運営!?運営!?なんでこのタイミングでこの3人ピックアップ!?まさか見てるの!?
小さく足音を立てて無機質なロドスの廊下を歩く。昼下がりのこの時間は、多くの者が仕事や訓練などで出払っているからだろうか、偶然にも私は誰にも出会うことなく、目的の場所に着いた。
「エリモス?いるか?」
私が目指していたのはエンジニア部管轄のある一室、端的に言えばエリモスの工房であった。…いや、『元』工房と言うべきだろうか。原石粉塵を避けるために、あいつはこれから作業班ではなく事務方に回されるらしい。なので今、次の使い手に明け渡されるまではそこはエリモスの仕事道具のあるだけの部屋となっている。
さて、その扉をノックしても返答がない。一拍置いて、更に大きな音を立ててノックしたが、それでも返答はなかった。留守か?と思ったが、扉には『在室』の札が掛けられているので、中にはいるようだ。よく見たらその札には『鍵は開いています。返答がなかったらご自由にお入りください』と書かれている。その言葉に甘えて扉を開けると、私は彼の部屋に足を踏み入れた。
中に入ると、外に比べて少し冷ややかな空気が私の頬を撫でた。どうやら部屋の主はエアコンをつけているらしい。そしてしばらく主を失っていたこの工房は、随分と仕事場、と言った雰囲気が緩和されていた。…いや、これからもされていくのだろう。
その奥、ソファのある方へと目を向けると、エリモスはそこで目を瞑り、静かに眠っていた。あまりにも静かだったものだからつい、呼吸をちゃんとしているのかと不安になってしまう。近寄って彼に耳を寄せると、規則正しい呼吸音が聞こえて、私はそっと胸を撫で下ろした。
…それにしても、だ。
「…随分と静かだな。」
手持ち無沙汰なので彼の左腕があった場所に付いている機械の義腕をキン、と弾いて呟いた。普段はかなり愉快な性格というか、よく喋る男だったのだが、ロンディニウムから帰ってきて以降は少し落ち着いたように見える。更に最近は昼間でもよく眠るようになったのだから、かなり静かになったように感じてしまう。
「…それにしても、気が付かないものだな。」
未だに眠る彼から少し離れて、向かいのソファに腰掛けた。どうせやることもなく、話し相手の欲しさにここへ来たくらいなのだから別に全く急いでは無いのだが、ちょっとくらいは早く起きて欲しいという気持ちもある。…だが、果たして起こしていいものなのかという思いもあるのは事実だ。
そこまで考えて、ふっと小さな笑みがこぼれ落ちた。正直な話、初めて会った時にはこの男とここまで親しくなることも、そしてそれ以上を求めるようになるとも思っていなかったのだ。そんな随分と昔のようで、それでいて実は最近の出来事をぼんやりと思い出していた。
ロドスへ来た当初、私はそれなりにこのロドスという組織を警戒していた。ロドスは感染者のために尽力する集団であり、そして私のかつて所属していたレユニオンと対立していた組織。そこに事情があったとは言え仲間を引き連れて訪ねて行ったものだから、私の方もロドスからは警戒されていただろう。
そんな私がフルアーマーを身につけてロドスを歩いている時だった。目の前に1人の金髪の男が腕を組んで立っているのを見つけたのだ。
「お前が今回入ってきた
男の問いに、私はおそらくそうだ、と答えた。ドクターからも他に同時期に入ってきた者はいると聞いていないし、状況から判断するに私しかいないだろう思ったのだ。そしてそれを聞いて男は満足げに頷くと、私の方へと歩いてきた。
「そうかそうか!いやー噂で聞いちゃあいたんだよ!俺よりデカいやつが来るってさあ!」
そいつは私の方へと近寄ってくると、馴れ馴れしくバシバシと背中を叩いてきた。別に痛くはなかったが、何より困惑したのを覚えている。…今になって思うとあいつは初対面の女性にそんなことはしない奴だから、本当に私のことを男だと勘違いしていたのだろう。
というか、私のことを『デカい奴』としか聞いていなかったのだろうか。他にこう、『元レユニオン』とか、『サルカズ傭兵』とかあるのではないだろうか。
「いやその辺はもうすでに何人かいるし。別に目新しくもなんともないぞ?」
なんなんだこの職場。私がいうのもなんだが本当にカタギなのか?
「一応真っ当な製薬会社だぞ。ちょっとした小国くらいならドンパチやれるくらいの戦力はあるらしいけど。」
本当にカタギか?
