今話からはヴィクトリア編のネタバレを含む可能性があります。お気をつけください。
なんてこったい。
ヴィクトリア潜入前のミーティングにて、エリモスは内心で舌打ちをした。状況はある程度伝わっていたし、グラスゴーの面々の態度からもそれは察することができた。できたが、実際は聞いていたよりも遥かに状況が悪かった。
何があったかを話してくる元ヴィクトリア軍人であるヴイーヴル、バグパイプの話を聞きながら、メモをとっていく。…こんなことなら、もっと早いことサイラッハにでも様子を尋ねておけば良かったかもしれない。ヴィクトリア軍人というだけで避けていたのはこっちなのだが。
それにしても、まさか俺があのヴィクトリア軍人を助ける日がくるとは。バグパイプから渡された写真を見ながらエリモスは自嘲した。昔、スラムにいた頃はただスラムの孤児というだけで散々やられたものである。まあ当然やり返しはしたのだが。一緒に暮らしていたチビ共も、軍人に絡まれていたのを助け出した奴らばかりだった。最後には向こうから仕掛けてきたというのに逆恨みで徒党を組んできたから難儀したものである。…そんな理由で、エリモスはヴィクトリア軍人にいい思い出が一つもないのだ。
とはいえ今回の件は俺がやらねばならない仕事だ。そう割り切って、エリモスは再び資料に視線を落とした。
「ってことがあってだな。」
夕飯時。もしゃり、と鶏肉を噛みちぎりながらエリモスはマドロックにそう言った。割と久しぶりの、そしてヴィクトリア潜入前最後のエリモスの部屋での宅飲みである。
「ヴィクトリアの軍人か。どんな人だった?」
「どんな人…話した限り普通にいい人だったぞ。今まで見てきた連中の中でも抜群に、な。それと面白い武器を持ってたな。」
ついでに口には出さないがファッションセンスが俺的に抜群だった。
黒いブレザータイプの軍服に、赤いスカート、そして黒いゴツメのニーハイとショートブーツ。まるでJKの制服を思い浮かべる服装だが…いかんでしょ。これはいかんでしょ。成人した軍人…成人してるよな?が着ていい服装ではない。似合ってないからとかではなく、似合うからこそ余計に着てはいけないのだ。理由は…まあ察しろ。
というかテラは割とみんな好きな服装を許容する文化があるからみんな何も言わないんだが、チェンさんとかシュヴァルツとかの服装って実は相当やばいんじゃないだろうか。渋谷のJKでもあんな格好しねえだろって服装してるもん。ヘソだしホットパンツは攻めすぎなんすわ。
「…今何か変なことを考えてないか?」
「ははっ、まさか。」
アルコールの入った頭で阿呆なことを考えていると、それを見抜いたのかマドロックが嘆息と共にそう言ってきた。…だんだんこいつ俺の思考読めるようになってきてないか?
「いや、お前は割と考えていることが顔に出るぞ?」
「だから思考を読むんじゃないよマドロック。」
「…それにしても、本当に行くんだな。」
「まあ、そういう任務だしな。ロドスの本格作戦前には帰ってくる予定だけど。」
お互いに何度も酒を酌み交わしながら、夜は更けていく。…考えたくはないが、これが話せる最後の機会なのかもしれないのだから、話が途切れることはない。
「そうか。ならMiseryよりは早く帰ってくるんだな。」
「その予定ではある。…今の状況を考えたらどうなるかなんて分からんけどな。」
「任務なんてそんなものだ。傭兵の頃は、私もそうだった。」
「ああ、そういえばお前傭兵だったね。」
なんというか、マドロックは傭兵らしくないのだ。金にもそこまで執着してないし、好戦的な方でもない。本当にその辺にいる女の子なのである。…それなのに武器をとって戦わなければならないのが、この世界というものなのだろうか。
「傭兵どころか、元レユニオンだぞ、私は。」
「すぐ抜けてるくせに何言ってやがる。つかそれならイーサンだってWだってそうだろうよ。あいつらに比べりゃお前はまともすぎるから、どうしても傭兵だのレユニオンだのが頭から抜け落ちるんだ。」
「いくらなんでもあの2人とは比べないで欲しいんだが‥。」
片や爆弾魔。片や盗み食い及びイタズラの常習犯である。確かに普通の人はロドス屈指の問題児である彼らとは比べられたくないであろう。
「まあ比べなくても、だ。お前はいい奴だよ、ほんとに。」
「そうならいいんだけどな。」
マドロックは苦笑いしながら、梅酒の入ったグラスを傾けた。
「あ、そうだ。マドロックに預かって欲しいものがあってさあ。」
「ん?なんだ?」
もうそろそろ日付も変わろうかという頃。料理も無くなり、酒もそろそろ入らなくなってきたところで、エリモスがそれを思い出して、窓際からあるものを持ってきた。
