面に映し出された相手の顔に釘付けになった。
忘れるはずもない。
その相手の顔は、かつて
・
・
・
やっと、アイツらに出会えた。会いたくなかったけど、会いたかったアイツらに。かつてオレのことを馬鹿にした、クソったれなアイツらに。
オレはあの時、無知だった。
「初心者が多く来るが、同時にバトル離れの若者が多い」っていう噂の真意が「初心者狩りにあって心が折れた」なんてこと、これっぽっちも知らなかった。
ただアイツらをキルするためだけに、オレは身体に鞭を打つ。
何度も何度もキルされても、すぐにリスポーン地点から飛び出してアイツらにぶつかっていく。
わかばシューターの射程では、アイツらが使ってるブキ、N-ZAP85(通称黒ZAP)とスプラシューター(通称スシ)になかなか勝てない。そんなこと分かりきってる。
でも、初心者狩りなんて馬鹿なこと、今すぐ止めさせてやる。
何より、そんな馬鹿なことに黒ZAPを使うことが一番許せない。黒ZAPの扱い方も、全然なってない。そんな奴らに、負けたくない。
僕があの時と比べて成長したってこと、アイツらに見返して────!!
「まっ、まってよシオンくん!」
不意に、後ろに左腕が引っ張られた。
その衝撃で、オレの意識は一瞬にして現実に引っ張り上げられる。引っ張られた方向を見ると、心配そうな顔でこちらを見上げるルリの姿があった。
「…………何」
「どうしたのシオンくん! シオンくんらしくないよ!」
「らしくないって、何が」
「『何が』って! プレイスタイルが、だよ! まっすぐ突っ込んでいっちゃあダメ! シオンくんらしくない! 何があったのかは知らないけれど……」
「『何があったのか』、だって? ハハッ。別に? なんにもないけど?」
「でも!」
「ほっといてくれよ。オレはアイツらを、絶対見返してやらないといけないんだ」
視界の端で、他の味方二人が不安そうにこちらを見ているのが見えた。僕達を見ている暇があるなら、さっさとナワバリを塗りに行けばいいのに。
「『アイツら』って、リスポーン地点近くで待ち伏せしてる黒ZAPとスプラシューター?」
「……そうだよ」
「倒す手段はあるの?」
「……君には関係ないだろ」
「なんであの二人を倒さなきゃ……」
「うるさいなぁ! 頼むからもうほっといてくれよ!!」
細かく聞いてくるルリを痺れを切らし、僕は無意識に声をあらげてしまった。まさか僕がそんな声を出すとは思わなかったのか、ルリはビクッと身体を固まらせる。
「『らしくない』って言うけどさぁ! 君は僕の何を知ってるんだよ! たった数回、偶然味方になっただけだろ!? ただ見ているだけで僕以外誰もアイツら倒そうとしないしさぁ!? 僕は違う。僕は諦めてない。僕はまだ負けてない!! 僕はっ! アイツらに絶対勝たなきゃいけないんだ!! もう残り時間も少ない。君達に構ってる時間なんて無いっ!!」
まだ不満を出そうと思った。その時、
「落ち着きな──……さいっ!!」
「いったあ!?」
突然、ゴツンと割と大きな音を立てて、僕はルリに頭をチョップされた。
「いっ、いきなり何するんだよ!!」
「何するもへったくれもないっ! いいから落ち着いて、わたしの話を聞いて!!」
「これのどこが落ち着いていられ……!」
「いい!? 確かにあなたの言うとおり、もう時間はない。バトルじゃなくてキルばかりしてくるあの二人もムカつく。でも、だからってむちゃくちゃに突っ込んだって勝てるはずない。あの二人、やっぱり強いもん。だからこそ、頭を使わなくちゃ」
「頭を……?」
「そう! 経験には数で勝負! バトルの基本でしょ? そこで! わたしにいい考えがあるの! そろそろ、あのムカつく二人をギャフンと言わせなきゃ!」
するとルリは遠くで僕達のやり取りを見ていた残りの味方二人を呼び、内緒話をするように顔を近くに寄せた。
「その為には! みんなの協力がとっっっても大事なの!!」
ルリがニシシッと愉しそうに笑った。
その笑みに何故か背筋が凍るものを感じて、僕は他の味方と顔を見合わせた。