この話はヴィクトリア編のネタバレを含みます。お気をつけください
Q ロドス後方支援部からのアンケートです。ロドスの制服についてどう思いますか?
1 ノイルホーンの場合
「文句はねえよ。動きやすいしな。」
2 アンセルの場合
「そうですね、丈夫ですし、収納ポケットも多くて助かっています。」
3 エリモスの場合
「(*この回答は不適切だったため削除されました)」
「こんにちは、いや、もうこんばんは、の時間ですかね。」
ジメジメとした澱んだ空気と悪臭に満ちたロンディニウムの下水道に、その男は突然に現れた。壁面に設置されていた金属板が急に開けられたかと思うと、彼はそこから出てきたのである。
突然現れた金髪の男に警戒心を露わにしながら、無言でリタ─ホルンは装備の下に隠していたナイフへと手を伸ばした。相手が何者かはわからないが、仮に敵だった場合、ここで終わるわけにはいかないと、そう思ったのだ。
「まあどっちでも良いか。では初めまして、貴女はリタ・スカマンドロス中尉ですね?」
「…だとしたらどうするの?」
「何もしませんよ。少なくとも貴女を傷つけることは、ね。」
そう言って彼は腰に下げていた剣をホルンの足元に放り投げて両手を頭の上にあげた。それはホールドアップ、つまり危害を加えないという証だった。とりあえずの敵意は無さそうだと少しだけ安堵しつつも、彼女は警戒を解かない。彼が怪しい動きをした瞬間にその喉笛を掻っ切れるように構えながら、彼女は男に尋ねた。
「そう。…見たところ貴方はヴィクトリア軍人ではないわね。なら、貴方は誰?なんのために私を探しているの?」
「ああ、そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。」
そのことに今更気がついたのか、彼は両手を上げたままで名乗った。
「俺はエリモス。製薬会社ロドス・アイランドの社員にして、貴女の部下、バグパイプから頼まれて貴女を探しにきたものです。」
「バグパイプですって!?彼女は無事なの!?」
彼の発言の後、狭い下水道にホルンの驚いた声が響き渡った。慌てて口を押さえるももう遅い。彼女の声はきっと遠くまで届いたことだろう。目の前にいたエリモスに至っては突然に大声を出されて渋い顔をしていたが、すぐに真剣な顔をしてある提案をした。
「ええ、元気ですよ。ついでに言うと彼女から手紙も預かっています。できればすぐにでも渡したいのですが…今の声が誰かに気づかれた可能性があります。とりあえずここから移動しましょうか。」
「…ええ。そうしましょう。」
エリモスの提案に、ホルンは頷いた。いくら周りに人がいないとはいえ、ここが敵地である以上警戒はしすぎることはない。そんな彼女の様子を見て、エリモスは先程通ってきた通路の方を指差した。
「では、こっちへ。さっき歩いた様子だとこの道はまだサルカズ達に見つかっていないはずですから。」
もう何時間歩いただろうか。下水道横の通路の地面は塵や埃が溜まっているうえに汚水や廃液で湿り、歩くたびに足が滑りそうになる。そんな通路を2人が歩いていた時だった。突然ホルンが足を滑らせたかと思うと、その体勢を崩す。幸いと言うべきか今回は完全に崩れ落ちる前にエリモスが彼女を支えることができたため、彼は焦りながらもほっと胸を撫で下ろした。
「…ホルンさん、その、大丈夫ですか?こんな場所ではありますが、一度休憩を取りますか?」
「…いえ、大丈夫。問題ないわ。…私たちには時間がない。早く先へ進みましょう。」
これまでゆっくりと、だが確実に2人は進んでいたが、エリモスに比べてホルンの足取りは重く、鈍い。だがそれも無理はないだろう。彼女はコナー群からヴィクトリアまで移送され、そして先日ようやく逃げ出したばかり。つまり心身共に限界なのだから。
確かに彼女の言う通り時間はない。だが、それを口実にして無理をするのも、今の彼女にとっては厳しいものだと言えた。今まで幾度も休憩を進言したが、彼女はそれらを全て断ったのだ。だからこそエリモスは彼女に対して配慮が足りなかったと自省する反面、ある決断を下した。
「…ホルンさん、少し失礼しますよ。」
「なにを…?」
そう言ってエリモスは、額に汗を浮かべて、それでも歩くことをやめない彼女の肩に手を回し、支える体勢を取った。身長差があるために腰を屈めるようになるが、ホルンは長身のため、そこまで苦痛があるわけではない。
「…ありがとう。」
「どういたしまして。」
ホルンの持つ装備は重い。ただでさえ衰弱した身体の負担になっていたそれかと支えられて、彼女の足取りは随分と楽になっていた。…いや、それだけではない。確実に地面も歩きやすくなっていることにホルンは少ししてから気がついた。
「…地面が、乾いてるの?」
最初に気がついたのは足音の変化だった。エリモスに支えられ始めてすぐ、先程までベチャベチャとしていた足音がしなくなった。そしてそれと時を同じくして、足を滑らせることも無くなった。そのことに気がついた彼女が足元を見ると、足元の泥が乾いて、歩きやすくなっている。
「ええ、こっちの方が歩きやすいかと思って乾かしました。俺のアーツは痕跡が残りやすいので出来るだけ避けたかったのですが…この際、出し惜しみはなしでいきましょう。」
ホルンの問いにエリモスはなんでもないことのように答えた。彼にとってはそれよりもサルカズ傭兵たちに見つからないようにする方が大事なのだ。
「乾かしたのは貴方のアーツ?炎系統の能力なの?」