「いやさ、俺しばらくいないじゃん?こいつの世話して欲しくて。」
「こいつ?…ああ、それか。えーと、ボンサイ?」
「そうそう盆栽。ついでに言うとこれは梅ね。今日飲んだ奴。」
持ってきたのは一つの盆栽。今は花も咲かせておらず、ただ葉を茂らすのみとなっている。
「適当に水だけやってくれればいいからさ。ほんとに無理なら園芸部に預けてくれればいいし。」
「水だけでいいのか?こう、肥料とかは…」
「いらないいらない。まあほんとはいるのかもしれないけど、俺は使ってないよ。…で、どう?頼んでいい?」
「ああ、この程度なら任せろ。」
助かる。そう言ってエリモスはマドロックのグラスにウイスキーをなみなみと注いだ。原液で。それを見てなんてことをするんだとマドロックは少しだけ怒った。
「ははっ、すまんすまん。…でも飲めるだろ?」
「そう言う問題じゃないんだ。」
言いながらもマドロックはウイスキーの原液に口をつけた。そのまま一気に流し込んでいく。相変わらずの飲みっぷりに、エリモスは口笛で囃し立てた。
「やるぅ。」
「まあ、この程度ならな。…それにしても、エリモスは梅が好きなのか?」
「おん?…まあ、好きだな。美味しいし、いい匂いするし、綺麗だし。」
昔家に植えられてたんだよ、とは言わなかった。言えなかった。
「そうか。なら大事に預からせてもらおう。」
「託したぜ。…後もう一つ。正直こっちがかなりメインだ。」
今度はエリモスは一つの鍵をマドロックに放り投げた。小さな革製のキーホルダーのついたそれが、放物線を描いてマドロックの手元へとたどり着く。
「鍵?なんのだ?」
「俺の酒コレクションの入った棚の鍵。」
興味深そうにその鍵を見ていたマドロックだったが、それを聞いて目を見開いた。だが渡した当の本人はといえば平然とした様子である。
「エリモス、これお前、どう言う意味で…」
「どう言う意味もなにも。俺が死んだら中身あげるよってことだ。まあ死ぬ気はないけど、一応な。」
そう言ってエリモスは笑った。
「俺家族いないから何かあったら全部捨てられるんだよね。別に家具とかはそれでもいいんだけど、コレクションを捨てられるのだけは避けたくてさ。色々考えたんだけど、そうなるくらいならマドロックにあげるよ。」
「………。」
「あ、変なのは入ってないぞ?ワインとかはかなりいいやつだし。」
「……エリモス。」
「おん?」
託された鍵を見つめたまま黙っていたマドロックだったが、突然に口を開いた。だが、その口はどうも重いようだ。
「…いや、なんでもない。」
「ん、そうかい。ああそうだ、マドロックはなんか俺にして欲しいこととかある?」
「あるぞ。聞きたいことが1つ、な。」
「お?なんだ?」
思いの外にマドロックは即答した。鍵を上着のポケットにしまい、エリモスの目を見つめてくる。
「お前の名前が、知りたい。『エリモス』ではない、お前の本当の名前が。」
「…本名か。え、そんなことでいいのか?」
「ああ。それがいいんだ。」
「そうかよ。」
本名。まさかそんなものを尋ねられるとは思わず、エリモスは少しだけ驚いた。まさか今更その名を名乗ることになろうとも思ってもいなかったのだ。
「『アルトリウス』」
「なに?」
「『アルトリウス・フェアフィールド』。…それが俺の名前だ。苗字の方はジジイから貰ったものだけどな。」
ジジイと呼ぶ人物とエリモスは血が繋がっていない。エリモスが赤子の頃に、どう言う関係だったのかは知らないが、彼はエリモスを死に際の母から託されたために育てたらしい。スラムの技師であったジジイは亡くなるまで、エリモスの親であり続けた。
「…アルトリウス・フェアフィールド。いい名前だな。」
「派手すぎるから好きじゃねえんだけどな。エリモス、くらいでちょうどいい。」
そう言ってエリモスは最後の一杯を呷った。
「てかそう言うなら、お前の本名も教えてくれよ。マドロック以外にもあるんだろ?」
「まあ、あるが…それはまだ教えないことにしよう。」
「なんでだよ。ケチかお前。」
「そうじゃない。…おまえがロンディニウムから帰ってきたらその時に教えるさ。」
そう言ってマドロックは悪戯が成功した童女のように笑った。
「…そいつは、帰ってこなくちゃなんねえな。」
「そうだな。そうしてくれ、エリモス。」
栄華は崩れ去り、今やその国には暗雲が立ち込めている。
果たして砂嵐は、暗雲を払うことができるのか。それは誰にも分からない。
途中でネタを挟まないと死んじゃう病の患者が私です。
あとアークナイツ×モンハンコラボおめでとう。君たちの顔もいいってことは知ってたよ。