俺の同僚の顔が良すぎる   作:チキンうまうま

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【皺まみれの手紙】
 宿舎に飾れば雰囲気をよくする。
 『何度も書き直された跡のある手紙。もはや何が書いてあるかもわからない。』




絶望都市 1

 

 自救軍・ヴィクトリア軍の残存兵による合同作戦は、主に夜に行われる。理由としては単純に、姿を隠しやすいからだ。数でも質でも劣る彼らは、そのような小細工を弄することでしか勝負することができない。それでも、彼らは少しでもこの事態を良くするために戦うのだ。

 

 その日の作戦も、これまで同様に夜に行われた。目標はヴィクトリア軍の施設であったとある建物。調査によって、そこには捕虜となった軍人や捕えられた市民が多くいることが判明している。彼らを助け出すために、ホルンを前線指揮官としての作戦は決行されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 自救軍、ヴィクトリア軍の兵士たちは、息を殺して壁を乗り越え、敷地内へと潜入した。基本的にサルカズ傭兵たちとは戦わない。戦ったところで勝てるのはホルンやエリモスをはじめとしたほんの一握りのメンバーだけなのだから、戦えない、の方が正しいのかもしれない。

 

「…ホルンさん。」

「ええ、エリモス。あなたも気がついた?」

 

 さて、潜入してからすぐに、彼らはその違和感に気がついた。それは軍人たちだけではない。素人同然の自救軍兵士たちにもそれは気がつくほどに、その違和感は顕著だった。

 

「…流石に、ここまで徹底してれば気がつくでしょうよ。」

「そうね。…罠、かしら?」

「可能性は非常に高いですが…それならばなんのためにか、が気になるところですね。」

 

 盗聴の可能性は捨て切れないので、焦りながらも小声で2人は会話をする。だが、それは当然だ。なにせ、()()()()()()()()。ここは軍の要所だったというのに、1人もだ。

 

「…どうします?ホルンさん。作戦は?」

「撤退よ。流石に底が知れなさすぎるわ。」

 

 誰かが投げかけた問いに、ホルンは即答した。今はとにかく戦力を少しでも失いたくない。ならば、この得体の知れない状況で長居をするつもりは彼女には微塵もなかった。

 

「了解。各部隊にもそう指示を出します。」

 

 流石は軍人というべきか、そこからの動きは速やかだった。素早く周囲に散開していた各部隊に伝達を済ませ、撤退の準備を整える。彼らのこの判断は、潜入してからここまで3分もかかっていなかっただろう。

 

 それでも、それはあまりにも遅すぎた。

 

「…なんです?あれ。」

 

 最初に気がついたのは誰だっただろうか。彼の指差した先、ロンディニウムの壁の上で何かが輝いた。3つあるその光は、段々に増していっている。

 

「…こっちを向いている気がしますが…ライトですかね?」

「分からないわ。ただ、とにかくここから早く離れたほうが良さそうね。」

「間違いない。そうしましょう。」

 

 あれは何だ。わからない。

 なんのためのものだ。わからない。

 いつからあった。わからない。

 

 わからないことだらけだが、彼らはとにかくその場から離れることを優先した。そして全員が施設を抜け出そうとした時。

 

「!!!!伏せろおおおおおおおお!!!!!!」

 

 最初にそれに気がついたのはエリモスだった。

 

 彼がそれに気がつけたのは、偶然としか言いようがない。真っ先にそれに気がついた彼は、反射的に持っていたアーツユニットに力を込め、味方を守るべく全力で防御姿勢をとった。彼の剣と盾から放たれたアーツが周囲の砂を浮き上がらせ、瞬時に壁を形成する。そうしたにも関わらず、エリモスは叫んだのだ。

 

「エリモス!?何をして─」

 

 突然に進行方向を塞がれ、尚且つ大声を上げたエリモスをホルンが訝しんだ途端、

 

 

 

 

 世界が、揺れた。

 

 

 

 

 爆音と爆風が砂の壁を悠々と突き破り、兵士たちを吹き飛ばしていく。あるものは数メートルも上に吹き飛び、石畳へと叩きつけられた。またあるものは勢いよく近くの建物のガラス窓へと突っ込んだ。一瞬。ほんの一瞬で、直撃を免れたにも関わらず、部隊は半壊していた。

 

「…おい!無事かお前ら!」

 

 そんな中、真っ先に地に伏せ、剣を地面に突き立てていたエリモスはまだマシだった。彼は全身がキズと砂埃でまみれていたが、数メートルは最初の場所から移動したものの、それでも吹き飛ぶことなく無事でいたのだ。

 

「…装備が重くて助かったわね。」

 

 エリモスの叫び声に最初に答えたのはホルンだった。彼女も衝撃で数メートル吹き飛んでいたものの、それでも装備の防御力と受け身をどうにかとったお陰で、全身に傷を負いながらもどうにか無事に乗り切っていた。

 

「よかった…他は?」

 

 答えはない。沈黙が広がった。

 

