【完結】雨上がりの向こうへ   作:桜ノ宮雨

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 繊細なフレンドのお話。


九滴目 新しいフレンド

 それからというもの、オレは戸惑いながらもガチマッチに潜ることになった。

 

 ガチマッチはとても楽しかった。

 

 ナワバリとは違い、全員ガチのピリッとした緊張感が流れ、けれどそれはとても心地よいものだった。バトル自体も一つのミスが負けに繋がるほど緊迫したもので、その分勝利した時の嬉しさはナワバリ以上だった。

 

 しかし、さらにバトルが激しくなったということは、当然オレの身体への負担も大きくなったという訳で。

 普通のイカより身体の弱いオレは家に帰った途端すぐさまベッドで倒れこんでしまうほど、体力の消耗が激しかった。

 

 しかも、やれば必ずRankが上がるナワバリとは違い、ガチマッチは負ければウデマエはもちろん、ファイトマネーも貰えない。その分勝った時のファイトマネーも多いが、負けた時に何も貰えないと生活が純粋にキツイ。あとこんなに上がり下がりが激しいと、精神的にもキツイ。

 

 一方、ルリは順調にウデマエを上げているようで、フレンド登録の時についででツーイカ(無料会話アプリ)で『C+に上がった!!』と、たまに連絡が来る。

 一方通行で取り付けられた勝負とはいえ、負けるのはやっぱり悔しいわけで。焦って毎回全力を出さざるを得ない。

 そして帰ってベッドに倒れこむ、負のループ。

 全く、この負けず嫌いの性格はどこから受け継いだのやら。

 

 ガチマッチに潜って数日。改めてプロ選手の凄さに痛感した。

 今までテレビや配信で見ている時は「僕もいつか……!」と、キラキラした思いで見ていた。

 

 だが、体感してみると全然そんなキラキラした世界じゃなかった。「僕だったらこうする」「僕だったら今のはキルできた」などと軽く描いていた世界は、夢のまた夢だった。

 

 でも、だからこそ楽しくて。憧れの選手がさらに憧れになって。オレは勝負のこともほどほどに忘れて、ますますガチマッチへのめり込んでいった。

 

 だが、やはり現実は甘くない。オレは体が弱くて経験を充分に積めない分、バトルの知識をさらに付けるようにした。

 スポーツ雑誌を読んだり、プロ選手のバトルを繰り返し見たり……そうしたおかげで最初こそ勝率は良かったが、どんどん負け試合も目立ってくるようになった。

 

 しかも、わかばシューターでは出来ることも限られてくる。ガチマッチではナワバリバトルよりキルが何より重要だ。なぜなら、相手をキルして人数有利を作った方が、チーム全体で出来ることが増えるからだ。

 

 しかし、わかばシューターは弾が分散するため、キルにはあまり向いていない。プロは一周回ってわかばシューターに戻ってくることがあるらしいが、それは立ち回りがより洗練された後の話。まだガチマッチを始めたばかりのオレでは到底足りない。

 

「やっぱりブキを変えた方がいいか……」

 

 でもどのブキにしたら? 

 

 オカネはだいぶ溜まってきたが、それでもブキは高い。生活費などを考えたら、買えるのは恐らく1つだけだろう。慎重にその1つを選ぶ必要があるが、今の自分に合うブキがわからない。

 

「思い切ってブキ種を変えてみる? でもそのブキに慣れる時間が必要になってくるし……そんなにRankも高い訳じゃないから、下手なことしたらまたブキチさんに門前払いされるだろうし……」

 うーんと頭を悩ませる。

 

 

「………………ちょっと」

「ほぇ?」

 

 いきなり腕が後ろへ引っ張られた。

 

 慌ててそちらの方へ顔を向けると、アタマの両脇を刈り上げ、頂上のゲソをトゲトゲにカットしたボーイがジトっとオレの方を見ていた。

 

 彼は確か、先程シャケバイトで一緒になった子だ。

 

 というか前にオレがスペシャルで格好つけて助けた、シャケバイト常連の子だ。

 

 それが恥ずかし過ぎて、しばらくシャケバイトには顔を出していなかったのだが……今日はたまたま、ガチマッチの息抜きも兼ねてオカネを稼ぎに来たのだ。

 

 もしやバイト中にも関係ないことを考えていたせいで、何か迷惑をかけてしまったのだろうか? 

