俺の同僚の顔が良すぎる   作:チキンうまうま

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砂獣咆哮 1

 

 その恐怖は、夜中であるにも関わらずロンディニウムの中をすぐに走り抜けた。

 

 人々の住む家は今までにないほどに揺れ、衝撃で窓ガラスにヒビが入る。怯えながらも寝ていたはずの子供達が目を覚まし、その小さな眼に涙を浮かべた。

 

 そして誰もが、いったい何が起こったのかと、ついにロンディニウムが終わる日が来たのかと、そう思って外を見た。彼らの視線が向かうのは城壁にある光が狙う先。悪魔(サルカズ)たちがその鉄槌を振り下ろした場所。彼らは諦観と、絶望を胸にそこを見た。そのはずだった。

 

「綺麗…」

 

 誰がそう呟いたのだろうか。わからないが、それを見た者の誰かがそう呟いた。その呟きは次第に、人々の間を伝播していく。

 

 遥か遠く、彼らの視線の先にあったのは月のない夜中であるにも関わらず、ヴィクトリアの街灯全てを集めたかの如く輝く光。そしてその中でたった1人、城壁に向かって剣を構える男。

 

 あれは誰だ。誰がが叫んだ。それを知っている者は誰もいなかった。それでも、彼らには一つの絶対的な確信があった。

 

 まだ、ロンディニウムは終わっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思ったより熱いし痛いな、これ。

 

 遥か数十メートルも上から自身のある方に向けて放たれんとする砲の光を睨みながら、エリモスはぼんやりとそんなことを考えていた。その手には、昼間の太陽を切り取ったかの如く光り輝く黄金の剣が握られている。それは全てを懸けて生み出された、アーツによる燐光であった。

 

 心臓が脈打つのに合わせて首筋の釘が痛む。仕方ない、そう言うものだ。

 

 壁上の光が強くなった。発射まであと数秒か。エリモスはここに来て左手の盾を捨てた。ガシャン、と言う音を立てて地面に落とされたそれを気にも止めず、彼は剣を両手で上段に構えた。逸る呼吸を落ち着かせ、今もなお輝き続ける剣に全力を込める。失敗は許されない。

 

 あの光がここに来るまで何秒だ?それはわからない。わからないが、何秒だろうと対応できる。無理矢理にでも能力を底上げした今なら。

 次第に剣の輝きが落ち着いていく。だがそれは、光が弱まっているのではない。全方位に広がっていた光が、ただ一点、剣に収束し続けている証だった。

 

 そして今、ついに光が放たれた。その狙いは先の2つ変わらず、彼のいる旧ヴィクトリア軍施設。遥か上を狙って放たれたそれは、すぐに放物線を描いて重力と共に大地へと降り注ぐ。それは当たれば一撃で建物の一つを、いやもしかしたら一区画をも破壊できる一撃。それが地面へと激突しようとした時だ。

 

 エリモスはその剣を全力で振り抜いた。

 

 上段から全力での振り下ろし。それは真っ当な剣術を修めていない彼が考える、最高威力の剣撃。アーツを纏った剣による、一撃必殺の絶技。その一撃に合わせて剣から放たれたのは途轍もない威力の光条。その一撃は夜を裂き、迫り来る鉄槌へと轟音と共に衝突した。

 

 激突した両者がせめぎ合っていたのは、ほんの一瞬だった。余波だけで大地を揺らし、軽々と人を吹き飛ばすその衝突は恐ろしいほどすぐに決着がついたのだ。

 

 勝つのは果たして地を穿つ砲か。天を裂く光条か。僅かの激突の後に勝ったのは、天を裂く光条であった。激突に押し勝ったそれは砲弾を塵へと変え、それでも飽き足らず夜空へと伸びていった。

 

 そしていつまでも続くかと思われたその光条も次第に弱まり、その姿を消した。跡に残るのは、微かに宙を漂う塵屑のみ。それだけが、砲撃が放たれた証であった。

 

 どうした三流傭兵共。

 

 担い手は吠える。彼の視線の先は遥か彼方の城壁。そこにいるはずの、けれども見えるはずもない相手に向かって彼は吠えた。

 

 この程度で(ヴィクトリア)が落とせるとでも思ったのか?