「多分ね。正直ちょっと怪しいとは思ってる。」
そう言って彼は肩をすくめた。
「…そうだ、名乗ってなかったな。俺はエリモス。コードネームだけどな。ついでに言うと『エリモス』の意味は『砂漠』。その名前の通り、砂を操るアーツ使いってことだ。どうぞよろしく。」
彼の名乗りに私も応じた。私の名前はマドロック、その名前の通り沃土と大地を友とする者だと。
「へえ、
笑みを浮かべる男に、私は曖昧な表情で返した。
「…あの時は、ここまで親しくなるとは思っていなかったんだがな。」
ぴひゅう、と謎の寝息を立てるエリモスを見て、苦笑いを浮かべながらも私は本当に懐かしい気分になった。あれがたったの数ヶ月前の出来事だなんて、到底信じられない。
「お前が初めてだったんだ。私を『感染者』でも『サルカズ傭兵』でも『レユニオン』でもない『私』で見てくれたのは。」
エリモスは恐ろしいほどに私の経歴を気にしなかった。そして私とはただの同僚として、友人として接し続けた。果たしてこいつはそれがどれだけ珍しくて、どれだけ嬉しかったのかわかっているのだろうか?
そんなエリモスだからこそ、私は慣れ親しんだあのスーツを脱ぎ捨てて素顔で接しようと決めたのだ。
「…ん?あれ、ここは…?」
そうしていると、小さな声と共にエリモスが動き出した。どうやら目を覚ましたようだ。
「起きたか?エリモス。」
「ん?あれ、オレは……………ああ、工房か。」
2、3目を瞬かせると、彼は自分の居場所を認識したのか大きな欠伸をした。そのままぐしぐしと目を擦って、そしてようやく私がいることに気がついたのか驚いた表情を見せた。
「……マドロック?なんでここに?」
「暇だったからな。話し相手になってもらおうと思って来たんだ。」
「マジか。すまんな、かなり寝てただろ、俺。」
「そうでもない。待ったのはほんの数分だ。」
私がそう言うと、起こしてくれれば良かったのに、なんて言って彼は立ち上がった。義腕のお陰でバランスが取れているからだろうか、以前よりも尻尾の揺れは少ない。そのまま飲み物を淹れるためだろうか、コンロの前へと歩いている彼を追って、私も立ち上がった。
「なあ、エリモス。」
「なんだ?おやつにクッキーなら出せるが。」
「そうじゃない。」
電気ケトルに水を注いで、彼は戸棚を漁り始めた。もうすでに運び出されたからだろうか、中身の随分と少なくなった戸棚だったが、どうやら必要最低限は残しているらしく、中からクッキーが姿を現した。
「ならなんだ?紅茶の方が良かったか?」
「そうでもない。明日は暇か?」
私がそう聞くと、エリモスは怪訝な顔をした。何を言っているかわからない、と言った様子だ。だけど、私はそれを聞いておかなければならなかった。
「まあ、仕事終われば暇だけど。その後でいいか?」
「ああ、それでいい。その後、また一緒に食事にしないか?」
「……言っておくが、俺は今酒飲めねえぞ。」
そう言ったエリモスに、私はポケットからあるものを取り出して答えた。
「わかっている。だから明日は私も飲まない。…それと、お前がまた飲めるようになるまでこれは預かっておくぞ。」
取り出したのはエリモスから預かっていた鍵。彼秘蔵のコレクションが集められた酒蔵の鍵は、いまだに私が持っている。そしてこれを次に返すのは、あいつが
「…それさ。お前俺の状態知ってて言ってる?」
「ある程度はな。…だがな、エリモス。例え今は鉱石病を治せなくても、いつかは治せるようになるかもしれないだろう?」
そう、いつかだ。ロドスでは、いや世界中で沢山の人が鉱石病を治そうと足掻いている。今はそれがまだ実を結んでいないけれど、きっといつか、必ず彼らは望んだ未来に辿り着くだろうから。
「……だから、その時まで生きていろ、ってか。つくづくお前ってやつは…。」
私の言いたいことを理解してエリモスは肩をすくめてぼやいた。
「そういうことだ。…また、絶対にまた一緒に飲もう。」
「……まあ、精々足掻いてみせるさ。」
バツの悪そうにそう言ってエリモスはインスタントコーヒーの蓋を開けた。それでいい。私は、こいつはどんな形であれ絶対に約束を破らない男だと知っているから。こう言った以上、エリモスは絶対に最後まで生きようとするだろう。
お前が鉱石病になった程度で、私がお前から離れていくとでも思ったのか?そう思っているのなら、ひとしきり笑ってから甘いと言ってやる。覚えておけよ、エリモス。私の想いは、お前の思っているよりずっと強くて重いんだぞ?
今までよりほんの少し距離を詰めて、私はエリモスの側でコーヒーの香りを吸い込んだ。
さよなら石。いらっしゃいロックロック(4凸)。