 

「えっ、とー……オレになんか用?」

「…………」

「もしかしてオレ、なんかやっちゃった? そうだったらごめんね?」

「…………」

「な、何か話してくれないかなぁ……!?」

 

 オレの服を掴んだまま何も喋らない彼。服掴まれたままだから逃げることも出来ないし、何も話さないから怒っているのかそうじゃないのかもわからないし、すごく気まずいんだけど!? 

 

「………………あの」

「な、何?」

 ようやく、彼が口を開く。

 

 何!? やっぱ怒ってんの!? 口調ぶっきらぼう過ぎるんですけど!?

 オレ何言われんの……!? 

 

『バイト中に別のこと考えんな』とか、『アンタのせいでバイト失敗した』とか!? それとも…………!! 

 

 

「……えと、この前…………たっ、助けてくれて、あり……がと…………」

「……………………へ?」

 

 予想外の言葉に、オレは思考を停止した。

 

「だっ、だから……! この前だよ! 俺にヒカリバエが来て、それでミスって高台から落ちたとき…………アンタ、スーパーチャクチで助けてくれたじゃねぇか……!」

「は? …………え? あれから結構日が経ってない? なんで今更…………?」

「アンタあれからシャケバイト来てねぇじゃねぇか!! お礼言おうにもいないんじゃあ、ぜってぇ言えねぇじゃねぇか!!」

「そんなお礼言われるようなことじゃない気が……」

「俺が! 気にすんだよ!! なんだよせっかく会えたと思ったら『今更?』みたいなこと言われて、『お礼なんてそんな……』みたいな反応されてさぁ! ずーーーーっと気にしてた俺バカみたいじゃねぇか!?」

 

 顔を真っ赤にして捲したてる彼。

 

 そんな必死な姿に、思わず吹き出してしまった。

 

「なっ、なんだよ……俺にとっては一大決心に近い勇気振り絞って言ったのに……」

「くっ、ふふふ……ごめん、ごめん。こっちは寝耳に水だったからさ」

 

 抑えようとすればするほど、笑いが込み上げてくる。

 ずっと近づきがたいと感じていたけど、実際はそんな子じゃないみたいだ。

 

「オレはシオン。君は?」

「……俺はツバキ」

「ツバキね。これからよろしく」

「お、おう……」

 

 オレは笑いで出た涙を拭いて、ツバキに手を差し出す。

 ツバキは照れながらも、しっかりとその手を返してくれた。

 

 こうしてオレはもう1人、思いがけず新しいフレンドを得ることが出来たのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 

「───どうしたらウデマエが上がるのか、だって?」

「うん。今ちょっと伸び悩んでて……」

 

 フレンドになった後、オレは早速広場のテーブルでツバキにバトルの動き方について相談をした。

 自分でうだうだ考え過ぎるよりも、客観的な意見があった方がいいと思ったからだ。

 

「……言っておくが、俺は全然ガチマやナワバリやってねぇぞ? バイトに忙しいし、ああいうのはちょっと……苦手だからな」

「それでもいい。自分で分析するのと、他から見てもらうのは違うでしょ? 君はバイトで色んなブキの特徴に詳しいし、オレの動きに合いそうなブキを教えて欲しいんだ。一緒にバイトしてた時の直感でもいいから」

「そっ、そこまで言うならしゃあねぇな……! あー……なんかバトルの映像あるか?」

「あるよ。はい」

 

 一生懸命平静を装ってはいるが、その表情や動きはそわそわと、嬉しさが隠しきれていない。

 見た目はイカついが、やっぱり根はとても良いイカなのだろう。フレンドになることを申し出て本当に良かった。

 

 それにしても……

 

「よく、食べるね」

「ん?」

「いやだって。コレを2、3個食べるって、初めて見たんだけど」

「これでも抑えてる方なんだけどな」

「…………え」

 

 ボソッとツバキが呟いた言葉に、オレは絶句した。

 

 オレが渡した動画を見ながらツバキが食べているものは、ロブというエビ族のボーイがキッチンカーで売っている食べ物だ。

 このお店は食用エビに衣を付け、油で揚げた、カロリーも大きさもボリューミーな食べ物ばかりを売っている。ツバキが食べているものはワッフルの上に揚げエビを乗せ、ソースやホイップクリームをかけた『アゲホイップ』という商品。

 

 見ているだけでお腹いっぱい──どころか胸焼けしそうなものを、ツバキは次々に口の中へ運んでいく。

 

 何これ? 甘いの? しょっぱいの? そもそもイカが食べていい物なのか? 