「だれか!?おい!いるんだろ!?おい!?」

 

 答えはない。うめき声すら、聞こえない。

 

「…嘘、でしょ?」

「……冗談だろ?」

 

 2人の周りには、生者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしい。一撃で建物を一つ吹き飛ばすとはね。」

 

 その様子を、城壁の上でマンフレッドは椅子に座ったまま、余裕たっぷりに眺めていた。

 

「今の射撃の報告を。」

「はっ!ただいまの射撃は2号砲台から発射されました!放たれた砲弾は予定通りに目標に命中。ヴィクトリア軍の残存兵には命中こそしませんでしたが、確認致しましたところ、余波で2名を除いて全滅いたしました。」

「よろしい。下がりたまえ。」

「はっ!」

 

 報告を受けて、マンフレッドは上機嫌に椅子から立ち上がった。そのまま鼻歌でも歌いそうなほどの声音で口を開く。

 

「この威力…これこそ陛下の求めていらっしゃるものだ。そして我々は、試作ではなく、これを完成させなければならない。」

「では、どうしますか?」

「決まっているだろう?完成品を作るにはデータがいる。」

 

「撃ちたまえ。弾がある限り。」

 

 マンフレッドはそう言って、薄い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロックロック!今のはなんだ!?」

「分からない…!?大砲!?」

 

 別行動をとっていた別の班であるフェイストとロックロック率いる部隊は、少し離れた場所に落ちた大砲の余波から免れていたのである。

 

「なるほど、大砲か…!サルカズたちは、こんな武器まで作ってたのか…!」

「言ってる場合じゃない!どうするの!?」

「逃げるしかないだろ!こんな─」

 

 フェイストの発言を遮るように、城壁の上が光り輝いた。そしてその直後、轟音と爆風がフェイストたちに襲いかかる。

 

「うわああああああああ!?」

 

 悲鳴と、恐慌。ただの市民にすぎなかった彼らには、それはあまりにも恐ろしいものだった。それは部隊の構成員だけではない。ロックロックも、気丈に振る舞ってはいるものの、フェイストだってそうだった。

 

「こっちにまで撃ってきた!」

 

 誰かが泣きながらそう叫ぶ中、フェイストはあることに気がついてしまった。

 

「待て…あの光って、さっき3つなかったか?」

 

 光1つにつき、一発。さっきは3つ。放たれたのは二発。なら、残りはいくつ?

 

「まだ、あるのか…?」

 

 終わった。誰かがそう呟いた時のことだった。

 

 最初に大砲が落ちた場所に、光が満ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホルンさん。逃げてください。」

 

 二発目が放たれた直後。エリモスはポーチから、途轍もなく厳重にロックされている小さな容器を取り出しながら、そう言った。

 

「…何を言っているの?」

「何もかにも。そのままですよ。貴女だけでもここから逃げてください。」

 

 いくつものダイヤルを回し、その蓋を開ける。パキ、という乾いた音と共に、作られて以来日の目を見ることのなかったそれはその姿を現した。

 

 それを見た途端、ホルンは背筋に氷の棒が突き刺さったような感覚に襲われた。それが何かは知らない。なんのためのものかもしらない。それでも、それから感じたのは、根源的な、生物の本能としての恐怖だった。

 

「…仮に私が逃げたとして、貴方はどうするの?まさか諦めるだなんて言わないでしょうね。」

「まさか。そんなことしませんよ。ただ…」

 

 震える身体を押さえつけ、どうにか口を開いたホルンに、取り出した【釘】を力強く握りしめてエリモスは応えた。

 

「あれを撃ち落とします。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホルンが走り去っていくのを見て、エリモスは一つ大きく息を吐いた。

 

「…いい人だったなあ、あの人。」

 

 彼女は最後まで、自分を置いていくことに難色を示した。自分も残ると言って聞かない彼女を、最後には巻き込みたくないから、そして今から包囲してくるであろうサルカズ部隊の対処を頼む、という理由でどうにか行かせたのである。

 

「…あー、まじ怖え。」

 

 握りしめた【釘】─見た目は本当に10センチほどの、ただの釘のような代物を眺めながらエリモスは呟いた。

 

 遠くの方で、残り1つだった光が2つになった。3つになった。残弾はまだまだあるようだ。

 

「…死にたくねえなあ。」

 

 このままだと100パー死ぬ。だけど、これを使えば0.1パーくらいの確率では生き残れる。どのみちこのまま生き残る確率は絶望的に低いが、それでもその僅かな確率に賭けることに決めた。

 

「…まだ、あいつの名前聞いてないもんな。」

 

 エリモスは一つ覚悟を決めて、釘を勢いよく自分の首筋に突き立てた。そして彼の口からは、一筋の血と、苦悶の声が漏れ出した。

 

 瓦礫に溢れた霧の街に、紅い華が咲いて。

 

 夜の街に朝が来た。

 

 

 

 

 

 








これは地獄への片道切符。


貴方はもう戻れない。











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