 

 再び城壁の上から振り落とされんとする鉄槌を迎え撃たんと、獅子もまたその剣を構え直した。

 

 そんな彼の服の下、誰からも見えない肌の上に。小さな音と共に、黒い石が姿を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…成程。今までは本気ではなかったようだな。」

 

 試作品とはいえ新兵器である大砲を一度無効化されてなお、マンフレッドはその余裕を崩さなかった。

 

「そのようです。確実に今までとはアーツの出力が違いますから。」

「そうだな。だが、それだけではない。」

 

 彼の独り言に律儀に答えた部下を一瞥すると、マンフレッドは補足のために口を開いた。

 

「よく見ておけ。あれこそが、あの術者のアーツの真の能力だ。決してそれは、石や煉瓦から砂を作り出し、操るものではない。」

「…では、アレの能力はなんなのですか?」

 

 それを聞いて部下は怪訝な声を出した。彼らの周りでは、大砲の再装填を急ぐ部下たちの大声で溢れかえっている。

 

「『結合の切断』だ。」

 

 マンフレッドは今度は部下の方を見ずに、今もなお次の砲撃に備えているであろう相手の方に視線を向けながら答えた。

 

「あれはこの世の、ありとあらゆる形あるものに対する鬼札(ジョーカー)。形あるものがその形をなくすまでに小さな砂粒にまで変えることも、水気を帯びたものから水だけを切り離して干上がらせることもできる。()()ことと()()ことに特化した、まさに悪魔のような能力だ。砂を操る能力はその副産物、末路としての砂を操っているといったところだろうな。」

 

 どこか楽しそうに彼は言った。

 

「…そんなアーツが、あるのですか。」

「そうだ。そして、だからこそ。」

 

 マンフレッドは眼下の相手に手を向けた。その眼は鋭く、一切の油断を感じさせない。

 

「アレは絶対にここで殺す。」

 

 彼の迫力に押されて、怒号の飛び交っていた城壁に沈黙が訪れた。その沈黙の中、歴戦の傭兵たる将軍は命じた。

 

「攻撃目標は『ロンディニウム』。アレだけを殺そうとするな。街ごと殺せ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の、見た?」

 

 視界の先、砲撃を見事に撃破して途切れていく光条を見て、ロックロックは声を出した。

 

「…ああ。あれって、エリモスの攻撃なのかな?」

 

 答えたのはフェイストだった。彼の脳裏に浮かぶのは、最近できた友人。くすんだ金髪を持つ、ロンディニウムの外から来た頼れる男。強く、そして明るい、短い間ながらも自救軍のメンバーを支えてくれた相手である。…ことあるごとに男連中を巻き込んで猥談に誘ってくるのだけはどうにかして欲しかったが。あれは今になって思えばだが、彼なりにみんなの緊張をほぐそうとしていたんだろう。

 

(…でも、1回くらいはしておくべきだったかな。)

 

 そんなことを考えていたフェイストの元に、重い金属音と走ってくる足音が聞こえてきた。その音に聞き覚えのあるメンバーたちが、すぐに反応してそちらへと向き直る。

 

「…エリモスはうまくやったみたいね。」

「ホルンさん!無事だったんですね!」

「ええ。運良く、だけど。貴方たちも、無事でよかったわ。」

 

 現れたのは前線指揮官にしてメンバーの誰よりも大きな装備を持った狼人族(ループス)、ホルンだった。彼女はフェイストたちの部隊の様子を見て無事を喜んだのも束の間、すぐにある方向を指差した。

 

「無事だったのはいいけど、今は時間がないわ。おそらくここにサルカズの部隊がくるだろうから、すぐにここを離れるわよ。」

「わかった…待ってくれ、ホルンさん。他のメンバーは?あと、エリモスはどうするんだ?」

 

 その問いに対して、ホルンは彼らに背を向けた。

 

「…他のメンバーは、もういないわ。あと、エリモスは…」

 

 その視線を城壁へと向けて、彼女は誓うかのように言った。

 

「絶対に見捨てない。必ず、助け出してみせる。だから…今はここを離れるわよ。」

 

 そう言ったホルンに続いて、一度顔を見合わせて頷きあったメンバーたちは走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう何発撃ち落としただろうか。大砲が放たれるたびにそれを撃ち落としていく。何度も、何度もだ。限界なんてとうに超えているにもかかわらずその剣を振るい続ける。

 

 剣にアーツを込める度に、首に埋め込んだ釘の周りが痛む。だが、もしこれがなければ今頃自分は死んでいるのだから、文句は言えない。そう思って、釘の効果で身体を無理矢理に動かして剣を振るう。

 

 また放たれた砲弾にアーツを当てて、塵に変える。それと同時に、皮膚を突き破って体表に黒い結晶がまた現れた。気がつけば口の中は血の味がする。

 

 残された時間はあと何分だ?

 

 朦朧としてきた意識を、釘にアーツを流すことで無理矢理に覚醒させる。辛い、やめたい。でも、ここまで来たらもうやめられない。やめたら死んでしまう。あいつに会えなくなってしまう。辛さよりもその恐怖が勝って、身体中を襲う痛みをぎゅっと目を瞑ってどうにか押し殺した。

 

 閉じられた瞼の裏で、フワリと銀髪が揺れた気がした。





【釘】
 一本の釘の欠落が、一国の王を殺すこともある。
 では、釘が一本多いと、どうなる?



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