「さあ?確かに乾かしたのは俺のアーツですが、系統は分かりません。なんでか知りませんが、俺のアーツは使うと周りが乾燥するんですよ。」
「…なんでそんなのを使ってるの?」
「便利だからですかね?」
先ほどよりも格段に歩きやすくなったためか、ペースを上げた2人は話しながら歩いていく。
「貴方のアーツ…雨の日なんかは乾燥機が要らないわね。」
「残念なことに、無理に乾かすからか生地が滅茶苦茶痛んじゃうんでそれができないんですよ。それができたら俺はロドスの人気者だったんですけどね。」
「残念。…実はこの後服を洗いたかったんだけど、それならできそうにないわね。」
ホルンは彼女らしくもない軽口を叩いた。ようやく闇夜の中に一筋の光が見えたからだろうか。
「服ならサイズが分かれば代わりのものをすぐに用意しますよ。いえ、それだけではありません。食事も、硬くて良いならベッドも、簡易的にではありますがシャワーだって用意します。」
「…そんなことが出来るの?」
「できます。」
ホルンは上流階級の出身で、スラムには詳しくない。だが、そんな彼女にも今言っていることが難しいことだと言うのは容易に想像ができた。だが、それでもエリモスはできると、そう断言してのけた。
「今向かっているのは、俺の拠点です。そこなら簡易的にではありますが、ベッドも、あとは水さえ手に入ればシャワーも使えます。ここを抜けたら、そこで休みましょう。」
「…それは、ありがたいわね。」
「でしょう?戦うのは、無理をするのはそれからです。」
ようやく遠くに光が粒ほどの大きさではあるが見えてきた。その光を見てホルンからああ、とうめき声が聞こえる。この地下で彼女がどれほどいたのかはわからないが、光を見るのはいつ以来なのだろうか。
「…見えてきました。あそこから先は地上です。」
「そこは、サルカズたちはいないの?」
「確認済みです。ついでに入り口は隠していますから、そう簡単には見つかりません。安心してください。」
うっすらと涙を浮かべるホルンの肩に回した手に力を込めて、エリモスは歩き続けた。もし彼女がいつ気を失っても良いようにだ。
それから何分歩いただろうか。もう意識が朦朧としているホルンの頬を澄み渡った風が撫でた。それは今まで散々に吸ってきた澱んだ空気とは全く違うもの。それを認識して、ホルンは目を見開いた。気がつけば、周りには光が満ちている。
「ああっ……!」
光だ。目の前には光が広がっている。
そこには華やかな屋敷はない。豪華な庭も、整えられた草木も、装飾の整えられた街灯も、華やかなものなんてなにもない。だけど、そこは光で満ちていた。
何も考えられずに建てられたのだろう、ひしめき合う崩れかけの建物。テントというのも憚られる、布を張っただけの小屋。そしてそこを行き交う人々。あちこちで、怒号や歓声、ケンカを煽る囃し声までが聞こえてくる。貧しく、そして何もかにも足りていないのに、そこは『生』で満ちていた。
「ようこそ、ヴィクトリアの底辺へ。」
気がつけばホルンの目からはボロボロと涙がこぼれ落ちていた。そのことに気づかないふりをしてエリモスはそう言うと、彼女を拠点へと連れていく。もはや動けなくなっていた彼女を抱えるようにして、エリモスは動き始めた。
「拠点に着いたら、まずは傷の手当てをしましょう。治療キットは持っていますから安心してください。」
「…何から何まで、本当にありがとう。」
「お気になさらず。…は貴女の力が必要だからやっているという面もあるのです。」
「私の、力が?」
「ええ。」
エリモスに抱えられたままのホルンは驚きながらも尋ねた。
「この事態に対して俺たちロドスはあまりにも人が足りず、情報が足りない。それを補うために、現地の協力者が必要なのです。」
「それが私?」
「ええ。貴女なら必ず立ち上がると、バグパイプが言っていたものでして。」
「バグパイプが…!」
はい、とエリモスは肯定した。エリモスとバグパイプは顔を合わせた回数は少ないが、それでも彼女のホルンに対する熱意は非常に強いものだと、そう理解しているのだ。
「…一つ、聞いてもいい?」
「なんでしょう。俺に答えられるものならお答えしますよ。」
「ありがとう。…私が戦うとしたら、貴方は手伝ってくれるの?」
エリモスの目を見て聞いてくるホルンに対して、エリモスは一度目を閉じた。
もしこれがロンディニウムの今を知るまでなら、もしかしたらNOと告げていたかもしれない。彼はあくまで事前調査とホルンの捜索、そして現地での協力者の確保が目的なのだから。
だが今、エリモスは現実を知ってしまった。己の宿命を、この地での地獄のような事実を知ってしまった彼には、もはや選択肢はない。彼は閉じていた目をもう一度開いた。
「ええ。俺も戦いますよ。」
…当初の予定はもはや守れない。ロドスが作戦を展開する前に帰るつもりだったが、それはできないだろう。ハイディに頼んでそれをロドスまで伝えてもらわなければならない。
果たしてロドスに戻れるのはいつになるだろうか。いや、俺は戻れるのだろうか。そんなことを考えていると、ほんの少しだけ梅の花の香りがした気がした。
ホルン
高身長で信念があって諦めなくて強くてスタイル抜群で美人な軍人お姉さん。どうあがいてもエリモスのドストライク。この状況でなければお茶にでも誘っていたと思われる。
途轍もないシリアスになりそうな気配。まあアークナイツって元々シリアス且つベリーハードなんですけどね。ネタを挟む気配がかけらもないのが困ったところです。