 

 オレだと絶対食べられない。食べた後、絶対吐く。それを3個? しかもこれで抑えてる方? 

 

 失礼だけど頭おかしいんじゃないか? 

 

「俺、普通のイカ以上にお腹減るんだ。バイト代のほとんどを食費にしないといけなくてさ」

「バイト代のほとんど? あそこのバイト代、結構割高だよね? 月にどれだけかかってるの?」

「バイトではここの割引チケットをボーナスとしてたまにくれるんだ。親切だよな」

「確かにたまにくれてたけど、そういうとき大体オカネ減ってるよね? オカネの代わりに出してるよ、あの置物」

「しかもこんな大きくて食べ応えあってさ……すごい助かってるんだよね」

「大きくて食べ応えあるのは認めるけど、もっと他に色々気づいて!?」

 

 幸せそうな顔をして食べ物に齧り付くツバキ。

 

 この子もしかして、かなりのお人好しか? ルリとは別方向に危なっかしくないか? ちょっと心配になってきた……。

 

「はぁ…………ツバキ、オレのチケットもあげるよ……オレ、こういうの食べられないし」

「えっ、いいのか!?」

「あと、たまに料理持ってきてあげるよ。オレは少食だし、一人分の自炊って結構面倒くさくて困ってたし」

「シオン、料理できるのか!? すごいな!? あ、でもそこまでお世話になる訳には……」

「その代わり、オレにブキやバイトの動き方教えてくれる? オレ、この春にハイカラスクエアに出てきたばかりでさ。色々教えて欲しいんだ。フレンドなんだからお互い、これぐらいは当たり前でしょ?」

「っ! あぁ、確かに。フレンドなら当たり前だな! お安いご用だ!!」

 

 キラキラという効果音が聞こえてきそうなぐらい、ツバキがこちらを見つめてくる。

 

 オレもなかなかお人好しだと自負していたが、この子はお人好しってレベルじゃない。素直過ぎるし、流されやす過ぎる。よくこれで生きてこれたな……。

 

「あっ、そうだ。シオンのウデマエについてだったよな。ちょうどさっき動画見終わったぞ。イカスマホ、ありがとな」

「え? あぁ、そういえばそうだった……」

 

 あまりのことにビックリし過ぎてすっかり忘れてた。ツバキにウデマエについて相談をしていた途中だった。でももう充分疲れたんだけど。

 

「で、オレの動きどうだった?」

「バイトの時から思ってたけど、バトル始めたばっかの割にはいいんじゃないか? 特に問題はなさそうな気はするけど……そういや、なんでわかばシューターなのにもっとグイグイ行かないんだ? キルしにくいだろう?」

「それは……オレちょっと身体弱くてさ。前線に行き過ぎると、下手したら一試合もたないんだよね」

「あー……なるほど。じゃあ一度ブキ変えてみるのもいいかもな。いっそのことチャージャーとかは?」

「チャージャーはバイトで一度試してみたけど、少し合わなくてさ。出来ればわかばシューターと似たようなブキでやりたい」

「シューター系か……まだランク10ちょっとだよな? だとすると───」

 

 ツバキはオレの我儘に思考を巡らせる。そして出した答えは、

 

「───だったら『()Z()A()P()』はどうだ? わかばより拡散しないし、スペシャルもわかばと同じ。今までと似た感覚で使えると思う」

 

「『黒ZAP』、か…………」

 

 彼の出した名前に、オレは密かに左手を握りしめる。

 

 そのブキは、かつて父さんの───オレが大の苦手なイカの、愛用のブキだった。

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